「あああ、疲れちゃった・・・・」
「遅かったのね」
「ちょっと、会社のコンピュータのソフトをいじっていたから」
「そうなの。遅くなるときは遅くなるって電話してよ。もう9時よ」
「ごめん。つい夢中になっちゃって。気が付いたら、8時を回っていたの」
「まあ、いいわ。浮気してたわけじゃないでしょうから。さあ、食事にしましょう」
二、三日で仕上げると言った手前、毎日秘書の仕事が終わってから、プログラムをいじった。できあがったとのは、四日後だった。
「遅くなりました。できあがりました」
「一日遅れだな」
社長はにやりと笑ってそう言った。
「昼間の仕事がなかったら、一日でできてました」
「それはすまん。こき使いすぎたみたいだな」
「いえ。それでは見ていただきましょう」
ぼくは作り上げたソフトを立ち上げた。
「一番左に我が社へ入っている回線を示します。反転しているところが、現在使用中の回線です」
「なるほど」
「使用中の回線がどこにつながっているか分かります」
ぼくは、反転している回線にカーソルを合わせた。
「CPUの価格を検索しているようですね」
「ほほう」
「もうすぐ、昼休みになります。これからおもしろいものが見られるでしょう」
「楽しみだ」
5分ほどして、ほとんどの回線が切られたが、2回線はつながったままだ。ぼくは、その一つにカーソルを合わせた。
「ほう、これはすごい」
画面に現れたのは、白人男性と黒人女性のセックスシーンの画像だった。表示が終わると次の画像をアクセスしていた。
「それで、これからどうするんだ?」
「お楽しみを途中で中断させるのは可哀想ですから、このまま続けさせます。ただし、いったん切断すると、このサイトには二度とアクセスできません。代わりに、この画像が表示されます」
社長の顔の下に、『たまには息抜きも許可する。息抜きがすんだら、仕事をしっかり頼む』と書いてあるのだ。
「いつの間にわたしの写真を」
「社長のデスクに引き出しから」
「それは窃盗だな」
「あら? 借りただけですよ」
「・・・・そうか、そうだな。しかし、なかなかいい文章だ。これなら、わたしに反感を持つことはないだろう」
「これでよろしかったですね」
「満点だ。ご褒美に、夕食をご馳走しよう」
「今日は、菜穂子と夕食を一緒に取る約束をしています」
「じゃあ、明日の夕食を」
「明日も菜穂子と約束が」
「じゃあ、明後日」
「100年先まで、予定が一杯です」
「じゃあ、100年と一日後の夕食を」
ぼくはにこにことしている社長の顔を見た。
「社長には敵いませんわ」
「返事は?」
「月曜日の夕食なら」
「よし。行く先はわたしに任せて貰っていいな」
「はい。お任せします」
ぼくの作ったソフトの効果は絶大だった。会社の通信費が5パーセントも減ってしまった。それだけ、私用の回線使用が多かったと言うことだろう。
社長との約束の月曜日。ぼくが女になって2週間目の朝。目覚めて、妙な感覚に襲われた。ショーツにピンク色のシミができていた。
「菜穂子。菜穂子。ちょっと来て」
「どうしたの?」
「これ見てくれる?」
菜穂子は、驚いたような顔をしてぼくのショーツを覗き込んだ。
「・・・・まさか」
「なんなの?」
「生理・・・・だと思うわ」
「生理!!」
これにはぼくは仰天した。生理だって!?
「どうしたら・・・・」
「サニタリーを持ってくるわ。そのショーツ脱いで、シャワーを浴びて綺麗にしていて」
戸惑いながらぼくはシャワーを浴びた。菜穂子は、サニタリーショーツを持ってきて、生理用ナプキンを付けてぼくに手渡した。
「へえ、こんな風にするんだ」
男は、女が生理になることは知っていても、どのように処理するのかは知らない。ぼくもその時初めて知った。
生理というのは鬱陶しい。腰は重いし、霧が掛かったように気分は晴れない。しかし、そんなことを表面には出せない。ぼくは、会社に着いても、平静を装った。
「中華にしたが、良かったかな」
今日の予定を確認した直後に社長からそう言われた。忘れてた。今日は、社長と夕食を共にする予定だった。約束した以上、今更断るわけにも行かなかった。
社長に気づかれないように、こっそり電話した。
「菜穂子。ごめん。今朝言い忘れてたけど、今日は社長と食事の約束をしてたんだ」
「いいわよ。お土産よろしくね」
いつもなら、こんな連絡をすると機嫌が悪いのに、今日は妙に機嫌がいい。
「中華って言ってたから、ゴマ団子でも持って帰るわ」
「わあ、大好きなんだ。あんまり遅くならないでね」
「うん。早めに帰るわ。生理だし」
「そうだったわね。ちゃんと自分で換えてるの?」
「大丈夫。ちゃんとやってるから」
「じゃあ、寝ないで待ってるから」
「そんなに遅くならないわよ。じゃあ」
気分は優れないけど、仕事は何とかこなした。仕事だけはどんな状態でもきっちりこなす。これだけは自分に言い聞かせている。
午後6時、社長専用車で中華街へ向かった。入り口で降りて、歩いて社長が予約していた店へ歩いていった。
