第8章 永縁の愛を誓って

 裕子(雄一)の卒業式の日、俺たちは例によってモーテルにいた。脱がしたら着られないと言うので、晴れ着の裾を捲り上げてバックで挑んだ。
 「あん、あん、あん、あん」
 裕子(雄一)は可愛い喘ぎ声を漏らす。今日こそは行かせられるんじゃないかと俺は頑張っていた。
 「今日は大丈夫なのか?」
 そろそろ危なそうなので、俺は裕子(雄一)の耳元で尋ねてみた。
 「もう避妊はいらないわ」
 「どういう意味だ?」
 「行って。あとで教えてあげるから」
 ともかく俺は裕子(雄一)の中で弾けた。
 「行ったか?」
 「いつもくらいよ」
 裕子(雄一)は小さく首を振った。
 「・・・・そうか。で、さっき言った、避妊しなくていいって言うのは、どういう意味だ?」
 「できてるの」
 裕子(雄一)は下腹をそっと撫でながら言った。
 「ええっ!! できてるって、子どもがか?」
 裕子(雄一)は頷いた。
 「ちゃんと避妊してたじゃないか」
 「大晦日にお参りに行った帰りにホテルに行ったでしょう?」
 「ああ」
 そう答えたが、よく覚えていないのだ。酔っぱらっていたから。
 「危ないから、コンドームしてって頼んだのに、生でやるから・・・・」
 「じゃあ、3ヶ月?」
 「4ヶ月よ」
 「どうするんだ? 堕ろすのか?」
 「堕ろしてほしいの?」
 「い、いや、とんでもない。俺と裕子の子どもだ。堕ろすわけにはいかないよ」
 「産んでいいのね?」
 「当たり前だよ」
 「じゃあ、結婚して」
 裕子(雄一)とはいずれ結婚するつもりだ。もちろん、裕子(雄一)が承諾してくれればの話だったが、裕子(雄一)からの結婚の申し出だから喜んで受けたいところだ。
 「それはいいんだけど、俺、まだ学生だろう? 親が許してくれるかな?」
 「許してくれなきゃ、結婚してくれないの?」
 「あ、いや、そんなつもりじゃ」
 「結婚してよ。結婚してくれなかったら、あなたを一生恨むからね」
 裕子(雄一)が俺に見せた唯一の怖い顔だった。
 「わかっているだろう? 俺がどれくらい裕子を愛しているか。裕子のために俺は俺の肉体とを犠牲にしたんだし、家族とも別れることになったんだから」
 裕子(雄一)はニッコリと微笑んだ。
 「できるだけ早く結婚して。いえ、6月がいいわ。ジューン・ブライド。そう、6月にしましょう」
 まるで生まれたときから女にこのような裕子(雄一)のようすを見て俺は首を傾げる。
 (女の身体になったら、女として物事を考えるようになるのだろうか? 俺は男から男だから、よくわからないけれど・・・・)

 両親の説得が大変だった。
 「まだ学生なのに、結婚なんてとんでもありません! 堕ろさせなさい!!」
 取り付く島もない。裕子の両親も、結婚するのは俺が卒業してからと一歩譲ってくれたのだが、今回は堕ろしなさいと言う意見だった。
 「わたし、絶対に堕ろさないからね。産む、産まないはわたしの自由よ。親が決めることじゃないわ」
 裕子(雄一)は頑として譲らない。
 「だいたい、おまえがちゃんと避妊しないからだ」
 「生活能力がないのに結婚なんて考えが甘い」
 「大人としての自覚が足りない」
 俺は両親からさんざんそう言われた。

 堕ろせ、堕ろさない、の押し問答が続くうちに、とうとう堕ろせない時期になってしまった。
 「やった。これで産めるわ」
 裕子(雄一)はニッコリ笑った。しかも、
 「親として、子持ちの結婚式なんて恥ずかしくない?」
 と両親を脅す始末だ。
 結局、双方の両親とも折れて、裕子(雄一)の思惑通り、6月の大安吉日に式を挙げることとなった。
 妊娠6ヶ月になった裕子(雄一)のお腹はすでに妊娠を隠せなくなっていた。裕子の母親は、和服の花嫁衣装を着せたかったらしいが、とても無理な話だった。
 ウエディングドレスは、胸の下で切替が入っていて、ふんわりとスカートが広がったものだったから、膨らんだおなかはまったく目立たなかった。
 妊娠した女性は美しいと言うけれど、ウエディング姿の裕子(雄一)は、とてつもなく美しかった。
 「花婿が泣いちゃおかしいよ」
 そう言われたけれど、俺は裕子と結婚できることが嬉しくて嬉しくて、顔をくしゃくしゃにした。

