ぼくを苛めるのは、ホントはぼくのことが好きな裏返しで、そいつはホモなんだという噂もあっと言う間に広がっていた。だから、1学期には毎日のように精神的、肉体的に行われていたイジメがぴたりとやんだ。
ただ、セーラー服を着るのを止めると、再びイジメが始まるんじゃないかと恐れて、セーラー服姿で高校へ通うのを止められなかった。学校側も、セーラー服を着ていた方がイジメがないことを認めて、セーラー服での生活を許してくれた。
男子は、誰としてぼくには近づこうとはしなかった。入学してからずっと、友達がいなかったから気にもしていない。女子はと言うと、以前は男としての魅力がないという評価で、誰も近づいてこなかった。だけど、セーラー服を着て通い初めてから、女子の態度が変わった。ぼくを女子と同じように扱ってくれるのだ。
昼休みなど、ぼくを取り囲んでいろいろと質問してきた。
「ねえ、ねえ、祐樹。胸に膨らみがあるけど、あなた、ブラジャーもしてるの?」
「してるわよ」
ぼくは平然として答えた。
「やだあ。おちちはないよね」
「ないわよ。セーラー着てるけど、男だから」
「カップの中に何入れてるの?」
「パッドって言うのかな? おちちを大きく見せるときに使うやつ」
「はあ、なるほど」
「大川も入れてるやつだよ」
横から、茶々を入れる。
「入れてないわよ」
「じゃあ、見せてみなさいよ」
「やだよう。ねえ、祐樹。どんな風にしてるの?」
「あのね。パッドを二枚重ねて、内側に古くなったパンストを縫い込んであるの」
「へええ。・・・・ちょっと触らせて貰ってもいい?」
「いいわよ」
大川は、ぼくの胸の膨らみをつついた。
「きゃあ、結構、いい感じ」
「上手くできてるでしょう?」
「うん、うん。ところで、祐樹は、やっぱりホモなの?」
この質問はいつかはされると思っていた。女子の前で違うと答えるのは、全校放送のマイクの前で言うようなものだ。考えて答えなければならない。
「わたし自身は、どうなのかよく分からないわ。でも、わたしって、可愛いでしょう? だから、男子が放っておかないのよね」
「まあ、しょってるわね」
「女の子の目から見てどうかしら? わたしって、美人?」
「わたしより劣るけど、結構いけてると思うわ。ねえ?」
「わたしより美人だと思うわ」
「わあ、ありがとう」
「ずっと、セーラーで通うつもりなのね」
「ええ、卒業するまで」
「髭やすね毛が生えてきたら、怖いわね」
「できるだけ綺麗に処理するつもりよ」
「化粧をしたこと、ある?」
「あるわよ」
「へえ、だれに習ったの?」
坂口さんにと言うわけにはいかなかった。
「お姉ちゃんに決まってるでしょう?」
「あ、そうか。祐樹にはお姉さんがいたんだ」
「祐樹のお姉さん、祐樹にそっくりなのよ」
「ホント?」
「ええ、わたしの方が美人だけど」
「お姉さん、聞いたら怒るわよ」
「事実だもん」
と言うような話しでいつも盛り上がった。2ヶ月もすると、ぼくは生まれたときから女の子のような感覚になっていた。
落ち着けば、女の子の格好は止めるとお父さんに約束したけれど、ぼくは男に戻りたくなかった。別に女になりたいと思った訳じゃない。包容力のある女子に比べて、人の欠点を突いて、弱いものイジメをするような男たちと同族になりたくなかっただけだ。
女子がぼくを受け入れてくれなくて、男子がもう少しぼくを認めてくれていたら、こんな風には考えなかっただろう。
男として生きたくないとすれば、女として生きる道しかないわけだ。女として生きるためには、ただ女装しただけでは駄目だとぼくは考え始めた。
黙っていれば、大川が言ったようにぼくだって髭も生えれば、すね毛も生えてくるだろう。だから、ぼくは、女性ホルモンを飲むことにした。勿論、親にも誰にも内緒でだ。
ホントの所を言うと、女性ホルモンを飲もうと決めたのは、夏休み前のあの事件の直後だ。あの時、男の仲間でいたくないと思った。だけど、女の子たちがぼくを受け入れてくれるか心配だった。そのハードルがなくなったから、ぼくは女性ホルモンを飲もうと決心したのだ。
高校へ入学したときのお祝いに買って貰ったノートパソコンを使ってインターネットに接続し、女性ホルモンを注文した。バイトで得たお金を代金に宛てた。
