第13章 絵理子として

 洋治は、筋書き通り田倉物産を手に入れることができた。筋書きと異なったのは、絵理子を失ったことだ。絵理子は、最愛の娘であり、愛人であった。絵理子ほど愛した女にはもう巡り会えないと思っていたのに、すぐに目の前に現れた。絵理子の姿をした壮一だ。
 初めは壮一が絵理子の代わりになるとは考えてはいなかった。ただの好奇心から絵理子を演じさせようとしたのだった。しかし壮一は、洋治のトレーニングによってまったく絵理子とそっくりに変貌してしまった。しかも、もはや壮一に戻ることも冤罪を晴らすことも考えていないように思えた。
 それでも洋治は壮一を恐れていた。ちょっと気が変わって警察に飛び込めば、洋治の犯罪が暴かれるのは目に見えていたからだ。そんな壮一をそばに置くことは、爆弾を抱え込むようなものだった。
 抹殺してしまうのが一番安全だった。しかし、抹殺するにはもはや遅かった。洋治は、壮一を絵理子として愛してしまっていた。もう二度と絵理子を失いたくなかった。
 爆弾を不発弾のままにするために、洋治は最後の手段に出た。それは壮一と結婚することだ。結婚してしまえば、壮一も洋治を売るようなマネはしないと考えたのだ。

 ある日、洋治の腕に抱かれてうっとりとしている壮一に、洋治は語りかけた。
 「絵理子?」
 「なに?」
 「結婚しないか?」
 壮一は目を丸くした。
 「何を言ってるの? わたしとあなたが結婚できるわけがないでしょう?」
 「おまえは田倉絵理子。戸籍は女だ。わたしと結婚できる」
 「でも、わたしは男なのよ。無理だわ」
 「何が無理だと言うんだ。おまえはどこから見ても女だし、ちゃんとセックスもできるじゃないか」
 「そんなこと言ったって、付くものが付いてるし」
 「邪魔なものは取ってしまって、女になればいい」
 「ええっ!」
 「女になって、完全に絵理子になるんだ。そうすればいい」
 「でも・・・・」
 絵理子として暮らしている壮一ではあったが、女になりたいと思ったことのない壮一にとって、性転換などと言うことは頭の中になかった。
 「イヤか?」
 「あなたは今のままのわたしがいいんじゃないの?」
 これは予想していなかった質問だった。洋治は狼狽えた。
 「女になったら、わたしを愛してくれないんじゃないの?」
 「な、何を馬鹿な。わたしの愛を疑うのか?」
 「ホントに愛してくれるの? 女のわたしでも」
 「今だっておまえは女だ。ペニスも睾丸もどこにあるかわからないくらいじゃないか」
 「アナルファックがいいんでしょう?」
 「女になってもできる」
 「そうか、それもそうね。・・・・女になったら、プールにも行けるわね」
 壮一にとって、水着だけではなく服装に制限があることが悩みだった。
 「ああ。ハイレグだって着られる」
 「ホントに愛してくれるの?」
 「一生おまえを離さない」
 「ホントね?」
 「ホントだとも」
 「いつ? いつ、女にしてくれるの? もう予約してるんでしょう?」
 「さすがに察しがいいな。おまえがうんと言えば、明日にでも」
 「じゃあ、すぐにやって。わたし、女になるわ」
 「よし、決まりだ。すぐに連絡しよう」
 うまくいきそうだと洋治は心の中でほくそ笑んだ。これで、爆弾を処理できるばかりではなく、壮一の持つ会社の株式と自分のものを合わせて80パーセントの株式を押さえることになる。田倉物産は完全に自分のものだと思うと笑いが止まらなかった。
 一方、壮一にとって洋治からの結婚の申し出は渡りに船だった。絵理子として生きるにあたって、結婚は絶好の隠れ蓑なのだ。そのためには性転換は不可欠と思われた。

