第2章 再婚

 気怠い体にむち打って、車を家へと走らせた。板井と結婚はしたい。それが本音だ。だけど、やっぱり遥香が何というか、わたしには気になる。
 バックミラーに板井の車が見える。わたしが説得できなかったら、板井が遥香を説得するというのだ。
 「ただ今」
 「お帰り。遅かったのね」
 キッチンから、母の返事があった。
 「お米、研いでおいたからね」
 「ありがとう。遥香は?」
 「遥香は部活でしょう?」
 「あ、そうか・・・・」
 「遥香がどうかしたの?」
 「ちょっと話しがあって・・・・」
 「4時まででしょう? 直に帰ってくるわよ」
 時計を見た。午後3時40分を指していた。3時に帰るといって、40分も遅刻してしまった。モーテルから出て、軽い食事をとっていたせいだ。
 「どこ行くの?」
 「ちょっと外に」
 わたしは、玄関を出て、角に停まっている板井の車に駆け寄った。
 「遥香は部活だったわ。もう30分位しないと帰ってこないわ」
 「ここで待ってるよ」
 「こんな所に車を停めていたら、変に思われない?」
 「そうだな。じゃあ、この先にある本屋にでも行ってるよ。遥香ちゃんが帰ってきたら、電話してくれ」
 「そうするわ」
 板井はエンジンを掛け、走り去っていった。

 遥香が帰ってきたのは、午後5時前だった。
 「お帰り。遅かったのね。なにしてたの?」
 「ちょっと、小百合んちに寄ってたの」
 「寄るなら寄るで、連絡しなさい。心配するじゃない」
 「ごめん」
 「遥香。着替えたら、ちょっと降りてきなさい。話しがあるから」
 「話し? 何の話し?」
 「あとで話すわ」
 「分かった」
 小首を傾げながら、遥香は部屋へ上がっていった。わたしが再婚すると言ったら、どんな反応を見せるだろうか?

 5分ほどして、ジャージから短いスカートとTシャツに着替えた遥香が降りてきた。
 「話しって、何?」
 「そこに座って」
 何と言われるか、怖い。やっぱり、板井の口から言って貰おうか? イヤ、やっぱり、こんなことは自分の口から言った方がいい。
 「あのね、遥香。実はね・・・・」
 わたしは言い淀む。
 「実は、何よ?」
 「実は、・・・・ある人に結婚を申し込まれたの」
 「イエイ! お母さん、結婚、申し込まれちゃったの?」
 驚きもせず、遥香は笑顔をわたしに向けた。かえって、わたしの方が驚いたくらいだ。
 「ええ」
 「お母さんみたいなおばさんを貰ってくれる人がいるの? 世の中には奇特な人もいたもんで」
 「茶化さないでよ。ホントなのよ」
 「ねえ、ねえ。その人、なんて言う人なの?」
 「板井さんって言うの」
 「板井さん? 板井さんって、まさか、板井祐介君のお父さん?」
 「そうよ」
 「結婚しているのに? それとも、別れたとでも言うの?」
 「そう。別れたのよ」
 「板井君のお母さんは、お母さんよりずっと若いのよ。そんな人と別れて、お母さんと一緒になるって言うの?」
 「ええ」
 「信じられないわ」
 「でも、ホントなの」
 「・・・・ホントなのね」
 「遥香。許してくれる? お母さんの再婚」
 「許すも許さないもないわ。そんなこと、お母さん自身が決めることでしょう?」
 「ホントに許してくれるの?」
 「何度も言わせないでよ。お母さん、再婚おめでとう」
 嬉しくなって、わたしは涙を流した。
 「板井君に恨まれそう・・・・」
 「板井君は、実家に帰るお母さんについて行くから、転校するそうよ」
 「よかった」

 遥香は、キッチンにいる母に報告して2階に上がったようだ。母が、キッチンから手を拭きながら出てきた。
 「早樹、再婚するって、ホントなの?」
 「ええ、ホントよ」
 「大丈夫なの?」
 「大丈夫って?」
 「あなたのこと、知ってるの?」
 「知ってるわよ。幼なじみだもの」
 「幼なじみ? いったい、誰なの?」
 「板井清彦って言う、ほら、中学生時代まで、よく遊びに来ていた・・・・」
 「ああ、あの子・・・・」
 「実は、3年前から、板井とは関係があるの」
 「3年も前から! 男女の関係かい?」
 「ええ」
 母は、ホントに驚いた顔をした。
 「奥さんと別れてまでわたしと一緒になるって言ってくれたの。わたし、嬉しくって」
 「別れるなんて嘘じゃないの?」
 「別れたのは事実よ。遥香が許してくれたら、今からでも婚姻届を出しに行こうって、外で待ってるわ」
 「あれま。待たせるなんていけないわね。すぐにお呼びしなさい。なんなら、夕食をご一緒にしましょう」
 「いいの?」
 「いいに決まってるでしょう? あなたの旦那様になる人だもの。さあ、早く」
 わたしは、早速板井の携帯に連絡を入れた。
 「そう。夕食を一緒にどうかって。来てくださる? じゃあ、待ってます。車は、さっき停めてた場所でいいわ。あそこなら、通りの邪魔にならないから」
 母は電話に聞き耳を立てていた。
 「すぐに来るって」
 「お父さんが聞いたら、ビックリするでしょうね」
 「それはそうかも」

