わたしが継母だと知っていると告白してからも、遥香はそれまで通りわたしに接してくれた。わたしも変わらない態度で接している。わたしにとっては、お腹を痛めたこどもではないけれど、ほんの小さな赤ん坊の時から、母乳を与えて育ててきた大事な我が子に間違いはなかった。
遥香と一緒に、時々街に買い物に出かける。
「ご姉妹ですか?」
そう言われることがよくある。わたしはそれが嬉しい。
「お世辞に決まってるでしょう? どう見たって、親子に見えるわよ」
遥香は言う。その言葉も、わたしにとっては喜びだ。遥香はわたしのことを母親だと宣言しているのだから。
板井も遥香を我が子のように可愛がった。
「男ばっかりだったからな」
板井と前妻の間には、二人のこどもがいたけれど、どちらも男の子だった。女の子が欲しかったらしいけれど、夫婦関係が冷め切っていたから、産んでくれなどとは言えなかったと言う。だから、余計に遥香のことが可愛かったらしい。
わたしの許可も得ずに、服やアクセサリーを買い与えたりして、わたしと喧嘩になることがしばしばだった。
「お父さん、大好き! 例え血が繋がっていなくても、わたしを大事にしてくれるからね」
遥香が、板井に抱きつきながら言う。それは、わたしに向けた言葉でもあるのだけれど、ホントは違う。ホントは・・・・。まだ、言うわけにはいかない。イヤ、こんなことは一生明かすわけにはいかないのだ。
高校へ進んだ遥香に、どうも彼氏ができたようだ。今時の若い人たちは、何をするか分からない。遥香はまだ処女なんだろうかと心配する。
「ははは。そんなことしないわよ。大丈夫。もしかすると、彼とそんな関係になるかもしれないけど、そうなったときは、一番にお母さんに報告するから」
「そうなった時って、・・・・あなた、まだ学生なんだからね」
「お母さんが泣くようなことはしないわ」
「ホントね」
「あなたの娘を信じなさい!」
「信じるけど・・・・」
わたし自身が、初めてセックスしたのは、中学2年生の時だった。遥香は、その年を越えている。遥香はああ言ったけど、心配でならない。
遥香が隠れてセックスするのは止めようがない。だから、わたしは遥香に避妊の方法を教えることにした。
「どうしたらこどもができるかは、もう知ってるでしょう?」
「勿論よ。中学生の時から知ってるわ」
「中学生の時から?」
「お母さんとお父さんがしてるの、見たもん!」
「ええっ!」
わたしは思わず声を上げた。
「い、いつよ?」
「受験勉強しているとき。お母さんの泣き声が聞こえるから、心配になってお母さんたちの寝室を覗いたの。そしたら、お母さんたちが裸で抱き合っていたわ。お母さんは、両足をお父さんに絡めていて、お父さんが・・・・あれをお母さんの中に入れて一生懸命腰を動かしていた」
「見られちゃったの・・・・」
「泣いてるように見えたけど、嬉しそうな顔をしていたから、わたし、安心したわ」
「・・・・」
「そのあと、本で調べて、男と女がどんな風にするのか知ったのよ」
「そうなの・・・・」
「初めての時は、妊娠しないんでしょう?」
「誰がそんなこと言ったのよ」
「みんな、そう言ってるわ」
「そんなの迷信よ。排卵期にセックスしたら、まず間違いなく妊娠するのよ」
「へえ、知らなかった」
「困った人たちね。もう・・・・。お母さんがきちんと教えてあげるわ」
「お母さん、それって、セックスしてもいいってこと?」
「ち、違うわよ。万が一、そう言う事態になってしまったら、きちんと対処して欲しいから」
「ふうん・・・・」
「ちゃんと聞いてね」
「ええ、いいわ」
「排卵は、生理の開始日の14日前に起こるの。逆に言うと、排卵があって、妊娠しなければ14日後に生理になるってことなの」
「ふんふん」
「卵子の寿命は短くて、せいぜい1日なの」
「そんなに短いの?」
「ええ」
「じゃあ、滅多に妊娠しないんじゃないの?」
「ま、そう言うことになるけど、精子の方は、2日は生きているし、時には4日も生きていることがあるから、その間は妊娠の可能性が出るのよ」
「セックスしたあと4日目に排卵があっても妊娠するってことなのね」
「そういうこと。それに、排卵から生理までの時間は14日と決まっているけど、生理から排卵までの時間は、決まっていなくて数日ずれることがあるのよ」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「遥香は、きっちり、28日型よね」