女性ホルモンを飲んだ人たちの体験記もダウンロードして、どんな風になるかも調べて置いた。。
それでも、最初に飲むときには、覚悟がいった。下川の顔が浮かんだ。あいつと同類にはなりたくない。1.25ミリという、中途半端な量のプレマリンをゴクリと飲み込んだ。
体験記には、吐き気やめまいがすると書いてあったけど、ホントに気分が悪い。説明できないような気分の悪さなのだ。それでもぼくは、夕方にはもう一錠飲んだ。今度はあんまり気分は悪くならなかった。
翌日からも、1.25ミリを朝夕1錠ずつ飲んだ。1週間してから、2錠ずつ飲むことにした。睾丸が痛むと体験記に書かれてあったけど、それほど痛んだ記憶はない。
女性ホルモンは結構高い。夏休みにバイトで手に入れたお金はすぐにでも底を尽きそうだった。だから、冬休みもバイトした。勿論女装してお姉ちゃんの名前を騙って。
サッカー部を辞めてから、白くなっていた肌が、さらに白くなっていった。体も丸くなってきたようだけど、冬服だから誰も気がつかなかった。
正月を過ぎた頃から、両方の乳首が痛み始めて固まりができていた。プレマリンのせいだと分かっていたので、心配はしなかった。
その固まりが柔らかく大きくなっていった。高校2年になる頃には、胸全体が少し膨らんできた。人前で裸になることはないし、入浴も一人だったから、誰もぼくの身体の変化に気付いてはいなかった。
乳房が大きくなるに合わせて、ブラジャーの中に入れていたストッキングの固まりを取りだし、パッドを抜いていった。
偽物の膨らみの頃には、ブラジャーなんて、胸が苦しいだけだと思っていたけれど、こうして本物の乳房ができてしまうと、ブラジャーのありがたみがよく分かった。
誰にもばれることなく、ぼくは卒業式を迎えた。卒業写真は、学生服にした方がいいと言われたけれど、そんなことをすると胸が大きいのがばれてしまう。困っていると、クラスメートの女子たちが、ずっとセーラーだから、セーラーで写真に写りましょうといってくれて一件落着した。女の子としても背の低い方であるぼくは、卒業写真の最前列にかしこまって写っている。
「高校も無事卒業できたから、もう女装しなくてもいいな」
何にも知らないお父さんは、卒業式の夜、卒業祝いの席でぼくにそう言った。
「でも、156しかないから、また馬鹿にされそうだよ」
「気にするからいけないんだ。女装してるって馬鹿にされていたのを我慢できたんだ。ちびだと言われるくらい何でもないだろう?」
「それはそうだけど・・・・」
「明日から、イヤ、今日から、女装は止めなさい。さあ、着替えてくるんだ」
男の服を着たら、絶対にばれるなと思いながらも、こうなったら、ばれても仕方がないと開き直った。どうせそのうちばれるのだから。
2年半着なかったTシャツは少し黄ばんでいた。トランクスを穿いて見たけれど、もの凄く違和感を覚えた。Tシャツを着てジーンズをはいた。
アンダーとトップの差12センチの乳房が、Tシャツを持ち上げていた。
「胸が大きいのが分かるよな」
サラシみたいなものを巻こうかと思ったけれど、どうせなら、今日告白しようと決めた。ぼくは、そのまま階段を下りていった。
お父さんは、テレビに夢中でぼくの姿に気がつかない。お母さんは、台所にいた。最初に見つけたお姉ちゃんが、口をぽかりと開けてぼくを見つめていた。
「祐樹、あんた・・・・」
「どうしたの?」
料理を盛った皿を持ってお母さんが、ダイニングに戻ってきた。皿をテーブルの上に置きながら、ぼくの胸を穴が開くほど見つめた。
「ブラジャーしてないわよね」
「うん」
ぼくは頷く。
「どうして・・・・」
「なんだ? どうした?」
ビールの入ったコップを手にしながら、お父さんがぼくたちの方を振り向いた。お父さんは、ぼくの姿を直視しているのに、すぐには気付かない。
「あなた。祐樹の胸を見てよ」
「祐樹の胸? 胸がどうした・・・・。ど、どうしたんだ!? 祐樹! おまえ、その胸は・・・・」
「見ての通りだよ。これは作り物じゃなくって、本物なんだ」
「どうしてそんなに大きくなってるんだ?」
