ずいぶん長く眠っていたような気がする。夢をいっぱい見たようだけど、目を覚ますとまったく覚えていなかった。
目を開いて、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。周りを見回して、土田と新婚旅行と称してアメリカにやってきて、このホテルに泊まったんだったと思い出した。
眠り込むときの不安を思い出した。ベッドの横には土田はおらず、ぼく以外にベッドに誰かがいた形跡はなかった。それに、肛門に痛みなどがなかったから、変なことを考えた自分が恥ずかしくなった。
下腹部に緊満感を覚え、ぼくはベッドを抜け出した。足がふらりとした。
「まだ疲れがとれていないみたいだ。あんなに飛び回ったもんな」
ぼくはディズニーランドでの光景を思い出してふふと笑ってトイレへ向かった。
洗面所には土田がいて、歯を磨いていた。
「裕ちゃん、おはよう」
「ああ、起きたのか。おはよう、加奈子」
歯磨き粉をペッと吐きだして、土田はぼくに挨拶を返してきた。ぼくは、トイレに入った。ネグリジェの裾を持ち上げて、ショーツをおろして便器に腰掛け、いつものようにペニスの先を指で下へ向けようとした。
その指が宙に舞った。
「ええっ!?」
指にペニスが触れないのだ。だけど、驚きと言うよりも、何故という疑問がわき上がっていた。ぼくは慌てて手を股間へやった。
「な、ない!!」
ぼくの股間には、ペニスがなかった。睾丸すらも・・・・。
「そんな馬鹿な!」
ぼくは股間をのぞき込んだ。見えるはずのものがやっぱりなかった。もう一度、手を股間にやったけれど、やっぱり何も触れない。
唖然としているうちに、堪えきれなくなった小便が噴出してきた。その小便がぼくの手を濡らした。
「嘘だ。嘘だ。嘘だ・・・・」
小便が出終わっても、ぼくは震えながら便器に座っていた。
どれくらいそうしていただろうか? ぼくは我を取り戻せずに便器に座り続けていた。
「加奈子? 加奈子? まだ入っているのか? どうかしたのか?」
土田のそんな声でハッと我に返った。
「ない。ないのよ」
ショーツを上げようとして、ハッと気づき、ビデで洗ってトイレットペーパーで拭いてから、ショーツをあげてトイレを飛び出た。こんな事態なのに、ぼくは半分冷静だった。
「いったい、何がないんだよ」
「ぺ、ペニスがないの」
「誰に?」
「誰にって、ぼくにだよ」
ぼくは男言葉に戻っていた。それは当たり前だろう。こんな非常事態になってまで、女言葉を使うことなんかできない。ビデを使ったのすら奇跡的だ。
「加奈子にペニスがない? あたりまえだろう? 加奈子は女なんだから」
土田は、ぼくが妙なことを言っているかのような顔をした。
「嘘! ぼくは女じゃない。男だ」
「何を馬鹿なことを言ってるんだよ。夢でも見たんじゃないか?」
「夢なんか見ていない!」
「加奈子が男なら、ぼくと結婚できないじゃないか」
「結婚は偽装で、ぼくは昨日までは男だったじゃないか?」
「偽装? 何を言うんだよ。ぼくたちはあんなに愛し合って結婚したのに。ぼくのことが嫌いになったのかい?」
「嘘だ。ぼくを騙そうとしてもだめだ!! どうしてだ! どうして、ぼくのペニスがなくなってしまったんだ・・・・」
「加奈子。おまえは何か勘違いしているんだ。昨日あったペニスが一晩で消えてしまうはずがないだろう? ベッドで休もう。な?」
土田が優しく肩を抱いたけれど、ぼくは振り払った。
「嘘だ。嘘だ。こんなの嘘だ!」
一晩でペニスが消えてしまうはずはない。それは土田の言う通りだ。ぼくが男だというのは夢だったのか? ぼくは女だったのか? イヤ違う。絶対に違う。ぼくは男だ。ぼくが女だったなんて納得できない。
ぼくは泣きわめいた。目から涙があふれ、ぼろぼろと流れ落ちた。ぼくの目から出た涙の中で泳ぐことができるんじゃないかと思われるくらい涙が出た。
「加奈子。しっかりしろ」
「ぼくは加奈子じゃない! 豊だ! 大森豊だ!!」
テーブルの上にある果物ナイフが目に入った。ぼくはそれを取り上げて、喉に当てた。
