第1章 不倫

 口紅を塗り終えて、顔を左右に動かして化粧の仕上がりを点検する。
 「こんなもんかな?」
 鏡の中のわたしがわたしに微笑み掛けた。
 「わたしも、もうだいぶ年を取ったけど、まだまだ行けてるわね」
 そう思いながら、髪の毛をブラッシングして整えた。
 「お母さん。ちょっと、お化粧、派手なんじゃないの?」
 鏡の向こうに、遥香が顔を見せた。
 「あら? そう?」
 「PTAに行くのに、まるでお水の女の人みたいよ?」
 「お水なんて言葉、どこで知ったの?」
 「あら? お母さんが読んでるレディスコミックに載ってたわよ」
 そう言えば、そんなコミックがあったなと思い出す。
 「そんなに派手?」
 「そうね。まあ、いいけど・・・・。その服で行くつもり?」
 「そうよ。いけない?」
 「ちょっとお母さん、止めてよ。そんな服じゃ、ホントにお水だよ」
 「そうかしら?」
 「そんな服じゃ、学校に来て欲しくないわ。この前買った、スーツにした方がいいよ」
 「ああ、あれ?」
 「すぐに着替えてよ」
 「はい、はい。分かりました」
 遥香は、母親の服装について口やかましい。遥香の気に入らない服を着ていると、そばに寄ってこない。つい先日も、買い物に出かけたとき、わたしの着ていた服が似合わないからと言って、わたしから離れて歩いていた。遥香の指定した服に着替えて学校へ行かないと、口を利いてくれなくなりそうだ。
 わたしは、タンスの中から先週買ったばかりのスカートスーツを取りだして着替えた。
 「こっちの方が、お水に見えないかしら?」
 鏡に映してみて、そう思ったけれど、着替えるわけにはいかない。わたしは、バッグにPTAの資料を押し込むと階段を下りた。
 「行ってきます」
 遥香が鞄を抱えて玄関へ向かった。
 「スカートが短いわよ」
 遥香は、いつもセーラー服のスカートをウエストで2回ほど折り曲げて短くしている。スカートの丈が、太股の中程までしかないのだ。
 「いいの!」
 「PTAの時くらい、普通にしてなさいよ」
 「学校に着いたら、下ろすからいいのよ。行ってきまあす。あとでね」
 翻ったスカートからショーツが見えた。遥香にはホントに困ったものだ。
 「もう出かけるの?」
 リビングで、父が読み散らかした新聞を片づけながら、母がわたしに尋ねた。
 「ええ、ちょっと打ち合わせがあるのよ」
 「副会長さんも大変ね」
 「まあね。あっ、そろそろ、わたしも出かけなくちゃ」
 「早樹?」
 「何?」
 「あなたのスカートも短いわよ。ちょっと、年を考えたらどう?」
 「そうかなあ」
 「短いわよ」
 わたしは、上からスカート丈を確かめる。
 「男の目から見ると、もっと短くてもいいな」
 洗面所から出てきた父が、わたしの格好を見ながら、にやりと笑った。
 「娘を見てそんなこと言うなんて、お父さん、あなた、不潔よ」
 母が、父を叱りつける。
 「おお、こわ」
 父は肩をすくめて小さくなった。
 「あれ? 新聞は?」
 「こんな所に放りっぱなしだったから、片づけたわよ」
 「まだ、読みかけだ」
 「読みかけでも、こんな所に置くもんじゃないわよ」
 「分かった、分かった。で、新聞はどこだ?」
 「テーブルの上にあるでしょう? 目が悪くなったんですか?」
 父は黙って椅子に腰掛けて新聞を読み始めた。母と口げんかしても敵わないから、黙っていた方が無難と判断したのだろう。
 「じゃあ、行ってきます」
 「やっぱり、それで行くつもりなの?」
 「着替える時間がないから」
 そう言い訳を残して、わたしは玄関を出た。
 「もう、口やかましいんだから。遥香はお母さんに似たのね」
 そう思いながら、車のエンジンを掛け、遥香の通う中学校へ向かった。