「腕組んでもらえるかな?」
「腕・・・・ですか?」
「だめか?」
「・・・・いいわ」
社長と腕を組んで歩く。道行く人たちは、ぼくらのことをどう思っているだろうか? 夫婦には絶対見えない。親子にも見えない。やっぱり、不倫しているふたりかな。ま、しかし、こう言うシチュエーションも結構楽しい。
「いらっしゃいませ。遠山様。お二階へどうぞ」
「うん。さあ、上がろう」
ぼくは社長と腕を組んだまま二階へ上がっていく。店の人たちは別に不審気な顔もしていない。社長は、いつもこうやって女性とエスコートしているのだろうなと思う。
「美味しいわ」
「そうだろう。どんどん食べたまえ」
「太っちゃいそう」
「胸も大きくなるかな?」
そう言って、社長はぼくの胸をじっと見た。
「エッチ」
「男はみんなエッチだよ。君も知ってるだろう?」
「そうですね。でもわたしは、胸はあんまり大きくない方が好きでした」
「ほうそうか。わたしは大きければ大きいほどいいな」
「わたしの胸が小さかったら、秘書にしなかったんですか?」
「そんなことはないよ。君が優秀だと思ったから秘書にしたんだ」
「安心しました。このエビ、ホントに美味しい!」
「フカヒレも絶品だろう?」
「はい」
「紹興酒、もう少しどうだ?」
「わたし、弱いから」
「ちょっとだけなら大丈夫さ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
角砂糖を入れて飲むものだから、甘さに誤魔化されて何杯か飲んだ。飲んだ量は正確には覚えていない。ゴマ団子をお土産にと注文したのは覚えている。そのあと、ぼくは眠ってしまったらしく意識を失っていた。
気が付いたら、薄暗い部屋の中にいた。ぼくはベッドの上に服を着たまま寝ていた。がちゃりとドアの開く音に、振り向くと、社長がバスタオルを腰に巻いて、バスルームから出てきた。
「やあ、起きたかね?」
「ここは?」
「ホテルのお部屋だよ」
「社長!! こんなところへ連れ込んで!」
「君がここへ入ろうと言ったんだよ」
「嘘!!」
「嘘なもんか」
「覚えてないです。わたし、帰ります」
「わたしをその気にさせておいて、ひどいな」
「ホントにわたしが誘ったんですか?」
ぼくは社長を睨み付けた。
「う、う、うん。・・・・君にはうそを付けないな。わたしが連れてきた」
「やっぱり、そんなことだと思ったわ。わたしから誘うはずがないもの」
「なあ、いいだろう? ここまで来たんだから」
「だめです。そんな関係になったら、仕事ができなくなります」
社長は、しばし考える。
「それに、わたし、今日は生理なんです」
「そ・う・か。生理か・・・・。それは残念だ。・・・・杉本君」
「はい?」
「キスだけでもさせてくれないか?」
「イヤです!!」
「冷たいなあ」
「わたしは男には興味がありません。分かってるでしょう?」
「そんなにスタイルも良くて美人なのに勿体ない」
「社長と関係ありません」
「確かにそうだ」
「じゃあ、帰ります」
「杉本君」
「まだ何か用事ですか?」
「お土産、忘れずに持って帰るんだよ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「はい、はい。じゃあ、明日もよろしくな」
「お食事、ご馳走様でした」
部屋を出たら、足下がふらふらした。ぼくはまだかなり酔っている。通りを這うようにして歩いていき、中華街の出口でタクシーを拾った。
「ただいま・・・・」
ぼくは玄関に倒れ込んだ。
「お帰り。あらまあ。そんなに酔っぱらって」
「社長に紹興酒を飲まされちゃって」
「さあ、立って。どれくらい飲んだの?」
「覚えてない」
「わあ、お酒くさあ。かなり飲んだみたいね」
「もう寝る」
「シャワーは?」
「無理い」
「ナプキン換えて寝ないと・・・・」
そうだった。このまま眠りたいのに・・・・。仕方なく、ぼくはシャワーして、ナプキンを取り替えて寝た。女はめんどくさい。
二日酔いで頭はガンガン。生理で腰が重い。体調最悪。それでも何とか会社に顔を出した。
「杉本君、大丈夫かね?」
「大丈夫じゃないです。社長が飲ませるから」
「美味い、美味いといって飲んだのは君だよ」
「・・・・弱いからって言ったのに」
「次からは気を付けよう。こんなに弱いとは思わなかった」
「次は、もうなしです」
「まあ、そう言わないで。次はフランス料理でも」
フランス料理には、ぐらっと来た。しかし・・・・。
「あの時、わたしが目を覚まさなかったら、社長、どうしてました?」
「どうもしてないよ」
「嘘でしょう? そんなことあり得ないわ」
「・・・・ま、その時になってみないとわからんな」
「オオカミの巣に入るようなことはしたくありません」
「まあ、そう言わないで」
「お昼なら、ご一緒してもいいです」
「昼飯か。そうだな。生理が終わった頃に」
「社長!!」
「はは、さすがに察しがいいな。さあ、仕事だ。仕事」