「加奈子! 何をするんだ!?」
「ぼくは男だ。もう、生きていられない」
喉にナイフを突き立てようとしたとたん、後ろの首筋に衝撃を覚えた。
「まだ死んでもらっちゃ困る」
遠のく意識の中で振り返ると、原口の顔が目に入った。その手にはスタンガンが握られていた。
目を覚ますと、ソファーの上に寝かされていた。起きあがると、目の前に原口と土田がいて、ぼくをじっと見ていた。
「原口さん、どうしてあんたがここにいるんだ?」
「女の子は、女の子らしくしないか」
その言葉に、ぼくは思いだして股間を触った。あれは夢じゃなかった。やっぱり何も触れなかった。
「ぼくに何をした」
「君は生まれたときから女だ」
「嘘だ。そんなことがあるはずがない。ぼくは男だ」
「それは君の妄想だ」
「妄想? 妄想だったら、ここにいるあんたはいったい誰だ? 医者か? そうじゃないだろう? ぼくを女に仕立て上げた張本人じゃないか」
「騙し仰せないな」
原口は土田と顔を見合わせた。
「工藤勝正という男は疑り深くてな」
「工藤って言うのは、あの老人のことなのか?」
「あれは違う」
「でも、表札に工藤と書いてあった」
「よく見てるな。だがあれはわたしが用意した偽物だ」
「偽物?」
「ああ、そうだ。君が弘田加奈子としてやれるかどうか予行演習をしたんだ」
「予行演習・・・・」
「そうだ。これからが本番だ。予行演習では君はうまくやった。だが、ひとつだけ問題点があった」
「問題点?」
「そうだ。股間にぶら下がっていたペニスだ。あれがあると君が弘田加奈子ではないと見破られてしまう。工藤勝正を騙すには、ペニスが邪魔だったんだ」
「でも昨日まであったのに、一日でどうしてなくなってしまうんだ」
「一日? そうか。ずっと眠っていたからな。・・・・これを見なさい」
原口は、英字新聞を投げてよこした。
「これが?」
「日付を見るんだ」
日付は、6月10日になっていた。ぼくたちが新婚旅行に出かけたのは、5月の連休明けだ。と言うことは・・・・。
「ずっと眠っていたって言ったけど、ぼくは一ヶ月も眠っていたのか?」
「そうだ。あの日、眠り込んだ君を病院まで運んでいって、性転換してもらったんだ。傷も完全に癒えてしまっているから、君は自分が性転換されたことに気づかなかったってわけさ」
「ひどいじゃないか。ぼくに相談もなしに」
「相談したら、うんとは言わなかっただろう」
「当たり前だ!」
「だから、寝ている間にやったんだよ」
涸れたはずの涙がまた流れ出てきた。
「どうしてだ! どうして、そうまでして、ぼくを女にしたいんだ・・・・」
「君のことを、工藤勝正の孫娘だと思わせるためだ」
「死んでしまう老人をほんのちょっとの間だけ安心させるために、ぼくの人生を台無しにして・・・・。もしかすると、それだけじゃないんだな」
原口は、ちょっと唇の端をあげた。
「まあな」
「理由を教えろ」
「教えてやる。工藤勝正への復讐だよ」
「復讐?」
「わたしと奈々美と加奈子のな」
ぼくは首を傾げた。
「原口と言うのは、わたしの母方の姓でな。わたしの本当の姓は、弘田だ」
「弘田? と言うと・・・・」
「工藤勝正の娘・奈々美と駆け落ちしたのはわたしだ。わたしと奈々美の間に生まれたのが加奈子だ」
「あなたが・・・・。でもどうして復讐なんて。工藤勝正は、あなたの義理の父親になるんだろう?」
「あいつを父親などと呼びたくはない。あいつのおかげで奈々美も加奈子も死んだんだからな」
「えっ!? 加奈子さんも死んでいるのか?」
「ああ。麻疹をこじらせて肺炎になってな。5才だったよ」
「死んだんじゃあ、身代わりはできないじゃないか」
「骨だけ、奈々美の墓に一緒に葬ったが、加奈子の死亡届は出していない。だから、加奈子は死んだことにはなっていないんだ」
「それはわかったけど、復讐の理由は何だよ」
「奈々美と知り合ったのは、さる保育園ででな。奈々美はそこの保母として働いていたんだ。そのころ、わたしは前の妻である郁代に死なれて、こいつを保育園に預けて働いていたんだ」