 10分ほどして、板井がやってきた。
 「すみません。突然お邪魔して」
 「あら? いい男になったわね」
 母は、板井にお世辞とも本気とも取れる口調でそう言った。
 「ありがとうございます。お母さんも依然と変わらずお美しい」
 「まあ、お世辞が上手いこと。さあ、上がって」
 「これ、遥香ちゃんに」
 板井は、ケーキの入ったケースを母に差し出した。
 「こんなことされなくても・・・・」
 「いえ、手ぶらじゃ来られませんから」
 「じゃあ、ありがたくいただきます」
 板井が来た気配を悟ったのか、トントンと遥香が部屋から降りてきた。
 「いらっしゃい」
 「遥香ちゃん、板井です」
 「わたしのお父さんになってくれるのね」
 「あ、ああ。そう言うことになるのかな?」
 「あら? イヤなの?」
 「そんなことないよ。ただ、遥香ちゃんのお母さんと結婚したからって、ぼくがすぐに遥香ちゃんのお父さんになるって言うことじゃないんだよ」
 「えっ!? そうなの?」
 「ああ。遥香ちゃんとぼくとで養子縁組しないと、遥香ちゃんはぼくとは他人なんだよ」
 「へえ、そうなの。でも、お父さんって、呼んでもいいんでしょう?」
 「法律的なことと、実生活は別だからね。そう呼んで貰っていいよ。いや、そう呼んで貰った方が有り難いな」
 「じゃあ、遠慮なくお父さんって呼ばせて貰うわ」
 遥香は、にっこり笑って、ソファーに座って、板井が持ってきたケーキにフォークを突き刺した。

 「ただいま」
 「お帰りなさい。釣れました?」
 父が釣り竿を玄関に立てかけ、靴を脱いだ。
 「小さいアジが3本だけだ」
 「朝から出かけて、たったそれだけ?」
 「潮が悪かったんだ。俺の腕が悪いせいじゃない。・・・・誰か来てるのか?」
 「ええ。あなたの帰りを待っていたのよ」
 「誰だ? いったい?」
 「早樹の再婚相手よ」
 「何!? 早樹の再婚相手だって?」
 父は、目をぱちくりさせながら、わたしたちのいるリビングへ入ってきた。
 「お邪魔しております。板井と申します」
 板井は、正座し直して、父に深々と礼をした。
 「あ、ああ。早樹の父だ」
 「突然ですが、早樹さんをいただきに参りました」
 「ホントに早樹と結婚したいのかね?」
 父は、疑いの目で板井に聞いた。
 「はあ、いけないでしょうか?」
 「早樹のこと、知ってるのかね?」
 「何もかも承知で結婚したいと思っています」
 「そうか。それなら、問題はないな」
 「お父さんも、許してくれるのね」
 「結婚するのは君たちだ。許すも許さないもないが、遥香はどう言っている?」
 父も遥香の動向を心配しているようだ。
 「遥香も賛成だって」
 「それなら、何も問題はない。式は? 式はどうするんだ?」
 父がわたしと板井を交互に見た。
 「お互い、再婚ですから、派手なことはなしで・・・・」
 「そうだな。早樹、どうする? それでいいのか?」
 「家族だけでいいんじゃないですか? うちの親族は来てくれないでしょうから」
 「そうだな。板井君、それでいいかね」
 「いいですとも。早樹さんと結婚できるのなら、式なんていりません」
 「あら? わたしは、ウエディングを着たいわ」
 「いい年して、ウエディングはないでしょうに」
 母が横から口を挟んだ。
 「だって、一度もウエディング着てないんですもの。一生に一度は着てみたいわ」
 「そうね。そうだったわね。日取りはどうします?」
 「早樹さんの気が変わらないうちに、明日にでも婚姻届を出しに行きます」
 「今から行こうか?」
 わたしが言う。
 「もう遅いでしょう?」
 「あら? 役所は夜間も開いてるんじゃないの?」
 「明日が大安だから、明日にしなさい」
 父がカレンダーを見ながら言った。
 「はい」
 わたしは項垂れる。
 「じゃあ、式は来週の大安にしましょう。土曜日だし、集まるのに都合がいいでしょう?」
 「そうですね。そうしてください。ぼくの両親には、ぼくが連絡します」
 「じゃあ、そういうことで」
 「清彦さん、届けを出したら、一緒に衣装合わせに行こう」
 「いいよ。早樹さんに一番似合うものを選んであげるよ」
 「まあ、まあ、今からお熱いことで」
 わたしは肩をすくめ、板井は頭をかいた。

