第8章 対抗手段

 進学校じゃないけれど、まあまあの高校に合格できた。意気揚々と通学を始めたのだけれど・・・・。
 「井原。おまえ、がっこ、間違えてんじゃないか? ここは高校だぞ」
 イジメが始まったのだ。小中学校の時は、小さい頃から遊んだ仲間ばかりだったから、からかわれることがたまにあっても苛められることはなかった。だけど、高校では違った。
 「ぼくは高校生だ」
 「あ、そうか。じゃあ、女じゃないのか? こんな背の小さな男は他にはいないぞ」
 「小さくたって、ぼくは男だ」
 この頃のぼくの身長は、やっと155センチになったばかりだった。
 「そうか? ホントに付いてるのか? 声変わりもしてないようだし・・・・」
 ぼくは同年代の男の子に比べて、成長が遅れていた。指摘されたように声変わりもまだだ。高校に上がる前に、病院へ行って調べて貰ったけれど、成長が遅れているのは間違いないのだけれど、男性ホルモンや成長ホルモンを注射するほどではないと診断されていた。
 「馬鹿にするな!」
 そう言ったけれど、体格の小さなぼくの威嚇など通用しなかった。
 「調べてみようぜ」
 そんなひとりの言葉に、寄って集って裸にされた。
 「体の割に大きいじゃないか」
 「しかも、一人前に毛まで生えてるよ」
 泣きたいところだったけど、グッと我慢した。泣いたら負けだからだ。

 教師は、ぼくが苛められているのを知ってるくせに知らない振りをしていた。教育のためじゃなくて、生きる糧を稼ぐために教師をしている連中だ。ぼくが自殺でもしない限り、決して動こうとはしないだろう。
 ぼくが苛められている事実を知った両親が高校へ怒鳴り込んでいったときにも、そんなことは聞いておりません。調査してみますの一言で、何の解決策も講じてはくれなかった。
 陰湿なイジメは続いた。ぼくはじっと我慢するしかなかった。

 一学期の終了式の日、帰ろうとすると、何人かの男子生徒に捕まって裸にされた。
 「ぜんぜん発達してねえな」
 そう吐き捨てると、ぞろぞろと教室を出ていった。
 「明日から夏休みだ。2学期までは苛められなくてすむ」
 そう思いながら服を着ようとした。ところが服がないのだ。イヤ、服はあった。あったけれど、それは女物の下着とセーラー服だった。ルーズソックスまで置いてあった。
 教室の中を隅々まで探したけれど、他には着るものはなかった。裸で帰るわけにもいかず、ぼくはパンティーをはいて、スリップを着てから、セーラー服を着た。
 セーラー服を着終わった頃、ぼくのイジメの先頭に立っている男が顔を覗かせた。
 「おう、似合うじゃないか」
 反抗しても言葉のイジメが待っているだけだ。ぼくは何も答えず、ルーズソックスをはいて、鞄を抱えて学校を出た。
 男子生徒たちは、しばらくぼくのあとについて、いろいろと暴言を吐いていたけれど、何を言おうとぼくが反応しないものだから、諦めて去っていった。

 「ゆ、祐樹! 祐樹なのね?」
 玄関を開ける音に気付いて出てきたお母さんが、ぼくのセーラー服姿を見て驚きに目を見張った。
 「いったい、どうしてそんな格好をしているの?」
 ぼくは、何も答えず階段を上った。
 「祐樹! 言いなさい! 学校で何があったの?」
 追いかけてくるお母さんを無視して部屋に入ると中から鍵を掛けた。
 「祐樹! 祐樹!!」
 ぼくは布団をかぶって、中で声を殺して泣いた。

