第5章 最後の決断

 魂の抜けてしまった俺の最愛の女性・裕子に魂を提供して貰う最終候補として、男子高校生である佐竹雄一が残った。
 俺の魂によって雄一の魂を裕子の身体に押し出す必要があるという条件があるために、俺は雄一にならなければならない。
 俺の方はいいのだけれど、裕子の身体に入った雄一が果たして女として適応してくれるかどうかが心配だ。それに、男の記憶と人格を持つことになる裕子を愛せるのかという問題が残る。
 裕子に移す魂の候補としては女性の方がいいのかも知れないのだが、そうなると俺は候補の女性にならなければならない。俺自身は女性よりは男性になりたいという思いがある。だから、雄一に裕子の身体に入って貰いたいのだが・・・・。

 最後の踏ん切りが付かなかった。当然だ。雄一に無断でこんなことをしようと言うのだから。決断できないまま、俺は裕子の病室を訪れた。
 「あら? 三日も来ないなんて身体でも壊していたの?」
 裕子の母親が、俺のことを心配してくれる。自分の方が余程疲れているというのに、さすがに裕子の母親だと俺は思った。
 「ちょっと急ぎのレポートがあって」
 「そう?」
 「あれ? 裕子、顔色がいいみたいですね」
 抜けるような白い顔の裕子の頬がわずかながらピンク色に染まっていた。
 「そうなのよ。実はね。先生が、回復の兆しがあるって」
 「えっ!?」
 「2週間ほど前から、夜中に目を開けたり、手足を動かしているらしいの」
 2週間前からと言うことは、俺が魂の移行実験を始めた頃だ。俺や雄一が女性たちの身体に入り込んでいる間、押し出された女性たちの魂が裕子の中に入ってそんな現象を起こしていたのだ。
 「ホントに?」
 俺はしらばっくれて尋ねた。
 「ほんの1時間くらいなんだけど、今までそんなことがなかったから、もしかすると回復するかも知れないって」
 「そう。それはよかった」
 裕子の顔を見た。1時間でも魂が存在すれば、身体が回復するようだ。雄一が裕子の身体に入ってくれれば、間違いなく裕子は蘇るだろう。
 (裕子。そうしてもいいよね)
 裕子は返事をしてくれなかった。

 決断を下せないまま病院を出た。
 (雄一の魂を移行させるのはもう少し待つとして、短時間でも他の女性たちの魂を移行させてやろう。そうすれば、少なくとも裕子の寿命は延ばせる)
 俺自身が女たちに入り込んでその魂を裕子に移すのはどうもイヤだった。
 (どうせなら、雄一になれて貰うために雄一を使おう)
 俺は名簿を見つめ、松永紀世美の次にある木下美歌の名前を大きく書いて呪文を唱えた。すぐに俺は雄一になっていた。もはやビデオで確認することはないと思った。俺が雄一になっている以上、雄一は木下美歌になっているのは間違いないのだから。1時間待って俺に戻った。
 (35才の主婦になった雄一、どんなふうに感じているだろうか? 午後11時から1時間だったから、またもや夫婦生活のまっただ中だったかも)
 俺はくすりと笑った。

 翌日は雄一を北村まどかにしてやった。しかも真っ昼間に。4才を前にした女の子だ。雄一が何をどう感じているか知りたかったが、知る手だてはない。
 一日空けて、村田彰子にした。
 (小児麻痺の子だから、これは失望するだろうな。今日は30分にしよう。さて次は・・・・)
 明智美里の番だった。
 (大学生で、どこぞの男の愛人をやっているんだったな。・・・・雄一と住所が近かったな。もしかすると、雄一が明智美里になったら、雄一になった俺に会いに来るかも。そうだ。会いに来なければこちらから会いに行ってみよう。女としてうまくやれているかどうかこの目で確かめるのだ)

 計画を実行するのは次の土曜日にした。俺も雄一も明智美里も授業が休みだからだ。
 (明智美里は相手の男のそばに行っているってことは・・・・・)
 それだけが懸念材料だったが、予定した土曜日の午前7時に俺は呪文を唱えた。身体がフッと浮き、次の瞬間、俺は雄一になっていた。
 力が戻るのを待って、俺はパジャマのまま階下へ降りていった。キッチンで雄一の母親が朝食を作っていた。
 「あら? どうしたの? こんなに早く起きるなんて」
 不思議そうな顔で俺を見た。
 「友達と町で会う約束をしたんだ。朝ご飯、すぐ食べられる?」
 「食べられるけど、遊んでいていいの? 宿題は?」
 「出かける前にやっておくよ」
 「そう? すぐに準備するから、顔を洗ってきなさい」
 朝食を済ませて、制服に着替えて出かける準備をした。宿題をやろうと思ったら、すでに課題のプリントはすませてあった。
 (雄一のヤツ、大したヤツだ。俺に代わりがやれるだろうか?)
 ちょっと心配になった。

