それから一ヶ月後、諸岡瞳の実家に帰っているとき、父親が外出した時を見計らったように母親が切り出しました。
「ちょっとあなたにお願いがあるの」
いつもとは違う改まった調子でそう言いました。
「お願いって何?」
「あなた。いい人がいるの?」
お願いといい人とどんな関係があるというのでしょう。
「いい人って、恋人のこと?」
「そうよ」
「いませんけど」
「そう・・・・」
「それがどうしたの?」
「登と香奈のことだけど」
また話が飛びます。
「登君と香奈ちゃんがどうかしたの?」
「あの子たち、可愛いと思うでしょう?」
「ええ、とっても可愛いわ」
「あなたを母親のように慕ってるわ」
「わたしが初美さんに似ているからでしょう?」
「そうね」
「いったい何が言いたいの?」
「あなたがよかったら、あの子たちの母親になってくれないかしら?」
「ええっ!?」
「無理?」
「あの、あのう。あの子たちの母親になってくれないかって言うことは、つまり、お義兄さんと結婚してくれないかってこと?」
「そう言うことになるわね」
諸岡瞳の母親の申し出に困惑を隠せませんでした。わたしが女なら、考えもします。だけど、わたしは男なのです。・・・・それを諸岡瞳の母親は知らないわけですが・・・・。
「ホントにあなたにいい人がいないのなら、ねえ、考えてくれない?」
わたしの目をのぞき込みます。どう言って断ろうかと思案を巡らせました。恋人はいないと言ってしまいました。登と香奈が可愛いとも言ってしまいました。母親の申し出を断る手だては・・・・。
「わたし、瞳さんには似てますけど、どこの馬の骨ともわからない人間なんですよ」
「今まで付き合って、あなたが変な人間じゃないことはわかっています。だから・・・・」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど・・・・」
「何か問題でも?」
「いえ」
「だったら、ねえ、いいでしょう?」
「そういわれても、・・・・わたしにも好みというものがありますから」
これはいい思いつきだと思いました。結婚するわけですから、気に入らないと言えば終わりです。
「そうか。あなたは、二郎さんを知らないのね」
「ええ。瞳さんのアルバムには、載っていませんでしたから」
これがちょっと不思議でなりませんでした。姉の初美と写った写真の一枚くらいあっても良さそうなものですが。
「最近の写真はないけど、結婚写真ならあるわ。ちょっと待ってね」
諸岡瞳の母親は、いそいそと居間を出ていきました。しばらくして、大きな袋を抱えて戻ってきました。
袋の中から写真を取り出します。
「10年前だけど、あまり変わっていないと思うわ」
そう言って写真を開きました。まず目に入ったのは、真っ白なウエディングドレスを着た初美でした。わたしにかなり似ていました。わたしよりは少し太っていましたが、少し美人でした。そして、そのそばに燕尾服を着て立っている新郎、諸岡二郎の顔を見て絶句しました。
「どうしたの?」
「あ、いえ。初美さん、ホントに、わたしそっくりなんですね」
「年が近ければ、双子と間違えられたでしょうね」
初美を見る振りをして、二郎を見ました。間違いなくあの人でした。忘れようとしても、決して忘れることのない、わたしの初めての相手。こんなところで再会しようとは・・・・。
「どう?」
「えっ?」
「二郎さんよ」
「美男子ですね」
「そうでしょう? 年収も一千万を越えるのよ」
「はあ・・・・」
「わたしが若かったら、わたしが再婚したいくらいよ。ねえ、悪くないでしょう?」
「あ、はい」
ついそう返事をしてしまいました。
「よかった。じゃあ、すぐに手配を」
「手配と言っても、二郎さんがうんと言うかどうか」
「あなただったら問題ないわ。二郎さんは、初美にべた惚れだったんですから」
「でも一度会ってお話ししないと」
「そうね。じゃあ、まずそれを手配しましょう」
諸岡瞳の母親は、浮き浮きしながら電話をかけ始めました。わたしは、それを見ながら思案していました。
「これは計画を急がなければ」
男であることを隠して諸岡瞳として暮らしていくことになったとき、わたしの股間にあるものがそれを困難にすることがわかっていました。ばれれば即、諸岡瞳としての生活を失います。ですから、諸岡瞳の母親との契約が成立したあと、わたしはすぐに性転換を決意しました。
