第9章 殺人犯にされていた

 下駄箱の奥に、絵理子に買ってやった靴が何足か残っていた。一回履いただけで気に入らないからと言って放置してたものだ。
 「あんな顔になっていたのに、結構贅沢を言っていたな」
 と、壮一は思いながら、絵理子の本性が見えていたのに見抜けなかったのは、確かに自分にも責任があると思った。
 白のミュールでいいのかと思ったが、あとは黒と赤のパンプスしかなかった。ライトブルーのワンピースにはこれしかないと思って履こうとした。その時、車のエンジン音がして駐車場にタイヤの音が響いた。ハッと思って窓から覗くと、真っ赤なベンツが駐車場に停まっていて、右のドアが開いて絵理子が降りてきた。
 (何をしに来たんだろうか? ボクの死体を確かめに来たんだろうか?)
 壮一は、靴を靴箱の中にしまうと絵理子に見つからないようにキッチンの陰に隠れた。

 ガチャガチャと鍵を開ける音がしていた。鍵を締めたままでよかったと壮一は胸をなで下ろした。絵理子が入ってきた。まっすぐ廊下を進んで地下室の入り口のドアを開いていた。思った通り、壮一の死を確かめに来たようだった。
 ホントは絵理子に飛びかかって殴り倒してやりたかった。しかし、体力が戻ったとはいえ、壮一はまだ半病人だった。女の絵理子にさえ敵う自信がなかった。
 絵理子が階段を降りていくのを音で確かめると、壮一はキッチンから出て、地下室の入り口に近寄った。
 壁のスイッチを入れる音がして、それから鋼鉄製の扉に付いている鍵を開ける音が響いてきた。
 ギギギッと扉が開く音がした。絵理子が地下室の中に入る音がした。壮一はすっと階段を下って、扉の前に立った。
 「壮一がいない! こんな穴を掘って抜け出したって言うの!」
 絵理子が、壮一の掘った穴を覗き込んでいた。それから、壮一の気配に気づいて振り返った。
 「誰!?」
 壮一を見た絵理子の顔が恐怖に浮かんだ。自分そっくりな女が立っているのだ。驚かない方がおかしい。
 「あ、あなた、だ、誰よ!」
 壮一は悪戯心を出した。
 「わたし? わたしは田倉絵理子」
 「うそ! 田倉絵理子はわたしよ。あんたはいったい誰よ!!」
 「わたしが田倉絵理子じゃないとしたら、いったい誰だと思う?」
 絵理子は、壮一が脱出した穴を振り返って見てから、納得したように答えた。
 「あなた、あなたなのね」
 「ピンポン。大正解。壮一だよ」
 「ど、どうしてそんな格好をしてるのよ」
 「あ、これ? この地下室から脱出したものの、ボクが着る服がないんだよね。この別荘には。だからおまえの服を着たんだ。男のままじゃ、女の服は着られないから、こうしておまえに化けたって訳さ」
 「あの人工皮膚を使ったのね」
 「もちろんだよ。うまくできてるだろう?」
 壮一は品を作って見せた。
 「さあ、一緒に東京へ戻ってボクにした仕打ちを告白するんだ」
 「ふふふふふ」
 絵理子は含み笑いをする。
 「何が可笑しいんだ?」
 「あなたは東京へは戻れないわ」
 「どうしてだよ」
 「あなたをこの地下室に閉じこめたとき言ったでしょう? あなたは他の場所で死んだことになるって」
 「死んだことになるって、死体がなければそんなことは認められないだろう?」
 「死体があるの」
 壮一は驚きに目を見張った。
 「何だって? 別人をボクに仕立てたって訳か?」
 「その通りよ」
 絵理子は、壮一と結婚する前つき合っていた男を呼び出して壮一の身代わりに殺していた。
 「しかし、ボクがこうして生きていたら、意味はないじゃないか。ボクは生きていますと言えばいいんだから」
 「それがそう簡単にいかないと思うわよ」
 絵理子は不敵な笑いを浮かべて言った。
 「どうしてだ?」
 「あなたは殺人犯だからよ」
 「な、何だって!」
 「あなたは、岡崎常務を殺した殺人犯なのよ。殺して逃げる途中で愛人と一緒に事故死したことになってるわ」
 「岡崎常務を殺した? 逃げる途中に愛人と一緒に事故死?」
 「そうよ」
 「ボクが岡崎常務を殺す動機なんか・・・・」
 ないと言いかけて言いよどんだ。
 「あなたと岡崎常務との確執はみんなが知ってることよ」
 確かにそうだった。
 「だ、だからって、殺したことにはならないよ」
 「殺人現場にあなたの指紋がベタベタ付いているのよ。あなたが岡崎常務を殺したってことは動かせないわ」
 「ボクはこの地下室にいたんだ。殺せるはずがない」
 「でも証拠が揃ってるわ」
