第19章 明かされた舞台裏

 美波の目が見え始めた頃、工藤が妙な咳をし始めた。風邪のような簡単なものじゃないとぼくは直感した。大久保もすぐにそのことに気付いて工藤を病院へと連れて行った。
 「大久保。どうでした? お祖父様の容態は?」
 「まだ旦那様には内緒にしてありますが、どうも転移性の肺ガンだろうと医者が言っております」
 「転移性の肺ガン?」
 「はい。移植の時に取り出された旦那様の肝臓から、癌が見つかっております。恐らく、その転移であろうと・・・・」
 「どうにかなるの? 手術するとか?」
 「小さいのですが、ひとつやふたつではなくてですね・・・・」
 「手術できないってことになると、どうなるの?」
 「2、3ヶ月のお命だろうと」
 「2、3ヶ月!」
 その言葉を聞いて、不意に涙がこぼれた。
 「加奈子お嬢様は、旦那様と血が繋がっていらっしゃらないのに、涙を流していただけるのですね」
 「違うわ、大久保。わたしは、お祖父様と血が繋がっているのよ」
 ぼくは、両手を下腹に当てた。
 「そう。そうでございましたね。加奈子お嬢様は、旦那様の孫娘でございましたね」

 工藤の病状は日増しに悪くなっていった。転移性肺ガンの診断が降りてから、一ヶ月ほどしたとき、工藤はぼくをベッドサイドに呼んだ。
 「加奈子。わたしは、美波の結婚式には出られそうもない」
 「そんな気の弱いことを言わないで」
 「いや、誤魔化してもわたしにはわかるんだ。もうじきわたしは旅立つだろう」
 工藤はぼくの手を握った。
 「加奈子。ありがとう。おまえのおかげで、孫娘のウエディングドレス姿も、ひ孫の顔も見ることができた。感謝している」
 その工藤の言葉に、ぼくは何か釈然としないものを感じた。孫娘のウエディングドレス姿? 加奈子のウエディングドレス姿じゃなくて? 工藤はぼくがホントの孫娘ではないことを知ってるのではないかと疑った。
 「お祖父様・・・・」
 「おまえは優しい娘だ。真一のことを頼んだぞ」
 「はい」
 工藤は、ぼくの手をずっと握っていた。