原口は土田の肩を叩いた。
「土田さんは、あんたの息子なのか?」
「そうだ。奈々美はこいつを可愛がってくれてな。父親と保母として会っているうちに深い仲になったんだ。結婚を申し出たら、工藤がすごい剣幕でわたしを罵ったんだ。身分もない、子持ちのやもめに大切な娘をやれるかってな」
原口は声を震わせた。
「どうしても許してくれなかった。だが、そのときには奈々美はもう加奈子を身ごもっていたんだ。わたしは奈々美と相談して駆け落ちすることにした。
駆け落ちはうまくいった。しかし、工藤は、何とか奈々美を取り戻そうと躍起になってなんだ。わたしの行くところに手を回して、働けないようにしたんだ。生活できなければ、奈々美が工藤の家に戻ると考えたんだろう。
しかし、奈々美は決してくじけなかった。どんなに苦労してもわたしに添い遂げると言ったんだ。
食べるものも満足に食べられず、奈々美は加奈子を産んだすぐあとに死んでしまった。加奈子を一度しか抱くことができず、乳もふくませることなしにな」
原口の目から涙がこぼれた。
「加奈子が死んだのもあいつのせいだ。夜遅くまで働いていて、充分な看病ができなかったためだ」
「事情はわかったよ。だけど、ぼくが加奈子を演じて、どうしてそれが復讐になるんだ? いなくなっていた孫娘が帰ってきて、喜ぶだけじゃないか」
「君に加奈子として工藤の財産をすべて相続してもらう。その上で、やつの死に際に、偽物だと言ってやるんだ。やつはすべてを失って死ぬんだ。孫だと信じた娘も財産もな」
「ただの財産目当てじゃないのか?」
「わたしだって死ぬほど苦労したんだ。少しくらいお零れに預かってもいいんじゃないか?」
「ぼくは協力しないからな。協力もしないし、おまえたちを訴えてやる」
「訴える? 君のその勇気があるのか? 女になってしまったんだぞ」
ぼくは黙り込んだ。別に女が悪いというわけじゃない。女になったと言うことで変な誤解を受けるのが怖かったのだ。
「わたしの計画に協力してもらうぞ。そのために時間と金をかけたんだからな」
「いやだ。絶対にいやだ」
「そんなことを言ってもいいのか? これを見るんだ」
原口は、ビデオをセットして、再生スイッチを押した。
画面に現れたのは、ぼくだった。ぼくが、『演劇集団・風』の事務所を探して、駅の階段を下りてくるところだった。髪の毛を伸ばし、ベージュのジーンズに紺のTシャツを着て、その上に前開きのファスナーが付いたベージュのベストを着たぼくは、一見すると女の子に見えた。男が二人近寄ってきて通り過ぎていったけど、振り向いたぼくは、男に向かって笑顔を向けているように見えた。
その次に、ぼくが一生懸命女の声を出そうと練習しているところだった。その次は、化粧してウイッグをかぶったぼくがセーラー服を着ている場面で、嬉しそうににっこりと笑っていた。
さらにその次は、バスタオルを胸の高さに結んで、鏡に向かって一生懸命化粧の練習をやっている場面だった。さらに、ぼくがいろいろな女物の服を着て、化粧する場面や部屋の中をしゃなりしゃなりと歩く練習をしている場面が映し出されていった。
その次は、見ていて自分で恥ずかしくなる場面だった。ぼくが自分は女だと自己暗示をかけている場面だ。
『わたしは女。わたしは女。わたしは女よ。わたしは生まれたときから女。生まれたときからずっと女よ』
『わたし、綺麗な女になりたい。わたし、綺麗な女になりたい。わたし、綺麗な女になりたい』
『ねえ、わたし、綺麗? 綺麗よね。わたしとっても綺麗よね』
北野や原口の言葉はすべてカットされていた。
「これじゃあ、まるでぼくが望んで女になろうとしているみたいじゃないか」
「わたしもそう思うな」
原口が鼻で笑った。
「くそう。ぼくを罠にかけたんだな」
「今頃気づいてももう遅い。わたしに協力するか?」
「いやだ」
「そうか。次の場面を見てもか?」
ビデオがさらに次の場面を映し出した。
化粧したぼくが嬉しそうな顔をして肩に注射をしている場面になった。
『女らしくなるために女性ホルモンを注射します』
