第14章 連続する不可解な事件

 「加奈子お嬢様。今日の夕食は、食堂へ行かれた方がよろしいかと」
 あの事故から5日ほどがたってから、大久保がぼくに向かって言った。
 「・・・・そうね。そうするわ」
 工藤勝正が3人の孫娘の中から花嫁を選ぶように宣言した次の日から、真一は仕事を終えると工藤の屋敷にやってきて一緒に夕食を取り、しばらく花嫁候補と話しをして帰るようになっていた。
 事故のせいで、ぼくは夕食は自分の部屋で取っていたから、真一とはあの日以来顔を合わせていなかった。大久保は、何故かぼくのことを気に入っていて、花嫁候補競争に後れを取ったぼくを、何とかあとのふたりに追いつかせようと気を遣っていたのだ。

 食堂に降りていくと、また何か事件が起こるのではないかというぼくの心配をよそに咲子と光子はあっけらかんとしたもので、夕食と取りながら真一の気を引こうと躍起になっていた。
 「やあ、加奈子さん。大丈夫?」
 ぼくの姿を見つけて、真一がにっこり笑って立ち上がり、ぼくに近寄ってきて手を引いた。その時のふたりの嫉妬に満ちた顔は、まるで夜叉のようだった。
 「ええ、大丈夫です」
 「大した怪我ではなくって、よかったですわね」
 咲子が、そう言いながらも、死んでしまえばよかったのにというような冷たい視線を送ってきたのを、ぼくは見逃さなかった。だけど、気がつかない振りをしてぼくは答えた。
 「ありがとうございます。咲子さん。来週には、肩を固定してある包帯も取っていただけるそうです」
 真一は、そんな女に戦いに気づいているのかいないのか、ぼくに椅子を勧めた。
 「さあ、加奈子さん、ここへ座って」
 「ありがとう、真一さん」
 咲子も光子もぼくたちを無視して、ナイフを使いフォークを口に運んだ。

 咲子も光子も、男に媚びを売る方法を心得ている。言葉の使い方ひとつにしても、ぼくはまったく太刀打ちができない。事故で怪我をしたということが、真一の同情を買ってうまく取り入るチャンスなのであろうが、咲子や光子の手にかかると、そんなチャンスも瞬く間に消えてしまうのだ。女としての魅力では咲子、綺麗さから言えば光子、ぼくが売り込むものは何もない。
 女の武器を使うという手もあるけれど、ぼくがホントの女じゃないとばれてしまっては元も子もない。

 そんな日が数日過ぎて、ぼくは肩を固定されていた包帯を取り除いてもらい、少しずつ肩を回す運動を始めた。
 夕方、ひとりで庭を散歩していると、真一が後ろに立っていた。
 「あら? いらしてたの?」
 「今来たところ」
 真一の笑顔にちょっとドキリとした。こんな時、ぼくは自分で自分がわからなくなる。体は女になってしまったけれど、男を好きになるなんて気持ちはないはずなのに・・・・。そんな心の動揺を隠して話しを続けた。
 「今日は早いのね」
 「君たちに会うのが楽しみだから、早く来たんだ」
 「うまいのね」
 「ほんとだよ」
 「まだ決めてないの?」
 「そう簡単には決められないよ。一生の伴侶を決めるわけだし、いずれアヤメかカキツバタだもんね」
 「わたしはアヤメでもカキツバタでもないわ」
 「加奈子さんは、ヒナギクかな? 目だたないけど可憐で守ってあげたい。そんな気にさせるよ」
 真一の顔を見た。冗談で言っているようには見えなかった。と言うことは、ぼくにもまだ目があるということだ。ぼくは、嬉しさのあまり、真一に思いっきりの笑顔を向けた。
 「いつも沈んだ顔をしているけど、そんな笑顔も見せられるんだね。ずっとそうしてくれたら、もしかすると・・・・」
 そうか。笑顔か。笑顔なんだ。ぼくは、ホントに嬉しくなった。
 「真一さあん」
 屋敷の2階のベランダから、咲子がぼくたちに向かって手を振っていた。真一も手を振りかえす。
 「加奈子さん、独り占めはだめよ」
 そう言いながら、咲子がベランダに寄りかかった。そのとたん、バリバリという音がして、ベランダの手すりが崩れた。ぼくと真一の目の前で、咲子の体が宙に舞い、まるでスローモーション映画を見ているかのように落ちてきた。
 「キャアア・・・・・」
 ぼくは叫び、真一がすぐさま咲子に駆け寄っていった。ぼくの声を聞きつけて、大久保や屋敷で働く男女が数人庭に駆けてきた。
 「どうなされました?」
 「咲子さんが、咲子さんが・・・・」
 大久保も咲子のそばに駆け寄っていった。その時、真一が首を大きく振るのが見えた。ぼくもそっと近づいてみた。咲子は頭から血を流していて、手足はまるで糸の切れた操り人形のようにだらりとしていた。
 「嘘・・・・」
 誰が呼んだのかはわからないけれど、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
 「加奈子お嬢様。あなたはお部屋へ。おい、佐藤。加奈子お嬢様をお部屋へお連れするんだ」
 「かしこまりました」
 ぼくは佐藤に部屋に連れて行かれ、ベッドに寝かしつけられた。頭から血を流している咲子の顔を思い出すと体が震えた。