 中学校に着くと、PTAの役員が何人か集まっていた。
 「杉浦さん、遅かったわね」
 一番仲のいい、同じく副会長の田中さんが駆け寄ってきた。
 「母に捕まっちゃって」
 「捕まったって、どうしたの?」
 「スカート丈が短いって、小言を言われていたの」
 「あら? それくらいいいじゃなの。あなた、まだ若いんだから」
 「若いったって、もう37だからね」
 「まだまだ若いわよ。30前半に見えるわ」
 「そんなことないでしょう?」
 「見えるわよ。言い寄る男も多いんでしょう?」
 「まさかあ」
 「そろそろ再婚したら? ご主人が亡くなって、もう4年でしょう?」
 「遥香がいるからねえ。再婚するなんて言ったら、遥香がなんて言うか」
 「そうね。多感な時期だからね」
 「そうなのよね」
 「そう言うところを見ると、やっぱり、再婚したいんだ」
 「そう。女が疼くわ」
 「わたしも」
 「あなたは、毎晩ご主人に満足させて貰ってるって言ってたじゃないの」
 「へへ。でもねえ。お腹は出るし、頭は薄くなるし、若いときの面影は皆無よ」
 「贅沢言うんじゃないわよ。いるだけでも有り難いと思わなくちゃ」
 「それもそうね」
 「二人ともご苦労さん。何、話してるんだ?」
 わたしたちの肩をぽんと叩いたのは、この中学校のPTA会長。近くのスーパーを経営している坂本さんだ。女好きで、何かというとわたしたちの体を触りたがる。
 「ちょっと、内緒のお話し」
 「そうか。そろそろ打ち合わせをするよ。校長室へ来てくれ」
 「はい」
 わたしたちは連れだって、校長室へと入っていった。

 授業参観に訪れるお父さんお母さんを相手に、伊豆大島の義捐金を募る。小銭も集まってみれば、かなりの額になる。ちりも積もれば山となるだ。
 授業参観が始まり、義捐金を校長室に届けたあと、わたしも遥香の教室へと向かった。遥香は、一番前の席にちょこんと座って授業を受けていた。英語の最上級を教えているようだ。
 「・・・・3人の中で、一番背が高いという表現は分かったな。それでは、クラスの中で一番背が低いというのは、どう表現するか分かる人?」
 こどもたちは誰も答えない。
 「背が高いというのは、トールだったが、背が低いという英語は何という?」
 「スモール」
 誰かが答えた。
 「スモールか。そう思う人」
 何人かが手を挙げた。
 「背が低いと言うときは、スモールじゃなくて、ショートを使うんだ。ショート。要するに英語では背が短いって表現するんだな。分かったかな?」
 「はあい」
 こどもたちが返事をする。
 「それでは、ショートの最上級が分かる人」
 「ショーティスト」
 「おう、よく分かったな。その通りだ。みんな、発音して。ショーティスト」
 「ショーティスト」
 こどもが立ちが口を揃えて発音した。
 「クラスの中でと言うのは?」
 「イン ザ クラス」
 「大正解だ。それでは、このクラスで一番背が低いのは誰だ?」
 「熊井だ!」
 窓際の男の子にクラスの視線が集まった。その子は、顔を赤くして下を向いた。
 「じゃあ、最上級を使って表現してみよう。クマイ イズ ショーティスト イン ザ クラス」
 「クマイ イズ ショーティスト イン ザ クラス」
 熊井という小さな男の子をちらりちらりと見ながら、こどもたちが発音した。本人は、ムスッとして、教師を睨み付けていた。背が低いというのは、男の子にとって凄く気になることだ。それを逆なでしてと、わたしはちょっと気分が悪くなった。
 「熊井君。君を使ってごめんな。熊井君も、もう少ししたら背が伸びるよ」
 親たちの前のせいか、英語教師は弁解した。

 時計を見ると、講演会の準備をする時間だ。わたしは授業参観を切り上げて、体育館へ向かった。
 「遅いわよ」
 田中さんが、上目遣いに睨んだ。
 「寒いわね」
 「そうね。座布団を持ってくるように連絡しておいた方がよかったわね」
 「こどもたちも同じだから、我慢して貰いましょう」
 「そうね」
 キンコンカンとチャイムが鳴って、授業参観の時間が終わった。ぞろぞろとお父さんお母さんたちが体育館へ向かった歩いてくる。
 「寒いわね」
 みんながそう言う。しばらくして、こどもたちが、並んで体育館へ入ってきた。寒そうにはしているものの、こどもたちは寒さになれているせいか、文句の一言もない。
 「それでは、ただ今より、講演会を始めます。開会の挨拶。杉浦副会長さん」
 「はい」
 わたしは、マイクを手に取り話し始めた。緊張で足が震えた。
 「本日は、お忙しいところ、PTAの講演会にご出席いただきありがとうございます。今日の講演は・・・・」