 工藤は、その三日後呼吸不全で亡くなった。78才だった。

 真一が喪主を務め、葬式が盛大に行われた。大臣までがやってきて、まるで国葬並みだった。

 葬式が済んで、ぼくは美波におっぱいをやりながら、ふと工藤の言葉を思い出した。
 『真一のことを頼む』
 工藤はそう言った。工藤に出会ってから、工藤は真一のことを呼び捨てにしたことはなかった。いつも真一君だった。あの時、何故呼び捨てにしたのだろうか?
 「大久保! 大久保!!」
 ぼくは、部屋に大久保を呼びつけた。
 「何でございましょ?、加奈子お嬢様」
 「真一さんは、お祖父様の何なの?」
 大久保の顔がパッと変わった。
 「と、と申しますと・・・・」
 「お祖父様との関係を聞いてるのよ」
 「し、真一様は、旦那様が創業なされたときの共同経営者のお孫さんでございます」
 大久保の声が心なしか震えていた。
 「嘘でしょう? お祖父様は、真一さんのことを真一って呼び捨てにしたわ。それも死に際にね」
 「そ、それは、加奈子お嬢様と結婚されたわけですから、義理の孫息子と言うことで、・・・・ですから呼び捨てに」
 大久保の額に汗が滲んでいた。
 「だったら、どうしてあの時だけなの? ずっと君付けだったのよ。死に際になって、呼び捨てにするのはおかしいでしょう?」
 「それは・・・・」
 とうとう大久保は黙り込んだ。
 「真一さんは、お祖父様の息子なのね」
 ぼくは工藤が真一のことを呼び捨てにする理由はこれしかないと思った。
 「・・・・はい。猿渡要様の奥様である千代子様との間にできたお子さんでございます」
 「真一さんのお母様が、お祖父様と浮気したって事なの?」
 「いえ、それは違います。猿渡様が亡くなられたあと、旦那様は千代子様の面倒を見ておられました。初めはそのつもりはなかったのですが、何度か通っているうちに情が移られまして・・・・」
 やはりそうだった。心に引っ掛かっていたものが解決してぼくはホッとした。しかし、ぼくはすぐに思い直した。真一が、工藤の子どもだとすると・・・・。
 「だったら、美波は、叔父と姪の間にできた子どもってことになるわ」
 「真一様は、戸籍上は、血が繋がっていないことになっております」
 「でも実際は、真一さんは、お祖父様の子どもで血が繋がっているでしょう?」
 「加奈子お嬢様は、実際は他人でございますから、心配には及びません」
 「だけど、わたしのこの体の中にある子宮は光子さんのものだから、血が繋がっているじゃないですか」
 少し迷った様子を見せたが、大久保は口を開いた。
 「・・・・光子お嬢様は、旦那様とは血が繋がっていないのです」
 「なんですって!?」
 「サチ様は、真一様の父とされている猿渡要様と治子様のお子さまなのです」
 「はあ?」
 「治子様は、旦那様の2号という事になっておりましたが、実際は、猿渡様の2号でして、猿渡様が亡くなられた時、すでにサチ様を身ごもっておられて、サチ様のために治子様の面倒も見たのでございます」
 「じゃあ、真一さんと光子さんは、立場がまったく逆ってことなの?」
 「そう言うことです」
 工藤は結構義理堅い男のようだ。
 「もし咲子さんが、真一さんと結婚することになったら、それこそ近親相姦だったのね」
 「それも違います」
 「ええっ!?」
 「勝一様はご存じありませんが、咲子様は、勝一様のお子さまではありません。勝一様の奥様の道子様が浮気して産んだ子どもでございます」
 「信じられない・・・・。秘密はそれだけなの? まだ何かあるんじゃないの?」
 これだけ秘密の多い一族だ。もっと秘密があると考えるのは当然だ。ぼくが演じている加奈子も何か秘密があるのではと考えていた。
 大久保は天井を仰いだあと、意を決したように話し始めた。
 「わたくしは、加奈子お嬢様にいくつか嘘を付いておりました。しかし、ここまで来ましたら、もう真実をお話ししてもよろしいでしょう。今話しましたように、旦那様から見れば、戸籍上は孫娘でも、咲子お嬢様も光子お嬢様も赤の他人でした。しかし、共同経営者であった猿渡様の孫娘と言うことで、旦那様は、光子様とお子さまの真一様を結婚させようとしていたのです。ところが、そのことに気付いた咲子様は、その体を使って真一様に近づいたのです」
 真一と咲子の間に肉体関係があったことは予想していたけれど、それが本当だと知ってちょっと愕然となった。
 「そのまま真一様に花嫁を選ばせれば、咲子様を選ぶことは明白でした。ですから、もうひとり孫娘を登場させて、競争させることにしたのです。真一様の目をいったん咲子様から離すのが目的でした」
 登場させる? その言葉に、ぼくは奇妙な語感を感じ取った。
 「真一様は、これまでのおつきあいの状況から、ボーイッシュな女性が好みだとわかっておりました。そこで、亡くなられた奈々美お嬢様によく似たボーイッシュな女性を捜すことにいたしました」
 「え? なに? よく分からないわ。お祖父様は、奈々美さんの産んだ子どもを捜したんじゃないの?」
 「加奈子様は5歳の時に亡くなっておられます」
 「お祖父様はそれを知っていたんですか?」
 「はい」
 なんてことだ。すると、原口は? 土田は? どういう存在なのだ?
 「最初に白羽の矢が立ったのは、あなたのお姉さまです。しかし、いかんせん、背が高すぎました。他の女性を捜そうとしていたとき、あなた様の存在に気付きました。しかし、あなた様は男性でした。諦めておりましたが、他に適任の女性が見つからないと言う理由で、あなた様に孫娘の役をやってもらうことにしたのです」
 ぼくは大久保の話をじっと聞いていた。
 「架空のオーディションをでっち上げて、演劇集団・風と言うこれまた実体のない劇団へ引っ張り込みました。それから、回りくどい方法を使って癌で死にそうな老人なために一役買ってくれと誘って、女装させることに成功いたしました。しかし、いくらうまく女装したところで、真一様を騙すには無理があります。そこで、女になってもらうことにしたのです。男性にお金をいくら積んだとしても、女になってくれる訳がありません。ですから、予行演習をやったあと、新婚旅行と称してアメリカに連れて行き、無理矢理あなた様を性転換いたしたわけです」
 「すべては、大久保の差し金だったのね」
 「わたしと言うより、旦那様のお考えでした。すべては光子様と真一様を結婚させるための計画でした」
 「原口や土田は?」
 「わたしが雇った役者でございます」
 「と言うことは・・・・死んではいないのね」
 「はい」
 ぼくは完全に騙されていた。
 「つまり、わたしが演じる役は、真一さんを騙すことが目的だったのね」
 「そう言うことでございます」
 「あなたの思惑通りに、真一さんはわたしに興味を抱いた」
 「そうです。あなた様に興味が移ったところで、咲子様を、それからあなた様を花嫁候補から外すつもりでした」
 「すると、もしかして、咲子さんのベランダに細工をしたのは?」
 「亡くなるとは思ってもみませんでした。大怪我をすればそれでよかったのです」
 「わたしの乗った車が事故を起こしたのも?」
 「はい」
 「どうして? 咲子さんよりわたしを先に外しては、元も子もないでしょう?」
 「おっしゃるとおりでございます。あれは大した事故にはならないようにしておりました。咲子様を先に狙うと、見え見えのような気がしたからでございます」
 「なるほど。そうすると、光子さんが、シャワーの順番を変えなければ、予定通りわたしが外されていたわけね」
 「そうでございます。あなた様に熱傷を負わせて、花嫁候補から外すつもりでした」
 あの熱湯シャワーを仕掛けたのは、光子の両親だと思っていたのに、大久保だったわけだ。
 「熱傷を負ったのが、あなた様ではなく光子様だと知って大変なことになったと思いました。しかし、光子様のやけどは大したことはなく、形成外科の名医に頼めば、元のお顔に戻せると聞いて安心いたしました。ですから、光子様のお顔を元に戻している間に、あなた様を何とかしようと思ったのです。つまり、土田を登場させて、あのビデオを種にあなた様に屋敷から出ていってもらう手はずだったのです。ところが、真一様があなた様を婚約者として選ぼうとしていることを知っていた光子お嬢様は、顔に熱傷を負ったことでパニックになってしまわれて・・・・」
 計画が狂わなかったら、ぼくは女の姿で、しかも顔に熱傷の傷を負ったまま屋敷を放り出されて、あのビデオに怯えながら、生きていかなければならなかったところだった。
 「脳死になってしまわれた光子お嬢様の肝臓を旦那様に移植するという話が持ち上がったとき、旦那様が、光子お嬢様の子宮を含めた女の部分をあなた様に移植できないかと言い出したのです。そんな馬鹿なことをと思いましたが、うまくいけば、あなた様は光子お嬢様の代わりに光子お嬢様の遺伝子を持つ子どもを産むことになるわけです。そうなれば、あなた様は光子お嬢様と同格と言うことになり屋敷を追い出されることはなくなり、一生安楽に暮らしていくことができます。もしこの企てがうまくいけば、無理矢理性転換した罪が少しは軽くなると考えたのです」
 「一石二鳥という訳ね」
 「はい。移植がうまくいって、あなた様は、美波様をお産みになりました。そう言うわけなのです」
 「なるほど。すると、わたしは、このままずっと加奈子でいていいのね?」
 「もちろんでございます。あなた様がいなければ、この工藤家はなくなってしまうところでした。旦那様もあなた様に感謝しておりました」
 「わかったわ。今大久保が言ったことは聞かなかったことにするわ。あの時、大久保がわたしに、大森豊だったことを忘れるよう言ったように」
 「ありがとうございます、加奈子お嬢様。旦那様に成り代わりまして、お礼を申し上げます」
 「ところで、あのビデオは? あれを処分してもらわないと」
 「とっくの昔に処分いたしました」
 「そう。あなたはともかく、原口や土田は大丈夫なの?」
 「・・・・大丈夫でございます。永久に」
 その言い方にぼくはゾッとした。大久保は、目的のためには手段を選ばない男だと。
 「もうひとつお願いがあるの」
 「何でございましょう?」
 「わたしの両親と姉です。わたしだけが、こんな何不自由ない生活を送っているのは心苦しいの」
 「わかりました。お父様は、関連会社に引き抜いて、それなりの役職を付けましょう。お姉さまは、確かモデルになるのが夢でしたね」
 「ええ」
 「工藤グループのアパレル関係の会社のモデルとして雇い入れると言うことでよろしいでしょうか?」
 「それで十分だわ。大久保。下がっていいわ。美波のおっぱいの時間だから」
 「はい。加奈子お嬢様」
 大久保はいつもの大久保に戻って、深々と頭を下げると、部屋を出ていった。