 病院へ運ばれたけれど、咲子はやはり生き返らなかった。頭に傷があったけれど、致命傷は、首の骨が折れていたことだったそうだ。
 翌日通夜が、その翌日葬式が営まれた。工藤勝正の孫娘の死と言うことで、想像できないような人数の弔問客が訪れた。
 咲子の両親は、娘を失った悲しみもさることながら、真一の花嫁候補を失って、もはや工藤勝正の財産を相続できないことから、それこそ完全に打ちのめされていた。
 工藤勝正もまた、可愛い孫娘を失った悲しみで、力を落としていた。

 ベランダの手すりが崩れたのは、誰かが細工をしたせいではと思ったけれど、手すりを固定していた金具が腐食していたせいだとのことだった。
 ぼくの事故の方も、ブレーキオイルのパイプが腐食して小さな穴があき、そこからオイルが漏れたためにブレーキが利かなくなったせいだと言うことだった。
 偶然が重なっただけ? いや、偶然にしてはできすぎているような気がした。しかし、誰かがやったという証拠はどこにもないようなのだ。

 ぼくとしては、咲子が死んだことを喜べないのだけれど、光子はライバルが減ったとばかりにあからさまに喜んでいた。
 「あら? 喜んで何が悪いの? 花嫁候補がひとり減って、あなたとわたしだけになったのよ。確率が3分の1から、2分の1になったのよ。これが喜ばずにおられますか」
 光子は平然としてそう言うのだ。
 「でも、咲子さんに気の毒だわ」
 「気の毒って、加奈子さんは嬉しくないの? お祖父様の財産は100数十億なのよ。加奈子さんだって、嬉しくないはずはないわ」
 「人が死んで嬉しいなんて思ったことはありません」
 「へえ、加奈子さんって、結構ぶりっ子なのね。わたしは、お金のためだったら、いくらでも良心を売るわ。あなたを殺してでも、真一さんの花嫁になるわ」
 ゾッとするような顔をして、光子はそう言った。
 「本気なの?」
 「本気よ。でも、加奈子さんを殺す必要なんてないわ」
 「どうして?」
 「わたしの勝ちに決まってるもの。真一さんが、あなたに靡くはずがないわ。あなたみたいに女としての魅力のかけらもない女に」
 そうかもしれないと思った。ぼくはスカートをはいたり化粧をしたり女言葉を使ったりして女として振る舞うことはできる。だけど、ぼくは自分が男だという意識が完全には抜けていないから、女として真一に迫ろうなんて事がどうしてもできないのだ。

 咲子の葬式が済んで一段落すると、真一の工藤家参りが再開された。光子は、真一の花嫁候補は自分とばかりに振る舞っていた。そんな光子に、真一はいやな顔もせずにつきあっている。ぼくには真一の気持ちがよくわからない。ぼくが真一だったら、光子みたいな態度を取る女は絶対に選ばないだが・・・・。