できるだけ経験豊富で、仕上がりの綺麗なお医者さんを捜しました。アメリカにいいお医者さんがいました。けれど、待ち時間が長すぎました。さらに探していたところ、シンガポール、タイ、フィリピンなどにもいいお医者さんがいることがわかりました。
仕上がり、値段、待ち時間を考えて、フィリピンのお医者さんにコンタクトを取っていました。
諸岡瞳の母親からの義兄との結婚の申し出があった次の日、国際電話をして確かめてみました。すると、その翌月には手術できそうだとの返事をもらいました。
「何とかなりそう」
性転換してしまえば、諸岡瞳の両親はもちろん、登や香奈も誤魔化すことができます。問題は夫となる二郎です。二郎とは夜の生活があるのです。どんなに腕のいいお医者さんに手術してもらっても、直接見られたら、作り物だとわかってしまいます。
「部屋の中を暗くして、できるだけ見られないようにすればいいわ。このお医者さんの手術なら、触ったくらいではわからないでしょうから」
わたしの初めての男にもう一度抱かれたい。それも女として。そして、できれば妻として一生を暮らしたい。そう思ったのです。
諸岡瞳の母親は事をどんどん進めていきました。話のあった翌週には、諸岡二郎と会わせるというのです。わたしはわたしなりにタイムスケジュールを考え、会うことにしました。諸岡二郎が、ホントにあの時の男なのか確かめたかったのです。
諸岡瞳の実家に戻り、髪をセットしお化粧もプロにしてもらい、諸岡瞳の母親がこれしかないと絶賛したワンピースを着て、応接室で待っていました。
「お母さん、また来たよ」
そう言ってまず飛び込んできたのは、香奈でした。続いて登が、そして二郎が入ってきました。
「お母さんじゃないだろう? 瞳おばさんにちゃんとご挨拶しなさい」
「いつもは、瞳お姉ちゃんです」
ちょっと怒ったようにそう言いましたが、心の中ではどきどきしていました。諸岡二郎はやはりあの時の男だったのです。
「悪い、悪い。いやあ、綺麗になったね」
そう言って、わたしを見つめました。あの時のわたしは、もう少し男っぽかったし、今日は瞳としてこの場にいますから、わたしがあの時のニューハーフだとは気付いていないようです。
「二郎さん。今日はこの前お話しした件を決めていただこうと思いまして」
諸岡瞳の母親が早速切り出しました。
「・・・・そうですね。いいお話だとは思うんです。だけど、初美にちょっと悪いと思うんです・・・・」
「初美だって、他の人じゃなくて瞳と結婚するのなら許してくれるでしょう?」
二郎は考えます。
「登や香奈だって、お母さんそっくりな瞳なら問題ないんじゃないの? 現に瞳のことをお母さんって、呼んでいるんですから」
「瞳さんは? 瞳さんはいいんですか? 10も年の離れた、子持ちの再婚男でも」
わたしは黙って頷きます。
「瞳もこう言っていますから、是非一緒になってください」
「ねえ、ねえ。瞳お姉ちゃんがお母さんになってくれるの?」
香奈がわたしの腕に抱きついて言います。
「そうよ」
諸岡瞳の母親が、にっこり笑って答えました。
「わあい。登兄ちゃん。瞳お姉ちゃんがお母さんになってくれるって」
「ほんと?」
嬉しそうなふたりを見て、わたしが答えます。
「ホントよ」
「ほんとにいいのかい?」
二郎がわたしに尋ねました。
「ええ。この子たちのために」
「ぼくのことが好きだからって言う訳じゃないんだね」
ちょっと意地悪そうに二郎がいいました。
「そ、そんなことはないです」
「それならよかった。ぼくの方は初美だと思って大事にするから」
「わたしは初美姉さんじゃありません」
「これは失言だった。瞳ちゃんを一生大事にするよ」
「話は決まったわね。じゃあ、早速結婚式の日取りを」
「お母さん、ちょっとだけ時間をくれない?」
「時間? 何の時間?」
「独身最後の旅行でもいきたいのよ。できれば海外旅行に」
「海外旅行? 何を贅沢を」
諸岡瞳の母親は難色を示します。
「いいじゃないですか、お義母さん。あんまり慌ただしいのも何だから」
「二郎さんがそう言うのなら」
そう言うわけで、わたしは諸岡二郎と結婚することになってしまいました。