 手術は秘密裏に行われなければならない。九州へひとり旅に出かけるという明目で、翌々日の朝、壮一は新幹線で大阪へと出発した。飛行機の方が早いかもしれないが、飛行機は乗客名簿という記録が残るからだ。
 洋治に渡された地図と電話番号を頼りに、壮一は目的の美容外科を訪れた。その美容外科は、正式な性同一障害などの診断を経ずに性転換手術を違法に行っていた。大阪は、性転換手術を受けるニューハーフが多く、かなりの数をこなしていると聞いて、壮一は一安心した。
 「あなたなら、性同一障害の診断を受けて正式に手術を受けた方がいいのではないですか?」
 医者はカルテを書きながら言った。
 「でも時間が掛かるんでしょう?」
 「そうですね。かなりかかるようです。だからこそうちで手術をやる人間が多いんですけどね」
 「やっていただけるんでしょう?」
 「どうしてもとおっしゃるのならやりましょう」
 正式な手順を踏めと言う話は、どうもポーズのようだ。手術をするのはあくまで患者の希望だと責任を転嫁しておきたいのだろう。
 「お願いいたします」
 壮一は承諾書にサインした。

 脱毛やシミ取りなどの外来手術が山のように行われていた。二重瞼の手術は日帰りで、豊胸手術さえも日帰りが多く、せいぜい一泊入院と言ったところだ。壮一のように一週間入院の患者は、顎の骨を削ったりする患者だった。
 豊胸手術はいらないわねと壮一は胸を見ながら思った。壮一の胸はホルモンの注射と内服薬のせいでCカップに育っていた。洋治に無理矢理女性ホルモンの投与をされてから、半年ばかりしたとき、胸が大きくなり始めて人工乳房に圧迫されて痛くなり、人工乳房を取り外していた。しばらくはブラの中にパッドを入れていたけれど、今はまったくいらなくなっていた。EカップやFカップにまで大きくする若い娘が多いようだが、壮一はCカップで充分だと思っていた。
 壮一の隣の個室にいる患者は、一日前に性転換手術を受けたニューハーフだと看護婦に聞いた。こっそり覗いてみると、真っ青な顔をして脂汗を流していた。かなり痛いようだなと壮一は不安になった。
 「さあ、そろそろ出発しますよ」
 看護婦が前麻酔の注射を持って病室に現れ、壮一は覚悟を決めなければならなかった。洋治と結婚するためには、避けて通れない道だった。
 手術室に近づくにつれて心臓が高鳴った。手術室のドアを開いて中に入ったときは心臓が爆発しそうだった。前麻酔などまったく効果がなかった。時々プレーで使う覚醒剤のせいだと言うことには壮一は気づいていなかった。
 手術台に上がり、背中に麻酔をされ、足を広げた体位で手術台に固定された。
 「見ますか?」
 「えっ?」
 「手術の様子ですよ」
 「見るんですか?」
 「イヤ、ご希望ならばと言うことです。皆さん、結構見たがりますよ」
 「け、けっこうです」
 「そうですか。それでは始めますよ」
 下半身麻酔で意識があるというのは、不安なものだ。痛みはないが触られるのがわかるし、血が流れ落ちていくのがわかるのだ。カチャカチャと器具の音が耳に届いてくる。時々ジーッと大きな音がして肉の焼ける臭いがした。看護婦の説明によると、電気メスという機械で切っているのだそうだ。
 「先生! なんだか、変。変な痛みが・・・・」
 「ああ、睾丸を取るところなんだ。ちょっと痛いよ」
 なんと言って説明していいのかわからない痛みがずんと胃のあたりまで響いてきた。少し時間を空けてもう一度。
 「これがあなたの睾丸よ」
 看護婦が壮一に金属の入れ物の中に入れたふたつの肉の塊を見せた。これで男ではなくなったと思うと突然涙がこぼれた。
 その後は何が行われているのかさっぱりわからなかった。やっぱり見せて貰えばよかったと思ったけれど、もう言い出せなかった。時計をぼんやり見ているうちに、壮一は眠り込んでいた。

 「終わりましたよ」
 そんな看護婦の声を聞いたような気がした。はっきり目を覚ましたときには壮一は病室にいた。痛みはないけれど、ひどい倦怠感に襲われた。痛みよりもこの倦怠感の方が辛かった。
 三日後、落ち着いたところで喉仏が取られた。これで壮一は外見上は完全に女になった。
 六日後、人造腟の中に詰められていたタンポンのようなものが抜き取られ、代わりにシリコンのプロテーゼが挿入された。
 傷の処置の仕方を習って10日目に退院した。喉の傷は綺麗になっていたが、股間の傷は内出血と腫れで見られたものではなかった。
 「腫れが引いたら綺麗になりますよ」
 そう言われたものの、心配で心配でしばらくの間は満足に眠れなかった。