 そんなある日のこと、夕食とその後のおしゃべりを終えて、真一は帰り支度を始めた。
 「真一さん、ちょっと待っててね。渡したいものがあるから」
 「渡したいもの? いったい何?」
 「内緒、内緒。すぐ戻るからね」
 光子は、急ぎ足で2階へと上っていった。
 「加奈子さん、肩はもう大丈夫?」
 光子の姿が二階へ消えると、真一がぼくに声をかけた。
 「ええ、この通り」
 ぼくは左腕をぐるぐると回してみせる。
 「あれ? 髪の毛にゴミが」
 「どこ?」
 「ぼくが取ってあげるよ」
 真一は、にっこり笑ってぼくに近づいてきて、ぼくの髪の毛に手をやってなにやら取ろうしていた。ぼくはじっと立っていたのだけど、真一は突然ぼくの腰に手を回してぼくを抱き寄せ、アッという間に唇を奪った。
 「ちょ、ちょっと真一さん・・・・」
 ぼくは真一の手を振り払った。
 「ぼくが嫌いかい?」
 「突然こんなことする人なんて嫌いです」
 「ぼくの花嫁になったら、会長の財産を相続できるんだよ」
 「そんなことを言うあなたも嫌いです。わたしはお金のために自分を売ったりはしません」
 これはぼくがずっと取ってきたスタンスだから、今更変えるわけにはいかない。真一は、にっこりと笑った。
 「本当だね」
 「ホントです」
 「ぼくと結婚してくれないか?」
 まさかと思っていた言葉が真一の口から出てきて、ぼくは驚きを隠せなかった。
 「本気なの?」
 「本気だとも」
 「こんな魅力のない女なのに?」
 「それが魅力だ」
 「変な人ね」
 「加奈子さんこそ。素直にうんと言えば、すごいお金持ちになれるのに」
 「真一さんはいい人だと思います。でも、うんと言うには、わたしはまだ真一さんのことをよく知りません。だから、お返事は待ってください」
 「もう期限がないんだ。会長に来週の月曜日までに返事をするように言われているんだ。加奈子さんの意見を聞かなくても、会長に加奈子さんと結婚したいと伝えればすむことなんだけど、ぼくとしては、加奈子さんが財産を相続するためだけでうんと言って欲しくないんだ。つまり、加奈子さんの気持ちを大切にしたいんだ」
 「わたしの気持ちを・・・・」
 「そう。ぼくは、加奈子さん、光子さんのいずれと結婚しようとも、会長の莫大な財産を手に入れることができる。だけど、結婚する以上、互いに愛し合い、尊敬しあえる相手の方がいいと思っているんだ」
 「その相手がわたしだと?」
 「そうだよ。ぼくじゃあ、加奈子さんの夫として相応しくないかい?」
 「一歩も二歩も前進したわ。でも、今すぐの返事は待ってくださる?」
 「いいよ。もう色好い返事をもらったも同然だからね」
 「まあ・・・・」
 その時、ガタンと音がして、階段を上がっていく足音がした。階段の下の床を見ると、リボンの巻かれた包みが落ちていた。
 「光子さんに聞かれたみたいだな」
 「そうみたい・・・・」
 「まあ、いいや。どうせ、月曜日にはわかることだから」
 「わたしがいい返事をしないかも」
 「そんなことは考えていないよ。絶対にいい返事がもらえる。ぼくはそう信じているよ。じゃあ、お休み」
 真一は、ぼくの笑顔がいいと言ったけれど、真一の笑顔も素晴らしい。ホントは女じゃないことを忘れて、真一に恋をしそうだなと思った。