 講演会が、好評のうちに無事終わり、わたしはホッと安堵の溜息をついた。
 「杉浦さん、大成功ね」
 「ええ」
 「来年もやりましょうね」
 「来年も? 来年も副会長なんてやりたくないわ」
 「会長になる?」
 「と、とんでもないわ」
 「じゃあ、お疲れさま」
 田中さんたちに手を振って別れた。

 車に乗り込み、バッグの中から携帯を取り出す。
 「もしもし、お母さん? わたし。ええ、PTAは終わったわ。でもね、ちょっと打ち合わせが残ってるの。3時頃のなると思うけど。お昼? なんとかするわ。遥香がもう少ししたら帰ると思うから、お昼をしてやって。冷凍庫にピラフがあったでしょう? お母さんもそれでいいわね。遥香、2時から部活の筈だから、遅れないように行かせてね。じゃあ、お願いね」
 電話を切ってから、もう一度プッシュする。
 「もしもし、わたし。どうする? ああ、あそこの駐車場ね。分かるわ。すぐに行くわ」
 電話を切って、車を発進させた。PTAの打ち合わせなんてない。PTAを隠れ蓑に、ある人物に会いに行くのだ。

 車を走らせ、約束した大型家電店の駐車場に車を停めた。駐車場の端から、見慣れた車がパッシングしてきた。わたしは、辺りを見回してから車を降り、やっぱり辺りを見回しながら、その車の助手席に滑り込んだ。
 「お待たせ」
 「昼飯はどうする?」
 「それより、あなたを食べたい」
 「おまえも好きだな。じゃあ、行くか」
 運転席の男は、板井清彦。わたしの彼氏。板井には、奥さんもこどももいる。つまりわたしは不倫している。
 板井に出会ったのは、3年前。夫に死なれて、実家に戻ってきて1年目のことだった。

 PTA活動を積極的にやっていたわたしに、副会長の推薦があった。仕事をしていないので副会長を引き受けた。
 「杉浦早樹です。副会長をさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
 「同じく副会長をさせていただきます。板井清彦です」
 その名前は、よく覚えていた。わたしは板井をじっと見た。間違いない。会うのは、何年ぶりだろうか? 懐かしさがこみ上げてきた。だけど、わたしの方からは声を掛けなかった。
 「井原だろう?」
 車に乗り込もうとすると、板井がわたしの肩を叩いた。
 「よく分かったわね」
 「そりゃそうさ。幼なじみだからな」
 「わたし、変わったでしょう?」
 「いや。昔通り、美人のままだ」
 「まあ、お上手ね」
 「お茶でも飲まないか?」
 「・・・・そうね。少し時間があるわね」
 そのまま近くの喫茶店で1時間ほど話しをした。

 夫を亡くして寂しかったわたしは、板井と深い関係になるのにそれほど時間がかからなかった。
 「女房とは別れる。別れたら、一緒になろう」
 板井はわたしを抱きながら、いつもそう言う。男はみんなそう言いながら、それを実行することはない。わたしとしても、別れてくれとは迫っていない。時々抱いてくれて、優しい言葉を掛けてくれればいいのだ。

