第18章 母に

 朝の光がカーテンの隙間から漏れてきて、ぼくは目覚めた。真一はまだ眠っていた。ベッドからそっと起きあがると、股間にねっとりとしたものを感じた。真一がぼくの中に放った精液と、血液がぼくの太股にこびりついていた。シーツも血液で汚れていた。それは、ぼくの股間から流れ出た破爪に血液だった。
 「そうか。光子は処女だったんだよね。処女だった光子の女の部分をすべてもらったんだから、ぼくも処女だったって訳だ」
 何故か笑みが零れた。
 「おはよう」
 「あ、おはようございます」
 ぼくは慌ててシーツを隠した。
 「そんなに丁寧な挨拶じゃなくていいよ。ぼくたちは夫婦なんだよ」
 「あ、そうですね」
 「初めてだったんだね」
 真一は、ぼくが隠したシーツをまくり上げて、嬉しそうに言った。
 「え、ええ」
 ホントは嘘だけど、そう答えなければならないと思った。
 「初めてなのに、・・・・行っちゃったわ」
 「ぼくがうまかったから?」
 「わからないわ」
 「そうだね。ぼくと加奈子は相性がいいってことかもね」
 「そうかも・・・・」
 ぼくは、真一の胸に顔をすりつけた。
 「もう一度する?」
 「してもいいけど、今、何時?」
 「午前9時前だ。あっ! 大変だ。急がないと飛行機に遅れてしまうよ」
 「ほんと」
 ぼくたちは飛び起きて、シャワーを浴びて着替えた。

 男の真一は、髭を剃って服を着れば終わりだけど、女のぼくは、髪を梳かしたり化粧をしたりで時間がかかった。ぼくが鏡に向かっている間、真一はいらいらしながら待っていた。
 「できたわ」
 「さあ、出かけよう」
 ふたりで部屋を出ようとすると、木村たちがバタバタとやってきた。
 「ああ、よかった。お起きになってらしたんですね」
 「ちょっと寝坊したよ」
 「玄関で車が待っております。急いでください」

 エレベーターを降りると、工藤がロビーのソファーに座って待っていた。
 「加奈子。可愛がってもらったか?」
 ぼくは、小さくうんと頷いた。
 「そうか。そうか。じゃあ、すぐに出発しなさい」
 「はい、お祖父様」
 「真一君。加奈子を頼んだよ」
 「はい。ぼくの大事な妻ですから」
 工藤は満足そうに大きく頷いた。
 「さ、早く」
 ぼくたちは、工藤やその使用人たちの盛大な見送りを受けて、新婚旅行へと旅立っていった。

 「ホントは、船で世界一周の旅をしたかったんだけど休みが取れなくてね。慌ただしい旅でごめんね」
 真一はぼくにそう言ったけど、結構楽しい旅だった。ヨーロッパから地中海への旅など、ぼくが大森豊だったら、とても経験できなかっただろう。
 有名な観光地を回り、食事も豪華だった。夜の生活も、ぼくは好きだ。ぼくは元々受け身的な人間らしい。真一に征服されているという、そんな状態が好ましく思えるのだ。
 真一とセックスして、必ずしも行くとは限らなかった。男は、射精すれば必ず行けるわけだけど、そうじゃない女はちょっと損だなと思った。だけど、しばらくして、行ける行けないは、その時の雰囲気やぼくの気分で左右されることがわかった。ぼくはできるだけ自分で雰囲気を盛り上げるようにして気分を高揚させ、真一にもそのようにし向けた。そうすることによって、新婚旅行の終わり頃には、ほとんど行けるようになっていた。

 日本を出発してから、2週間目、ぼくたちは日本へ帰ってきた。
 「ただいま、お祖父様」
 「おう。帰ってきたか。どうだった? 真一君との旅は?」
 「とっても楽しかったわ。ねえ?」
 ぼくは、真一を振り向いて尋ねた。
 「加奈子は二十歳前で元気だけど、三十を過ぎたぼくにはちょっときつかったですよ」
 真一は、言葉と違ってにこにこしながら答えた。
 「ところで、ベビーはどうだ?」
 「できてると思うけど・・・・」
 ぼくは、真一の方を向いて答えた。
 「できてなかったら、できるまで頑張ります」
 ぼくの肩を抱いて真一が答えた。ぼくはできているはずだと思う。結婚式の二日前に生理が終わっていた。来週の終わりが次の生理の予定だった。そうなると、新婚旅行の丁度真ん中あたりに排卵があったはずで、真一と毎日セックスしていたわけだから、まずできていることは間違いないだろう。ぼくは下腹をそっと撫でた。

