第13章 結婚

 5日後、杉浦から連絡があった。
 「みっちゃん、杉浦とか言う男から電話だよ」
 「すぐ出るわ」
 受話器を受け取り、こそこそと話しをした。杉浦の願いを聞き入れれば、店を辞めることになる。違法に女の戸籍を手に入れることでもあるし、ぼくは店の男たちやコンパニオンたちに聞かれないように注意したのだ。
 「手に入ったよ」
 「実物を見せて」
 「今日は何時まで仕事だ?」
 「午前0時までよ」
 「じゃあ、午前0時に店の前で待ってるよ」
 「分かったわ」
 午前0時が待ち遠しかった。

 午前0時少し前、最後のお客を送り出すと、急がず慌てず、いつものように着替えて店を出た。
 杉浦が、熊のようにうろうろしながら待っていた。
 「お待たせしました」
 「向こうに車を停めている。車の中で話そう」
 「いいわ」
 辺りをきょろきょろと見回した。誰もいない。ぼくは、杉浦についていき、車の助手席に乗り込んだ。
 「これだ」
 父親と母親が×印で消されていた。これは二人とも死んでいることを表していた。25歳の女の戸籍も消されていた。これは結婚して、籍を移したものらしい。そして、最後に里子という名前の女の戸籍が載っていた。
 「この、里子と言うのがわたしの戸籍なの?」
 「そう。この戸籍には元々は里子というのはないんだ。長女が結婚して籍を抜いて、消失するはずの戸籍に書き込んだというわけだ」
 「この女の人が調べたりしませんか?」
 「実はこの女性も事故で死んでいるんだ。だから、戸籍の付票を取り寄せたりする人間はいないんだ」
 「なるほど」
 「すぐにぼくと婚姻届を出して、この戸籍を消失させれば誰も気付かないって訳だよ。さらに結婚と同時に、名前も変えて貰えば完璧だ」
 「何という名前に変えるの?」
 「早樹に決まってるだろう?」
 ぼくは頷く。
 「ホントに大丈夫なのね」
 「ああ。遥香のために苦労して手に入れたんだ」
 「分かったわ。遥香ちゃんの母親になってあげる」
 「よかった」
 あなたと結婚してあげるといった方がよかったのかもしれない。だけど、杉浦がぼくを手に入れたがる理由のひとつは、早樹姉さんの代わりをさせると言うことだ。女として、正式に結婚できることは嬉しいけれど、ぼくは素直に喜べないのだ。

 翌日、杉浦と一緒に役場に婚姻届を出しに行き、その足で裁判所に改名の申請をした。
 「認められるかしら?」
 「遥香の件があるから大丈夫だろう」
 杉浦はそう答えた。裁判所の裁定が下りる間、ぼくは店に辞める旨の通知を送り、マンションを引き払った。
 それから、いつも女性ホルモンを貰っている産婦人科に入院した。性転換手術じゃなくて、ある処置をして貰うためだ。
 それは、ぼくの体内の女性ホルモン濃度をできるだけあげたあと、急激に落とすというものだ。ちょうど妊娠して出産したようなホルモン状態にするのだ。こうすると、プロラクチンというホルモンが分泌されて、おっぱいが出るかもしれないと聞かされたからだ。
 上手く行きそうだ。杉浦のマンションに向かう電車の中で、乳房が張って痛むのを覚えた。
 「ごめんください」
 「お帰り」
 中から、杉浦がそう言ったので、ぼくはちょっとどぎまぎした。
 「今日から、君はぼくの妻で、ここは君の家だからね」
 にっこり笑って、杉浦がぼくを抱いた。
 「遥香ちゃんは?」
 「お袋が抱いてるよ」
 「抱いてもいいかな?」
 「いいよ。今日から、君が母親なんだから」
 ぼくは、奥の部屋に入っていった。
 「智文の願いを聞いてくれたんですね」
 杉浦の母親は、涙を流していた。
 「智文さんのためと言うより、遥香ちゃんのために」
 そう言って、杉浦の方を振り返ると、ちょっと口を尖らせていた。
 「智文さんのことも好きですよ」
 「すみませんね」
 「いいんです。さあ、わたしに抱かせてください」
 杉浦の母親から遥香ちゃんを受け取ると、ぼくはブラウスの前を開いて乳房を取りだした。
 「どうするつもりなの?」
 杉浦も母親も驚いた顔をしていた。おっぱいの件は杉浦にも黙っていたから、ビックリしたようだ。
 柔らかく紅葉のように可愛い遥香の手がぼくの乳房をまさぐり、小さな口が乳首を探し当てた。
 キュッと乳首を吸われ、胸の奥がスキンと痛んだ。遥香は吸い続ける。ちょっと不安だったけど、遥香の口から、乳汁が溢れ出ていた。
 「おっぱいが出ている!!」
 ぼくは感激でいっぱいだった。ぼくは子供を産むことはできないけれど、母親になれる。嬉しくて涙が出た。
 「おっぱいが出るの?」
 「ええ。遥香ちゃんのことを思っていたら、出るようになったみたい」
 そんな嘘を母親は信じたようだ。

