目が覚めた。わたしはソファーの上に倒れて眠っていた。暖房が利いているのか、眠り込んでいたというのに、寒さをまったく感じなかった。わたしは、いつの間にか服を着ているようだ。いつの間に服を着たんだろう?
起きあがって見回すと、女がいない。財布は? 財布は大丈夫だろうな? わたしは、内ポケットに入れておいた財布を捜そうとした。その時、財布どころではないことに気付いた。
わたしの着ている服は、女の着ていたキャミソールだった。しかもブラジャーまでしていた。驚いてさらに下を見た。わたしはあの短いレザーのスカートを穿いていた。そのスカートから、淡いピンク色のパンティーが覗いていた。ロングブ−ツも履いている。野球拳の挙げ句、裸になって、女と衣服を交換してしまったのか? きっとそうだ。
しかし、そうではなかった。女とわたしは体格が随分違っていた。女の着ていたものが、わたしに着られるはずがなかった。
それに、寝ているときから、顔に掛かった髪の毛に気付いていた。起きあがったときに、その髪が落ちてきていた。髪の毛を引っ張ってみた。頭が引っ張られて痛かった。
胸を触ってみると、ブラジャーの下に柔らかい膨らみを感じた。その膨らみは、自分の体の一部だという信号を頭に伝えてきた。
そんな馬鹿なと思いつつ、スカートをまくり上げて、パンティーの上から股間を触ってみた。ない!!! そこには何も触れなかった。それでもわたしは信じられず、パンストとパンティーを下げて、股間を覗いてみた。そこに見えたものは、淡い茂みだけだった。ペニスも睾丸もなかった。この体は、女の体だ。わたしは、慌てて、パンティーとパンストをあげた。
わたしは、ひどく動揺していた。体がぶるぶると震えた。
今のわたしの体は、誰のものだ? あの女のものなのか? 壁はクロス張りで、顔を確認できない。テーブルに顔が映った。映った顔は・・・・、映った顔は、・・・・間違いなく、あの女の顔だった。
頬を抓ってみた。痛い。夢じゃない。女とわたしが入れ替わってしまった!? 信じられない!!! どうなっているんだ。
見回してみたが、この部屋の中には、わたし自身、三ヶ尻昭夫はいなかった。どこへ行ったのだろうか? わたしより先に目が醒めて、女になったわたしを置いて出て行ったということは、わたしに成り代わるつもりに違いない。わたしを誘ったのは、金を盗むためではなく、わたしの体を盗むためだったのだ。何のために? わたしの地位と名誉を奪うためだ。そんなことはさせない!
外に出て、わたし自身を捜しに行こうとして驚いた。ドアには、内側から鍵が掛かっていたのだ。わたしと女が入れ替わったとして、わたしになった女は、どこから外へ出て行ったのだろうか? この部屋の中から、煙のように消えてしまったというのだろうか? いったい、どうなっているんだ!
わたしはソファーに座って、じっと考えてみた。どう考えても、訳が分からなかった。どんなトリックがあるのか分からないが、ここにいないってことは、外にいると言うことだ。とにかく外に出て探そう。自分自身を。
行く先は? わたしの家に違いない。こんな時間だし、他に行くところなどないだろうから。財布の中に、わたしの自宅の住所が書かれた名詞が入っているから、それを目当てに、家へ向かっているに違いない。
そう決断して、服装を整え、ソファーの上に脱ぎ捨てられていたコートを羽織り、ショルダーバッグと机の上に置かれていた会計カードを手にして部屋の外に出た。
女もかなり飲んでいたと思ったのだが、不思議に酔いはない。しかし、ブーツの踵が高いせいで、ひどく歩きにくい。
エレベーターで、一階に降りて、受付に会計カードを差し出した。
「ありがとうございました。お一人様ですね、1500円です」
「お一人様って、ふたりで来たんですけど・・・・」
わたしは、現在の自分の姿を考え、女言葉を使った。
「お一人様でしたよ」
受付の女性は、不思議そうな顔で、わたしを見た。
「そんなはずはないでしょう? 40くらいの中年の男性と、ここに入ったはずだけど・・・・」
「いえ、ほらこの通り、お一人様ってなってますよ」