 工藤や大久保の身勝手な仕打ちに腹が立ったのは事実だ。だけど、だけどと考えた。ぼくは、こうなって不幸せだろうか? 優しい夫と、可愛い我が子。子宮はぼくのものじゃないけど、美波はぼくが産んだことには間違いがない。
 それに、女にされたことに、ほんとに怒りを覚えていただろうか? 何の相談もなしに無理矢理性転換されたことだけに怒っていただけなのかもしれない。
 背が低くていつも馬鹿にされてたぼくは、ホントは女になりたかったんじゃないだろうか? その証拠に、いつも男か女か区別が付かないような格好をしていたし、女性ホルモンを打つときも、豊胸術を受けるときもそんなに抵抗しなかった。豊胸術を受けた後に鏡に向かって微笑んでいたのは、ぼくの本心の現れかもしれない。
 ぼくは猿渡加奈子として生きることに何の抵抗もない。もしろそれを喜ばしく思っている。

 「加奈子。ただいま」
 ドアのそばに真一の顔があった。
 「あら? いつお帰りになったの?」
 「ちょっと前だよ」
 「そう?」
 ちょっと前? いつのことだろうか? まさか大久保との会話を聞かれてはいないだろうか?
 「加奈子が美波におっぱいをやる姿は、ほんとに美しいよ。惚れ惚れしてしまう」
 「まあ・・・・」
 ぼくは顔を赤らめた。
 「加奈子。愛してるよ」
 ぼくは、真一に精一杯の笑顔を向けた。工藤は死んでしまったけれど、ぼくはまだ加奈子として演技を続けなければならない。今度は真一のために。そして美波のために。ぼくの命がつきるまで。