第11章 生理になっちゃった

 「あああ、疲れちゃった・・・・」
 「遅かったのね」
 「ちょっと、会社のコンピュータのソフトをいじっていたから」
 「そうなの。遅くなるときは遅くなるって電話してよ。もう9時よ」
 「ごめん。つい夢中になっちゃって。気が付いたら、8時を回っていたの」
 「まあ、いいわ。浮気してたわけじゃないでしょうから。さあ、食事にしましょう」

 二、三日で仕上げると言った手前、毎日秘書の仕事が終わってから、プログラムをいじった。できあがったとのは、四日後だった。

 「遅くなりました。できあがりました」
 「一日遅れだな」
 社長はにやりと笑ってそう言った。
 「昼間の仕事がなかったら、一日でできてました」
 「それはすまん。こき使いすぎたみたいだな」
 「いえ。それでは見ていただきましょう」
 ぼくは作り上げたソフトを立ち上げた。
 「一番左に我が社へ入っている回線を示します。反転しているところが、現在使用中の回線です」
 「なるほど」
 「使用中の回線がどこにつながっているか分かります」
 ぼくは、反転している回線にカーソルを合わせた。
 「CPUの価格を検索しているようですね」
 「ほほう」
 「もうすぐ、昼休みになります。これからおもしろいものが見られるでしょう」
 「楽しみだ」
 5分ほどして、ほとんどの回線が切られたが、2回線はつながったままだ。ぼくは、その一つにカーソルを合わせた。
 「ほう、これはすごい」
 画面に現れたのは、白人男性と黒人女性のセックスシーンの画像だった。表示が終わると次の画像をアクセスしていた。
 「それで、これからどうするんだ?」
 「お楽しみを途中で中断させるのは可哀想ですから、このまま続けさせます。ただし、いったん切断すると、このサイトには二度とアクセスできません。代わりに、この画像が表示されます」
 社長の顔の下に、『たまには息抜きも許可する。息抜きがすんだら、仕事をしっかり頼む』と書いてあるのだ。
 「いつの間にわたしの写真を」
 「社長のデスクに引き出しから」
 「それは窃盗だな」
 「あら? 借りただけですよ」
 「・・・・そうか、そうだな。しかし、なかなかいい文章だ。これなら、わたしに反感を持つことはないだろう」
 「これでよろしかったですね」
 「満点だ。ご褒美に、夕食をご馳走しよう」
 「今日は、菜穂子と夕食を一緒に取る約束をしています」
 「じゃあ、明日の夕食を」
 「明日も菜穂子と約束が」
 「じゃあ、明後日」
 「100年先まで、予定が一杯です」
 「じゃあ、100年と一日後の夕食を」
 ぼくはにこにことしている社長の顔を見た。
 「社長には敵いませんわ」
 「返事は?」
 「月曜日の夕食なら」
 「よし。行く先はわたしに任せて貰っていいな」
 「はい。お任せします」

 ぼくの作ったソフトの効果は絶大だった。会社の通信費が5パーセントも減ってしまった。それだけ、私用の回線使用が多かったと言うことだろう。

 社長との約束の月曜日。ぼくが女になって2週間目の朝。目覚めて、妙な感覚に襲われた。ショーツにピンク色のシミができていた。
 「菜穂子。菜穂子。ちょっと来て」
 「どうしたの?」
 「これ見てくれる?」
 菜穂子は、驚いたような顔をしてぼくのショーツを覗き込んだ。
 「・・・・まさか」
 「なんなの?」
 「生理・・・・だと思うわ」
 「生理!!」
 これにはぼくは仰天した。生理だって!?
 「どうしたら・・・・」
 「サニタリーを持ってくるわ。そのショーツ脱いで、シャワーを浴びて綺麗にしていて」
 戸惑いながらぼくはシャワーを浴びた。菜穂子は、サニタリーショーツを持ってきて、生理用ナプキンを付けてぼくに手渡した。
 「へえ、こんな風にするんだ」
 男は、女が生理になることは知っていても、どのように処理するのかは知らない。ぼくもその時初めて知った。
 生理というのは鬱陶しい。腰は重いし、霧が掛かったように気分は晴れない。しかし、そんなことを表面には出せない。ぼくは、会社に着いても、平静を装った。

 「中華にしたが、良かったかな」
 今日の予定を確認した直後に社長からそう言われた。忘れてた。今日は、社長と夕食を共にする予定だった。約束した以上、今更断るわけにも行かなかった。
 社長に気づかれないように、こっそり電話した。
 「菜穂子。ごめん。今朝言い忘れてたけど、今日は社長と食事の約束をしてたんだ」
 「いいわよ。お土産よろしくね」
 いつもなら、こんな連絡をすると機嫌が悪いのに、今日は妙に機嫌がいい。
 「中華って言ってたから、ゴマ団子でも持って帰るわ」
 「わあ、大好きなんだ。あんまり遅くならないでね」
 「うん。早めに帰るわ。生理だし」
 「そうだったわね。ちゃんと自分で換えてるの?」
 「大丈夫。ちゃんとやってるから」
 「じゃあ、寝ないで待ってるから」
 「そんなに遅くならないわよ。じゃあ」

