第4章 恐ろしい計画

 その後も、フィーリングの合う人に出会うとホテルまで行きました。でも、わたしが男だとわかると半分は逃げ出してしまいました。ですから、わたしが性的に満足できるのは、月に一度あるかないかくらいでした。
 わたしは素人のニューハーフですから、ホテルに行ったとしてもお金などは要求しませんでした。でも、ことが終わると一万円札を何枚か置いていく男もいました。わたしは断りもせずに受け取りました。お金はいくらあっても悪いことは何もないのです。
 結果的に見れば、わたしは男相手に売春していたことになるのですけど、その時はそんな意識はありませんでした。

 女性ホルモンの注射を受けるようになって一年以上が過ぎた頃には、わたしの女性化はかなり進んで、少し太ったなどと言う言い訳は通用しなくなりました。
 AAカップに育った胸は、キャミソールとブラウスでは隠せません。男と関係を持つようになって、気持ちも女に近づいたせいか、わたし全体の雰囲気がほとんど女性になっていました。
 「大林さん、女装しているのは仕事上だけだと思っていたのに、ホントに女になろうとしているみたいよ」
 「まあ、ほんとに?」
 「ほんとよ。胸が大きくなって乳首が見えてるでしょう?」
 「わたし、初めからおかしいと思っていたのよ」
 「わたしも」
 「いいじゃないの。元々そう言う人だったんだから」
 「大林さんって、男でいるより、女になった方がいいんじゃないの?」
 「ほんとね。その方がずっと似合ってるわ」
 いろいろな噂が流されているようでした。職場の同僚やお客さんたちを見ていると、わたしを受け入れてくれる人と受け入れてくれない人に分かれたような気がします。
 「大林さん、ホモで、夜な夜な男あさりをしているらしいわよ」
 「嘘でしょう?」
 「ホントらしいわよ」
 「まあ、いやらしい」
 「ホモって、あそこであれを受け入れるんでしょう?」
 「そうみたいよ」
 「汚いわ」
 「汚いっていうより、痛くないのかしら?」
 「さあ、どうかしら?」
 夜な夜なじゃないけれど、男あさりをしているのは事実ですから、何も反論はしませんでした。わたしとしては、職場では仕事を一生懸命やるだけです。

 その仕事ができなくなる日がやってきました。わたしが女性ホルモンを初めて1年と6ヶ月あまりがたった8月の終わり頃、社長室に呼ばれたのです。
 「大林です。お呼びと伺って参りました」
 「ああ、君が大林君かね。噂はかねがね聞いとるよ」
 社長は、ソファーに座るように促します。わたしは畏まってソファーに座りました。
 「君のおかげで婦人服売り場の売り上げがかなり良くなったと感謝しているんだ」
 「そう言っていただけると光栄です」
 その時は、ボーナスでもくれるのだろうかと思っていました。
 「ずいぶん女らしく見えるが、君は男だったね」
 話しががらりと変わって、わたしは一瞬戸惑いました。
 「はい、そうですけれど。それがなにか?」
 「男と関係を持ったことは?」
 「えっ! ・・・・それは・・・・」
 突然のことにわたしは狼狽えてしまいました。そんなわたしの態度は、男との関係を認めたも同然でした。
 「仕事のために女のような格好をするのはかまわんのだが、お客様に迷惑をかけてもらっては困るんだよ」
 「お客様に迷惑ですって!?」
 「うちの上得意の奥様から、クレームが入っているんだよ」
 「どう言うことでしょうか?」
 訳がわかりませんでした。男なのに仕事のために女の格好をしていることは、お客さんはみんな知っています。どんなクレームが入ったというのでしょうか?
 「わたしの口から言わせるのかね?」
 「いったい、何のことでしょうか?」
 「・・・・そうか。この写真の男性の見覚えは?」
 社長がわたしの目の前に差し出したのは、そのひと月ほど前に関係を持った新山という男の写った写真でした。いつもはわたしの方が気に入った男に声をかけるのですが、新山は最初からわたしが目当てで声をかけてきたようなのです。相手をしなければ、わたしが男を相手にしていることをデパート中に言いふらすと脅されて、渋々相手をした男なのです。
 「君のおかげで、息子がホモになってしまうと、すごい剣幕でね」
 「そんなことはありません。彼の方が誘ったのです」
 「やっぱり関係があったのだな」
 うっかり口が滑ってしまい、完全に認めてしまいました。
 「・・・・」
 「ともかく、こんな不祥事は初めてだ。君を辞めさせないと、このデパートはホモを雇っていると言いふらすと言ってきているんだ」
 「そんな・・・・」
 「君の腕は買ってはいるんだが、そう言うことだからこのまま雇っておくわけにはいかないんだ。すまんが君の方から辞表を出してくれたまえ」
 どうしようもありませんでした。わたしはその日のうちに辞表を書いて提出しました。それまでの業績を考慮してもらえて、通常の倍の退職金を出してもらえたので、恨み言を言うのは辞めました。