 翌日、板井と一緒に婚姻届を出しに行った。わたしがあんまり嬉しそうにしているものだから、係りの人が妙な顔をしていた。
 その足で、ウエディングドレスを選びに行った。勿論貸衣装。初めてのウエディングドレス。浮き浮きしていた。ここでも、いい年してと妙な目で見られた。だって、初めて着るんだもの。女だったら、分かるでしょう?
 翌週の土曜日、大安吉日、わたしはウエディングドレスに身を包み、教会で式を挙げた。式が済むと、写真館へ移動して、結婚写真と家族の集合写真を撮り、着替えてから、板井とわたしの家族で会食をした。それだけの簡単な式だったけど、わたしは充分幸せだった。

 会食が終わって家に帰ると、遥香がわたしに一通の手紙を手渡した。
 「お母さん、再婚、おめでとう。これ、あとで読んで」
 そう言って、二階へ駆け上がっていった。

 わたしは、遥香からの手紙を開いてみた。
 『わたしの大好きなお母さん。再婚おめでとう。幸せになってね。
 お母さんが、お父さんのことを忘れて、他の男の人と結婚するなんて、ホントはイヤなんです。だけど、わたしはお母さんがわたしに隠していたことを知ってしまいました。
 そのことに気付いたのは、理科の時間に血液型の遺伝法則を習ったときのことです。お父さんの血液型は、A型で、わたしの血液型はAB型。だから、お母さんの血液型はB型じゃなくてはいけません。だけど、お母さんはO型でした。AB型とO型の親子関係が成立しないと知ったときのわたしの驚きは想像できないでしょう。
 わたしは考えました。わたしは貰われっ子じゃないかと。
 そこで、役所に行って、戸籍謄本を調べました。養女と書かれているだろうと想像していたのに、戸籍謄本には、父・杉浦智文、母・早樹と書かれているではありませんか。
 わたしには、訳が分かりませんでした。だけど、すぐに分かりました。
 戸籍の早樹の欄が×印で消されていました。わたしの誕生日の次の日に死亡届が受理されていました。そして、大山里子との婚姻が受理されたこと。大山里子が、婚姻後に早樹と改名したことが記されていました。
 お父さんとお母さんの結婚式の時のアルバムを開いてみると、あなたが写っています。どう言うことなのか、わたしはまた迷いました。
 だけど、写真をよくよく見てみると、写真のお母さんとあなたは、微妙に違うのです。
 わたしは考えました。お父さんは、お母さんがわたしを産んだあと死んでしまって、お母さんによく似た人を捜してきて再婚したんだと。再婚した里子という女性が、早樹というお母さんと同じ名前に改名してわたしを育ててくれていたのです。
 お母さん。あなたは里子さんなのですね。
 その時、わたしはふと気がつきました。お母さんは、死んだお母さんとよく似ていたと言うだけで、お父さんと再婚したのではと。そうすると、お父さんはお母さんをホントは愛していなかったんじゃないかと思いました。
 死んだお母さんの代わりとなって、お父さんとわたしの世話をさせられたんじゃないかと。
 それが事実とすれば、お母さんが可哀想です。だから、板井君のお父さんとの再婚話を打ち明けられたとき、わたしはお母さんの幸せのために、喜んで賛成しました。
 そう言う訳なのです。
 もう一度言います。お母さん、幸せになってください。今度は愛し合って結ばれるのですから。
 遥香より。
 追伸: お母さんは、いつだってわたしのお母さんですから。だって、赤の他人だったわたしを赤ちゃんの時から育ててくれたんですもの』

 遥香はわたしの秘密を知っていた。だから、ああも簡単に再婚に賛成してくれたのだ。遥香、ありがとう。わたし、きっと幸せになりますから。
 「そうか。遥香ちゃんは、早樹がホントの母親じゃないことを知っていたのか」
 「ええ」
 「知っていて、それまでと変わらぬ生活をするなんて、遥香ちゃんも大人だな」
 「わたしの育て方がよかったのよ」
 「そうだな。そうかもしれないな」

 板井は、住んでいた家を別れた奥さんに慰謝料として与え、僅かな貯金だけで、家を出ていた。だから、わたしの家に一緒に住むことになっていた。
 「早樹と住む家の両方を手に入れるなんて、俺は悪い男だな」
 「別れた奥さんに財産を全部やるなんて、あなたらしいわ」
 「誉めてくれるのか?」
 「ええ」
 「ありがとう」
 「わたしを一生愛してくれるわね」
 「もちろんさ」
 遥香が言うように、今度こそわたしはホントの愛を手に入れたような気がする。亡くなった杉浦との結婚は、愛のためではなく、産まれたばかりの遥香のためだったからだ。