 小便をすると、小便が便器一杯に撒き散った。尿道の出口が腫れているせいらしい。壮一は小便するのが億劫になる。それに、人造腟に入れたシリコンのプロテーゼが油断をすると便器の中に落ちてしまうのだった。
 「お相手に毎日セックスして貰えば、そんなものを入れなくてもいいですよ」
 先生はそう言ったけれど、セックスするのはまだ許されていなかった。少なくとも術後一ヶ月以降と言われて、我慢するしかないと壮一は項垂れた。
 なかなか腫れもない出血も引かずに見るのもイヤだと思っているのに、洋治が見せろ見せろと言ってうるさい。
 「イヤ! 絶対見せない!」
 そう言うと、頬をぶたれ、無理矢理裸にされて足を開かされ、写真を撮られた。イヤなのに、そうやって無理矢理見られることに壮一は快感を覚えていた。フラッシュが光るたびに身体が快感で震えた。壮一は完全にマゾに調教されていた。

 術後6週間目にセックスの許可が出た。その頃には、腫れも引き、内出血も目立たなくなっていた。結構綺麗になるものだと壮一は鏡で観察して感激した。洋治も満足げにしていた。
 「先生が、もうしてもいいって」
 そう伝えれば、すぐにでも膣を使ったセックスをすると思ったのに、洋治は乗ってこなかった。壮一に言った言葉に壮一はちょっと感激した。
 「結婚してからにしないか? 処夜に初めてわたしたちは結ばれる。そうしないか?」
 壮一はいいわと笑顔で答えた。

 本来ならば、田倉洋治と田倉絵理子は、民法では婚姻が認められない関係だった。しかし、田倉洋治は腹違いだったために、戸籍が田倉家とは別になっていた。だから、規定が当てはまらなかったのだった。
 田倉物産の社長と、初代社長の息子の未亡人の結婚と言うことで大々的な披露宴となった。絵理子には両親も兄弟もいる。親戚だってかなりいた。壮一がそんな絵理子の親戚に会うのは、壮一と絵理子の結婚式以来だった。『絵理子、おめでとう』と言ってくる、そんな親戚連中にほとんど記憶がないので、壮一は困り果てた。しかし、結婚式で緊張しているのだろうと善意に解釈されたので、何とか切り抜けられた。ただ、今後は心配だなと壮一は思った。
 披露宴が終わり、さらに会社の部下たちを交えての二次会となった。挨拶するだけで大変だった。壮一は疲れたと言って先にホテルの部屋に戻り、着替えをして夫となった洋治を待った。
 洋治が部屋にやってきたのは午後11時だった。かなり酔っていた。
 「あなた、大丈夫ですか?」
 「大丈夫だ」
 壮一は、上着を脱がしてやり、冷たい水をコップに注いで洋治に手渡した。洋治はぐっと水を飲み干してから言った。
 「これは約束を守れそうもないな」
 「約束・・・・ですか?」
 「そう。処夜におまえと結ばれるって言う約束」
 「あら? そうでしたわね」
 「すげない返事だな」
 「そんなこと、ありませんわ」
 「おまえのその言い方、絵理子に似てきたな」
 「あら? わたしは絵理子ですわ」
 「そうだったな。・・・・すまん。すぐには無理だ。一休みさせてくれ」
 「仕方ないですわ。・・・・あなた、ズボンはお脱ぎになって下さい」
 そのまま寝込んでしまいそうな洋治のズボンを壮一は脱がせてやった。ズボンを畳んでいるうちに洋治はグウグウといびきをかいて眠ってしまった。
 仕方がないと、壮一は洋治の横に滑り込んで一緒に眠った。