「自然に大きくなった・・・・なんて言わないよ。実は、ずっと前から、女性ホルモンを飲んでいたんだ」
「じょ、女性ホルモン!?」
「そう。プレマリンって言うやつだよ」
「何でまたそんなまねを」
「ぼくは、男でいたくなかったんだ。だから・・・・」
「馬鹿者!」
お父さんの手が頬に飛んできた。
「痛いじゃないか」
「なんて馬鹿なことを」
「言っただろう? 男でいたくなかったって」
「女性ホルモンを飲んでもおまえは男だ。女になれるわけがない」
「女にはなれないけど、女としては生きていけるよ」
「化け物扱いされるだけだ」
「そんなことはないよ。日本中にニューハーフって呼ばれる連中がいっぱいいて、ちゃんと暮らしているんだから」
「ちゃんと暮らして何かいるものか。ほとんど、水商売か、セックスがらみの仕事をしているんだぞ。おまえにそんなことはさせられん!」
「そんな仕事をしなくても暮らしていけるよ」
「世間を知らないくせに、馬鹿なことを言うな。すぐに止めるんだ。そんな乳房なんて切り取ってしまうんだ。いいな!!」
「イヤだ! ぼくの気持ちなんて、お父さんには分からないよ!」
ぼくは、部屋に戻って鍵を掛けた。しばらくしてお母さんが部屋のドアをノックした。
「祐樹。話しを聞いて」
「話しなんかない!」
「そう言わないでよく聞いてよ。お母さん、あなたの気持ちはよく分かるわ。だけど、お父さんの言うように、男の子が女として生きていくことはできないわ。お父さんの言うことを聞きなさい」
「イヤだ」
「先になって後悔するわよ」
「後悔するくらいなら、初めからしない」
「祐樹は、言い出したら聞かないのは分かっているけど、これだけはお父さんの言うことを聞いて」
ぼくは、答えなかった。
「祐樹。聞いてるの?」
お母さんは、ぼくを説得しようとかなりの時間ドアの外でぼくに話しかけていたけれど、ぼくは返事をしなかった。返事をしないで、家出の準備をしていた。
「女性ホルモンを飲むのは止めるのよ」
そう言って、お母さんは下へ降りていった。
女物の服を詰めたバッグはベッドの下に隠して、家を出るチャンスを窺った。
「祐樹。乳房を取り除いてくれる医者を捜してくるから、家で待っているんだぞ」
そう言い残してお父さんが出ていった。お姉ちゃんは、友達から電話がかかってきて出かけていった。お母さんが買い物に出かけた隙にぼくは鞄を持って家を出た。
化粧をして、スカートスーツを着たぼくに誰も気が付かない。通りがかったタクシーに乗って駅へと向かった。
「お嬢さん、どこまで行くの?」
タクシーの運転手が聞く。
「就職で東京まで」
「そうか。東京は危ないから、気を付けるんだよ」
「ありがとうございます」
運転手は疑う素振りを見せなかった。
JR線で北上して新幹線に乗り継いだ。東京に着いた時には、日がとっぷりと暮れていた。その日は、ホテルに泊まることにした。山手線で品川で降りて、品川プリンスホテルにチェックインした。
ここまでは昨日計画した作戦通りだ。バスタブにお湯を溜めながら次の作戦を練った。
「まず、住居の確保だな。・・・・それから、仕事を見つけなきゃ。荷物は、ロッカールームに預けて、手回り品だけ持って、不動産屋を回ってみよう。上手く見つかれば、それから、仕事を見つける。東京だから、パートやアルバイトみたいなものはいくらでもあるだろう」
お湯が溜まったところでバスルームに入って化粧を落とした。化粧はめんどくさいけど、女として生きる以上仕方がない。
裸になって、鏡を見た。家の風呂場には、大きな鏡がなかった。こうして裸の上半身全体を見るのは初めてだ。
「ここだけ見れば、ぼくは完全に女に見えるな」
そう思いながら、股間に目を落とす。
「ここだけが、女じゃないな」
坂口さんをよがらせていたペニスの面影はまったくない。ぼくのペニスは、ここ2年間、まったく勃起したことがない。女としようとも思わない。ただの排尿器官に成り下がっている。
女とセックスするつもりはないし、女装するためには、ない方がいいんだけど、切り取るにはお金がいる。ぼくにはそんな余裕はない。
「ばれなきゃいいんだ」
熱いお湯に浸かると、生まれ変わったような気がした。
「明日から、ぼくはすべてのしがらみを捨てて女として生まれ変わるんだ。さあ、やるぞ」