 さて、結婚はしたものの、それからが大変だった。何しろ俺には収入がないからだ。
 「結婚したからには、親に頼るのはやめないとな」
 そう言うわけで、両親からの仕送りがなくなってしまった。卒論を前にして時間が取れないからバイトもままならなかった。家庭教師による収入だけではとても暮らしていけなかった。
 裕子(雄一)の方は、内定していた銀行への就職が、妊娠という事態によっていったんは取り消されてしまっていた。しかし、裕子(雄一)は卒業成績がよく、容貌がよいと言う理由から、産休の時期は無給と言う条件で雇ってくれることとなった。
 「わたしに、また負い目ができたわね」
 裕子(雄一)にそう言われてしまった。俺は体を小さくするしかなかった。

 9月10日、裕子(雄一)は無事女の子を出産した。わが子を抱いて乳首を吸わせる裕子(雄一)の表情は喜びに満ちていた。
 「何が不思議なの? わたしに母性本能があっちゃおかしいの?」
 裕子(雄一)は、俺に向かってそう尋ねる。俺はなんと答えていいのかわからず肩をすくめて見せた。
 「わたしだって、ホントは信じられないわ。でも、事実なの。わたしが佐竹雄一だったなんてこと、まるで夢の中の出来事みたいに感じるの。わたしは生まれたときから裕子。そうとしか思えないの」
 そんな裕子(雄一)の言葉が信じられなかった。
 (そう言えば・・・・)
 俺自身も、俺は生まれたときから佐竹雄一だったような気がしている。西達郎として、裕子を蘇らせようと奮闘した日々が夢のように思えるのだ。
 「あの呪文のせいだろうか?」
 「そうかもしれないわね」
 「裕子。これでよかったんだね?」
 「もちろんよ。こんなに可愛い子供を産めたんですもの」
 裕子(雄一)は俺に向かってほほえみかけた。
 (ああ、この笑顔だ。この笑顔を失いたくなかったんだ)
 俺は、裕子(雄一)を子どもと共に抱きしめた。

 翌年3月、俺は無事大学を卒業した。どこかへ就職すれば裕子(雄一)に苦労をかけずにすむのだが、俺はマスター取得のため大学院へと進んだ。ドクター課程へも進む予定だ。
 「あなたが頑張ってくれるのはわたしの喜びでもあるわ」
 裕子(雄一)はそう言って協力してくれている。
 「兄貴を追い抜いて、お袋を見返してやるんだ」
 兄貴とは、西哲朗のこと、お袋とは西達郎の母親のことだ。
 「見返す? どう言うこと?」
 「お袋は俺にできない子って烙印を押したんだ。俺なんか生まれてこなけりゃよかったと思ってたんだ」
 「そんなこと、お母さんがあなたに言ったの?」
 「あ、いや。だけど、いつもそんな態度だったよ」
 「あなた。それは誤解よ」
 「どうしてだよ」
 「あなたが、西達郎の身体が死んだとき、あなたのお母さんがどれほど嘆いたか、あなたは知らないでしょう? 一ヶ月も寝込んでしまったのよ。女にわたしにはわかるけど、産まなきゃよかったなんて思う母親はこの世には一人もいないわ」
 裕子(雄一)にそう言われて、ずっと心の中に沈殿していたわだかまりが消える思いだった。
 「ようし。頑張るぞ!」
 「その意気よ。・・・・今晩も頑張ってね」
 裕子(雄一)が少し頬を染めていった。俺は頷いて軽いキスをした。裕子(雄一)は、出産後、行けるようになっていた。俺のやり方が変わったわけではない。何故か行けるようになったらしい。出産が契機になったことは確かだ。
 俺の方も余裕ができてきて、裕子(雄一)とのセックスを楽しめるようになった。柔らかく、時に千切れんばかりに締め付けてくるのをはっきりと自覚できる。裕子(雄一)が行くのに合わせて俺も行くことができるようになった。
 今日も、俺の全身全霊を込めた思いを放ったとき、裕子(雄一)は思い切り身体を痙攀させた。
 「アア、幸せ。あなたのおかげで、わたし、幸せ・・・・」
 裕子(雄一)がそう言ってくれたとき、俺は自分の犯した罪が少しだけ軽くなったような気がするのだ。
 俺の罪が消えるのは、裕子(雄一)が一生を終えるときに、もう一度俺に幸せだったと呟いてくれるときだ。そのためには、俺は裕子(雄一)一筋で愛し抜かねばならない。あの術を使う前から決めていたことではあるけれど。