「ええ」
「そうすると排卵日はそんなにずれないでしょうから、予想される排卵日から5日前からは避妊すればいいでしょう。排卵日から二日が過ぎれば、避妊しなくてもいいわ」
「排卵日をきちんと知る手だてはないの?」
「基礎体温を測るのがいいでしょうね。排卵日には、ちょっと下がって、それから高温相に移行するって言われているからね」
「なるほど。じゃあ、妊娠したければ、その時にセックスすればいいのね」
「そうだけど、悪用するんじゃないわよ」
「それって、どうしても離したくない人だったら、できちゃった婚で手に入れるってこと?」
「ま、そうね。でも、体裁が悪いから、それは止めておいてね」
「そうするわ」
高校3年の夏頃、遥香の様子に変化が出た。どうやらずっと付き合っている彼氏と深い関係になったようだ。わたしの報告すると言っていたのに、なかなか言ってこない。お灸を据えてやろうかと思っていたら、9月になって遥香がこっそりわたしに言った。
「お母さんは、あの最中は気持ちよさそうにしていたのに、ぜんぜんよ。どうして?」
「彼氏としたの?」
「先々週。どうしてもしたいって言うから」
「避妊はちゃんとしたんでしょうね」
「避妊はしなかったけど、生理が終わった日だから、大丈夫でしょう?」
「生理が終わった日なら大丈夫だわ。そう、したの・・・・」
「痛くって、ぜんぜん気持ちよくなかったわ」
「よくなかったのね」
「ええ。期待はずれもいいとこよ」
「最初から気持ちはよくならないわよ」
「えっ! そうなの?」
「何度かしているうちに、いい気持ちになるわ。彼のことがホントに好きだったら、うんと早くその日が訪れるでしょうね」
「ホントね?」
「ホントよ」
「よかった。また、してみよう」
「こらこら。遥香はまだ学生よ。そんなことばかりするんじゃないわよ」
「はいはい」
「避妊も忘れないでね」
「はあい。分かってます」
「お父さんには言うんじゃないわよ。いくら義理でも、あなたをホントのこどもみたいに可愛がっているんだから、こんなこと聞いたら卒倒するからね」
「分かってるったら」
遥香は、初めての相手であるその子とは、高校卒業と同時に別れたようだ。親に挨拶もせずに、こそこそやるような男には、遥香をやりたくはない。
大学行っても何の役にも立たないと、遥香は、コンピューター関係の専門学校へ進んだ。しばらくして、また彼氏ができたようだ。
今度の彼氏はきちっとしていて、付き合い始めたと遥香が打ち明けてから、10日くらいたったときに、家に土産を持って挨拶に来た。
「遥香さんと、真剣な気持ちで付き合いたいんです」
そうきっぱり言ったので、わたしたちはつき合いを認めざるを得なかった。
「今時、珍しい若者だ」
板井が、そう呟いたのも頷ける。
その彼氏と遥香が結婚することになった。自分で産んだこどもじゃないけれど、ずっと育ててきたから、嫁にやりたくはなかった。だけど、こればかりはどうしようもない。
わたしと板井の式は、ホントに内輪だけのものだったから、遥香の結婚式はできる限り盛大にやってやった。
「・・・・お母さん。今までわたしを育ててくれてありがとう。わたし、幸せになります」
そう言われたとき、涙が溢れて止まらなかった。
新婚旅行に出かけるとき、遥香がわたしに近寄ってきた。
「行ってきます、お母さん。これ、あとで読んで。誰にも見せちゃ駄目よ」
そう言ってわたしに一通の手紙を手渡した。誰にも見せちゃ駄目と言われたので、家に帰って、遥香がいなくなった寂しさで酔いつぶれてしまった板井をベッドに寝かせ付けたあと、遥香が暮らしていた部屋で手紙を開いた。
『お母さん、21年間わたしを我が子のように育ててくれてありがとう。ホントに感謝しています。
お母さんが、今のお父さんと結婚するときにも手紙を渡しましたね。あの時わたしは、お母さんが、わたしの産みの母親でないと知ってホントにショックでした。我が目、我が耳を疑いました。だけど、戸籍謄本が証拠でした。わたしは、認めざるを得ませんでした。
あの戸籍謄本に寄れば、わたしとお母さんは赤の他人です。わたしは、わたしとお母さんは血が繋がっていないとずっと思っていました。だけど、血が繋がっていたのですね。