 「祐樹。ドアを開けなさい」
 ドンドンとドアが叩かれ、お父さんの声がした。時計を見ると、家に帰ってきてから2時間がたっていた。お父さんが帰って来るには少し早い時間だ。お母さんが電話して帰ってきて貰ったようだ。
 「祐樹。早く、ドアを開けなさい」
 ぼくはのろのろと起きあがりドアを開けた。お父さんは、ぼくの姿を見ると、フウと溜息をついた。ぼくは、まだセーラー服を着たままだった。
 「無理矢理着せられたんだな」
 ぼくは力無く頷いた。
 「いくら小さいからって、酷いことをする。いくら言っても何の対応もしてくれないから、・・・・転校するか?」
 「転校なんてしたくない」
 「何故だ?」
 「転校したって、また苛められるかもしれないし、それじゃあ負けたことになるよ」
 「ううん。それはそうだが・・・・」
 「もう少し頑張ってみるよ。だから、このままそっとしていてくれない?」
 「俺が小さいものだから、苦労を掛けるな」
 「父さんのせいじゃないよ。小さいからって馬鹿にするあいつらとあいつらの両親が悪いんだ。ぼくは絶対に負けないから」
 「・・・・そうか。それを聞いて安心した。さすがに俺の子だ。じゃあ、頑張るんだぞ」
 「うん」
 「それにしても、おまえのセーラー服姿は、結構似合ってるな」
 ぼくはお父さんを睨み付けた。
 「冗談だよ。早く着替えろよ」
 お父さんはちょっとばつが悪そうに階段を下りていった。

 翌日、ぼくはベッドの中で泣きながら考えたことを実行するために街へ出かけることにした。バイトを探すためだ。考えた計画を実行するためにはお金がいるからだ。
 「祐樹、どこへ行くの?」
 「遊んでいるのも何だから、バイトを探してくる」
 「バイトは禁止でしょう?」
 「ちょっとくらいいさ」
 バスで街に行って、マクドナルドのアルバイト募集という張り紙を見つけて申し込んだ。
 「井原早樹さん、3年生だな。お宅の高校は、3年生はバイトが許可されているね。オーケーだ。どうする? 今日からでも働くか?」
 「お願いします」
 ぼくは、この店に来る前、家から持ち出したお姉ちゃんのセーラー服に着替え、こっそり持ち出したお姉ちゃんの生徒手帳を店長に提示したのだ。坂口さんから貰ったウイッグも付けていたから、ぼくはお姉ちゃんとして、雇われることができた。男のままだと、中学生にしか見えないから、雇ってもらえないと思ったからだ。
 裏の事務所で制服を貸して貰って着替え、女子店員として働き始めた。

 誰もぼくが男だとは気付かない。同級生もやってきたけれど、ぼくだと気がつかなかった。
 夏休みの間に、1日5時間35日働いて、12万あまりを手に入れた。こんなにいらないんだけど、お金はあるに越したことはない。

 夏休みの最終日、ぼくは夏休みの間に伸びた髪を切るために散髪に出かけた。坂口さんが最初にぼくに着せた黄色のワンピースを着て美容室へ。
 「どうなさいます?」
 「わたしに似合うようにしていただければいいです」
 「お任せください」
 パチパチとハサミが入れられていった。1時間後、ぼくの髪型は、女の子らしいショートカットに変わっていた。
 「どうですか?」
 「気に入りました。ありがとうございます」
 カット、シャンプー、ブローの料金1万円弱を支払って、ぼくはそのままの姿で家に帰った。
 「ただいま」
 「おかえ・・・・り。あな・・た。祐樹?」
 「そうだよ」
 お母さんの驚いた顔ってなかった。
 「どうしてそんな格好を? また無理矢理着せられたの?」
 「違うよ。自分で着たんだ」
 「ええっ!? どうして?」
 「みんながぼくを女にしたいみたいだから、そうしてやるんだよ」
 「何を馬鹿なこと言ってるの? あなたは男の子よ。そんな、女の格好をするなんて」
 「お母さん。女の格好が、そんなに卑下すべきことなの?」
 「あ、いえ」
 「男がスカートをはいちゃいけないなんて法律はないんだよ。そうだろう?」
 「でも、おかしいわ」
 「ぼくが男だと思うからおかしいんだよ。女の子だと思えばいいんだよ」
 「そんなこと言ったって・・・・」
 「とにかく、ぼくは今日から女の子として暮らすからね」
 唖然とするお母さんを残して、ぼくは二階へ上がった。
 「へえ、祐樹。似合うじゃん」
 ちょうど部屋から出てきたお姉ちゃんがにっこり笑ってそう言った。お姉ちゃんは、ぼくが時々お姉ちゃんの服をこっそり着ていることを知っていた。だから、あんまり驚きもしなかったようだ。
 「お姉ちゃんより美人だろう?」
 「わたしの方が美人に決まってるでしょう?」
 「絶対、ぼくだ」
 「ぼくなんて言う女はいないわよ」
 「そうだった。わたしの方が綺麗よ」
 「そんなことない!」
 「そんなことある!」
 「ねえ、ねえ、お母さん。わたしと祐樹のどっちが綺麗?」
 「馬鹿なこと言わないで!」
 「ねえ、ちゃんと見て言ってよ」
 お姉ちゃんがぼくの手を引いて一階へ下りていった。お母さんは、ぼくとお姉ちゃんを見比べた。
 「信じられない。二人ともわたしに似て美人だわ」
 ぼくは、にっこり微笑んだ。
 「祐樹のそんな笑顔は久しぶりに見たわ。分かったわ。お母さんも応援してあげる」
 「お父さん、許してくれるかな?」
 「分からないけど、あなたはお父さんと一緒で頑固だから、言い出したことは絶対に曲げないことは分かっていると思うわ」
 「サンキュウ」
 「もう1時間くらいで夕食だからね。それまでに明日からの学校の準備をしておきなさい」
 「はあい」
 「はあい」
 ぼくとお姉ちゃんは、手を取り合って二階へ上がった。
 「祐樹?」
 「なに?」
 「わたし、ホントは妹が欲しかったんだ」
 「今日から妹になるよ」
 「わたしのお下がりあげるわね」
 「お願いします」

