第12章 両親への告白

 登も香奈も、お母さん、お母さんと言ってわたしを慕ってくれます。諸岡初美のアルバムを見ていると、生まれたばかりの登や香奈を抱いているのはわたし自身のような錯覚に陥ります。
 「いえ、錯覚じゃないわ。登も香奈もわたしが産んだ子よ」
 最近はそう思えるようになっています。

 家を守る妻としてと言うと語弊があるかもしれませんが、夫である二郎を支えて、家の中の切り盛りを立派にこなしています。
 もちろん、二郎には諸岡初美と同じように、瞳一筋といわせるようにきちんと女の役目を果たしています。もちろん、二郎を満足させるだけではなくて、わたし自身が満足するためでもあるのだけれど。
 わたしは幸せです。こんなに幸せなのに、子供を産んでみたいと妄想することがあります。でも、その妄想はうち消します。もし、わたしが子どもを産むことが可能で子供を産めば、登と香奈に対する愛情が損なわれてしまうでしょう。わたしが子どもを産めないのは、登と香奈に愛情を注ぐためだと思っています。

 そんな幸せに浸りながら、気になっていることがひとつありました。わたしの両親のことです。
 諸岡瞳の母親には、わたしは天涯孤独だと言いましたが、ほんとはわたしの両親は生きているのです。長い間連絡していないから、心配しているだろうなと思うと涙が出ます。
 でも、女になってしまった今、会いに行けるのでしょうか? 会ってもいいのでしょうか?

 「今日は乗らない感じだけど、何か心配事でもあるのか?」
 ベッドの中で、わたしを愛撫しながら二郎が言います。
 「心配事って言うか・・・・」
 「ぼくたちの間に隠し事はなしって約束だよ」
 「隠し事って言うことじゃないけど・・・・」
 「いったい何なんだい? 話してみろよ」
 「実は・・・・」
 わたしには両親がいること、一度会ってみたいと言うことを話しました。
 「そうか。天涯孤独じゃないのか。・・・・わかった。君のご両親も心配しているだろう。一度会ってきなさい」
 「いいの?」
 「いいも悪いもないよ。ただし、結婚していることはうち明けてもいいけど、君が元は男だってことが、子どもたちや親戚連中に知られないようにしてくれ。いいね」
 「はい」
 「来週、子どもたちは林間学校だし、ぼくも出張だから、その間に会いに行きなさい」
 「そうさせてもらうわ」
 「くれぐれも、君の秘密が他の人間に知られないようにね」
 「わかってます」