 『よくやった。さすがだ』
 原口に電話すると、その喜びが伝わってくるくらい弾んだ声でそう言った。
 「さすがだって言われても、ピンと来ないわ。普通の男だったら、亡くなった咲子を選ぶと思うし、光子とわたしを比べたら、絶対光子だと思うのに、あのひと、ちょっとおかしいのよ」
 『おかしくはないんだ』
 「えっ? どう言うこと?」
 『あいつは、女っぽい女より、少年のような女が好きなんだ』
 「それって、まさかホモって事じゃないでしょうね」
 『そうじゃない。ヘテロであることは間違いないんだが、昼間は同性のようにつきあえて、夜は女として相手をしてくれる女を好むんだ』
 なるほどそれなら、ぼくを選ぶはずだ。なんとなく、納得がいった。
 「どうしてそんなことを知ってるの?」
 『やつのことはいろいろと調べてあるからな。フェラチオされるのと騎上位が好きだって事もな』
 「そう・・・・」
 真一は来年30になる。今まで女と付き合ったことがないとは思わなかったけれど、他の女と寝ている場面を想像すると、なんだか嫉妬めいた気分になった。
 『なんだ? 焼き餅やいてんのか?』
 見透かされたようにそう言われて、ちょっとどぎまぎした。
 「そ、そんなんじゃないわよ」
 『はは。まあ、いい。ともかくおまえが選ばれたんだからな。せいぜい頑張るんだぞ』
 「頑張るんだって言ったって、工藤は騙せてきたけど、猿渡と寝ることになったら、絶対にばれるわ」
 『ばれるものか。婦人科の医者が使うクスコでおまえの中を覗いて見ない限り、おまえが女じゃないなんて、誰だって気がつくはずがない』
 「ホントに大丈夫かしら?」
 『大丈夫だって。今、裕一郎とおまえがやっているビデオを見ているんだが、おまえはまるで本物の女だ。自信を持て』
 原口があのビデオを見ていると聞いて、恥ずかしさで体がカッと熱くなった。
 『わたしも一度おまえとやってみればよかったな。・・・・いや、今度の件が落着したら、付き合って貰うかな』
 おぞましさで、ぼくは電話を切った。でも、もし原口が要求したら、ぼくは応じなければならない。あのビデオが原口の手にある限り。
 涙が出た。

 「加奈子お嬢様? 加奈子お嬢様?」
 佐藤の声にハッとした。
 「なに?」
 「光子お嬢様が、加奈子お嬢様に先にお風呂に入ってくださいっておっしゃってますけど、どうなされます?」
 入浴の順番は、この屋敷に来たときからずっと同じだった。咲子、光子、そしてぼくの順番だった。光子は、ぼくと真一の会話を聞いてショックを受けて、入浴する気にはならないのだろう。
 「いいわ。先に入らせて貰います」
 「それでは、お着替えを準備させていただきます」

 毎日のことだけど、服を脱いで裸になると、女になってしまったことを思い知らされる。大きくなってしまった乳房はともかく、何も触れない股間はぼくを意気消沈させた。
 「はあ・・・・」
 溜息が出た。
 「少年っぽい女か・・・・」
 体を洗ってバスタブから出て、体を拭きながら鏡を見て、そんな原口の意見が正しいことを確認した。
 「女性ホルモンを使い始めて、まだ3ヶ月だもんな。だけど、真一はこんなぼくが好きだと言った。もう少したって、女っぽくなったら、真一はぼくのことをまだ好きだと言ってくれるだろうか?」
 不安が沸いてきた。
 「男に愛して貰おうなんて、これも女性ホルモンの影響だろうか?」
 そんなことを考えながらバスルームを出た。
 「佐藤さん?」
 「はい。加奈子お嬢様」
 「光子さんに上がりましたって、伝えてくださる?」
 「承知いたしました」
 ぼくが部屋に戻るとき、佐藤が光子の部屋をノックしている音が聞こえた。しばらくして、重そうな足取りが聞こえてきた。光子がバスルームへ向かったようだ。

 鏡に向かってお肌の手入れをしていると、屋敷中に響き渡るような悲鳴が聞こえてきた。光子の悲鳴だった。
 ぼくは、部屋を飛び出した。斜向かいの部屋から、光子の母親・桐山サチも飛び出してきた。
 「キャアア・・・・。誰か、誰か、助けて! 熱い! 熱い!!」
 佐藤が、バスルームに飛び込んでいった。
 「井上さん! 早く来て!! 何とかしてシャワーを止めて!」
 井上という使用人が、バスルームへ飛び込んでいった。
 「あちっ! あちっ!」
 しばらくして、バスルームから聞こえていたシャワ−の音が止まった。
 「いったい、どうしたの?」
 「シャワーから熱湯が出ていたんです。早く救急車を呼ばなきゃ」
 井上は電話をかけに階下へ駆け下りていった。
 「奥様。氷を持ってきますので、光子お嬢様を見てあげていてください」
 「は、はい」
 桐山サチは、光子を抱えるようにして抱いた。
 「どうしてあなたが最後なの・・・・」
 その言葉を聞いて、シャワーから熱湯が出るような仕掛けをしたのは桐山サチだと悟った。
 「ぼくが最後だったら・・・・」
 ぞっとした。