 「そう言う形の抵抗もあるのかもしれんな」
 帰宅したお父さんが、お母さんの説明を受けて溜息混じりにそう漏らした。
 「許してくれるんだね」
 「お父さんとしては、男の子のおまえがそんな格好をするのはホントは反対だけど、イジメに対抗するためというのなら仕方がない。気が済むまでやってみなさい」
 「ありがとう、お父さん」
 「片が付いたら、ちゃんと男の子に戻るんだぞ」
 「はあい」

 2学期の初日、ぼくは坂口さんが残していったショーツとブラジャー、スリップを身に着け、終業式の日に着ることになってしまったセーラー服を着た。髪の毛をブラッシングすると、鏡に映ったぼくはどこから見ても可愛い女子高生になっていた。
 「女子高生じゃなくって、女子中学生ね」
 後ろからお姉ちゃんが声をかける。
 「うるさいわね」
 「へえ、なりきってるう」
 お姉ちゃんは鞄を抱えて階段を駆け下りていった。
 「祐樹! 朝ご飯、できてるわよ」
 「すぐ降りるわ」
 そう言ってダイニングに行くと、分かっていただろうに、お母さんはポカンと口を開けてぼくを見た。
 「すごく似合うのね、祐樹。女の子に産んであげればよかったわね」
 「今更手遅れよ。ご飯、頂戴」
 「はい、はい」
 先に朝食を済ませてトイレに行っていたお父さんがダイニングに戻ってきて、一瞬ギョッとした目をしてぼくとお姉ちゃんを見比べた。
 「ホントに姉妹に見えるな」
 「ありがと」
 ぼくはにっこり微笑んでご飯を口に運んだ。

 ぼくとお姉ちゃんの通う高校は違う。ぼくは通りを渡って向こう側のバス停へ行った。バスに乗り込むとき、お姉ちゃんが手を振ってくれた。
 同じ高校に通う女子が、ぼくのことを見て何か囁いていた。あの子誰?って言う声が聞こえてきた。ぼくが井原祐樹だってことが分からないようだ。
 バス停で降りて、校門へ向かうときにも、同じような目で見られた。まだまだ誰も気づいていない。
 教室に入ると、半分くらいのクラスメートが来ていた。ぼくに気づいたものが、不思議そうな顔をしてぼくを目で追った。ぼくの机に座ると、周りの数人とひそひそと話しをし始め、チラリチラリとぼくを見た。
 「井原。どうしてそんな格好をしてるんだ」
 いつもぼくを苛めている下川が、ぼくの横に立って聞く。
 「わたしにはセーラー服が相応しいって、あなたが言ったんでしょう?」
 女言葉で、醒めた目で見上げると、下川は慌てたように席に戻った。
 「やっぱり、井原君よ。女の子だと思った」
 そんな声が聞こえてきた。

