第六章 リスタート

 「佳奈、いつまで寝てるんだ。腹が減った。飯を作ってくれ」
 そんな声に目を覚ますと、布団の傍らに清が座って、煙草を吸っていた。
 「何しに帰ってきたの?」
 「何しに帰ってきたはないだろう? ここは俺のすみかだ。帰って来ちゃいけないのか?」
 「えっ!?」
 「それとも、俺に出て行けっていうのか?」
 どう言うことだ!? 訳が分からなかった。おかしい。出て行った清が、帰ってきたのではないようだ。
 「佳奈! まさかおまえ、男ができたんじゃないだろうな!!!」
 迫ってくる清を突き飛ばして、わたしは玄関へ走った。確かめなければ・・・・。
 ポストに新聞が入っている。新聞の日付を見た。
 1994年(平成6年)12月17日の文字。そんな・・・・。5年前に戻っている! 何故だ。
 「佳奈、何してるんだ。どうかしたのか?」
 「何でもない、何でもないよ」
 訳が分からないが、再び5年前に戻ってしまった。あの時、わたしは、三ヶ尻昭夫に声をかけて、入れ替わらなければならないと言うことなのか?
 もしかすると、この5年間のわたしのやり方が間違っていたのかも知れない。大友佳奈が本来歩む道を逸脱したから、やり直せと言うことなのかも・・・・。
 いずれにしろ、また5年待たなければならなくなった。・・・・仕方がない。やり直すしかないのだ。
 「清、ちょっと待って。すぐに食事を作るから」
 「食事は、あとでいいよ。一発やろう」
 「ちょっと待ってよ。時間はたっぷりあるでしょう? 今日は休みなんだから」
 「待てない」
 「もう、我が儘なんだから・・・・。でも、少しだけ待って。今日、お店を休むって店長に言うのを忘れてたの。康子に電話するから・・・・。それくらいは待って」
 「分かったよ」
 康子の電話番号は、覚えている。康子は、佳奈よりひとつ上の22歳。佳奈がスーパーで働き始めたときからずっと仲良しだ。
 「もしもし、康子、わたし。今日、ちょっと急用ができて、休まなければならなくなったの。店長に休むって、連絡してくれないかしら?」
 「いいわよ。でも、明日は出て来るんでしょうね。明日から売り出しだからね。来てくれないと困っちゃうからね」
 「分かってる、分かってる。じゃあ、頼んだわよ」
 「佳奈、急用って、何なの?」
 「な、何でもないわよ。ただの急用よ」
 「急用ねえ。・・・・せいぜい頑張りなさい」
 「えっ!?」
 「清さん、今日が今年最後の休みなんでしょう。サービスしてあげるのよ」
 「ば、馬鹿ね」
 「店長には上手く言っとくわ。じゃあね、佳奈」
 康子は仲がいいから、佳奈が仕事休んで何をするのか察したようだ。ちょっと、恥ずかしくなった。
 「佳奈! 早く来いよ」
 「薬飲んでおくから、待って」
 わたしは、引き出しの薬箱からピルを取り出して飲んだ。前回は、避妊のことなど頭になかったから、妊娠して清に捨てられてしまった。清の本質は分かっている。自分勝手で我が儘で、わたしを愛していると言いながら、結局は性欲のはけ口でしかないのだ。
 しかし、前回と同じ道を歩まないようにするためには、まず避妊だろう。清とこのまま暮らすことになるか? それとも何らかの理由で別れてしまうのか? それはまだ予想も付かない。成り行きに任せるしかない。
 もし、わたしの演じる大友佳奈が間違った道を歩んで、もう一度やり直せと言うのなら、何度でもやってやるしかないのだ。
 「佳奈! まだか?」
 「お待たせ」
 わたしは、清の待つ布団の中に飛び込んだ。前回はレイプ同然に、押さえつけられて無理矢理やられてしまったけれど、今回の清は、優しく丁寧だった。当然かも知れないけれど・・・・。

 清に抱かれて昼まで寝ていて、起きてから近くのファミレスまで日替わりランチを食べに行った。清が、わたしの働くスーパーで買い物をして帰って、そのまま夜までに5回セックスをした。前回とほとんど同じことが起こった。まるで、一度見たビデオを見ているような感じだ。
 前回と同じ轍を踏まないために、わたしはピルを一日も欠かさずに飲んでいる。わたしが妊娠しなければ、どの様なことになるのだろう。わたしは興味津々で、わたしが清に妊娠を報告した日を待った。

 2月に入ってもつわりは起こらなかった。問題の日、念のため、いつもピルを貰っている産婦人科に行って、妊娠反応を検査して貰った。結果は、当然陰性だった。
 問題の日が過ぎても清が出て行くこともなく、同棲は続いている。生活のサイクルもずっと同じだ。日曜日の夕方は、セックスデー。それも変わらない。変わったのは、月に一回わたしが日曜日に休みを取って、ふたりで出かけるようになったことだ。前回の4ヶ月間にはこんなことはなかった。
 映画を見たり、ピクニックに行ったり、ドライブを楽しんだり。時には、朝から晩までラブホテルにいて、セックス三昧のこともあった。
 清は、気に入らないことがあると、わたしに暴力を振るうことがあるが、それ以外は至って優しい。給料もきっちり入れてくれていた。
 わたしは、次第に清を愛し始めていた。エリート外科医としての、約束された人生を捨ててもいいとさえ思うようになった。