 退職金は、400万円あまりでした。とりあえずは生活できますが、遊んで暮らすわけにもいきません。すぐに仕事を探し始めましたが、戸籍が男である以上、女の格好では働く場所は限られています。
 新宿にでも行けば、夜の商売はいくらでもあります。ベッドをともにする相手もすぐに見つかるでしょう。でも、男を相手にすることを仕事にしたくはありませんでした。あくまでも堅気の仕事にこだわったのでした。
 そんな仕事はありませんでした。
 アパートのソファーに寝転がって、天井を見ながら考えました。あるアイデアが浮かびました。
 わたしがまずしたことは、喉仏を切り取ることでした。喉仏があると、すぐに男だとばれてしまうからです。病院はすぐに見つかりました。見つかったと言うより、いつも女性ホルモンの注射をしてもらっているドクターに頼んで探してもらったのです。
 「君のような患者さんをいつも紹介しているからすぐにやってくれるだろう」
 紹介状を持っていくと、二つ返事で引き受けてくれました。簡単な検査をされたあと、日帰りで喉仏を取る手術を受けました。一週間後には、わたしはどこから見ても女に見えるようになりました。もちろん、裸にならなければの話しですが。
 それから、わたしは履歴書を買って帰り、必要事項を書き込んで、二駅ほど離れた場所にある喫茶店の主人に手渡しました。
 「ほう。あのホテルのウエイトレスをしていたのかね?」
 「はい」
 「どうして辞めたんだね?」
 「セクハラがイヤになって」
 「そうか。そう言うことなら、うちで雇ってあげよう。いつから働くかね?」
 「今日からでもよろしいですけど」
 「そうか。それなら、今日からと言うことで」
 わたしは、諸岡瞳の名前を騙ったのです。履歴書に書くくらいの情報なら、完全に暗記していたからです。喫茶店の主人は、わたしが男だなんて疑おうともせずに雇ってくれたのでした。
 もう少し時給のいい仕事もあったのですが、ウエイトレスのような仕事を選んだのには理由があるのです。そのことについては今は伏せておきます。

 9時に店に行き下準備をして、10時開店。正午前までは、主にコーヒーや紅茶などの飲み物。正午から午後1時過ぎまでは、ランチタイム。その後は、再び飲み物。夕方も軽食を食べに来る常連さんたちがいます。最初の話しでは、午後6時まででいいと言うことになっていたのですが、その喫茶店は、午後7時を過ぎるとスナックに早変わりします。倍の時給を出すと主人が言ってきました。
 お金は欲しかったのですが、気乗りがしなかったので断りました。あくまでも堅気の仕事ですませたかったのです。スナックで働き始めるとろくなことはないと思っていたのでした。
 「瞳ちゃん、頼むよ。金曜と土曜だけでいいから」
 何度もそう頼まれて、お世話になっているからと、金曜日と土曜日だけスナックの店員もするようになりました。
 しばらくすると、わたしを目当てにやってくるお客さんが現れました。
 「なあ、瞳ちゃん。店がはねたら、寿司を食いに行こうよ」
 「別の店で一杯やらないか?」
 そんな風に、下心見え見えでわたしを誘うのです。関係を持ってもいいのですが、わたしが男だとばれると喫茶店を辞めさせられると思って、絶対に誘いには乗りませんでした。