 壮一は夜中に目を覚ました。時計は午前2時を指していた。洋治はまだ大いびきをかいて眠っていた。処夜の儀式は今晩はお預けだなと諦めた。
 次に壮一が目を覚ましたとき、洋治は壮一の乳首に吸い付いていた。
 「やっとお目覚めですか?」
 「ああ。さあ、始めようか?」
 壮一は頷く。洋治は愛撫を始めた。いつもと違って丁寧な愛撫だと壮一は思った。そのせいかあまり昇ってこなかった。
 「やっぱり濡れないんだな」
 洋治が不満そうに言った。本物じゃないからだと言いたげだった。
 「濡れるのよ」
 何度かオナニーしてみて、濡れることがわかっていた。
 「いつも通りにやってみて。そうしたら濡れるわ」
 「新婚初夜だぞ。そんなことできないさ」
 「あなただってこんなやり方だったら駄目なんでしょう?」
 勃起していない洋治のペニスを壮一はスッと撫でた。
 「・・・・そうだな。やっぱりいつも通りにするか」
 洋治はベッドから抜け出てバッグの中からろうそくとギャグボール、縄を取りだしてきた。
 「なんだ。用意してたの?」
 「こうなるんじゃないかと思ってな」
 洋治は早速縛り始めた。新婚初夜にこんなことをする夫婦なんていないだろうなとふたりは互いに思っていた。
 「痛い! 痛いわ!!」
 「うるさい! 少し我慢しろ!」
 「痛いってば!!」
 「うるさいって言ってるだろう?」
 洋治はギャグボールを咬ませた。壮一はフガフガと意味不明の言葉を吐き出す。壮一を縛り上げてから、縄の間から突き出た乳房を鷲づかみにして、反対側の乳首を噛んだ。壮一は苦痛の表情を浮かべた。縛られてMの字になった両足の間に入って、壮一の新しい股間を観察する。
 「綺麗になったじゃないか」
 前日にそれを確かめていたけれど、もう一度そう呟いた。
 「これがペニスの残骸だな」
 小さく縫い縮められてクリトリスとなった亀頭を歯で噛む。壮一は腰を浮かせて悶える。
 「これは陰嚢から作ったのか?」
 洋治は小陰唇を唇で挟んで引っ張った。
 「ホントだ。濡れるんだ!」
 感激したように洋治は壮一の膣から流れ出る愛液を吸った。それから指を入れてみる。壮一が腰を浮かせた。壮一の膣が締まるのを洋治は感じた。
 「ほう。締まるんだな」
 壮一の顔を見てニヤリと笑った。萎えていた洋治のペニスは、もはやいきり立って天井を向いていた。
 「絵理子、絵理子。わたしの大事な絵理子。もう離さないぞ」
 洋治は壮一に覆い被さり固く勃起したペニスを壮一の人造腟の中にズブリと挿入した。
 「おお! 締まる。こんなに締まるのか!!」
 感激して腰を動かそうとしたとき、洋治の表情が変わった。
 「うううっ!」
 洋治は胸を押さえて壮一の上に倒れ込む。手足を縛られギャグボールを咬まされている壮一には何もできない。助けを呼ぶこともできない。
 洋治は壮一の腹の上で苦しみ、やがて息絶えた。壮一はその一部始終を見ていた。苦しむ夫を助けられず、壮一は涙を流し続けるしかなかった。

 午後9時になって、部屋から出てこないふたりを不審に思って、係のものが部屋を開けて異常事態が発見された。
 洋治は救急車で病院へ運ばれたが、すでに死亡していた。壮一はずただ泣き続けるばかりだった。

 箝口令が敷かれたけれど、人の口には戸を立てられない。どこからか漏れてしまって週刊誌種になってしまった。
 『新婚初夜にSMごっこ』
 『23の年齢差が招いた腹上死』
 『魔性の女、ふたりの夫を食い殺す』
 などなど。

 葬式が終わると、壮一は洋治に代わって社長に就任した。
 『田倉物産社長に、前社長夫人26才が就任、その手腕はいかに?』
 そんな週刊誌のタイトルが踊った。元々経営の手腕の秀でた壮一だから、洋治が死んで傾くかと思われた田倉物産をすぐに立て直した。
 壮一は、洋治の株式を相続し全株式の80パーセントを所有する大株主となった。

 『美貌の女社長、次は医療分野に進出』
 壮一は、開発した人工皮膚を美容整形の分野に応用し大成功を収めた。

 壮一は、今は完全に潰された別荘の地下室近くに秘密の墓標を立てて手を合わせた。壮一は手を合わせながら思った。絵理子が火傷を負わなかったら、人工皮膚の開発なんてやらなかった。絵理子は、壮一の財産目当てでボクと結婚したけれど、彼女のおかげで会社が発展した。感謝しなくちゃと。
 あの日、買い物袋を載せて帰った道を壮一は下っていく。もうこの別荘へ来ることはないだろうと壮一はバックミラーを見ながら思った。