 気分は優れないけど、仕事は何とかこなした。仕事だけはどんな状態でもきっちりこなす。これだけは自分に言い聞かせている。

 午後6時、社長専用車で中華街へ向かった。入り口で降りて、歩いて社長が予約していた店へ歩いていった。
 「腕組んでもらえるかな?」
 「腕・・・・ですか?」
 「だめか?」
 「・・・・いいわ」
 社長と腕を組んで歩く。道行く人たちは、ぼくらのことをどう思っているだろうか? 夫婦には絶対見えない。親子にも見えない。やっぱり、不倫しているふたりかな。ま、しかし、こう言うシチュエーションも結構楽しい。
 「いらっしゃいませ。遠山様。お二階へどうぞ」
 「うん。さあ、上がろう」
 ぼくは社長と腕を組んだまま二階へ上がっていく。店の人たちは別に不審気な顔もしていない。社長は、いつもこうやって女性とエスコートしているのだろうなと思う。

 「美味しいわ」
 「そうだろう。どんどん食べたまえ」
 「太っちゃいそう」
 「胸も大きくなるかな?」
 そう言って、社長はぼくの胸をじっと見た。
 「エッチ」
 「男はみんなエッチだよ。君も知ってるだろう?」
 「そうですね。でもわたしは、胸はあんまり大きくない方が好きでした」
 「ほうそうか。わたしは大きければ大きいほどいいな」
 「わたしの胸が小さかったら、秘書にしなかったんですか?」
 「そんなことはないよ。君が優秀だと思ったから秘書にしたんだ」
 「安心しました。このエビ、ホントに美味しい!」
 「フカヒレも絶品だろう?」
 「はい」
 「紹興酒、もう少しどうだ?」
 「わたし、弱いから」
 「ちょっとだけなら大丈夫さ」
 「じゃあ、ちょっとだけ」
 角砂糖を入れて飲むものだから、甘さに誤魔化されて何杯か飲んだ。飲んだ量は正確には覚えていない。ゴマ団子をお土産にと注文したのは覚えている。そのあと、ぼくは眠ってしまったらしく意識を失っていた。

 気が付いたら、薄暗い部屋の中にいた。ぼくはベッドの上に服を着たまま寝ていた。がちゃりとドアの開く音に、振り向くと、社長がバスタオルを腰に巻いて、バスルームから出てきた。
 「やあ、起きたかね?」
 「ここは?」
 「ホテルのお部屋だよ」
 「社長!! こんなところへ連れ込んで!」
 「君がここへ入ろうと言ったんだよ」
 「嘘!!」
 「嘘なもんか」
 「覚えてないです。わたし、帰ります」
 「わたしをその気にさせておいて、ひどいな」
 「ホントにわたしが誘ったんですか?」
 ぼくは社長を睨み付けた。
 「う、う、うん。・・・・君にはうそを付けないな。わたしが連れてきた」
 「やっぱり、そんなことだと思ったわ。わたしから誘うはずがないもの」
 「なあ、いいだろう? ここまで来たんだから」
 「だめです。そんな関係になったら、仕事ができなくなります」
 社長は、しばし考える。
 「それに、わたし、今日は生理なんです」
 「そ・う・か。生理か・・・・。それは残念だ。・・・・杉本君」
 「はい?」
 「キスだけでもさせてくれないか?」
 「イヤです!!」
 「冷たいなあ」
 「わたしは男には興味がありません。分かってるでしょう?」
 「そんなにスタイルも良くて美人なのに勿体ない」
 「社長と関係ありません」
 「確かにそうだ」
 「じゃあ、帰ります」
 「杉本君」
 「まだ何か用事ですか?」
 「お土産、忘れずに持って帰るんだよ」
 「あ、すみません。ありがとうございます」
 「はい、はい。じゃあ、明日もよろしくな」
 「お食事、ご馳走様でした」
 部屋を出たら、足下がふらふらした。ぼくはまだかなり酔っている。通りを這うようにして歩いていき、中華街の出口でタクシーを拾った。

 「ただいま・・・・」
 ぼくは玄関に倒れ込んだ。
 「お帰り。あらまあ。そんなに酔っぱらって」
 「社長に紹興酒を飲まされちゃって」
 「さあ、立って。どれくらい飲んだの?」
 「覚えてない」
 「わあ、お酒くさあ。かなり飲んだみたいね」
 「もう寝る」
 「シャワーは?」
 「無理い」
 「ナプキン換えて寝ないと・・・・」
 そうだった。このまま眠りたいのに・・・・。仕方なく、ぼくはシャワーして、ナプキンを取り替えて寝た。女はめんどくさい。

 二日酔いで頭はガンガン。生理で腰が重い。体調最悪。それでも何とか会社に顔を出した。
 「杉本君、大丈夫かね?」
 「大丈夫じゃないです。社長が飲ませるから」
 「美味い、美味いといって飲んだのは君だよ」
 「・・・・弱いからって言ったのに」
 「次からは気を付けよう。こんなに弱いとは思わなかった」
 「次は、もうなしです」
 「まあ、そう言わないで。次はフランス料理でも」
 フランス料理には、ぐらっと来た。しかし・・・・。
 「あの時、わたしが目を覚まさなかったら、社長、どうしてました?」
 「どうもしてないよ」
 「嘘でしょう? そんなことあり得ないわ」
 「・・・・ま、その時になってみないとわからんな」
 「オオカミの巣に入るようなことはしたくありません」
 「まあ、そう言わないで」
 「お昼なら、ご一緒してもいいです」
 「昼飯か。そうだな。生理が終わった頃に」
 「社長!!」
 「はは、さすがに察しがいいな。さあ、仕事だ。仕事」