 「おまえが、おまえが証言してくれれば、ボクの無実が証明される」
 「わたしが?」
 「そうだ」
 「何でわたしが証明しなければならないのよ。そんなことをしたら、わたしがあなたを殺そうとしたことを白状しなければならないでしょう? ひいては、岡崎常務の殺人にわたしが関わったことまで知られてしまうわ。そんなことはできないわ」
 それもそうかと壮一は思う。
 「おまえが証明してくれなくてもボクの無実を証明してみせる」
 「そんなの絶対無理だわ。諦めなさい」
 自信ありげな絵理子に壮一は言葉を失った。
 「それにね。あなたが出て行ったりしたら、岡崎常務の殺人ばかりではなくて、自分が事故死したと見せかけて逃げたってことになって、3人殺したことになるわよ。無実を証明するって言うけど、それができなかったら、あなたは絶対死刑になるわ」
 死刑という言葉への恐怖と絵理子への怒りで身体がわなわなと震えた。
 「こうすれば、どうだ?」
 壮一は鋼鉄の扉を閉めた。
 「どうするつもりよ」
 「おまえがボクの無実を証明すると言うまで扉を開けない。わかったか!」
 「馬鹿なことは止めなさいよ。あなたに未来はないわ。諦めて、どこか他の土地でひっそりと暮らしなさい。そう、それがいいわ」
 「絶対ボクの無実を証明してみせる!」
 「まあ、頑張りなさい」
 地下室の閉じこめられているというのに、絵理子は余裕の口調だった。
 「ところで、あなた、その顔、どうするの?」
 「この顔? この顔がどうかしたのか?」
 「人工皮膚は二度と剥げないんじゃなかったの?」
 「剥げないさ」
 「じゃあ、どうするのよ。わたしの顔のままで生きていくの? ニューハーフにでもなるつもり?」
 馬鹿にしたような口調に壮一はムッと来た。しかし、絵理子を落とすいいアイデアを思いついた。
 「剥げないんだけどね、溶かしてしまう手があるんだ」
 「溶かす!」
 「そうさ。専用の溶解液を作って顔を洗うんだ。そうすれば、化粧を落とすように元の顔が現れるんだ。絵理子、どうしてもボクの無実を証明しないと言うのなら、おまえの顔を元の醜い顔に戻してやる。いいか!」
 絵理子は黙り込んだ。壮一の脅しがきいたのだ。
 「さあ、どうするんだ?」
 「少し考えさせて」
 絵理子も言ったように、壮一の無実の証明は、絵理子自身の罪を認めることになる。そう簡単には決められないだろうと壮一は思った。
 「よく考えて返事をするんだな」
 そう言い残して、壮一は扉に鍵を掛け、地下室の電気を消して階段を上っていった。鋼鉄製の扉は中からは絶対に開かない。壮一が脱出した穴は、大きな岩が落ち込んで塞がっている。新たな脱出口を掘るには一日は二日では絶対無理なのだ。地下室からは逃げられない。絵理子は壮一が返事を聞きに行くまで地下室で待つしかないのだ。
 真っ暗で狭い地下室に閉じこめられるという恐怖を絵理子にも味合わせてやろうと、壮一はしばらく時間を空けることにした。それにあまり時間を空けないで返事を聞きに行けば、絵理子に足元を見られるだけだと思ったからだ。
 待つ間、どうしようかと壮一は考えた。ここで何もしないでジッと待つよりも、状況がどうなっているか正確に把握しておかなければならないと判断した。
 死んだことになっている壮一の財産は、恐らく絵理子が相続しているだろう。それよりも会社がどうなったか知りたかった。あの叔父だけでは会社が倒産してしまいかねないからだ。
 (車はあるが・・・・)
 壮一は駐車場に停まったベンツを見つめた。それから窓ガラスに映った自分の姿、絵理子に化けた自分の姿を見る。男物の服がない以上、絵理子の姿で東京へ戻るしかない。
 (よし。このまま東京のマンションに戻ろう。あとのことはマンションに戻ってから決めよう)
 決心して、壮一は玄関に向かった。先ほど履こうとした白のミュールを履いて、玄関を出て鍵を掛けた。
 ベンツにはキーが付いたままになっていて、助手席には絵理子のバッグが放置されていた。ドアを開けて運転席に乗り込む。絵理子のバッグを取り上げて中を調べた。
 財布に免許証、簡単な化粧道具、ティッシュなどが入っていた。それにメンソール。絵理子がたばこを吸うところなど見たことがなかった。そんな女だったのかと、壮一は絵理子のことをよく理解していなかったことを改めて思い知らされた。
 座席を調節してエンジンを掛け、ギアをバックに入れて方向転換して、別荘をあとにした。

