北村かなえは、わたしの仕事着として、デザインの違ったブラウスを3枚と、白、ベージュ、黒のパンツを用意してくれました。ベストは最初のものだけで、その日の気分に合わせて着たり着なかったりすることにしました。
黒のパンツの時はいいのですが、白やベージュの時は、下着が透けて見えます。柄物のトランクスでなければ透けてもいいのですが、婦人物のパンツの下にトランクスはやっぱりおかしいと思いました。ですから、生まれてこの方、はいたことのないブリーフをはきました。当然のことながら、色は白です。
婦人服売り場で働き始めた最初の頃は、お客さんたちは、わたしの方をじろじろ見て、近寄っていくと逃げてしまうような状態でした。
それはそうだと思います。一見して男とわかるわたしが、女物の服を着て、婦人服売り場をうろうろしているのですから。
けれど、わたしの格好などを気にしないお客さんもいて、販売員のネームプレートを付けたわたしに、どうかしらと声をかけてくれます。
「女の店員さんに見てもらうより、男の目で見て似合うかどうかを判断してもらった方がいいでしょう?」
確かにそうだと思いました。ですから、そんなお客さんのために、精一杯のアドバイスをしました。
「このお洋服には、そのバッグはちょっと大きすぎるのではないかと。こちらのバッグなどいかがでしょうか?」
「一サイズ大きくされた方が、むしろ細く見えると思いますが」
「お客様の場合、足がお綺麗ですから、ミニの方がお似合いかと」
テレビで見るピーコさんみたいに辛辣ではなくて、コーディネートをやんわりとアドバイスするやり方で、お客に接したのです。
「あなたの言うとおりにして正解だったわ」
「あなた、いいセンスしているわね」
そんな風に何度も褒められるようになりました。すると、それまで気持ち悪そうにしていたお客たちも、わたしのアドバイスが的確だとわかって、寄りついてくれるようになりました。
紳士服売り場にいるときにも、センスがいいと言われていましたけれど、婦人服売り場で働くようになって、その評判はさらに強固なものとなりました。
女物の服を着て働くのは、正直言って恥ずかしかったです。でも、それは仕事のため、ただの仕事着だと割り切っていたのです。ですから、通勤の時はきっちり男の姿でした。もちろん、アパートに帰って女装するなんてことはまったくありませんでした。
ところが、諸岡瞳に出会ってからは、何かが変わったようです。何が変わったかというと・・・・、正直に言いましょう。わたしは、女の服が着たかったのです。いえ、ただ女の服が着たいだけではなく、女になりたかったのです。ずっと以前から。ずっと幼い頃から。
幼い頃、わたしは女の子とばかり遊んでいました。男の子たちと鬼ごっこをしたりチャンバラをしたりするよりも、女の子たちとママゴトやお人形遊びをする方が好きでした。
一緒に遊ぶ女の子が着ている可愛らしい服をわたしも着たくて、母におねだりしたことも一度や二度ではありません。
小学校に上がる前までは、母はそんなわたしの願いを聞き入れてくれて、姉の服を着せてくれたりもしました。わたしは嬉しくて、ひらひらの付いた真っ赤なワンピースを着て遊んだものです。
でも、小学校に上がったとたん、母は目をつり上げてダメだと言いました。
「どうして?」
そんなわたしの問いに対して、母はこう答えるばかりでした。
「あなたは男の子だから、スカートなんかはいてはいけないの?」
母がそう答えるほんの少し前までスカートをはかせてくれていたのに、突然の心変わりに、わたしはどうしても理解できませんでした。
ですから、わたしはこっそり姉のスカートはいたりしていました。けれど、そのことが父にばれて、わたしは生まれて初めて父にぶたれました。
「おまえは男の子だ。情けないまねをするな!」
何が情けないのかわかりませんでした。でも、父は涙を流していました。子どもながらに、男の子はスカートをはいてはいけないんだと思い、それ以来、女の子の服を着たいという欲望を心の奥に沈めて生きてきたのです。わたしのアドバイスが的確なのは、わたしだったらこう着るという潜在的な思いがあったからでしょう。
諸岡瞳に出会って、「女になりたい。きれいな服を着てみたい」と言う、心の奥底に沈めていた欲望が頭を持ち上げてきたのは、わたしが女になったら、諸岡瞳みたいに可愛くなれるのではないかと思ったからなのです。
それに、わたし自身が持っていた劣等感が作用したこと見逃せません。確かにわたしは、紳士服売り場ではかなりの成績を上げていました。けれど、年の割に幼く見え、背も低かったせいで、男性はもちろんのこと、女性からも疎んじられていました。ですから、28になろうかという年になっても、女性とは一度も関係を持ったことがありませんでした。マスターベーションすらやったことがありません。