 それから10日後、産まれた子供のためだという理由が認められて、ぼくは杉浦智文の妻・早樹になった。

 ぼくは、母として遥香の世話をし、妻として杉浦の相手をした。勿論、まだ手術していないから、母親にはばれないように気を使った。
 「いつ、手術するんだ?」
 「予約がいっぱいらしいから、まだ先だわ。順番が来る頃、ちょうど遥香を飛行機に乗せられるようになるんじゃないかしら」
 「そうか」
 「それまで、後ろで我慢してね」
 「後ろも結構いいよ」
 「手術したら、後ろはもう使わないわよ」
 「勿論そのつもりだ」

 遥香が生後6ヶ月になったとき、手術の順番が回ってきた。ぼくたちは、母親に新婚旅行代わりだと告げて、シンガポールに旅立った。
 遥香におっぱいをやっているのを見て、ドクターは驚いたようだ。
 「この子の母親になりたいんです。この子のために女になりたいんです」
 「よく、分かった。わたしの能力のすべてを出して、立派に手術してあげよう」
 そう約束してくれた。

 眠っている間に手術は終わった。生まれたときから存在したペニスと睾丸がなくなったけれど、遥香が大きくなったときに見られても安心だと思うと、喪失感はなく、喜びがあった。
 手術を受けて10日目、日本に帰国した。傷はまだ痛むけど、母親に知られないために我慢しなければならない。そんなぼくを気遣って、杉浦は留守番をして入れたお礼だと言って、母親を一週間の北海道旅行へ行かせた。この一週間で、ぼくはかなり快復した。
 アナルファックをするために肛門を拡張したと同じ方法で、人造膣の拡張をした。慣れているから何と言うこともなかった。
 術後一ヶ月目から、セックスは可能だと聞かされていたけれど、杉浦が躊躇したため、その間は口で処理してやった。
 術後3ヶ月目、初めて杉浦のペニスを人造膣の中に受け入れた。ぼくは興奮していて、何度も行った。
 「そんなにいいのか?」
 「もう、最高よ。手術してよかったわ」
 「そうか。俺もこの方がずっといい」
 杉浦もそう言って喜んでくれたけど、ホントの所は違うようだ。ぼくの膣は肛門ほどは締まらない。僅かに弱く締めるだけだ。もっと強く締めてあげられるように努力するつもりだ。

 「たまには、遥香を早樹さんの実家に連れていかないとね」
 遥香が1歳の誕生日を迎えた日、杉浦の母親が言い出した。
 「わたしの実家って・・・・」
 「ああ、あなたの実家じゃなくて、死んだ早樹さんの実家によ」
 遥香とぼくは血が繋がっていないことになっている。それは、杉浦も母親もそうだ。けれど、ぼくの実家に行けば、きっとぼくが祐樹だと言うことがばれてしまう。恐ろしくて、ぼくは行けなかった。
 「わたし、用事があるから、あなただけで行って」
 「早樹が、死んだ早樹の実家と何の関係もないからそう言うんだろうけど、遥香を立派に育てているってことを見せて、安心させてやらなきゃ」
 そう言われれば、もう反論はできない。ばれないことを祈って行くしかない。

 羽田から大分空港へ向かう途中、ぼくはやっぱり来なければよかったと何度も後悔した。しかし、杉浦の手前、逃げ出すわけにもいかなかった。
 「こんにちは。遥香を連れてきたよ」
 逃げ出したい気持ちを抑えながら、遥香を抱いて杉浦の後ろに立っていた。
 「さ、早樹!」
 お母さんが、ぼくに向かってそう叫んだ。
 「違うわよね。でも、ホントにそっくりだわ」
 「初めまして。ホントは里子と言いますけど、今は早樹です」
 ぼくはお母さんに頭を下げた。あとから出てきたお父さんも目を白黒させている。
 「電話で聞いていたが、これほど似ているとは思わなかった」
 「そうでしょう? ぼくも初めて出会ったときには、思わず早樹って叫んでいましたよ」
 「ホント、よく似ているわ。これなら、遥香も安心ね」
 お父さんもお母さんも、よく似ているとはいうものの、ぼくが祐樹だとは気付かない。ぼくはホッとしていた。