 中央道に向かって走っていると、突然前方に大きな旗を持った警察官が飛び出てきた。壮一はドキリとする。
 「そこに入って」
 ねずみ取りに引っかかったらしい。壮一は言われた場所に車を停めた。バッグを持って灰色の車のステップを昇った。
 「お急ぎですか?」
 以前も捕まったことがあるが、警察官はいつもそう聞く。当たり前だとあの時は答えたなと思い出しながら、壮一は黙っていた。
 「16キロオーバーですね」
 「そうですか」
 か細い声で壮一は答えた。
 「免許証を」
 ばれないだろうかと心配しながら、壮一はバッグの中から免許証を取り出して警察官に渡した。警察官は、免許証の写真と壮一を見比べてから書類に何やら書き始めた。ばれなかったようだと壮一はホッとする。
 「ここにサインして」
 壮一は、田倉絵理子と書類にサインした。
 「後日、反則金の支払い用の書類が送付されます。それでは結構です」
 「お世話になりました」
 頭を下げて壮一は車を降りて、自分の車に乗った。背中に汗が滲んでいた。車のハンドルを切って改めて中央道へ向かった。

 千代田のマンションに着いたのは、午後8時過ぎだった。入り口の自動ドアを抜けると、ガードマンが壮一をちらりと見た。壮一は、軽く会釈する。ガードマンも壮一に会釈してから入り口に視線を戻した。ここでも壮一は絵理子として認識されたようだ。
 エレベーターを上り、部屋に着いた。車のキーと一緒に付いている部屋のキーを使って鍵を開いた。
 部屋の中に入って壮一はビックリした。部屋の調度がほとんどすべて入れ替えられていたのだ。
 クローゼットを開いてみた。壮一のものは何もなかった。もし夫が死んだとして、こんなにも完全に思い出の品々を処分してしまうものだろうかと思った。絵理子は壮一にはまったく愛情のかけらもなく、やはり財産目当てだったことが思い知らされた。
 (どうやって男物の服を手に入れようか?)
 そう考えながら、壮一は思い直した。もしここで男の姿になったとして、壮一を知る人間に出会ったらどうなるか? 殺人犯が生きている。死んだと偽装したのだと言われて警察に通報されるに違いない。もし捕まって、閉じこめている絵理子の存在を訴えたとしても、あの地下室から助け出された絵理子にとっては、人工皮膚を取り除いてしまうぞと言う脅す材料が絵理子に通じなくなるわけだから、正直に壮一の無実を証言してくれるわけがない。壮一は、絵理子の姿のまま調査しなければならないと判断せざるを得なかった。
 時計を見ると、午後8時半になろうとしていた。今すぐ調べられるものはと壮一は部屋の中を見回した。新聞紙が山積みになっていた。一番古いものから調べ始めた。一番古い日付のものは、壮一が最後にこのマンションで読んだものだ。
 調べていくと、『田倉物産・常務殺される』の文字が目に飛び込んできた。日付は壮一があの地下室に閉じこめられた翌々日だった。同席していて、事件後行方をくらませた同専務・田倉壮一を重要参考人として捜していると結ばれていた。