 子どもたちを林間学校へ送りだしたあと、わたしは準備をして出かけました。いったん東京へ出てビジネスホテルに宿を取り、翌日、人混みに紛れて新幹線に乗りました。
 名古屋へ帰るのは、紳士服売り場から婦人服売り場へ配置転換になって以来ですから5年ぶりになります。名古屋の町並みは、5年前とずいぶん変わっていました。
 何度引き返そうと思ったことでしょう。それでも、今日会いに行かなければ、一生会えないと思い、勇気のありたけを振り絞ってわたしの実家へと向かいました。
 「ごめんください」
 セールスレディーでも訪問したかのように装って、玄関ドアを開けました。
 「はい、どなた?」
 懐かしい母の声がしました。玄関に出てきた母は、わたしの顔を見て、しばし佇みました。沈黙の時間が流れていきました。
 「鍵を閉めて、上がって」
 母はわたしだとわかったようです。わたしは言われたように玄関のドアに鍵を閉めて上がりました。
 母は、応接間に入っていきました。外から近所の人が見ても、来客だと思うでしょう。
 「5年も連絡しないで、いったいどこで何をしていたの? それに、その格好は何?」
 わたしは、5年前の配置転換のことから話し始めました。
 「ひどい会社ね。訴えてあげるわ」
 「もうすんだことだから」
 「そのままニューハーフになったって言うの?」
 「そう。子どもの頃から、わたし、女になりたかったから。そのことは知ってるでしょう?」
 「それは・・・・、わたしがあなたに女の子の格好をさせたからね」
 「それだけじゃないような気がするわ。わたし、間違って男に生まれたのよ」
 「・・・・そうなのかもしれないわね。それから? それから、どこにいたの? ニューハーフクラブとかで働いているの?」
 「いえ。・・・・普通の主婦をやってるの」
 「主婦!? 主婦って、誰か男と一緒にいるの?」
 「そう。一緒にいるだけじゃなくて、結婚しているの」
 「け、結婚って、あなたは男でしょう? 結婚なんてできるわけがないじゃないの」
 「訳を話すわ」
 諸岡瞳と入れ替わるために殺そうとしたことは伏せました。よく似た諸岡瞳と偶然出会って、身代わりを頼まれたこと。諸岡瞳が自殺してしまったから、そのまま諸岡瞳として暮らし、諸岡瞳の姉の子どものために、諸岡二郎と結婚したことを話しました。もちろん、固有名詞は使いませんでした。
 「戸籍は、その女に人のものを使うとしても、その男の人がよく男のあなたと暮らしてくれるわね」
 「女になったの」
 「ええっ!?」
 母は驚きに目を丸くしました。女の格好をしているだけで、そこまでしているとは思いも寄らなかったのでしょう。
 「わたし、女になったの」
 「女になったって、性転換手術を受けたってこと?」
 「そう」
 「信じられないわ」
 「嘘じゃないの。ほら」
 わたしは、家の外から覗かれないことを確かめてから、ワンピースの裾をあげてショーツを見せました。母はスカートの中をのぞき込みます。
 「ホントに切っちゃったの? どこかに隠しているんじゃないの?」
 「隠せる場所はないでしょう?」
 「そうね。・・・・その男の人と、・・・・夜の生活ができるの?」
 「ええ、ちゃんと膣があるから」
 頷きながら答えました。
 「はあ・・・・」
 母は、ソファーの上にもたれ掛かりました。それから、わたしの顔をじっと見ながら訊ねました。
 「それで、あなた、幸せなの?」
 「ええ。とっても。子どもたちもよくなついてくれるし、夫も優しいし」
 「そう。それならお母さんも安心だわ」
 「5年も連絡しないでごめんなさい」
 「いいわ。あなたが幸せに暮らしていることがわかったから。どうする? 今日は泊まっていけるの?」
 「ダメなの。明日の午後には子どもたちが帰ってくるから、今日中には戻らないと」
 「そう。あなたが訪ねて来たって言ったら、お父さんが会いたがるでしょうね」
 「でも、怒るでしょうね」
 怒った父の顔が浮かびます。
 「それはそうかもしれないけれど、もしかするとあなたがもう死んでしまったかもしれないって話していたから、怒るより喜ぶと思うの」
 「そうかしら?」
 「そうだと思うわ」
 父の笑顔が浮かびました。急に涙がこぼれました。
 「いつかまた暇を見つけて会いに来ますから」
 「そうね。そうしておくれ」
 「じゃあ、そろそろ出発しないと、帰りの新幹線に遅れるから」
 「元気でいるのよ。毎日仏様に祈ってるから」
 「はい」
 涙が溢れて止まりませんでした。しばらく抱き合ってから、化粧を直して玄関を出ました。母は、ご近所の人たちに見られないようにと、廊下の奥から手を振ってくれました。

 玄関を出ると、門柱のそばに誰かが立っていました。父でした。父はわたしの顔を見ると、まっすぐ前を見たままわたしに近寄ってきました。
 「女になったのか?」
 父はわたしだと一目で見抜いたのでした。
 「はい」
 わたしは、前を見たまま答えました。
 「幸せか?」
 「はい」
 「それならいい」
 それだけ言うと、父は玄関を開いて奥へと消えていきました。ご近所の人に見られたらいけないと思うのに、涙があとからあとから湧いてきました。
 事情は母が話してくれるでしょう。わたしは、家の方は振り返らず、まっすぐ駅へと向かいました。

 乗車時間には、少し時間がありました。わたしは公衆電話からわたしの自宅へ電話を入れました。電話口に出たのは父でした。
 「お父さん・・・・」
 「何も言うな。茂が幸せなら、お父さんは何も言わない。元気なことだけは時々連絡しなさい。いいね」
 「はい。・・・・お父さん、ありがとう」
 父は電話の向こうで泣いているようでした。それが、男の子をひとり失った悲しみなのか、わたしが元気で生きていたのが嬉しかったのかはわかりません。ともかく、父もまた許してくれたことがわかってわたしは新幹線の中でずっと泣いていました。

 「君のお父さんもお母さんも、寛大だな」
 「あなたほどではないわ」
 「それもそうだな」
 わたしは、笑顔で二郎にキスしました。