受付の女性が、部屋毎の利用人数を書いた書類を、わたしに指し示した。そこには、利用人数一人と書かれていた。しかし、わたしは食い下がった。
「確かにふたりで来たのよ。男の人が、ここから出て行ったはずよ」
「そんな男の人は、いなかったわ」
受付の女性は、妙なことを言うなというような顔をしてわたしを見つめた。
そう言えば、目の前の女性は、わたしたちがこのカラオケハウスに入ったときの受付嬢とは違う。もっと年寄りだった。
「あなた、わたしたちがこの店に入ったときの人とは違う人よね」
「えっ!? わたしは、開店からずっとここにいますけど・・・・」
「じゃあ、受付には、他の女性がいるのでは・・・・」
「わたし、ひとりですよ」
訳が分からなかった。仕方なく、わたしはバッグの中から財布をとりだして、1000円札を2枚差し出した。
「ありがとうございました。また、どうぞ」
そう言って、受付嬢はわたしに領収書とお釣りを差し出した。500円だと思ったのに、お釣りは455円だった。1500円に消費税がかかったんだ。
釣り銭を財布にしまい、夜の町へと踏み出した。わたしの体は、どこへ行ったのだろう? まさかこのあたりをうろうろしているはずはないがと思いながら、カラオケハウスの前の通りに立って、キョロキョロと見回した。
町の様子が少し違うのに、すぐに気がついた。
駐車場だったところに、古いビルが建っていた。このビルは、とうの昔に取り壊されたはずだ。何故ここに建っている!?
振り向いて、今出てきたばかりのカラオケハウスを見た。カラオケハウスの正面玄関に本日開店の文字がでかでかと出ていた。そんな馬鹿な! このカラオケハウスは、わたしがこの町に赴任してきたときには、すでにここにあった記憶がある。
わたしの思考は、混乱するばかりだ。
向こうの角を見ると、たばこ屋が見えた。角のたばこ屋は、婆さんが死んで、去年閉めたはずなのに、見覚えのある婆さんの顔が見えた。婆さんが生き返った!?
おかしい、おかしい。何もかもが、おかしい。わたしが、この女と入れ替わっただけじゃない。何かもっと別なことが起こっている!
わたしは、カラオケハウスで貰った領収書を取り出した。消費税は2年前の春から5%になっているはずなのに、手にした領収書には、消費税3パーセントの文字。1500円の3パーセントは、45円だ。だから、お釣りが455円だったんだ。領収書をもう一度よく見た。日付があった。94年12月16日! 94年だって!!! 時間が、時間が遡っている。ぴったり5年。信じられない!!! いや、何かの間違いだ。そんなことは起こりえない。
自分が女になってしまったことさえも信じられないのに、この上、過去に戻ってしまったなんて!
たばこ屋の前に、新聞が置いてあるのが見えた。わたしは、たばこ屋まで走って行った。新聞をひったくるようにして取り、日付を見た。たばこ屋の婆さんが、ビックリした顔でわたしを見ている。新聞の一番上の欄外に日付がある。そこには、1994年(平成6年)12月16日の文字があった。間違いがなかった。わたしは、この女と入れ替わっただけではなく、さらに1994年にタイムスリップしたのだ。
わたしの体は、どこにいるのだろう? 平成11年の12月16日にいるのなら、わたしは、わたしを捜せない。わたしと一緒にタイムスリップして、この時代に来ているだろうか? それならば探せるが、カラオケハウスの受付嬢は、わたしひとりだったと言った。それが事実ならば、三ヶ尻昭夫の体が一緒にこの時代に来たとは考えにくい。
ならば、5年前のわたしに連絡して助けて貰うか? だめだ。5年前、わたしは日本にはいなかった。5年前は、留学先のシカゴにいた。
5年経たなければ、入れ替わったわたしに会えない。どうしたらいいんだ。わたしは呆然とその場に立ちつくした。
しばらくして、わたしはふらふらとメインストリートを歩き始めた。
「いよう、姉ちゃん。俺と遊ばないか」
酔った男が、わたしに声をかけてきた。わたしは、男を無視して、歩き続けた。
「なんだよう。せっかく誘ってやってるのに」