わたしは、男として生きる自信がなかったのです。男としてではなく、女としてなら、もっとうまく生きられるのではないかとずっと思っていました。
現実に、一ヶ月間女装して働いてみて女性従業員やお客から同性のように扱われ始めていたこともわたしの決心を後押ししました。
年末休みに入ってすぐに、わたしはブリーフではなくてショーツを何着か仕入れました。ブリーフよりも、北村かなえに着せられたショーツの方がはき心地が良かったことと、女装するなら、下着が男物ではおかしいと思ったのです。下着代わりのTシャツもキャミソールに変えました。
ブラジャーをすれば、完全に女装していることになるのですが、そこまでする勇気はまだありませんでした。
年末休みになって正月を迎えるにあたって、通常なら散髪に行くところですが、そのまま髪を伸ばし続けました。眉も鏡を見ながら女性風の細い山形にしました。
初売りのために職場に出かけていくと、北村かなえが、少し首を傾げました。
「あ? 眉毛、剃ったのね」
「うん。この方が、今の服装に相応しいと思ってね」
「そうね。・・・・キャミも?」
「暮れにTシャツじゃあ、おかしいって言ってなかった?」
「言ったけど、勇気あるのね」
「勇気? とんでもない。恥ずかしいですよ。でも、ランニングシャツの変形と思えば、なんてことないですから」
「そうね」
ショーツまではいているとは北村かなえも思わなかったようです。ショーツの線がパンツにひびいても、ブリーフとそんなに変わらなかったからです。
職場のみんなに、認知されるようになってから、わたしはブラウスにパンツと言うそれまでの格好から脱却を始めました。
スカートをはくなんてことはいくら何でもできなかったのですが、美川憲一さんが着ているようなロングドレスにパンタロンなどと言う格好をするようになりました。しばらくして、ジーンズの上にミニスカートを着てみたりしました。お客さんたちには結構受けが良かったと思っています。
そんな格好もやっぱり仕事場だけの話しで、通勤の時は髪の毛を七三に分け直して、服もワイシャツとスーツを着ていました。
それでも、髪の毛を伸ばして、眉を女性のように細く山形にカットしていましたから、通勤電車の中でかなり怪しげに見られていました。
怪しげに見られていたのは、髪の毛と眉毛だけではありません。髭がまったくないからです。
わたしはどちらかというと体毛が薄い方なのですが、それでも毎日髭を剃らなければなりません。目覚ましが鳴ったのに気がつかないで遅刻しそうになったときなど、会社に着いてから慌てて髭を剃る始末でした。
「いっそのこと、脱毛したら? 最近の若い人は、結構やってるよ」
事務所で着替えてから髭を剃っているときに、北村かなえにそう言われたのでした。毎日髭を剃るのはめんどくさいし、女装を続けるには髭がない方がいいと判断して、近くのエステで髭の脱毛を受けたのです。
休みの日に、男と女とも付かない格好をして外に出ると、首を傾げられることが何度もありました。その当時、自分でもかなり中性的になったなって思っていました。
だけど、わたしの望みは中性的でとどまるつもりはありませんでした。さらに女性に近づこうとしたのです。
その手の処置をしてくれる病院は結構あります。噂で聞いた病院を訪れて、「女になりたい」と正直に言うと、いくつか質問されたあと、GID(性同一性障害)と診断されて、その日のうちに女性ホルモンを注射してくれました。
初めの頃は、週に一回、会社からの帰りにその病院へ寄って、女性ホルモンの注射を受けました。もちろん、このことは誰にも内緒でした。
半年もすると、トーストに塗るジャムの入った瓶のふたが開けられなくなりました。握力がかなり落ちたのです。握力だけではなく、すべての筋力が落ちていました。
反対に脂肪が付いて、柔らかくなったのが自分でもわかりました。だた、体重がかなり増えてしまったので、ダイエットしなければなりませんでした。
毎日顔を合わせる同僚たちは、わたしの変化には気付きません。だけど、たまに訪れてくるお客さんは、「ずいぶん変わりましたね」とわたしに声をかけます。
「ちょっと太ったせいです」
いつもそう言って誤魔化していました。
このころになると、デパートでは女の格好、通勤や自分のアパートでは男の格好というのが、次第に煩わしくなってきました。
通勤では、さすがに女の格好はできませんでしたが、アパートに帰ると女の格好をするようになりました。