 ぼくの妊娠が確実になった。予定された生理が来ず、早速訪れた産婦人科の検査結果で、妊娠反応が陽性で、おめでたですよと告げられたのだ。
 ぼくのお腹の中で、新たな生命が息づいている。そう思うと、複雑な心境だった。
 「真一さん。できてたわ」
 「ほんとか?」
 「ええ。ほら」
 ぼくは、区役所で貰ってきた母子手帳を真一に見せた。
 「やったね。早速会長に報告しなければ。まだしてないんだろう?」
 「ええ。真一さんと一緒に報告に行こうと思って」
 「じゃあ、すぐに行こう」
 妊娠したことを報告すると、工藤は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 当初の予定では、今頃は工藤はほとんど棺桶に足をつっこんだ状態で、死にかけた工藤を前に、原口の口からぼくが工藤の孫娘ではないと告げて工藤を絶望させるはずだった。そして、ぼくの役目も終わるはずだった。しかし、工藤は肝臓移植のおかげで100まで生きられそうなくらい元気だ。だから、もはや最初の計画は破綻している。
 ならば、原口はどうするつもりだろうか? 原口は、ぼくが真一と結婚して、工藤の財産を引き継ぐことになったことを知っているはずだ。工藤への復讐は別として、加奈子の父親として名乗り出れば、有り余る工藤の財産の一角を手に入れられるのだが・・・・。
 いずれにしても、原口がトチ狂って、ぼくが加奈子ではないことをばらさない限り、ぼくは加奈子を演じ続けなければならない。それも、子供を産むという女にしかできない芸当をやることになるのだ。これは現実なのだろうか? そっと頬をつねってみたけれど夢じゃないようだ。

 それにしても原口はいったいどうしたのだろうか? まったく連絡がない。ぼくはこっそりと原口に電話してみた。しかし、『この電話は現在使われておりません』のアナウンスが流れるばかりだった。
 原口からの連絡を待つしかないのだろうか? だけど、あの日の『それもわたしのお任せください』との大久保の言葉を思い出した。そこで、大久保に尋ねてみた。
 「大久保。原口から、何か連絡はあったの?」
 「原口からですか? 加奈子お嬢様、ご存じなかったのですか?」
 「ご存じないって、何を?」
 「・・・・そうか。加奈子お嬢様は、あのとき新婚旅行に行かれていたですね」
 「新婚旅行の間に何かあったの?」
 「息子の事故死を苦に自殺したのですよ。新聞に出ています。取り寄せましょうか?」
 「い、いえ。そんなことはしなくていいわ」
 息子の事故死を苦に自殺? ぼくにはとても信じられなかった。ぼくは大久保の顔を見た。大久保は、我関せずと言うような顔で、直立不動でぼくの前に立っていた。
 「大久保。あなた、わたしにお任せくださいって、あのとき言ったわよね」
 「それ以上お聞きにならない方がよろしいかと。わたしにお任せくださいという意味は、加奈子お嬢様には、関わりを持たないようにと言う意味でございます。あの男は、加奈子お嬢様とは何の関係もないのです。加奈子お嬢様の父親の振りをして、旦那様の財産をかすめ取ろうとした悪党でございます。あの男の名前は、もう忘れてください」
 大久保の態度を見ていると、大久保が原口に手を下したのは間違いないと思われた。
 「もうひとつ付け加えさせていただきます。加奈子お嬢様は、間違いなく奈々美様のお子さまで、旦那様の孫娘でございます。母親である奈々美様は、加奈子お嬢様が生まれたときに亡くなられ、父親の弘田三郎様も5歳の時に亡くなられました。加奈子お嬢様は、ずっと孤児院で育ち、半年前にようやくこの工藤家の戻ってこられたのです。他のことは忘れてください。加奈子お嬢様。よろしいですね」
 「は、はい」
 「元気なお子さまを産んでいただくことを念願しております」
 大久保は、工藤と血の繋がった子どもを産ませる役割をぼくに託したと言うことだろう。