 ぼくは井原家とは赤の他人。遥香を産んだ早樹にそっくりだったから、乞われて杉浦の妻となり、遥香の母となった。そう、ぼく自身に言い聞かせた。
 ぼくは、それまでの緊張を解いて、ゆったりとした気分で井原家での1日を楽しんだ。夕食がすんで、遥香と一緒に入浴した。遥香の体を洗ってやり、杉浦へ引き渡した。
 「早樹さん、背中を流してあげましょう」
 「自分で洗いますから、いいですわ」
 「早樹そっくりなんですもの。早樹と一緒に入ってるって気持ちになりたいのよ。いいでしょう?」
 そう言われれば、断る言葉がない。
 「それなら。どうぞ」
 ぼくには、もはやペニスも睾丸もない。手術の傷も近寄ってよく見なければ分からない。心配ないと判断した。
 お母さんは、ぼくの背中を流してくれた。ちょっと涙が出た。ぼくは祐樹ですと言いたいけれど、それは言えない。
 「手術はどこでしたの?」
 「えっ!?」
 お母さんのそんな言葉に驚きで絶句した。
 「な、何のことですか?」
 「完全に女になったのね。祐樹」
 ぼくはお母さんの顔を見つめた。
 「・・・・どうして」
 「うちのトイレのスイッチは、初めて来た人は絶対に場所が分からないの。あなたは、迷うことなくスイッチを入れたわ」
 そうだった。ぼくが小学校6年の時、トイレとバスルームを改装したあと、スイッチが妙な場所になって、初めて来た人はいつも場所を聞いていた。
 「いくら早樹に似た人だと言っても、姉弟でなければ、これほどは似てないでしょう? それに、あなたの顔を初めて見たとき、そうじゃないかなって思ったの」
 やっぱり母親は騙せない。涙でお母さんお顔が見えなかった。
 「お母さん、ごめんなさい。貰った体を傷つけたりして」
 「いいのよ。わたしがあなたを女の子に産んであげられなかったんですもの」
 「お父さんは気がついてるの?」
 「あの人は鈍感だから。気がついてないでしょうね」
 ぼくはフフと笑う。そう言えば、ぼくが女性ホルモンを飲み始めて、かなり女性化したときにも気がつかなかった。
 「杉浦さんは、あなたが男だってこと、知ってるの?」
 「ええ。あの人が、遥香の母親になって欲しいって言って、わたしに性転換させたの」
 「そう。じゃあ、騙してるってことじゃないのね」
 「ええ、そうよ」
 「安心したわ。で、どうするの? あなたが早樹の弟だって、言ってないんでしょう?」
 「言ってないわ」
 「おなたが男だってことを知ってるのなら、言ってもいいんじゃないの?」
 「そうかしら?」
 「遥香と血が繋がっていることを知っていた方が、杉浦さんも安心するんじゃないかしら?」
 「そうね。そうよね」
 「祐樹?」
 「お母さん、わたし、今は早樹なのよ。早樹って呼んでよ」
 「そうだったわね。じゃあ、早樹?」
 「何?」
 「ちょっとよく見せてくれないかしら?」
 「えっ!? どこを?」
 「どこって、あなたの女をよ」
 「女って・・・・。恥ずかしいわ」
 「あら? 女同士じゃないの」
 小さい頃、お父さんにペニスを見せた覚えはない。女同士じゃないのと言われても、ちょっと迷ってしまう。
 「・・・・それもそうね。」
 「見せっこしようか?」
 「見せっこ!? お母さんって、変だよ」
 お母さんがそんなことを言うなんて思ってもみなかった。
 「そうかしら?」
 「絶対、変!」
 「じゃあ、止めておくわ」
 「やっぱり見せっこしよう。わたしも、お母さんのものを見てみたいわ」
 「ふふ。じゃあ」
 風呂に入った女が二人で、互いの持ち物を見せ合っているなんて、おかしな光景だろうなと思った。
 「ちょっと違うけど、よくできてるわ」
 感心したようにお母さんが呟いた。
 「わたし、安心したわ」
 「見せっこして、よかったでしょう?」
 「ええ」
 「じゃあ、上がりましょう」
 揃ってバスルームから出て、パジャマに着替えた。