 俺が明智美里(雄一)の元を訪れるか、それともやってくるのを待つか、どうしようか迷いながら、カーテンの外を覗いてみると、通りの角に見覚えのある女性、明智美里の姿があった。
 (向こうの方からやってきたみたいだな。これは好都合だ)
 俺は、かねてより見つけてあった双眼鏡を取り出して、明智美里(雄一)の様子を窺った。
 明智美里(雄一)は通りを行ったり来たりしながら、雄一の家の方を窺っている。歩き方や仕草に違和感がないように思えた。
 (女として順応しているよ。これなら大丈夫そうだ。俺が出かけたら声をかけてくるだろうか? それとも、ただつけてくるだけだろうか? )
 俺はすぐさま表へ飛び出した。角を曲がるとき、チラリと後ろを見てみると、明智美里(雄一)がつけてきているのがわかった。どうも俺の様子を窺っているようだ。
 俺が雄一の立場だったら、俺に声をかけると思うのに、いつまでたっても俺に声をかけてくる様子はない。
 (結構気が小さいみたいだな。・・・・と言うことは、裕子になった場合、ヒトには言えなくて、そのまま裕子になってくれる確率が高いかも)
 俺はふと悪戯をしたくなった。
 (雄一のあの様子では、ナンパなどしたことがないだろう。もし俺がナンパをやり始めたら、どんな反応を見せるだろう?)
 俺だって、ナンパなどやったことはないのだが、他人になった気安さで、繁華街に出ると、俺は見かけた女に手当たり次第声をかけた。
 「お茶でもいかがですか?」
 雄一は高校1年生。いくら可愛いとは言っても、おいそれとは乗ってこない。俺に声をかけられた女たちは一様に首を振った。
 チラリと明智美里(雄一)の方を振り返ってみたけれど、彼女はただ俺の方を見ているだけだった。
 (ならば、俺の方から声をかけてみようか?)
 俺は人混みに紛れて明智美里(雄一)の後ろに回り込み声をかけた。
 「ちょっとお姉さん。お茶でもご一緒しませんか?」
 明智美里(雄一)が振り向いた。俺につかみかかってくると思ったのに、明智美里(雄一)は茫然と俺の顔を見ていた。俺が走り出すと、思い出したかのように俺を追ってきた。
 明智美里(雄一)の大きな胸が揺れているのが見えた。
 (あれは走りにくいだろうな?)
 しかもハイヒールを履いているのだ。スニーカーを履いた俺に追いつけるはずがなかった。角を曲がったところで振り返って立ち止まると、明智美里(雄一)がアスファルトの切れ目に躓いてばったりと倒れ込むのが見えた。
 俺をつけているときの様子や俺を追いかけてくるときの様子から、雄一が裕子としてやってくれることに確信を持った。
 俺は俺に戻った。

 俺は裕子の病室を訪れた。裕子にお別れを言うためだ。雄一の魂を裕子に移すと言うことは、俺は雄一になってしまう。雄一になったら、すぐには裕子に会いに来られない。もしかすると死ぬまで会えない可能性もあるのだ。
 裕子の家族が病室にいない時を見計らって、俺は裕子に話しかけた。
 「裕子。俺の大事な裕子。おまえを蘇らせてやるからな。元気になって、またあの笑顔を見せてくれ。俺はその笑顔を見られないかもしれない。けれど、少なくともおまえの両親だけは喜ばせてあげられるだろう」
 今の俺の姿では二度と裕子に会えないと思うと悲しかった。けれど、裕子を蘇らせるためだ。そのためなら俺は何でもする。
 裕子が笑ったような気がした。裕子が俺の計画に賛成してくれたと思った。
 「さようなら、裕子。生まれ変わって、また会おう」
 そう言い残して、俺は裕子の病室を出た。

 まだ別れを言わなければならない相手がいる。俺の家族だ。俺が雄一になってしまえば、西達郎の身体から魂がなくなり、俺は今の裕子と同じ状態になってしまうのだ。
 家族と別れるのは辛い。けれど、裕子のために、裕子を生き返らせるために、俺は家族をも捨てようとしているのだ。
 母の顔を見ていると涙が出た。
 「どうしたの? 涙なんか流して」
 「ゴミが入っただけだよ」
 俺は涙を拭った。面と向かってさよならは言えなかった。俺は、部屋に戻る階段の途中から、父と母に向かって心の中でさよならを言った。