あの日、『俺』になった弘子に迫られたとき、相手が『俺』だったから、イヤと言いながらもそれほどの違和感はなかった。
けれど、今日は弘子の初恋の相手だとは言え、まったくの他人だ。俺自身は多少の嫌悪感を覚えていたけれど、俺の中にある弘子の記憶が俺のそんな思いを押し潰した。
ラウンジから出た俺たちは、いったんロビーに戻り、吉岡が部屋のキーを受け取った。キーを持った吉岡は、ちょっと恥ずかしそうにしている。
「どうしたのよ。そんなに赤い顔をして」
「今からキミとあれをやろうとしているのがホテルの人たちに見え見えだろう? 恥ずかしいよ」
「だったら、止める?」
「キミって、結構意地悪なんだね」
「今頃気がついた?」
「知らなかった」
「あ!」
「どうしたの?」
「網タイツに鞭を忘れたわ」
「ぼくの方は、縄と蝋燭を忘れたよ」
エレベーターの中に誰もいないのを幸いにふたりで笑い転げた。
「着いたよ」
部屋のキーを見ながら、吉岡が俺をエレベーターの外に誘った。急に言葉数がなくなる。黙って、廊下を進んだ。
吉岡は、震える手で部屋の鍵を開いた。緊張が俺に伝わってくる。
「どうぞ。ぼくのお姫様」
「王子様、ありがとう」
部屋に入るなり、吉岡が俺を抱きしめて唇を合わせてきた。頭の中には嫌悪感があったが、俺の腕は吉岡を抱きしめ返していた。
差し入れられてきた舌を吸った。吉岡はタバコを吸わないらしく、甘い味がした。
ああ、感じちゃう・・・・。
あそこが熱く、潤いを増したことを自覚した。俺は男に抱かれようとしている。女として生きるためには避けては通れぬ試練だ。
キスされながら、俺はコートを脱いだ。長いキスのあと、吉岡は俺の手を引いてベッドに俺を押し倒した。再び俺にキスしながら、俺の着ているものを脱がしていく。
新しい下着を着けてきて正解! 年長者の言うことは聞くものだ。
「綺麗だ・・・・」
全裸になった俺を見つめながら吉岡が呟く。
「脱いで」
手伝ってやり、吉岡も全裸になった。全裸で抱き合う。吉岡の体温が伝わってきた。心地よいと感じた。
吉岡はターゲットを胸に移した。揉まれる。やり方が恐ろしく優しい。女を愛撫することになれていないことが如実にわかる。童貞だと言うことはホントのようだ。
しばらく俺の胸を弄んだあと、吉岡はずり下がっていった。クンニをするつもりのようだ。
「吉岡君、汗掻いてるわ。汚いよ」
「汚いなんて思わないよ。キミの汗くらい」
「汗だけじゃ・・・・」
スカイラウンジでトイレに行った。ちゃんと拭いたけど・・・・。
「キミのものだったら、おしっこだって飲んであげるよ。さあ、力を抜いてよ。綺麗にしてあげるから」
俺は力を抜いて両足を開いた。ぬるりと吉岡の舌が俺を捕らえた。
「あん」
思わず吐息が漏れる。
「綺麗だ。可愛いよ。女の子のここはこうなってるんだ・・・・」
吉岡は、俺に告げるともなしに呟く。
「大学で女の子がどうなっているか習わなかったの?」
「習ったけど、実物とはぜんぜん違うよ」
そんなものなのかと思った。吉岡は胸の時と同じように、恐る恐る舌を這わせていた。それが何とも新鮮でよかった。俺は上り始めた。
「濡れると言うより溢れるって感じだね」
「解説はいいわ。少しはムードを込めてよ」
「あ、ごめん。どうも患者を観察するような癖が出ちゃって」
それからは吉岡は無言で俺への愛撫を続けた。指が挿入されてきた。Gスポットを狙って動かしているようだ。知識だけはちゃんと頭の中に入れているみたいだ。
出し入れされるとは違う指がクリトリスに触れた。快感が走り俺は腰を浮かせる。
「はあっ!」
指が抜け去って、クリトリスと襞をまさぐる。吉岡が溢れると表現したが、触らなくてもそこが大洪水になっていることが自覚出来る。恐らくシーツまでしたたり落ちていることだろう。
「弘子さん? いくよ」
「弘子でいいわ。来て」
俺は這い上がってきた吉岡の背中に腕を回し、両足を立てて開いた。
「あれ?」
場所がわからないらしく、吉岡の先端が俺の入り口で右往左往する。
「もう少し上よ」
「ここ? あれ? どこ?」
ホントに初めてのようだ。俺は右手を降ろして吉岡の怒張を握って俺の中に誘導した。
「ここよ。さあ、来て」
ようやく入ってきた。
「ああ、やっとキミとひとつになれた・・・・」
俺よりも吉岡の方が感激している様子だ。吉岡は腰を動かし始めた。挿入を楽しんでいる余裕などないようだ。タダがむしゃらに俺を突き続ける。
いけない。このままじゃ、俺が行く前に吉岡が行ってしまう。
余計な雑念を払い、セックスの集中する。初恋の相手・吉岡によって俺は行く。それを想像する。
上る。上る。上っていく。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はああっ!!」
今だ! 吉岡! 今、来てくれ! そうしたら同時にいける!