男は、そんな捨て台詞を残して、去って行った。
「姉ちゃん、いくらだ?」
また、酔った男に声をかけられた。
「女が欲しいんだったら、ソープにでも行ったら?」
「そんな格好して、男が欲しいんと違うのか?」
わたしは、男を睨みつけてから、歩き続けた。そうだろうな。こんな格好をして、こんな時間に歩いているのだ。男あさりが目的としか思えないだろうな。わたしだって、そう思う。
その後も、何人もの男に声をかけられた。わたしを性の対象として、声をかける男はいても、わたしを助けてくれそうな人間はいない。
わたしは、目の前にあった24時間営業のファミレスに飛び込んだ。
「コーヒーください」
「かしこまりました」
わたしはテーブルについて、ショルダーバッグの中を点検した。この女は誰か。まず、それを知る必要がある。誰であるか分かれば、元に戻る糸口が見つかるかもしれない。
財布には、1000円札が7枚。100円玉が6枚、50円玉が4枚、10円玉が2枚、5円玉と1円玉がそれぞれ1枚。合計7826円。カードが3枚入っている。銀行のキャッシュカード、JCBのカード、日石のカード。日石のカードの裏に名前が書いてあった。大友佳奈。この女の名前は、大友佳奈なのか・・・・。大友佳奈? 大友佳奈? 聞き覚えのない名前だ。
さらに、バッグの中を探した。口紅、ファウンデーションなどの化粧品が入った小さなポーチ。ポケットティッシュにハンカチ。鍵の束。・・・・コンドーム。
バッグの底に免許証が入っていた。写真の顔は、随分若いようだが、この女のものだ。大友佳奈。間違いない。大友佳奈は、この女の名前だ。昭和48年8月18日生まれ。・・・・と言うことは、平成11年にはこの女は26歳だ。カラオケハウスの前に出会ったときには、確かにそれくらいに見えた。
ガラスに映った女の顔を見た。この女が26歳だって!? とても26歳には見えない。随分幼く見える。平成6年には、この女は21歳。そう、それくらいの年だ。同じ服は着ているが、下着の色が違う。あの時出会った女は、5年後のこの女だ。
・・・・そうなると、わたしたちふたりが入れ替わって、この女となったわたしが5年前にタイムスリップしたのではなく、わたしは5年前のこの女と、入れ替わってしまったのだ。
何故入れ替わってしまったんだ。しかも、5年前のこの女と・・・・。
本籍は熊本県。現住所は? 犬神町3丁目2の2。ここからそう遠くない。歩いて行けそうだ。
何をするにも手持ちが少なすぎる。キャッシュカードにいくら入っているか分からないが、現金が、8000円もないのだ。これでは、何もできない。この女の住んでいるところが見つかれば、そこを拠点にして、元に戻る方法を探れるだろう。免許証の住所に住んでいるかどうか分からないが、とにかく行ってみるしかない。
免許証に記された住所には、数軒のアパートが建ち並んでいた。この中のひとつだろうか? それとも一戸建ての家なのだろうか?
幸い夜中だから、人通りもほとんどなく、誰にも見咎められずに探して回れた。2軒目のアパートの2階に、大友佳奈の小さな表札を見つけた。表札の文字と免許証の文字をじっと見比べてみた。間違いない。ショルダーバッグの中から、鍵を取り出して、それらしい鍵を鍵穴に入れてみた。・・・・回った。何だか、もの凄くほっとした。
ドアを開けた。中は真っ暗だ。手探りで壁を探すと、入り口の壁にスイッチがあった。そのスイッチを入れると、左側に作りつけの靴箱のある狭い玄関と、手前の4畳半の部屋に明かりが点いた。上のスイッチが玄関、下のスイッチが部屋のものだ。
ブーツを脱いで、部屋に上がった。2DKの狭いアパートだ。三ヶ尻昭夫の家からすれば、天と地の差がある。しかし贅沢は言っていられない。寝る場所が確保できただけでも良しとしよう。
時間は午前2時過ぎ。少し安心したせいか、ひどく眠くなってきた。奥の部屋の押入から布団を取り出して敷き、脱いだ服を押入に放り込むと、ブラジャーとパンティーだけで、布団の中に潜り込んで横になった。疲れていたのか、あっという間に眠りについた。