第11章 わたし、幸せです

 空調の音がかすかに聞こえてきます。カーテンの隙間から僅かに光が漏れていました。
 「新婚初夜だったのに、アルコールのせいで二郎が眠り込んでしまったんだ」
 思い出して横を見ると、二郎がわたしの顔をじっと見ていました。
 「おはよう」
 「あ、お、おはようございます」
 「瞳。今日から君はぼくの妻なんだから、他人行儀な挨拶はなしだよ」
 右手でわたしの髪の毛を梳かしながら二郎がそう言います。
 「あ、はい」
 「昨日は眠り込んでしまってごめん」
 バツが悪そうに言いました。
 「そんなこといいわよ。あんなに酔っぱらってたら、誰だって無理だわ」
 「今から続きをしようか?」
 「・・・・はい」
 時計は、まだ5時を回ったところです。時間はたっぷりあります。ここ数ヶ月、期待し恐れもしていた時がとうとうやってきたのです。
 二郎がわたしの上になってわたしを抱きしめ、唇を合わせてきました。まだアルコールの臭いがしました。完全には抜けきっていないようです。けれど、わたしの太股には、二郎の怒脹したものが触れています。
 差し入れられてきた舌を吸いました。昨夜は、ネグリジェのボタンを外したのですが、今朝は裾を捲り上げてきました。
 舌が離れ、乳首へと向かいました。わたしはネグリジェを脱ぎ捨てました。わずかな布きれが、わたしの秘密の部分を隠しているだけです。少しのびた二郎のあごひげが、胸にチクチクとあたります。
 胸を揉まれ、乳首を舌で転がされると、体が熱くなってきます。二郎の右手が、わたしの体をなぞるように動きながら、股間へと降りてきました。その手は今日は止まりませんでした。
 ショーツの上から、優しくわたしの女の部分を撫でました。手が股間から放れ、後ろに回されてお尻を撫でていきます。そうしてから、ゆっくりとショーツをおろしていきました。ショーツが太股までくると、二郎は足の指を使ってショーツを下げます。わたしは生まれたままの姿(かなり違うけど)になりました。
 二郎の手が、お尻から前へと移動してきます。触っただけではわからないはずだと思いながらも、ばれたらどうしようかと胸がどきどきし始めました。
 「お願い。お願い。お願い。神様、お願い。どうかわたしを諸岡瞳のままでいさせて・・・・」
 中指でしょうか、指の腹が陰毛のかき分けて進んできました。わたしは足を少し開いてその進入を許します。
 ピクッと強い刺激が走りました。作り物ですが、神経の残されたわたしの敏感な部分に指が行き当たりました。その指がちょっと止まったような気がします。
 「ばれた?」
 けれど、再び指がゆっくりと動き始めました。ばれていないようです。そっとそっとわたしの敏感な部分を刺激しながら、襞の間を下ってきました。そして、腟の入り口を見つけると、回すような動きで刺激を繰り返し、ゆっくりと中へと進んで来ました。
 拡張棒よりずっと細いはずの指なのに、痛みを感じました。ばれることを恐れていたせいで、わたしはまだ性的にはそれほど興奮していませんでした。ですから、まだ濡れていなかったのです。
 二郎の舌が乳首から離れました。二郎が体をわたしの足元へずらしていきます。毛布はすでにはぎ取られていて、部屋の中もカーテンの隙間から漏れてくる明かりで、少し明るくなっていました。
 「見られたら、ばれちゃう・・・・。見ないで、お願い。目を瞑ったままでいて」
 逃げ出すわけにはいきません。こうなったらばれないように祈るだけです。二郎は、無言のままわたしに膝を立てるように指示しました。膝を立てたわたしの間に二郎が入ってきて、舌を使い始めました。
 敏感な部分はもちろん、左右の襞を上下に舌が動き回ります。その動きは止まる気配を見せません。
 「気付いていないようだわ。あんまり近寄りすぎてわからないのかも」
 そう安心したとたん、興奮が一気に湧いてきました。性転換して女になった人のすべてが濡れるとは限らないと聞かされましたが、わたしの場合は大丈夫でした。今日の日を夢見ながら腟拡張していたときに、お尻がビショビショになるくらい濡れることができることがわかっていたのです。
 準備はできていました。だけど、ばれるんじゃないかという思いがいまだに頭の片隅に残っていました。
 「お願い。ばれるのなら最後まで行った後にして」
 心の中で祈っていました。
 「やっと準備ができたみたいだな」
 そう言うと、トランクスを下げながら、二郎がはい上がってきます。フェラチオをしてあげようかと思いましたが、二郎はそのままわたしの中に挿入するつもりのようです。わたしは、二郎の腋の下から背中に手を回して二郎を抱きしめました。
 入ってきました。わたしの新たな器官に初めて受け入れたのです。