俺の思いが届いた。吉岡が俺の中で膨張し、二度三度と痙攀を繰り返して俺の中にそのすべてを吐き出してきた。
「い、いいっ!」
快感が俺の身体を走り抜ける。弘子の経験上これほどの快感はなかった。
テクニック的には『俺』の方が格段に上だ。それは、この弘子の身体が知っている。女からあなた上手ねと言われたところで、それがホントなのかどうか疑問が残る。けれど、俺が感じているのは、弘子の女としての感想だ。『俺』の方がうまい。
だけど、今感じている快感は、『俺』から得られたものの数倍も強いと感じた。相手が初恋の人だからだろうか? そうとしか思えない。
俺としては、負けたようで悔しいような気もするのだが、もはや俺は『俺』ではないのだから、そんなことを考えてたって仕方がない。俺は弘子なのだから。
俺は俺の上に倒れかかってきた吉岡を両手で強く抱きしめ、唇を合わせた。
「吉岡君、好きよ」
空を飛ぶ夢を見ていた。どこまでも続く雲海を俺は両手を広げて飛ぶ。最高の気分だった。
目を開くと、ベッドサイドのフロアライトだけで照らされた暗い部屋にいるのを発見して、ここはどこだと驚いてベッドから起きあがった。
「ううん」
声がした方を見て、そこに吉岡がいることに気がついた。ここはホテルの一室で、吉岡に抱かれたんだと思い出した。時計を見ると午前6時だった。あのまま眠り込んだのだ。
午前様どころか、朝帰りだよ。
今更慌てても仕方がないと、俺はベッドの中に再び潜り込んだ。すると、吉岡の手が伸びてきて、俺の腰を抱いた。俺に身体を寄せてくる。
「弘子、俺の弘子。大好きだ。離さない」
そう言って俺を強く抱きしめた。ジンと来た。
「吉岡君、わたしも吉岡君のこと大好きよ」
吉岡は笑顔を見せ、唇を重ね、手が俺の胸に移動した。起き抜けの一発になだれ込むつもりのようだ。俺もそれを望んでいた。
昨夜と同じ愛撫。それでも俺は充分濡れていた。吉岡が挿入体勢に入ったとき、俺はそれを押し留めた。
「吉岡君、フェラしてあげるわ」
「えっ!」
「いや?」
「いいのかい?」
「吉岡君だって、わたしを綺麗にしてくれたでしょう? わたしも吉岡君を綺麗にしてあげるわ」
吉岡は黙って頷き、膝をついて起きあがった。俺も上半身を起こす。天を向いた吉岡のペニスが目に入る。
あれ? 意外と小さいんだ。
俺の中に入ってきたとき、もっともっと大きなものが入ったと思ったのに、『俺』より一回り小さかった。
でも、これくらいが標準サイズかな?