 その日の夕刊に、『田倉物産・常務殺人の容疑者・逃走途中に事故死』の文字。スピードを出しすぎていてカーブを曲がりきれずにトラックと正面衝突し、助手席に載っていた大塚恵とともに即死と出ていた。大塚恵は田倉壮一の愛人だったらしいなどともっともらしく書かれていた。
 「可愛い子だったのに、ボクの愛人にされた上に一緒に殺されてしまうなんて」
 大塚恵の顔を思い出して涙が出た。そのまた翌日の新聞に、岡崎常務が刺されたナイフとテーブル、コーヒーカップ、ドアのノブなどから、壮一の指紋が検出されたとの記事が出ていた。
 「嘘だ! そんな馬鹿な!!」
 さらに新聞記事には、岡崎常務と壮一の会社での確執が事細かに記載され、殺人の動機として取り上げられていた。
 その一週間後の新聞には、壮一が岡崎常務の殺人を犯した犯人として、被疑者死亡のまま書類送検されたとの記事が載っていた。
 壮一が岡崎常務を殺したとされる最大の根拠は、壮一の指紋が殺人現場から見つかったかららしい。はっきりとした目撃者はなく、ただひとつの目撃証言は、現場付近を壮一の車と同色、同型のBMWが猛スピードで走り去ったというものだった。
 (車はたまたま同じような車が通りかかったとも考えられるけど、指紋は? 指紋はいったいどうやったんだろう? それがわからなければ、ボクの無実は証明できない)
 壮一は、やはり絵理子を説き伏せるしかないと考えた。

 壮一はさらに新聞を調べた。調べるのは、株式の欄だ。田倉物産の株価を追った。岡崎常務殺人事件の報道がなされた翌日には、田倉物産の株価は1000円あまり下落していた。その後も徐々に値段を下げ、事件10日目には事件直前の半値まで下げていた。
 (こんなんじゃあ、倒産だ)
 壮一は、一番新しい新聞の株価を見た。その株価を見て驚きを隠せなかった。事件前よりも200円ばかり高値が付いていたのだった。
 (どう言うことだ? 何が起こったんだ?)
 訳がわからなかった。ただ倒産は免れ、実績が上がりつつあるのは間違いなかった。壮一は会社を訪れて会社の中がどうなっているか調べようと決心した。

 壮一は風呂のスイッチを入れてからウイッグを脱いだ。
 「フアア、ウイッグはなんて熱いんだ!」
 ネットも取るとすっきりとした。着ていたものを脱衣籠に入れてバスタブに身体を沈めた。バスタブから出て顔を洗い化粧らしきものを落とし、体を石鹸で流した。人工皮膚は壮一の身体に完全になじんでいた。
 もう一度バスタブに身体を沈めた。バスタブの中に座った自分の姿を見ながら壮一はくすりと笑った。上半身は絵理子、下半身は壮一。水面が境界線だ。
 体を拭いてバスタオルを胸の高さで結んだ。胸が露わになるのはなんだか気恥ずかしかったからだ。
 裸で寝るのはなんだか心許なかったから、下着を着ることにした。下着は当然のことながら絵理子のものしかない。タンスの中からショーツとブラジャーを取りだして身に着けた。ブラジャーはしなくてもいいかなと思ったが、しなければ、大きな胸が動いてバランスを取りにくかったのだ。
 パジャマはなかった。壮一自身が妻が着るものとしてのパジャマを嫌ったせいもある。下着のまま寝てもよかったのだけれど、壮一はおもしろがってネグリジェを着てベッドの中に潜り込んだ。
 疲れであっという間に眠り込んでいた。