 リビングに行くと、お父さんと杉浦はビールを飲みながら上機嫌になっていた。
 「おう、早樹。おまえもいっぱいやらないか?」
 杉浦がぼくにコップを差し出した。
 「いただきます」
 杉浦にビールを注いで貰って、グッと半分ほど飲み干した。
 「あら? わたしもいただきたいわ」
 お母さんもやってきて、お父さんのコップを奪い取って、全部飲んでしまった。
 「おいおい。飲みたいのなら、コップを持ってこないか」
 「これで充分」
 お母さんは、お父さんのそばに座って、コップをお父さんに戻すとビールを注いでやった。
 「早樹さんって、ホント、死んだ早樹にそっくりですわね」
 お母さんがぼくに向かってウインクした。今から、お父さんに告白するきっかけを作ろうとしてくれているようだ。ところが・・・・。
 「世の中には、自分とよく似た人間が3人はいるって言うからな」
 お父さんの鈍感と言ったらない。
 「でも、早樹さんくらい似ている人は、姉妹か従姉妹しかいないでしょう?」
 「・・・・そうだな」
 「早樹さんの声って、早樹の声とは違うけど、どこかで聞いたような覚えがあるんだけど、あなた、どう思う?」
 「声? そうだな・・・・。早樹の声とは違うが・・・・。俺も聞いたような気がするな」
 「わたしの声に聞き覚えがあるんですか?」
 「あ、ああ。しかし、どこで聞いたんだろうか?」
 お父さんは、ぼくの顔をじっと見ていた。ぼくは風呂上がりに顔の手入れはしているものの、化粧は落としてすっぴんだ。もう気がついてもいいはずなのに・・・・。仕方がないので、ぼくの方から言い出した。
 「お父さんって、ホント鈍感だなあ。まだ気がつかないの?」
 ぼくは男口調でそう尋ねた。そうすると、お父さんは、しばらくぼくの顔を見つめたあと、ハッと気がついた様子で、唖然として口を開けた。
 「ちょ、ちょっと待て! ちょっと待て。ホントなのか?」
 「早樹! おまえ、何を言おうとしてるんだ!?」
 杉浦は、ぼくがお父さんに何かを告白しようとしているのが分かって、止めに入ろうとした。
 「いいのよ。あなたは黙ってて」
 強くぼくに言われて、杉浦は黙り込んだ。
 「分かったのね、お父さん」
 「あ、ああ。杉浦君は知ってるのか?」
 お父さんは、杉浦を見る。
 「半分はね」
 「半分?」
 杉浦が、何のことだか分からず、ぼくを見た。
 「わたしが元は男だってことは知ってるけど、井原家の長男で、早樹姉さんの弟だってことは知らないよ」
 「何だって!?」
 杉浦が素っ頓狂な声を上げた。
 「黙ってて、ごめん。今言ったとおりなの。わたしの本名は井原祐樹って言うの」
 「井原祐樹!! 早樹の弟? そうか。だから、早樹に似てるんだ」
 なるほどと杉浦は頷く。
 「そう。姉弟だからね」
 「おまえが杉浦君と知り合ったのは偶然か?」
 「ええ、全くの偶然よ。たまたまホームで出会ったの。出会ったって言うか、あのひとが早樹姉さんに似ているわたしに声を掛けてきたの」
 「早樹が生き返ったと思ったんですよ。ホント信じられませんでしたよ」
 「全くの偶然か。不思議なこともあるものだ」
 「きっと、早樹姉さんの引き合わせよ。わたしはそう思ってるわ」
 「そうかもしれないな。で、祐樹。杉浦君と結婚していると言うことは、何か? おまえ、男じゃなくなったのか? それとも、まだあるのか?」
 「・・・・ごめんなさい。わたし、性転換したの」
 「そうか・・・・。女になったのか・・・・」
 「お義父さん、それにはぼくにも責任が。出会ったときは、まだ男だったんだけど、遥香の母親になってくれと頼んで、そのために性転換して貰ったんだ」
 「わたしね。女のなろうなって、これっぽっちも思っていなかったんだけど、早樹姉さんが産んだ遥香の母親になりたくて」
 「・・・・そうか。ペニスがあっちゃ、母親にはなれんからなあ・・・・」
 「綺麗にできてるわよ。さっき、わたしが確かめましたから」
 「はあ・・・・」
 お父さんは、溜息混じりに大きな息を吐いた。
 「もう、おまえのこどもはできないんだな」
 そう言われて悲しかった。
 「お父さん、・・・・ごめんなさい」
 「帰ってこないと思っていた祐樹が帰ってきたんですから、歓迎してあげましょうよ」
 「分かったよ」
 そう言ってビールをグッとあおった。長男が女になってしまって、お父さんはショックを拭いきれないようだ。

 こんな経緯で、ぼくは遥香を連れて、井原家へ堂々と行き来できるようになった。