 「ああ、神様、ありがとう。もう、このまま死んでもいいです・・・・」
 嬉しくて涙が出ました。痛みは僅かです。二郎の暖かさが伝わってきました。
 「ああ、いい・・・・」
 唇を奪われ、舌が入ってきました。その舌をわたしは一生懸命吸いました。上下ふたつの唇が二郎をとらえていました。まるで串刺しになっているような感覚を覚えていました。
 舌が離れました。腕を立てて二郎が懸命に腰を動かします。もうすぐ昇りつきます。二郎と同時に昇り着くだろうことが自覚できます。
 「ぐ、ぐううぅぅぅ・・・・」
 二郎がわたしの中で激しくはねました。二郎の熱い思いを乗せた迸りがわたしの中に注ぎ込まれてきました。
 「はあっ、ああ、いいいっ・・・・」
 強烈な快感がわたしの体を支配しました。わたしは、二郎に抱きしめられ、二郎を体の中に銜え入れたまま体を痙攀させました。
 わたしはやっぱり女の方がいいです。愛する人によって導かれるこの瞬間が好きです。そうです。わたしは、二郎のことを愛しています。何しろ、わたしの初めての人なんですから。あの時も、そして今日もまた、処女を捧げたのですから。

 わたしは仰向けに寝ている二郎の腕にしがみつき足を絡ませ、快感の余韻に浸っていました。幸せでいっぱいでした。ばれなかったようですから、わたしはずっと二郎の妻でいられる。そう思うと、ほんとに嬉しかったのです。
 「浦安にある、アリスっていうカクテルバーのカクテルは美味しかったなあ」
 突然二郎がいいました。驚きで言葉も出ません。アリスは・・・・、アリスは、わたしがあの時二郎と出会った場所なのです。
 「瞳。ぼくには、誰にも話していない秘密があるんだ。今日、ぼくと瞳は夫婦になった。夫婦の間に秘密があっていけないと思うから、その秘密を話しておこうと思う」
 「は、はい」
 わたしは小さく頷きました。
 「初美と結婚する前まで、正直言ってかなり遊んだよ。高校や大学の同級生と何度も寝たし、ソープにも行った。しかし、初美と結婚してからは、初美一筋だった。これは嘘じゃない」
 「信じるわ」
 「うん。初美が死んでからは、女の体に触れたのは、君が初めてだ。これも信じてくれる?」
 「え、ええ」
 「ただ・・・・」
 「ただ?」
 「あれは、初美が死んで半年ばかりたった冬のことだった。出張で浦安に行ったとき、たまたま入ったのがアリスというカクテルバーなんだ。そこにいた女性を見てハッとしたんだ。その女性は、初美の若いときに実によく似ていたんだ。初美を裏切るつもりはなかったんだけど、酔っていたせいでその女性をホテルに誘ってしまったんだ」
 「初美姉さんは、もう死んでいたんだから裏切るも何も・・・・」
 「あんなに愛していたのに、一周忌も迎えていないときに、他の女性に目を奪われるなんて自分でも信じられなかったよ」
 「初美姉さんによく似ていたんでしょう? 仕方ないんじゃないの?」
 「そう言ってもらえると少し気が晴れるよ。で、その女性とホテルに行ったんだが・・・・」
 「どうしたの?」
 「女と思ったその人が、女じゃなかったんだ」
 「女じゃなかったっていうと?」
 「ニューハーフだったんだ」
 わたしは驚いたような振りを装いました。
 「ホテルに行くまで気がつかなかったの?」
 「ああ。ホテルのベッドに押し倒してから気がついた」
 「それで?」
 「そのままそのニューハーフと寝てしまった」
 「寝たって、あのう・・・・、男同士の時は、後ろを使うんでしょう?」
 わたしは、まだとぼけていました。
 「そうだよ」
 「男の人とそんなことをしたのは初めてなんでしょう?」
 「もちろんだよ。それに、その後はそんなことはしていない」
 「ちょっとした出来心でしょう? そんなこと、黙っていてくれてもよかったのに」
 「そうかもしれない。でもね。このことを君に話したのは・・・・」
 「うん? 何故なの?」
 そうは聞いてみたものの、もしかすると、二郎はわたしがその時のニューハーフだと気付いていて話しているのかもしれないと感じ始めていました。
 「去年の暮れ、子どもたちの爪を切ってくれたよね」
 話がころっと変わりました。訳がわかりません。
 「え、ええ」
 「香奈の爪は切りにくかっただろう?」
 「そうね」
 「諸岡家の女は、みんな香奈と同じように巻き爪なんだ」
 その時、二郎が何を言いたいのかわかりました。二郎はわたしが瞳ではないことを知っていたのです。わたしは、黙ったまま、二郎の話を聞きました。