そのことを知ったのは、つい先々週のことです。
わたしは、文夫さんと暮らすアパートに持っていく荷物を整理していました。押し入れの中を整理しているとき、古ぼけた段ボールに入ったアルバムを見つけました。そのアルバムは、井原祐樹と言う人のものでした。
初めて聞く名前でした。どう言う人だろうと思いながら、アルバムを開いてみました。お母さんによく似た人が、赤ちゃんを抱いていました。写真に古さからすると、お母さんに似た人は、おばあちゃんのようです。
ページを捲っていくと、おじいちゃんらしい人も出てきます。それに、2,3歳の女の子がその赤ちゃんのそばに座っている写真もあります。その女の子には見覚えがありました。お母さんのアルバムにある写真の女の子です。女の子は、わたしの実の母親の早樹と言うことになります。
ページを捲ると、井原祐樹という赤ちゃんが大きくなったときの写真が貼られていました。お母さんと一緒に写った写真もあります。上半身裸でサッカーをしている写真や中学校の制服である詰め襟姿の写真があります。だから、男の子のようです。
わたしは、聞いたことがありませんが、わたしのお母さんには祐樹という弟、わたしから見れば叔父さんがいたことになります。どうしてそのことを黙っていたのでしょうか?
さらにページを捲っていくと、それまでと違って女の子の写真が数ページにわたって貼られていました。アレッと思ってよく見てみると、祐樹・美ヶ原にてとか、祐樹・長崎にてとか書かれていました。
祐樹というのは、男の子じゃなくて、女の子だったのでしょうか? でも中学校へは詰め襟で通っていたようだし。
訳が分からなくなりました。
そこで、例によって戸籍を調べてみました。
おじいちゃんとおばあちゃんの戸籍謄本を取り寄せてみると、お母さんが婚姻により抜けた籍の隣に、長男と記載された祐樹の文字がありました。祐樹というのは、やっぱりお母さんの弟のようです。でもどうして女の子の格好なんてしてるんだろうと思いました。
その時、わたしはもしやと思いました。
祐樹叔父さんが、上半身裸でサッカーをしている写真をじっと見つめました。首筋から胸にかけて、いくつかのほくろがあります。その位置を頭の中に叩き込みました。
そうしてから、わたしは確かめることにしました。お母さん。先週、独身最後だから、背中を流してあげようっていって、一緒にお風呂に入りましたね。あれは、確かめるためだったのです。
お母さんの首筋から胸にかけて、わたしが記憶していた位置にほくろが並んでいたのを確認したとき、どんなに驚いたでしょうか。
考えても見れば、赤の他人があんなに嬉しそうな顔をして、わたしにおっぱいを与えるはずがないのです。あの写真を見ていたから、中学校まで、わたしは、お母さんがわたしを産んでくれたと信じて疑わなかったのですから。
お母さんは、祐樹叔父さんなのですね。どう言う理由でお母さんが女になったのかは知りませんが、ともかく亡くなったわたしのお母さんの代わりに、わたしの母親となっておっぱいを与えて育ててくれた知ったとき、どれほど嬉しく思ったか説明のしようがありません。
お母さんは、昔は男だったかもしれませんが、今は立派なわたしの母親です。血の繋がった母親なのです。
お母さん、お母さんには感謝して感謝し尽くせるものではありません。わたしが幸せになることが、お母さんへの恩返しだと思っています。
立派な赤ちゃんを産んで、お母さんに抱いて貰おうと思っています。
ありがとう、お母さん。
愛する愛するお母さんへ
遥香』
わたしが、遥香の実の母親ではないことは早晩知られるとは思っていた。だけど、もうひとつの秘密の方は、決して知られるとは思わなかったし、知らせるつもりはなかった。胸に抱いて死ぬつもりだった。
一冊のアルバムからわたしの秘密を知られることになってしまった。だけど、遥香はわたしを母親として認めてくれた。これほどの喜びはなかった。
遥香はわたしの娘。大事な大事な娘。血の繋がった娘なのだ。
わたしは、遥香が言うように、幼い日々は男として生きた。女になったのは、21年前。遥香の母親になるためだ。だけど、男から突然女になったのではなく、わたしにはそうなるべくして辿った道があった。