それから、新宿の病院に場面が移った。
『ほう、君か。可愛いのに、胸が小さくて悩んでいるんだってね』
『はい』
『どれくらいの大きさにしたい?』
『どれくらいと言われてもイメージがわかなくて・・・・』
『そうか。それなら、このコンピューターの画面で、シミュレーションしてみよう。胸の 『はい』
ブラジャーをはずして、ブラウスの前をはだけ、医者がデジタルカメラを取り出して、ぼくのちょっと膨らんだ胸を写している。ぼくの胸の写真がモニター上に現れた。
『これでAカップ。これでBカップ。これがC。これでD。これで・・・・』
『Cカップくらいでいいと思いますけど』
『Cね。これだな』
『これでいいね』
『はい』
それから、鏡に向かって大きくなった胸を嬉しそうに両手で持ち上げている場面。さらに、ペニスを後ろにやって股に挟んで見えなくして、女のように艶を付けている場面が映し出された。
突然場面が変わった。手術室らしい場所にぼくが股を広げた状態で固定されていた。オレンジ色の消毒薬が塗られて、白いクリームが塗られた。
ペニスの根本にメスが入れられて、亀頭の一部を残してペニスが切り取られていった。睾丸が切り取られ、肛門の前に穴が開けられ、ひっくり返されたペニスの皮がその穴の中に入れられた。
ぼくが受けた性転換手術の場面だった。
性転換手術が行われたぼくの股間が大写しになり、微速度撮影のように、腫れが引いて、傷が癒えていき、陰毛が生えていった。毛が生えると、その部分は本物の女のものと区別が付かないくらいになっていた。
その次は、土田とぼくの結婚式の様子だ。ウエディングドレスを着たぼくが、土田と指輪を交換し、キスをして嬉しそうにしている場面が映し出された。
その次に、ぼくと土田がホテルの部屋でキスしている場面だった。ぼくが土田の舌を一生懸命吸っているのが延々と流された。
土田がぼくをベッドに押し倒して、胸を揉み始めた。あの時、ぼくは手足をバタバタさせて逃げ出したはずなのに、ぼくは何も抵抗せずにされるがままになっていた。よく見ると、ぼくは眠っているようだ。眠っている間にこんな場面を撮ったのだ。
ネグリジェがまくり上げられ、ぼくの股間がさらされた。土田が股間に舌を這わせ始めた。
『ああ、いい。そこ、いい。気持ちいい』
『そこ、いいわ』
『ああん。最高よ。もっとやって』
ぼくの声が部屋の中に響いた。あの声は、北野に足を揉んでもらったときのものだ。ちょっとふざけてあんな声を出したのに、録音されているなんて知らなかった。
次の場面を見てギョッとした。ぼくが土田のペニスを口にくわえているのだ。しかも舌でペニスをなめたりしている。
「そんな馬鹿な!」
よく見ると、ペニスを銜えさせられているのはぼくだけど、なめているのはぼくじゃないのだ。声と同じように編集されているのだ。だけど、それもよく見ないとわからない。
『行くよ』
土田がぼくに覆い被さり、ぼくの人造腟にペニスを挿入した。意識がなかったけれど、ぼくは土田に冒されたんだ。急に恥ずかしくなった。
土田はぼくの太股を腕に抱いて腰を動かした。その間にも、ああん、ああんと言うぼくの声が流れていった。これも合成なのだ。
土田が果て、抜け出たぼくの人造腟から精液が流れ出る場面でテープが終わった。
「このテープを、君の家族や親戚、友人に送り届けてもいいんだな」
「く、くそう・・・・」
「ビデオショップに売りさばいてもいいな。きっと高く売れるぞ。さあ、どうする? わたしに協力するか?」
「あんたに協力するくらいなら死んでやる」
ぼくはすくっと立って、原口をにらみつけた。
「死んだとしても、テープは送るよ。君は恥をさらしたまま死ぬことになるんだ」
ぼくの目から突然涙がこぼれた。悔しくて悔しくて、原口を殺してやりたかった。
「わたしに協力するか?」
ぼくは黙っていた。
「協力すれば、君は女として何不自由ない生活が送れるんだぞ。さあ、協力すると言ってくれ」
ぼくは頷かざるを得なかった。あんなテープをばらまかれたら、とても生きてはいられないし、死んでも死にきれないのだ。