 昼間は喫茶店のウエイトレス、金曜、土曜はスナックのホステスという、女としての平穏な日々が過ぎていきました。
 そんな日々が3ヶ月ほどたったとき、喫茶店の主人に呼ばれました。
 「何でしょうか?」
 「これは、いったいどういうことかな?」
 喫茶店の主人がわたしの目の前にぽんと放り出したのは、ある興信所の報告書でした。調査の相手は、諸岡瞳でした。
 「わたしは、君のことが気に入ってね。是非わたしの息子の嫁にしたいと思ったんだよ。しかし、はっきり言って、わたしは君のことをよく知らない。いや、君が働き者だと言うことはよくわかっているんだ。だが、あんないいホテルで働いていたのに、たかがセクハラなんかで、辞めるなんてわたしには信じられなかったんだ。だから、辞めた経緯を調べて欲しいと興信所に頼んだんだ」
 喫茶店の主人は、ゆっくりと噛み締めるようにそう言いました。
 「この報告書が来て、何かの間違いだと思ったよ。諸岡瞳はまだあのホテルで働いているって言う報告書を見てね。最初、うちと二股で働いているのかと思った。しかし、同じ時間帯に別々の諸岡瞳がいたんだ。となると、考えられるのは同姓同名の人物がいたと言うことになるのだが、そんな人物はいない。興信所の探偵が、あっちの諸岡瞳の履歴書を取り寄せてみた。君が書いたものとまったく同じだった。どちらが嘘を言ってる? 向こうは、6年前からずっと働いているんだ。君の方が偽物だね」
 反論の余地はありません。素直に認めるしかないのです。ただ、わたしが諸岡瞳でないことは明らかになっているのですが、男であることはばれてはいないようです。
 「だまして申し訳ありませんでした」
 「本名はなんと言うんだね?」
 「申し上げられません」
 「どうしてだ?」
 「どうしてもです」
 「そうか・・・・」
 喫茶店の主人は腕組みをしてわたしを見つめていました。
 「今日限りでここを辞めさせていただきます」
 「嘘を言っていたことを責めているんじゃないんだ。君のホントの素性を知りたいだけなんだ。わかってくれ。できれば、息子の嫁に」
 「わたしのことは忘れてください。すみませんでした」
 わたしは、止めるのも聞かずに、喫茶店を飛び出しました。わたしが男だとわかる前に、逃げ出したかったのです。

 喫茶店の主人に渡した履歴書には、諸岡瞳の現住所が書いてあります。興信所の探偵が、わたしのことを調べていなければ、本当の住所を知られてはいないだろうけれど、知られていて押し掛けられるのではないかと心配していました。だけど、それは杞憂に終わりました。
 翌日から、再び仕事探しです。諸岡瞳の履歴を使わないで、ニューハーフとして働くのは絶対いやでしたし、まして、男に戻るのはもっといやでした。女としての働き場所を見つけるためには、諸岡瞳の履歴を使うのが一番なのですが、たとえ東京を離れて使ったとしても、またあの喫茶店と同じことになりそうな気がしました。
 悪魔がわたしの心に囁きました。わたしが初めて諸岡瞳を見かけたときに心の中に浮かんだ妄想を実現するのがいいと。
 わたしはそのために3ヶ月の月日を費やしました。そして、諸岡瞳を見かけて2年目の暮れのある日、諸岡瞳のアパートのドアをノックしたのです。