 平成11年の元旦が明け、ふたりで初詣に行った帰り道、清がわたしに言った。
 「佳奈、結婚しようか?」
 「えっ!? 何? 何て言ったの?」
 「同じことを二度も言わせるなよ」
 「わたしと結婚しようって言ったの?」
 「そうだよ」
 「ほんとに?」
 「イヤか?」
 「嘘じゃないのね」
 「返事は?」
 「オーケーに決まってるでしょう」
 前回、わたしは佳奈を娼婦にしてしまった。恐らくそのせいで、元に戻れなかったに違いない。娼婦にならなければ、あの時、男に呼び止められることもなかったのだ。今回は、清と円満な結婚をさせることができる。これなら、わたしは元に戻れるだろう。
 「じゃあ、届けを出しにいこう」
 「休みじゃないの? 今日は、元旦よ」
 「こじ開けてでも、受理して貰う。平成11年1月1日。最高じゃないか」
 清は本気で役場に届けに行くつもりらしかったが、途中で清の友人に出会い、結婚するという話しをすると、そのまま結婚祝いとなった。清の悪友が数人集まり、わたしも康子を呼び寄せた。結婚式も披露宴もなかったけれど、最高のお祝いになった。
 「ねえ、清。赤ちゃん、産んでもいい?」
 わたしは、恐る恐る清にそう聞いた。子どもなんて真っ平だという、前回の清の言葉が頭に残っていたからだ。しかし、産んでみたかった。わたしは、女は女と生まれた以上、子供を産むのは当然で、女の義務だと思っている。女になったついでに、女が子どもを産むと言うことを経験してみたかったのだ。
 「産みたいのか?」
 「うん。清の子どもを産みたいの」
 「俺の子どもねえ。どんな子どもができるのかなあ」
 前回は、言下の元に、拒否されてしまったけど、今回は雰囲気が違う。どうも許してくれそうだ。
 「いい子ができると思うわ」
 「美男子ができるかな」
 「わたしに似た美人ができるわ」
 「よし決まった。すぐ作ろう」
 わたしは、清に抱きついてキスした。
 「ピルを止めなくちゃ」
 「すぐに止めろ」
 「すぐに止めるわ」

 ピルを止めたのに、なかなか妊娠しなかった。長い間ピルを飲んでいたから、おかしくなったのかもしれないと心配した。2月になって、初めて生理があった。ずっとピルを飲んでいたから、今回は生理を経験するのは初めてだ。それでもやっと安心した。生理があったと言うことは、わたしの、佳奈の、女としての機能が回復したと言うことだ。排卵日を計算して、その日は、スーパーを休んで朝から晩までやりまくった。
 3月の生理はなかった。2週間待って、産婦人科に出かけていった。妊娠反応の結果が出るのをどきどきしながら待った。
 「水沼さん。どうぞ」
 看護婦に呼ばれて診察室に入ると、ドクターがニコニコしながらわたしに言った。
 「陽性ですね。おめでとう」
 「ありがとうございます」
 「予定日は11月27日ですね」
 「分かりました。男の子か女の子か、まだ分からないでしょう?」
 「まだ分かりませんね。6ヶ月か、7ヶ月になったら分かるでしょう。分かったら、教えて欲しいですか?」
 「そうですね。・・・・やっぱり分からない方がいいかな。生まれるまでのお楽しみって方がいいかも」
 「それもそうですね。じゃあ、気が変わらなかったら、教えないことにしておきます」
 「はい、そうしてください」
 「月に一回受診してください。いいですね」
 「はい」
 できたことを伝えると、清は凄く喜んでくれた。前回とは大違いだ。まるで人が変わったようだ。
 わたしの振る舞いの違いによって、相手の反応も違ってくるのだろうか? いずれにしても、清に喜んで貰って、子供が産めることは喜ばしいことだ。

 妊娠9週目に入って、つわりが始まった。はっきり言って辛い。飯の炊ける臭いが最悪。酸っぱいものが食べたくなるなんてのは嘘だ。そんなことはまったくなかった。
 子どもは母体にとって異物だから、拒絶反応が起こる。それがつわりだとは分かっている頭の中では分かっているが、これほど辛いものだとは思わなかった。子宮から子どもを取り出すわけにはいかないから、耐えるしかないのだ。
 6ヶ月目に入ってつわりがなくなり、反動で手当たりしだいに食べまくった。
 この頃から胎動を感じるようになった。あんまり動き回って、また死産になりやしないかと、心配で心配でならなかった。

 今回は大丈夫だった。しかし、予定日を過ぎても陣痛が始まらなかった。
 「初産の時は、遅れるものですから」
 そんな医者の話しに納得しながらも心配だった。ちゃんと生まれるのだろうか?
 予定日を一週間過ぎてしまい、陣痛促進剤を使うことになって、12月4日入院した。入院したとたん陣痛が始まり、陣痛促進剤は使わないですんだ。薬で無理矢理産むなんてイヤだったから、安心した。
 陣痛は酷く痛いものだと聞いてはいたが、これほどとは思わなかった。子どもを産むのでなかったら、とても耐えられるものではない。無痛分娩というのを聞いたことがあるが、お腹を痛めて産んだ子という表現を思い出した。陣痛に耐えて産まなければ、母としての愛情が生まれないのではないかと思い、わたしは耐えることにした。
 予定日からほぼ2週間遅れの12月10日、清が両手を握ってくれて、がんばれ、がんばれとの励ましの言葉を聞きながら、わたしはついに子どもを産んだ。2760グラムのやや小さめの子どもだったが、元気な女の子だった。
 生まれた瞬間、泣き声が聞こえたとき、それまでの苦労が全部吹っ飛んで、わたしは喜びに包まれた。わたしはやったぞ。ひとつの大事業を成し遂げたぞ。そんな気分だった。これが出産というものなんだ。女は素晴らしいな。本心からそう思った。
 12月16日、清に付き添われて退院した。母乳を与えたあと、わたしの布団の横に敷かれた小さな布団の上ですやすやと眠る我が子を見ながら、わたしは、これ以上ない幸せに浸っていた。