第八章 絶望

 「佳奈、いつまで寝てるんだ。腹が減った。飯を作ってくれ」
 そんな声に目を覚ますと、布団の傍らに清が座って、煙草を吸っていた。
 やはり5年前に戻った。わたしの産んだ子どもは誰ひとりとしていない。わたしは、涙を流した。
 「どうしたんだ?」
 「なんでもない」
 「何でもないってことはないだろう?」
 「うるさいわね。何でもないって言ってるでしょう!」
 「なにい。人が心配してやってりゃ、いい気になりやがって」
 清の手が飛んできた。頬に痛みが走る。わたしは、やけになっていた。
 「やったわね」
 わたしは、清と取っ組み合いの喧嘩を始めた。しかし、体格で勝る清に敵うはずもなかった。最後には、一方的に清に殴られた。
 「何が気にいらねえんだ。なあ、佳奈。愛してるって言ってるだろう?」
 清はわたしのブラジャーをずらして、乳房にむしゃぶりついてきた。
 「止めて! 止めてよ。あんたなんかとしたくない」
 「このアマ! 男ができたな。白状しろ」
 「違う、違う」
 「じゃあ、何故だ」
 清は、わたしをバシバシと殴り続ける。
 「わたしは、佳奈じゃない。佳奈じゃないのよ」
 「何馬鹿言ってんだよ。おまえが佳奈じゃなかったら、誰だって言うんだ」
 清に言っても仕方がなかったのだ。こんなことを言っても、誰も信じては貰えないのだ。気が狂ったと言われるだけだ。
 清は、わたしのショーツを剥ぎ取ると、無理矢理わたしを犯した。もうイヤだ。このまま死んでしまいたい。
 清は、わたしの横でグウグウ鼾をかいて眠っている。わたしは決心した。死ねば、こんな不条理なループから抜け出せる。
 わたしは、そっと布団を抜け出して、台所へ向かった。手にした包丁で左の手首を思い切り切った。躊躇いはなかった。真っ赤な血が、ドクドクと溢れ出てきた。わたしはタンスに凭れて、手首から血が流れ出てくるのを、じっと見ていた。
 これでいいんだ。わたしは、あの時死んだんだ。そう思えば、栄光の未来も何もかも惜しくはなくなる。
 両足が真っ赤な血で濡れる頃、わたしは意識を失った。