職場に退職届を出しました。諸岡二郎が長野在住ですから、結婚すれば、辞めざるを得ないからです。
「わあ、寿退職なの? いいわね」
森川ひとみが言います。
「でも、亡くなった姉の旦那さんとだから」
相手が再婚だと言うことで、不満そうな顔をして見せました。
「亡くなったお姉さんの旦那さんって、養子に来たって言うあの二郎さんって言う人でしょう?」
「そうよ」
「瞳、二郎さんと結婚したいって言ってたじゃないの。よかったじゃない」
ええっ!! と言う感じでした。諸岡瞳はそんなことを考えていたのでしょうか? 大学ノートには、そんなことは一言も書いてありませんでした。
「え、ええ」
「結婚式、呼んでくれるんでしょう?」
「もちよ」
「もっと嬉しそうな顔をしたら? 憧れてたくせに」
「まあね」
もっと嬉しそうな顔をしてもいいのか。そう思いながら、森川ひとみに手を振って分かれました。
アパートを引き上げ、家財道具を諸岡瞳の実家に送り出してから、わたしはフィリピンへ向かいました。
手術を申し込んでいた病院へ行き、簡単な検査を受けると、空路香港へ向かいました。手術は、10日後と言われたからです。香港に向かったのは、アリバイ作りです。写真を取ったり、お土産を買ったりして、シンガポールに行きました。ここでも同じアリバイ作りをしました。それから、入院予定の日にフィリピンに戻りました。
手術前日、わたしが受ける手術の説明を受けました。ペニスの皮と陰嚢を使って膣を作るそうです。クリトリスは、亀頭の一部を使って感じるクリトリスを作ると聞かされました。わたしの手術をしてくれるお医者さんは、『一回ですむ手術の中では、わたしの手術の仕上がりが世界一だ』と自慢げに言いました。わたしはにっこり笑顔を向けて握手しました。
手術は、午前9時に始まり、3時間半ほど掛かったそうです。だけど、麻酔が覚めたときには、夜中になっていました。
目が覚めてから二日間は、ひどい痛みで気が狂いそうでした。モルヒネの注射がどれくらい有り難かったことかしれません。
五日目に尿道に入れられていた管が抜かれ、翌日人造腟の中に詰められていたガーゼが引き抜かれました。これも痛くて泣き叫びました。
痛みが治まって見せてもらったわたしの新たな陰部は、思っていたものとあまりにかけ離れていたために、またもや泣いてしまいました。
「こんなんじゃあ、すぐにばれてしまう」
「腫れが引いたら、綺麗になるよ」
絶望的になっているわたしに向かって、お医者さんはそう慰めました。信じられませんでしたが、その言葉を信じて、腫れが引くのを待つことにしました。やり直しはきかないのですから、そうするしかないのです。
腟を締めるためのストレッチ体操のやり方や腟が狭くならないようにする膣拡張のやり方を教えてもらい、術後十日目に無事退院しました。
傷がまだ少し痛んでいたのですが、フィリピンを観光して回りました。これもアリバイ作りのためでした。
わたしはとにかくたくさんの写真を撮りました。写真を撮るときに、カメラの裏に付いている日付を細工しました。入院したことを誤魔化すためです。
香港に10日間、シンガポールに10日間、フィリピンに10日間いたと言う偽のアリバイ作りをして、日本に帰りました。
痛みを我慢し、隠れてストレッチ体操や膣拡張に励みました。暮れを迎える頃には、毛の生えそろったわたしの股間は、術後のあの悲惨な状態からは別物のように変化して、一見すると本物の女に見えました。とは言っても、本物の女の部分を見た相手はただ一人です。諸岡瞳のものです。女の持ち物が羨ましくて、諸岡瞳のものをじっくり見せてもらったことがあるのです。手で触った感じも覚えていたものと同じでした。
「すごい。あのお医者さんの言ったことはホントだった」
わたしの手術をしてくれたお医者さんの顔を思い出して手を合わせました。人造腟の方も一番大きな拡張棒が楽に入るようになりました。入浴したときに、指を入れて肛門を締めるようにしてみると、人造腟が少し締まるのを感じました。ストレッチに励んだ結果です。
「二郎さん、満足してくれるだろうか?」
二郎に抱かれる日のことを思うと体が熱くなりました。
「でも、もしばれたら・・・・」
それも不安です。
「これだけの仕上がりだったら、絶対大丈夫。ばれないわ」
自分にそう言い聞かせました。