 「いつものところでいいな」
 「ええ、いいわ」
 板井は、ハンドルを切り、川沿いのモーテルへと車を滑り込ませた。こんな時間だというのに、車が2台停まっていた。わたしたちと同様、不倫でもしているのだろうか?
 部屋に入るなり、板井はわたしを抱きしめてキスをする。わたしはキスが大好きだ。特にディープキスが。舌のあの感触が堪らない。舌が痛くなるほど長い時間、わたしたちは互いの舌を吸い合っていた。
 キスが終わる頃には、わたしたちはベッドの上で全裸で抱き合っていた。もはや3年も付き合っているから、板井はわたしの性感帯のすべてを知り尽くしている。耳の後ろや乳首、クリトリスなどはもちろんのこと、わたしの場合、尾てい骨の少し上あたりが凄く感じる。舌の先で、そっと触れられると、それだけで行ってしまいそうになるのだ。
 「そろそろ攻守交代だ」
 そんな言葉に、わたしは体を入れ替えて、板井の青黒く怒脹したものを口の中に含む。唇、舌を使って、丁寧に丁寧に舐め尽くす。
 睾丸をひとしきり舐めたあと、アヌスを舐めてあげると、板井は仰け反るような姿勢をした。
 「そこはちょっと刺激が大きすぎる」
 わたしはぺろりと舌を出す。
 「結構感じるでしょう?」
 「ああ」
 「前立腺マッサージ、やってあげようか?」
 「今日はいいよ。さあ、フィニッシュと行こうか?」
 「どっちにする? 正常位? それともバック?」
 「久しぶりだから、どっちも行こう」
 「じゃあ、正常位から」
 仰向けになって膝を立てると、板井が入ってきた。暖かい。ペニスが入ってくる感触も大好き。
 「ああ、いい・・・・」
 板井が腰をゆっくりと動かす。浅く深く、そして左右に振りながら。ベッドから僅かに軋む音が聞こえてくる。
 わたしの中から溢れ出た粘液が、お尻を伝い落ちているのを感じた。
 「バックになって」
 わたしは、俯せになって腰を上げた。引き抜かれて再び入ってくる僅かな時間がもどかしい。
 「早く入れて!」
 なんてはしたないことは言えないけれど、心の中でそう叫んでいた。
 「駄目! そっちに入れちゃ。ちゃんと入れてよ!」
 時にアナルファックをせがむ板井が、わたしの断りなしにアヌスに入れようとした。わたしは、後ろを振り向いて板井を睨み付けた。
 「たまにはいいだろう?」
 「今日は駄目!」
 「仕方ないな」
 ブツブツと言いながら、再び入ってきた。余程のことがない限り、アナルファックには応じないことは分かっているだろうに、困った人だ。
 「あああ、いいわ」
 板井が、アナルファックを断られた腹いせとばかりに激しくわたしを突いた。ドンドン上っていく。
 「い、行くぞ!!」
 「来てえ・・・・」
 わたしの中にどくどくと注ぎ込まれてくる。快感で意識が薄れそうになる。
 「うう・・・・ん」
 わたしはベッドの上に突っ伏した。

 「早樹。早樹」
 まだ微睡んでいたいのに、板井がわたしの体を揺する。
 「何よ?」
 「早樹、結婚してくれ」
 まただ。ことが終わったあと、板井はいつも同じことを言う。
 「結婚? 結婚なんてできるの?」
 わたしは投げ遣りに答えた。
 「女房と別れた。結婚してくれ」
 今まで、別れるとは言ったことはあるけれど、別れたと言ったことはなかった。わたしは驚きに目を丸くする。
 「別れた? ホントに?」
 「ホントだ。だから、俺と結婚してくれ」
 「冗談でしょう?」
 「冗談なんかじゃない。本気だ」
 嘘を言っている目じゃなかった。
 「わたしのせいで別れたのね」
 「いや、違う。あいつとは、おまえと出会う以前から結婚生活は破綻していたんだ。おまえのせいじゃない」
 「そうなの・・・・」
 「なあ、結婚してくれよ」
 「本気でわたしと結婚したいの?」
 「本気だとも」
 「わたし、結婚なんてできないわ」
 わたしは立ち上がり、腿に流れ落ちてくるザーメンをティッシュで拭いた。
 「どうしてだよ」
 「どうしてって、どうしてもよ」
 「俺がこんなに頼んでも?」
 「わたしのどこがいいのよ。もうおばさんなのに」
 「おまえのすべてが好きなんだ。だから、俺と結婚してくれ」
 「ホントに、わたしなんかでいいの?」
 「ああ。おまえを愛しているんだ」
 「でも、遥香が何というか・・・・」
 「母親の幸せを祈らないこどもがいるものか」
 「あの年頃の女の子は、難しいのよ」
 「俺が説得するよ」
 「分かったわ」
 「結婚してくれるんだね」
 「ええ」
 板井は、わたしにブチュブチュとキスをした。いいんだろうか? 再婚などして・・・・。