それに先だってやったことは、体毛の処理でした。腋毛はもちろんのこと、すね毛も脱毛剤で完全に処理し、陰毛さえも一本残らず脱毛してしまいました。陰毛は、それまでもショーツからはみ出るものをカミソリで剃っていましたが、ちょっと濃すぎると思って処理を始めたのです。すべて脱毛するつもりはなかったのですが、失敗してほとんど残らないようになってしまったために、思い切って全部脱毛してしまったというのが真実です。
ショーツを引き上げてみると、女性ホルモンのせいでかなり萎縮してしまった睾丸とペニスがショーツの中に綺麗に収まっていました。さらにショートガードルをはくと、股間の膨らみはほとんど目だちませんでした。ペニスを後ろに折り曲げてみると、まるで女のように見えて、思わず頬が緩みました。
それから、ブラジャーをしてみました。女性ホルモンを初めて一ヶ月半ほどしたときから膨らみ始めた胸が、一応乳房らしくみえるようになっていました。アンダーとトップの差は、5センチくらいだったと思います。初めてブラジャーをするときには、胸がどきどきと高鳴りました。
ブラジャーをしてもう一度測ってみると、アンダーとトップの差は12センチでした。わたしがその時にしたブラジャーは、オイルブラと言って、カップの中にオイルが入ったパッドのようなものが仕組まれているのです。バストの小さな女性用のもので、手触りが本物と見まがうほどです。
ノースリーブのサマーセーターに、膝上15センチばかりのミニスカートをはいてみました。スカートだけをはいて素足を晒したのはこの時が初めてでした。
さらに化粧を施してみました。化粧は女性ホルモンを始めた頃から練習していたのです。鏡に映ったわたしは、とてもキュートに見えました。
仕事柄、女性用の服は簡単に手に入ります。ですから、自分のアパートではいろいろの服を着て楽しんでいました。
スカートをはいて外出したのは、9月の中頃だったと思います。入念に化粧をしたあと、ワンピースの上にコートを羽織って、プラダのバッグを肩にかけて出かけました。もちろん、パンストもはいていましたし、靴もヒールが5センチのサンダルを履きました。
電車で東京駅まで行って、山手線をぐるっと一周してアパートに戻りました。生まれて初めて家の外に出る猫が、家の周りを一周して戻ってくるのと同じでした。
その間、ばれるんじゃないかと思って胸がどきどきしていましたが、誰にもばれませんでした。ばれないどころか、痴漢にあったのです。
それは秋葉原駅を過ぎてすぐのことでした。椅子に腰掛けると、足をどう組んだらいいのかわからなかったわたしは、ドアのそばに立っていました。すると、秋葉原駅から乗り込んできたサラリーマン風の男が、雑誌を見る振りをしながらわたしのお尻を触ったのです。偶然じゃありません。かなり執拗に撫でていましたから。
その時はゾッとしましたが、その男が鶯谷で降りていったあと、わたしは女に見られたんだと思うと嬉しくなりました。
初めての冒険がうまくいって、わたしは仕事を終えてアパートに戻ると、ほとんど毎日のように女装して外出するようになりました。
通勤の時も女装したかったのですが、仕事のために女装しているという大義名分のために、仕事場以外では女装していることを公にはできなかったのです。
女装していると、電車の中で痴漢に遭うのはしばしばでしたが、町をぶらぶらしていると結構ナンパされました。相手によっては、ナンパされてみました。
一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりしました。それだけではなくて、わたしのことを女だと思って疑わない男たちからあからさまにホテルに誘われることもありました。だけど、当然のことながら、やんわりとお断りしました。
でもホントのところを言うと、男の人とセックスしてみたかったのです。何故かというと、女装して女として扱われるようになってくると、最後までいってみたい気になっていたのでした。
お断りしないでホテルについていったのは、翌年の正月が過ぎて間もない頃でした。浦安のスナックで飲んでいるときに声をかけられたのです。相手は、40前後の中間管理職風の感じのいい人で、目がとても優しいひとでした。この人なら抱かれてもいいと思いました。男であるという意識は完全には消えていませんでしたが、酔っていたせいもあって、勢いに任せて誘われるままついていってしまいました。
ベッドの上に押し倒されてから、男だとばれたあとのことが怖くなって逃げ出そうと藻掻きました。けれど、筋力の衰えたわたしはとても敵いませんでした。