正月休みを利用して、登と香奈を連れた二郎が諸岡家へやってきました。
「あれ?」
二郎はわたしの顔を見て首を傾げました。
「どうかしたの?」
「いや、ずいぶん変わったなって思って」
「変わってないわよ。どこが変わったって言うの?」
「・・・・イヤ、変わってないな」
二郎が感じたのは、わたしの女としての自信でしょう。ペニスを隠さないですむことが、女としての自信を深めたのです。
「香奈ちゃん、お風呂に入ろうか?」
「うん」
「ぼくも」
登が言います。
「登は男の子でしょう? おかしいわよ」
瞳の母親が言います。
「だってえ」
不満そうにするので、わたしは手招きしました。
「いいわよ。一緒に入りましょう」
浴室の中で、登も香奈もわたしの胸をじっと見つめていました。まだまだおっぱいが恋しい年頃なのです。
浴室の外で香奈に服を着せている瞳の母親の前に、全裸のわたしを晒しました。どこから見ても女のわたし。もう隠す必要がなくなったのです。
「瞳。そのスタイルなら、二郎さんに喜んでもらえるわよ」
「そう思う?」
「間違いないわ」
瞳の母親はにっこりと笑いました。二郎との結婚式は、来年の2月です。最後の難関を乗り切れるでしょうか? ちょっとだけ不安でした。
「登君、香奈ちゃん! 爪、切ってあげるから、ここに座りなさい」
「はあい」
風呂上がりで柔らかくなった爪を切ってあげました。
「さあ、これでお正月を迎える準備ができたわ」
そんなわたしたちの様子を、二郎はじっと見つめていました。
結婚式の当日になりました。諸岡瞳が嫁にいくのではなくて、やっぱり二郎が婿養子にはいることになっていたので、あの日夢に見た父親に三つ指をついてお礼を言うシーンはなしです。でも、あの日夢に見たことの半分は叶ったことになります。
二郎が再婚であること、再婚相手が前妻の妹であることから、式は諸岡家、大島家(二郎の実家)各々30人くらいの規模のものでした。わたしもお色直しなしのウエディングだけです。ホントはわたしは諸岡家にとっては他人なのですから、そんなに華美にやってもらうことを躊躇したのです。
それでも、女を目指す男にとって、真似事ではなく本物の結婚式ができることは、この上もなく嬉しいものです。三三九度で始まった結婚式は、夢心地のままアッという間に過ぎていきました。
登と香奈を諸岡の両親が連れて帰り、わたしと二郎はホテルの一室にいました。何分か後には、期待し恐れもしていた処夜の儀式が始まるのです。
わたしは、昼間の汗を流し、真新しいショーツの上に、ちょっと大胆なデザインのネグリジェを着て、昼間はアップにしていた髪の毛をおろして鏡に向かってブラッシングしていました。
「綺麗だ」
入浴をすませ、髪の毛を拭きながら、トランクス姿の二郎が、鏡の向こうからわたしに微笑みかけました。わたしもにっこりと笑顔を返しました。
「さあ、ベッドへ行こうか?」
そう言ってわたしの手を引く二郎の足元がふらついていました。
「大丈夫? まだかなり酔ってるんでしょう?」
「悪友たちにかなり飲まされたからなあ」
二郎はトランクスの中を覗いてみます。
「あいつらの陰謀に負けないように頑張らなくちゃ。さあ」
ベッドに倒れ込んだ二郎に引っ張られて、わたしもベッドの上に倒れ込みました。強く抱きしめられます。二郎の顔がわたしに近づいてきます。かなりアルコールの臭いがしました。唇が重なり舌が差し入れられてきました。二郎の手がわたしの胸にかかり揉み始めます。
「ばれないかしら? 大丈夫かしら?」
期待よりも不安がどんどん膨らんできました。ネグリジェの前のボタンが外されていき、乳首を吸われました。ズキンとした刺激が体全体に広がりました。二郎の右手がわたしの股間に降りてきます。
「ああ、ばれないで・・・・」
目をギュッと閉じました。二郎の手は、わたしのはいたショーツの上から動きません。何かに気付いたのでしょうか? いえ、ショーツの上から触ったくらいでは、何も気付かないはずです。
まだ動きません。どうしたんだろうと思っていると、二郎の寝息が聞こえてきました。二郎の悪友たちの陰謀が成功を収めたのです。
わたしはホッとして、二郎の体に抱きつきました。
「これで、明日の朝までは諸岡二郎の妻として時間を過ごせるわ。妻・・・・。なんといい響きの言葉でしょう」