『俺』のペニスは大きかった。他のことはともかくそれだけは、『俺』が自慢していた。
まあ、いいさ。これで俺はかつてないエクスタシーを感じたのだから、問題なんてありやしない。
俺は両手で握ると舌を這わせた。ぴくりと小さな痙攀があって、さらに緊満が増した。口の中に入れる。歯が当たらないように注意しながら口をすぼめて擦るようにして頭を前後に動かした。
「ああ、弘子、いいよ」
吉岡は俺の頭を掴み身体のバランスを取った。シャフトから袋を舐め回し、再び口の中に含む。それを3回ほど繰り返した頃、先端から先走り汁が出てきた。
「ああ、弘子、行っちゃいそうだよ」
俺は慌てて口を離した。吉岡はふうと大きな息を吐く。
「吉岡君、頂戴」
俺は仰向けに横たわった。吉岡は今度は迷うことがなく、俺の中に入ってきた。
「はうっ!」
俺としては3度目。貫かれることへの違和感は既に消えていた。俺は腰を振り、女を楽しんでいた。
「吉岡君、もう少しゆっくり。ゆっくりわたしを愛して」
「う、うん。わかった」
ゆったりとしたリズムで吉岡は俺の中で出し入れを続ける。しかし、それも2、3分のことだった。
「弘子、弘子、ダメだ。もう、行くよ」
今度も一緒に行けそうだ。俺は吉岡のリズムに合わせて、腰を密着させるように前後に振った。吉岡が俺を激しく突く。快感が頭を突き抜ける。気が狂いそうだ。
「うはっ!!」
吉岡の動きが止まった。俺の中で数回の痙攀を繰り返す。ジェット噴射が俺の子宮を突き上げる。
「い、いいっ!」
吉岡の背中に俺の爪の跡がくっきり付いたことだろう。
ベッドの上に倒れ込んでしまった吉岡を残して、俺は気怠い身体に鞭打ってシャワーを浴びた。
うっすらと掻いた汗を流す。こんな汗を掻いたときはホントに行ったときだと弘子の記憶が俺に告げる。『俺』としたときは、毎回行ったような振りをしていたけれど、3度か4度に1回しかこうならなかった記憶もある。
弘子の経験上、毎回はいけないけれど、相手のために行った振りをするのだと。そんなものだったのかと俺は何だか悲しくなった。
バスタオルを胸の高さに巻いて、バッグから出した化粧品を取り出し鏡に向かって化粧をしていると吉岡が起き出してきた。
「もう7時だ。急がなきゃ」
慌ててバスルームに入ってシャワーを浴びている。俺はその間に下着を身に着け、ワンピースを着た。
シャワーを終えた吉岡はあたふたと服を着込む。
「送っていくよ」
「いいの?」
「それくらいの時間はありそうだ」
忘れ物がないか確かめて部屋を出た。時間が早いせいか誰にも出会わない。エレベーターのドアが開いた。ラフな格好をして手にキーを持った男3人が載っていた。これから朝食にでも行くのだろう。俺たちふたりを見て、いいことやったなと思っているような気がして、俺は恥ずかしくなり目を伏せて床を見ていた。
チェックアウトして、予約していたタクシーに乗り、家まで送ってもらった。家までの道中、吉岡は何も言わない。ただ、運転手に気づかれないように俺の手を握っていた。
「今度、正式にご両親に挨拶に来るから」
「えっ?」
「キミがよかったら、結婚して欲しい」
離婚したばかりなのに、いいのかなと思いながら俺は頷いていた。タクシーの運転手はニヤニヤしながら俺たちを見ていた。
去っていくタクシーをずっと見守っていた。吉岡もずっと俺の方を見ていたようだ。
玄関には鍵は掛かっていなかった。ドアを開けると、飯の炊ける匂いが漂っている。母親が朝食の準備をしているようだ。
「あらあら。離婚早々、朝帰りする娘に育てたつもりはないけどね」
そう言いながら、母親の目は笑っていた。
「新しい下着にして行きなさいって言ったのは、お母さんよ」
「あら? そうだったかしら?」
「もう、惚けて」
「で、首尾は?」
「うまく行ったに決まってるでしょう? そうでなかったら、朝帰りなんかしないわよ」
「そう。・・・・ただ抱かれただけ何てことはないでしょうね?」
「結婚してくれって言われたわ」
「わおう! 大変! お父さん! お父さん!!」
母親はバタバタと奥へ走っていった。しばらくして、出勤準備をした父親がのっそりやってきた。
「結婚を申し込まれたんだって?」
「ええ」
「女は離婚後6ヶ月は再婚出来ないぞ」
「6ヶ月くらい、すぐにたつわ」
「そうだな。まあ、喜んでいいんだろうな」
「今度はね」
父親は頷いた。『俺』との結婚では、それこそ、もめにもめたからだ。