ブラウスのボタンを外され、ブラをずらされて、小さなわたしのバストを揉まれました。そして、とうとうスカートが捲りあげられて、手がわたしの股間へ達しました。一瞬男の手が止まりました。わたしが男だとばれたのです。
どうなるんだろうか? 怒って暴力をふるわれるんじゃないだろうかと戦々恐々としていました。けれど、その人は騒ぎ立てる様子はありませんでした。
「やっぱりそうだったのか」
そんな意外な言葉がその人の口から出てきました。
「わかっていたの?」
「そうじゃないかと思ってたんだ」
そう言って、わたしの喉仏をひとさし指でなぞりました。
「じゃあ、もう止めて」
「続けちゃいけないのか?」
わたしは目を見張りました。その人は、わたしを男だとわかっていて抱こうとしていたのです。
「あなた。ホモなの?」
「違うよ」
「じゃあ、どうして?」
「君が可愛いからだよ」
「可愛いからって、・・・・わたし、男だよ」
「だから? ぼくには君は女に見える。君も自分のことを女だと思っているんだろう?」
「え、ええ」
「じゃあ、いいじゃないか」
「でも・・・・」
「ぼくとじゃ、イヤか?」
「・・・・そんなことないわ」
優しい目で見つめられて、ついそう答えてしまいました。わたしを抱いてくれる男が現れた。そう思うと嬉しくてなりませんでした。
「睾丸があるんだね」
わたしが抵抗を止めたのを見計らって、その人はわたしのはいていたスカートとガードル、ショーツを脱がせて、わたしのペニスと睾丸を柔らかく撫で始めました。すると、ずっと勃起したことがなかったわたしのペニスが勃起してきました。わたしは感じていました。
その人は、わたしのペニスを口に含んでなめ回し始めました。
「どう? 気持ちいい?」
「・・・・はい」
「シックスナインにしようか?」
そう言ったときには、その人は体を回していました。わたしの目の前に、いきり立った肉棒が近づいてきました。わたしはごくりとつばを飲み込んでから、思い切って口に銜えました。
もちろん、フェラチオなんてしたことはありません。されたことだってないのです。何しろ男としても童貞なのですから。それでも、両手でその人のペニスを握りしめて、一生懸命舌を使い、頭を前後に動かしました。
ちょっとしょっぱいものが出てきたかなと思ったとき、その人がわたしのペニスから離れました。わたしも手を離しました。
「俯せになって。その方が本物の女としているように思えるから」
わたしは俯せになって、ペニスを手で腹の方に引き上げてから腰を少し浮かせました。わたしがそんな風にしている間、その人はなにやらごそごそやっていました。どうやら、コンドームを付けているようでした。
「いくよ」
そんなことを言われてもどうしていいものやらわかりません。やっぱりこんなこと止めた方がいいのかもと思ったときには、肛門に軽い痛みを覚えていました。
「痛くないか?」
「ちょっとだけ」
もっとひどい痛みがすると思っていたのに、それほどではありませんでした。
「そうか。動かすよ」
その人は、わたしの様子を窺いながら腰を動かしました。何だか変な気持ちでした。変な気持ちじゃなくて、・・・・いい気持ちなのです。こんないい気持ちになったのは初めてでした。マスターベーションもしたことがなかったので、性的に興奮したことがなかったからです。
その人が腰を動かすたびにどんどん上っていくのがわかりました。そして、その人がわたしの中ではじけた瞬間、わたしはあまりの心地よさに失神状態になっていました。頭がボーッとなって、自分が今どこで何をしているのかわからないような状態でした。
ふと気がつくと、その人は軽いいびきを掻いてわたしの横で眠っていました。硬度を失ったその人のペニスにコンドームが纏わり付いていました。わたしはそれをティッシュを使って取り除いてあげました。
ティッシュに血液が付いていました。慌てて自分の肛門を拭いてみると、真っ赤な血が付きます。だけど押さえるとすぐに止まりました。少し切れただけのようでした。
「この人にわたしの処女をあげたんだわ」
そう思うと、その人がすごく愛おしく思われました。
30分ほどして目を覚ましたその人にせがんで、もう一度してもらいました。二度目も気持ちよくて、ホントに失神してしまいました。
別れてしまってから、わたしは失敗に気付きました。名前も連絡先も聞かなかったのです。
「もう一度会いたい」
そう思ったのですが、あの年齢の人ですから、結婚されていることでしょう。わたしなんかが押し掛けては迷惑になるだろうと思って諦めました。でも、わたしの最初の人ですから、あの人のことは一生忘れまいと思いました。