 ホームルームが始まった。殆ど義務的に話しをする教師は、クラスの何人かがぼくの方をちらちら見ているのに、ぼくの変化に気づかない。
 授業が始まったけれど、教師は誰も気づかない。ぼくのことを気にしている教師がいないと言うことだ。初めに気が付いたのは、いつもぼくのことを気にしてくれていた英語の教師、木下だった。
 「井原! 一体どうしたんだ? 無理矢理着せられたのか?」
 ぼくは首を振った。
 「じゃあ、どうして?」
 「わたしにはこの方が相応しいってみんなが言うから」
 「だからって、セーラー服なんか着ることはないだろう?」
 「こうしていれば、苛められないから」
 「苛められないからって、そんな格好をするのはおかしい」
 「おかしくてもいいんです」
 「そんなことはない。すぐに着替えなさい!」
 「先生。いいんです。ほっといて下さい」
 ぼくは、キッと唇を結んで木下を見上げた。
 「みんな、恥ずかしくないのか? 井原にこんな格好をさせて」
 木下がクラスのみんなを見回していった。
 「井原が勝手にやってるんです」
 下川が叫ぶ。
 「お前が、そうするように、し向けたんじゃないか」
 「俺のせいにしないで欲しいな。どこに証拠があるんだよ」
 「お前がいつも井原を苛めているのは分かっているんだぞ」
 「だから、証拠を見せろって言ってるんだ」
 「お前のような卑劣なヤツは見たことがない」
 「俺は知らないって言ってるだろう? なあ、井原? お前が勝手にやってるんだよな」
 「ええ、下川君の彼女になるためにやってるの」
 その言葉に下川は慌てた。
 「な、なにを馬鹿なことを言うんだ」
 「あら? 言ったらいけなかったかしら? わたしを苛めていたのは、わたしが好きだってことの裏返しだって、先月の登校日にわたしに言ったじゃないの」
 クラスのみんなの視線が下川に集中した。
 「そ、そんなこと、言ってない」
 「男はいつもそう言って逃げるのね。ねえ、下川君。わたしが好きだと言ったのは嘘なの?」
 「嘘だ。嘘だ。嘘だ。そんなの嘘だ」
 下川は、青くなって教室から飛び出ていった。下川の反応を見て、ぼくはぼくの言ったことがあたっていたのではないかと思った。
 「井原。馬鹿なこと言ってないで、着替えてこい」
 木下がぼくの肩に手を置いて言う。
 「これしかないんです。学生服は処分しました」
 「ずっとセーラー服を着て来るつもりか?」
 「そのつもりです」
 「親は知ってるのか?」
 「知ってます」
 木下は、呆れたような顔をした。

 キンコンカンとチャイムが鳴った。木下はなすすべがないと言った表情で教室を出ていった。すぐに女子がぼくの周りに集まってきた。
 「ねえ、ねえ、井原君。下川君に愛を告白されたって話し、ホント?」
 「ホントだよ」
 「うっそお」
 「そのために女になるの?」
 「ええ」
 「井原君、ホモなの?」
 「そうじゃないけど、下川君がそうなって欲しいって言うから」
 「へえ、下川君、ホモなんだ」
 女の口は軽い。下川がホモだという噂は、夕方のホームルームの時間には全校に広がった。

 鞄を抱えて帰ろうとすると、下川がぼくを呼び止めた。
 「どうしてあんなことを言ったんだ?」
 「仕返しに決まってるでしょう?」
 「訂正しろ」
 「しないわ」
 「しないと酷い目に遭わせるぞ」
 「酷い目に遭わせたって、噂は消えないわよ」
 下川は言いよどむ。
 「お願いだから、俺がホモじゃないって言ってくれ。お願いだ」
 土下座せんばかりに頭を下げた。
 「下川君。ホントにホモじゃないの? わたしのことが好きなんじゃないの?」
 そう言うと、下川は慌てたような顔になった。
 「分かったわ。訂正してあげる。だけど、もう二度と苛めないでね。苛められるってことがどんなに辛いか分かったでしょう?」
 「分かった。悪かったよ」
 「下川君、あなたのこと、好きよ」
 そう言い残して、ぼくは走って校門を出た。下川の顔ったらなかった。これで、ぼくを苛めることはないだろう。