 ドアをノックすると、すぐに諸岡瞳の返事がありました。
 「はい? どなた?」
 「わたしです」
 「はあ? どなたかしら?」
 ドアが開きました。そのときの諸岡瞳の顔ったらありませんでした。
 「あ、あなた・・・・。いったい、誰?」
 「誰って、諸岡瞳よ」
 右手を口に当てて後ずさる諸岡瞳の顔は歪んでいました。
 「な、何の冗談なの?」
 「冗談なんかじゃないわ。わたしは諸岡瞳」
 「嘘よ。わたしが諸岡瞳よ」
 「わたしも諸岡瞳よ」
 「嘘よ。これは夢だわ」
 諸岡瞳は、ギュッと目をつぶりました。そうしてから、恐る恐る目を開きました。そして、絶望するかのように呟きました。
 「あなた、悪魔なの?」
 「悪魔? そうかもしれないわ。あなたを殺しに来たんですもの」
 諸岡瞳の顔が恐怖におののきました。
 「こ、殺すって?」
 「諸岡瞳は、この世に一人でいいわ。あなたには消えてもらいます」
 わたしは、すっと近寄って、諸岡瞳の首を絞めました。

 わたしが諸岡瞳を初めて見たとき妄想したことは、彼女になって女として暮らしたいと言うことでした。
 諸岡瞳になるには、彼女を抹殺することです。この世から消してしまえば、もうあの喫茶店のようにはならないのです。諸岡瞳になりきるために、わたしは準備してきました。自信があります。
 最初にしたことは、ピッキングの技術を会得することでした。そうしてから、諸岡瞳が仕事に出かけている間に、彼女のアパートに忍び込みました。たとえ他の住人に見咎められても、わたしは諸岡瞳に十分似ていますから、誰も不審には思わなかったでしょう。
 諸岡瞳の部屋の中に入って、中にあるものを手当たり次第デジカメに納めました。アルバム、手紙、日記などすべてのものです。それから、普段着のサイズを調べました。ブラのサイズは、C70。ウエストが59のスカートをはいています。ヒップは、85前後でしょう。最後に、声に反応するテープレコーダーを電話機の裏側に仕掛けておきました。
 数日後、もう一度諸岡瞳のアパートに忍び込んで、テープレコーダーを回収し、声の特徴や、話し方の練習をしました。
 練習しながら、ダイエットに挑戦しました。わたしのウエストが、彼女より3センチも太かったからです。
 ウエストが58になったところで、ヒップを測りました。わたしのヒップは、84でした。これなら問題ありません。問題は、バストでした。
 思春期前に女性ホルモンを始めれば、ホントの女と同じバストが形成される可能性が高いのですが、わたしが始めたのは、27。アンダーとトップの差は8センチ以上にはなりませんでした。ですから、豊胸術を受けました。C70のブラがちょうどいいサイズになりました。
 髪型、眉の形も同じにしました。化粧品も同じものを手に入れて、アイシャドウや口紅の色も彼女の好みの色にしていました。

 諸岡瞳をこの世から抹殺するには、殺してしまうだけではだめです。死体を処理しなければなりません。オウムのように、骨まで完全に燃やしてしまえればいいのですが、そんな施設はありません。どうすればいいか? ヒントがありました。それは、看護婦が同僚の看護婦を殺して、バラバラにしたという事件でした。でも、バラバラにしただけでは、すぐに見つかってしまいます。あの事件も、バラバラ死体が見つかってから、歯形からすぐに死体の身元がばれて、殺した看護婦が見つかってしまいました。
 ではどうするか? もうひとつヒントがありました。あの喫茶店で働いていたときに、お客が忘れていったミステリーでした。
 龍一京作の「壊滅!臓器密売ルート」と言うミステリーです。不法残留外国人をうまくだまして、生きたまま臓器を取り出して高く売り、いらない部分はミキサーにかけてミンチにして、犬の餌にするというものです。犬の餌にするのは無理としても、ミンチにしてしまえば、身元を特定できなくなります。
 そこで、解剖学の本を買ってきて、人間のばらし方を学びました。そうして、ミンチにする機械の購入先を見つけておきました。すぐに買わなかったのは、諸岡瞳のアパートに届けさせるわけにはいきませんし、諸岡瞳を殺してバラバラにしてから購入しても遅くはないからです。
 このような準備を整えてから、諸岡瞳のアパートを訪れたというわけです。

 わたしは、恐ろしい計画を実行に移そうとしていました。諸岡瞳をこの世から抹殺して入れ替わるという計画を。
 わたしは諸岡瞳の首にかけた手に力を加えました。彼女は白目をむき、わたしの両手にかけた手から力が抜けていきました。