 翌朝の目覚めはよかった。ネグリジェがめくれ上がっていて、壮一は寝る衣服としてはネグリジェは不適当だなと思った。
 キッチンの隅に、相変わらずというかいつものように自家製のパンがいくつか籠の中に盛られていた。冷蔵庫の中にはミルクが二本立っていた。
 壮一は、ミルクをカップに注いでレンジで温め、籠の中のパンをひとつ手に取った。パンを噛ると懐かしい味がした。
 (絵理子、どうしてボクを殺そうなんてしたんだ・・・・)
 ポロリと涙がこぼれた。壮一は絵理子を愛していた。それだけに悔しさが倍増する思いだった。
 食事を終えると、壮一は着替えをした。クローゼットから初夏向きの白っぽいワンピースを取り出して着た。ドレッサーに向かって、壮一は化粧をやってみた。道具は数え切れないほどドレッサーの上に載っていた。化粧を終えると、完全に絵理子の顔になっていた。
 白いバッグを取り出して中身を移し替え、白のハイヒールを履いて部屋を出た。

 昨日の夜とは違うガードマンがマンションの出口にある詰め所に座っていて、壮一をぎょろりとした目で見た。壮一がニッコリ笑って会釈すると、ガードマンは相好を崩した。

 駐車場を出てマンションから一番近い第二支店へ向かった。第二支店付近の車が以前と違ってかなり多かった。首を傾げながら進んでいくと、第二支店の看板はなく、代わりに丸優パチンコの大きなネオン入りの看板が目に入ってきた。
 (岡崎常務の案が通ったのだな。しかし、あの案は岡崎常務とボクしか知らなかったのでは?)
 壮一は首を傾げた。壮一は第4支店経由で本店へ向かうことにした。第4支店の駐車場に車を停めて一階からゆっくりと歩いて中の様子を窺った。
 従業員が壮一に向かって、つまり田倉絵理子に向かって頭を下げてくる。夫が殺人罪を犯したにもかかわらずこのような挨拶を受けると言うことは、絵理子が田倉物産の中でまだ影響力がある証拠だ。
 しばらくして、見覚えのある支店長が壮一のそばにやってきた。
 「絵理子様、今日はどのようなお買い物で」
 「ひとりで見て回るからいいわ」
 そう言って支店長を追い払った。しかし、少し離れたところがら壮一を監視しているようだった。
 4階に上がると、そこはヨーロッパ雑貨で溢れていた。壮一が第二支店でやろうとしたことを第4支店でやっていたのだ。
 (これも岡崎のアイデアだったよな)
 6階までのすべてのフロアを見て回った壮一は、以前に増してお客が増えているのに驚かされた。
 (小野社長はこんなにできるヤツだったかな?)
 そんなことを思いながら、第4支店を出て本社へと向かった。

 本店の玄関をくぐってまもなく、誰かが壮一の来店を伝えたのだろう、帯刀がやってきた。
 「絵理子様。一報いただければ、お迎えに参りましたのに」
 「社長は?」
 「田倉社長は、北海道支店にご出張ですが、ご存じなかったのですか?」
 田倉社長! 会社の中で田倉の姓が付く人間は叔父しかいない。あの事件後、叔父が社長になったのかと壮一は思いを巡らせた。無能な小野社長よりはできるはずだと思った。
 「あら? そうだったわね。すっかり忘れてたわ。ちょっと中を見せてね」
 「どうぞご自由に」
 帯刀が去っていき、代わりに古参の女性従業員が壮一に付いてきた。
 「今日は何をお買い物に?」
 そんなことを言われても困るなと思いながら、通りがかりの鏡に映った自分の姿を見て、壮一は失敗に気づいた。
 (アクセサリーを忘れている!)
 「ネックレスのいいのがないかしら?」
 「ちょうどいいのがありますわ」
 と、従業員は壮一を宝石コーナーへと導いた。壮一はそこで真珠のネックレスとイヤリングを買ってすぐに付けた。
 「お似合いですわ」
 とのお世辞のような言葉に送られて本店を出た。
 (さて、すべての状況がだいたいわかったぞ。次は、どうやって、ボクへの殺人容疑を晴らすかだ)