 「瞳ちゃんも例外ではなかったよ。巻き爪がひどくて、何度か手術していたはずだ。ところが、君は綺麗な爪をしている。去年の秋、君に会ったとき、漠然と君は瞳ちゃんじゃないと思っていたんだ。それがどこからくるのかわからなかった。けれど、とにかく君は瞳ちゃんじゃないと思っていた。しかし、お義母さんはそんな素振りを見せない。母親が変に思っていないってことは、ぼくの勘違いだろうって思っていたんだ。だけど、君の爪を見て確信したよ。君は瞳ちゃんじゃないってね。でも、君のことを瞳ちゃんだと信じているお義父さんやお義母さんの前で騒ぎ立てるわけにはいかなかった。でもね。お義母さんが今年の初めになってうち明けてくれたんだ。瞳ちゃんが自殺したらしいこと、お義父さんを安心させるために、瞳ちゃんによく似た君が瞳ちゃんの振りをしていることをね」
 「そうだったんですか。二郎さんは、わたしが瞳さんじゃないことを知っていたんですか」
 「そうだよ。お義母さんは、君は瞳さんが偶然知り合った人だと紹介したんだけど、ぼくは以前どこかで会ったような気がしていたんだ。どこで会ったんだろうって考えた。思い出したのは、浦安で会ったニューハーフだ。さっき話したニューハーフのことだ」
 わたしはじっと二郎を見つめました。
 「だけど、君は女だし、ぼくの勘違いだと思っていた。さっき、君の女を確かめるまではね」
 やっぱり気付いていたんだ。・・・・でも気付いていて、そのままわたしとセックスしたの? 二郎の気持ちがわからないけど、わたしが男だと、二郎にはもうわかってしまっている。これ以上、二郎の口から言わせたくありませんでした。
 「本物の女と変わらないでしょう?」
 「ああ。その気で見なかったら、絶対にわからなかった」
 「わたしの手術をしたお医者様の腕がよかったの」
 「あの時のニューハーフなんだね?」
 「ええ。そうです」
 「いつ性転換したんだ?」
 「去年、あなたとの結婚が決まった後、独身最後の旅行だと言い訳して海外旅行に行ったとき」
 「そう。・・・・じゃあ、ぼくとしたのが初めてってことなのかい?」
 「・・・・ええ」
 「じゃあ、君の処女をいただいたって訳だね」
 わたしは、下を向いて顔を赤らめました。
 「あの時も初めてだったんです」
 「あの時もって言うと、君にまだ男の部分があったときか?」
 「ええ」
 「じゃあ。ぼくは君の処女を二度もいただいたってことになるのかい?」
 「・・・・そう。あなたは、わたしの初めての人なの。男だったときも、女になってからも」
 「へえ、そうか。そうなのか・・・・」
 二郎は満足そうにしていました。
 「どうして、瞳ちゃんの身代わりをするようになったんだ?」
 「話します。でも、その前に確かめておきたいことがあるんです」
 「なんだい?」
 「わたしをこのままあなたの奥さんにしてもらえるの? 登君や香奈ちゃんのお母さんにしてもらえるの?」
 その時のわたしにとって、それが一番の気がかりでした。でも、出ていけと言われても文句は言えるわけもありませんでした。
 「そのつもりだよ。そのつもりがなかったら、君がホントの女でないことを知った時点で、この部屋から追い出しているよ」
 「ほんとに?」
 「ほんとだ。さあ、話を続けて」
 優しそうにそう言ってくれる二郎を見て、涙が止まりませんでした。
 「あなたの奥さんにしてもらえるのなら、話します。夫婦の間で、隠し事はしたくないから」
 わたしは、これまでの長い長い経緯を話しました。諸岡瞳の母親には隠していたこともすべて包み隠さずに。

 「わたしが瞳さんに出会わなかったら、瞳さんは自殺を実行には移さなかったでしょう。わたしがみんな悪いんです」
 それがわたしの唯一の心の傷でした。
 「君が瞳ちゃんを死に追いやったわけではないんだ。瞳ちゃんは遅かれ早かれ自殺している。運命というものは変えられないんだ。君が瞳ちゃんと出会って、瞳ちゃんが自殺し、君が瞳ちゃんとして生きる。これは定められたことだと思うよ」
 「そうかしら?」
 「君はぼくという男に出会って幸せになる。それが君の運命なんだ」
 「わたしを幸せにしてくれるというの?」
 「イヤかい?」
 「そんなことないけど・・・・、わたし、女じゃないのよ」
 「誰がそう言うんだ? ぼくはそうは言ってないよ。君は、誰が見たって女だし、肛門じゃなくて、ちゃんとした膣という女の持ち物を使ってぼくを満足させることもできる。戸籍上も諸岡瞳で、ぼくの妻だ」
 「いいの?」
 「当事者のぼくがいいって言ってるんだ。何の不足があるって言うんだい?」
 わたしは喜びのあまり、二郎の胸に顔を埋めて泣きました。
 「さあ、もう9時になるよ。そろそろ家に戻らないと、子どもたちが首を長くして待ってるよ」
 わたしの秘密は、二郎にすべて知られてしまったけれど、わたしは女として、妻として、母として生きることができることになったのでした。