何件か不動産を回ったけれど、身分証明や保証人がいると言われ、住むところが確保できない。夕方までかかって、マンスリーマンションというのを見つけた。お金さえ払えば、身分証明も保証人も必要としなかった。生活に必要な家具も一応そろっている。取りあえず一週間借りることにした。
ワンルームマンションだったけれど、何とか住むところを手に入れた。手に入れたと言っても、手持ちのお金はそう多くない。お金がなくなれば、出ていかなければならない。働くところを早く確保しなければならない。
借りたワンルームマンションから歩いて10分ほどのファミレスで夕食を取っていて、何気なくテーブルの上に置かれたパンフレットを見てみると、パート店員募集の広告があった。
「すみません。このパンフレットに載っているパート募集に応募したいんですけど」
通りがかりの女子店員に声をかけた。
「ああ、それじゃあ、店長さんに言って貰えますか?」
「店長さんは?」
「あの人よ」
ぼくは立ち上がって、店長らしい男に声をかけた。
「あのう。パートに雇って貰いたいんですけど」
店長は、ぼくを頭のてっぺんから足の先まで何度も見てから言った。
「学生は雇ってないんだけど」
「この春高校を卒業したんですけど」
「へえ、そうは見えないけど」
「就職口がなくって、東京に来れば何とかなるかなって思って」
ぼくはせいぜい可愛く笑顔を店長に向けた。
「そうだな。明日にでも履歴書を持ってきなさい。それを見て決めよう」
「ありがとうございます」
「まだ雇うと決めた訳じゃないよ」
「明日来ます」
ファミレスから出ると、早速履歴書を手に入れて、マンションに戻って書き入れた。当然のことながら、本名は書けない。中学の時同級だった本林美智子の名前を使った。生年月日はぼく自身のものにした。急に聞かれたとき、間違うといけないからだ。
翌日、履歴書を持参してファミレスに行くと、店長は殆ど中を見もしないで採用を決めた。こんなことなら、履歴書なんていらないだろうにと思った。
「薫ちゃん、制服を見繕ってやって、手順を教えてやってくれ」
「はあい」
女子従業員に連れられて裏の事務室へ行き、制服を手渡された。制服に着替えると、店長がやってきた。
「こんな店で働くのは初めてだよね」
「はい」
「じゃあ、まず挨拶から。お客が来たら、いらっしゃいませと大きな声で言う」
「いらっしゃいませ!」
「そう。それでいい。人数を聞いてからテーブルに案内し、人数分だけお冷やを出す。注文がお決まりになりましたら、ベルを押して下さいと言うんだ。いいね」
「はい」
「注文を受けるのは、この端末を使う。操作方法はこうするんだ」
店長はメニューの入力の仕方を教えてくれた。
「お客に注文されたメニューの復唱を忘れずにやること。原則として、注文を受けたテーブルに料理を運ぶこと。お客が会計に向かったら、ありがとうございましたを忘れずに」
「はい」
「あとはテーブルの上を片づけて、奇麗に拭いたら終わりだ。この繰り返しだな」
「何とか分かりました」
「最初の1時間は、他の店員の様子を見て覚えなさい。この時間帯はお客が少ないから、じっくり観察できるだろう。さあ、出発進行だ」
柱の影に立って従業員たちの様子を観察した。
「そろそろやってみてもいいですか?」
「できそうか?」
「やってみます」
「じゃあ、いこうか」
端末の操作を何度か間違えたけれど、他の部分はきちんとやれた。5時間のパートを何とかこなした。
「明日からも頼むよ」
そう言われて、心の中で万歳と叫んだ。これで、立派に生きていけると。
一ヶ月働いて、初めて貰った給料は10万あまりだった。二桁の給料を貰ったのは初めてバイトしたとき以来だった。嬉しかった。だけど、嬉しがるのは早過ぎた。10万では、マンスリーマンションの家賃しかでないのだ。食費が手出しになってしまう。そこで、仕事になれてきた頃から、時間給の高い夕方から深夜の時間帯へ移った。
休みも取らずに、毎日8時間働いて得た給料は、20万弱だった。貯金はできないけれど、何とか暮らしていけるレベルだ。もう少し安いアパートでも探せば、貯金ができるなと考えていた。