 夫の浮気は、妻が妊娠中が一番多いと聞いた。だから、妊娠がわかったあとも、ぼくは真一の欲求を満たしてやっている。
 「お腹の子供に障らないか?」
 「大丈夫よ。これくらいで流れるような子どもだったら、丈夫な子どもができないわ」
 「そうだね」
 真一は、喜んでぼくを抱いた。無理強いされた訳じゃないけれど、最近ぼくは、真一にフェラチオをやってあげている。原口から、真一はフェラチオされるのが好きだと聞いていたし、ぼくもフェラチオという行為がとっても好きだ。ペニスがピクピクと反応し、真一が腰を動かしてもだえている様子を見るのが好きなのだ。
 それ以上に好きなのは、真一を受け入れているとき。ぼくの中に真一がいると言うだけで行きそうになってしまう。
 ぼくは、もう完全に女だ。身も心も。

 妊娠は順調に経過している。ひとつ心配だったのは、ぼくの胸の中に存在するシリコンバッグのことだ。
 「ああ、そのことなら、ご心配には及びません」
 大久保は、平然として言った。
 「どうして? ちゃんとおっぱいが出るようになるかしら?」
 「大丈夫です。ちゃんと準備をしております」
 「はあ?」
 「腕を上げて、腋を見ていただけますか?」
 「こう?」
 「そうです。腋の下に小さなしこりがありませんか?」
 「あるわ。なに? これ?」
 「それは、胸の中のバッグに繋がっています。胸が大きくなったら、それに合わせて中身を吸い出すことができるのです」
 「吸い出すって、シリコンが吸い出せるの?」
 「シリコンは入っていません」
 「えっ!」
 「この前の手術の時に、シリコンバッグを生食バッグと取り替えさせております。ですから、注射器で簡単に吸い出すことができます」
 ぼくはなるほどと感心した。手術後に感じた乳房の違和感は、シリコンバッグから生食バッグに取り替えたせいなのだ。
 「あまり急に吸い出して、バストが小さくなりますと、猿渡様が不審に思われますので、少しずつ吸い出すようにいたしましょう」
 「わかったわ」
 毎週バストを測って、注射器を使って少しずつバッグの中の生理食塩水という水を吸いだした。妊娠5ヶ月が過ぎた頃には、中から何も出てこなくなった。
 真一が出張中に、縮んでしまった生食バッグを取り出す手術を受けた。
 「今のバストは、加奈子お嬢様ご自身のものです。あとは大きくなるのに任せましょう」
 ぼくは88になった胸をそっと包むように触ってみた。これでぼくは100%女になった。

 妊娠7ヶ月に入って、寝ているときにお腹の中でぐりっと何かが動く感じがした。
 「加奈子お嬢様。それは胎動でございますよ」
 朝起きて、木村に聞いてみるとそんな答えが戻ってきた。
 「わたしの赤ちゃんが、お腹の中で動いているのね」
 妊娠反応が陽性と言われたときも、超音波検査で、『これがお腹の中の赤ちゃんですよ』と言われたときも、実感が沸かなかったけれど、ぼくの中で動いている生命を感じたとき、ぼくはホントに子どもを産むんだと実感した。

 経膣分娩してみたいと思っていたけれど、骨盤の小さなぼくは、経膣で産むことができないと診断され、帝王切開となった。生まれた子どもは、女の子で、工藤によって美波と名付けられた。
 「加奈子。よくやった」
 工藤は、生まれたばかりの赤ん坊をのぞき込みながら、涙を流さんばかりに喜んでいた。工藤を喜ばせるというぼくの役目をまたひとつ果たしたと感じていた。

 いくら大きくなったとはいえ、元は男だったぼくの乳房から、ホントにおっぱいが出るのだろうかと心配していたけれど、美波がお腹いっぱい吸ったあともどんどん湧き出てきて、ブラジャーに当てたパッドを濡らした。
 まだ目の見えない美波が、その紅葉のような小さな手でぼくの胸をまさぐりながら、ぼくの乳首を探し当てて吸い付いてくるのが嬉しくて堪らない。ぼくはホントに母親なんだと実感させられるのだ。