第10章 社長秘書として

 帰宅して夕食を食べながら、菜穂子に社長秘書になることを報告した。ミニスカートの件は伏せておいた。10万近くするスーツが掛かっているからだ。
 「そうなの。社長秘書になっちゃったの」
 「突然でビックリしたけどね」
 「千春の会社の社長さんって、女癖が悪いって言ってなかった?」
 「そう言う噂だね」
 「大丈夫なの?」
 「大丈夫って?」
 ぼくは惚けてみせる。
 「社長秘書にして、あなたを誘惑するつもりじゃあ・・・・」
 「わたしが、元男だって知ってるのよ。それはないと思うわ」
 「でも、今は完全な女なのよ。それも、スタイル抜群のとびっきりの美人で。性転換して女になったんじゃなくて・・・・」
 「うーん。それもそっかあ」
 「気を付けてね」
 「当たり前でしょう。男になんて、興味ないからね」
 「安心した」
 「それでね。給料、上げてくれるって」
 「えっ! ほんと? どれくらい?」
 「20パーセントだって言ってたわ」
 「わおう。20パーセント!! 少し贅沢できるわ。あのスーツも買えちゃうわね」
 「・・・・そうだね。欲しかったら、買ったらどう?」
 「いいの?」
 「ちょっと高いけど、給料が上がるんだから」
 菜穂子は首を傾げた。
 「イヤに気前がいいわね。どうかしたの?」
 見つめられて、ぼくは白状することにした。
 「・・・・社長秘書はね」
 「社長秘書がどうしたの?」
 首を傾げてぼくを見た。そんな菜穂子はとっても可愛い。
 「社長秘書は、・・・・制服を着なければならないのよ」
 「制服? それがどうしたの?」
 「・・・・もう。分かるでしょう?」
 「ああっ! 分かった!! ミニスカートなのね」
 「ピン、ポン」
 「わあい。嬉しいな、嬉しいな」
 「自分から進んで穿くわけじゃないからと思ってたけど、給料が上がるから、菜穂子へのプレゼントだよ」
 「千春。大好き!!」
 ぼくの首に抱きついてきた。菜穂子の機嫌のいいことと言ったらなかった。

 ベッドの入ると、ぼくに抱きついてきた。いつも抱き合って眠るけど、今日はちょっと雰囲気が違う。
 「感謝の気持ちを込めて、千春を行かせてあげるわ」
 「い、いいよ」
 「遠慮しないの。夫婦でしょう?」
 「そりゃ。そうだけど・・・・」
 気持ちの上では、ぼくはレズじゃないけど、やってることはレズだよな。そう思いながら、菜穂子の愛撫を受けていた。
 菜穂子は上手い。ホントはレズなんじゃないかと思ってしまうくらいだ。ぼくは、二度も行ってしまった。
 快感でぼんやりしていたけれど、菜穂子が自分を慰めるためにバイブレーターを取り出すのを見て、頑張ってみようと起きあがった。
 「千春。いいのよ。わたしは・・・・」
 「わたし、菜穂子みたいに上手くないかもしれないけど、頑張ってみるわ」
 「じゃあ、遠慮しないでやって貰う」
 菜穂子にやって貰ったようにやってるはずなのに、バイブレーターも使ってみたけど、菜穂子は今一歩で行かないようだ。
 「だめ?」
 「もう少しなのに・・・・」
 「ごめんね。わたしが下手だから・・・・」
 「千春」
 「なに?」
 「ちょっとお願いしていい?」
 「何を?」
 「ちょっと待って」
 菜穂子は、クローゼットを開いて、ごそごそやっていた。
 「これ、着けて」
 「なによ。これは・・・・」
 「ペニスバンド」
 ベルトの真ん中にペニスの形をした突起が付いていた。
 「それだったら行けるかも・・・・」
 ぼくは、ペニスバンドを見つめる。いつの間に手に入れたやら。・・・・やっぱり、菜穂子には、これが必要なんだ。悲しくなった。
 しかし、菜穂子を満足させるためには、やるしかない。ぼくは、ペニスバンドを付けた。男の時のぼくより大きなペニスのディルドーが、ぼくの股間にまさに勃起したように付いていた。
 もう一度、菜穂子を愛撫して、準備を整えさせて挿入した。入れた感触がないというのは何とも不思議な感じだ。しかし、腰を動かすと男に戻ったような気持ちになっていった。
 射精という最終段階がないので、どうかなと思っていた。しかし・・・・。
 「い、いい。千春。いい。あ、あん。い、行きそう。ああん。はうっ! あ、ああっ!! 行っちゃうう」
 ぼく背中に爪の跡が付くくらい抱きしめられた。何とか菜穂子を行かせることができたようだ。
 「千春。・・・・良かったわ。わたし、行っちゃった」
 「良かったね」
 「久しぶりに満足した」
 「またやってあげるわ」
 「お願いね。でも、わたし、・・・・本物の千春が欲しいわ」
 「・・・・今はどうにもならないよ」
 「そうね・・・・」

 翌日の菜穂子は、いつもに増して上機嫌だった。こりゃ早く男に戻らなくちゃと改めて思った。しかし、一向に戻る気配はない。神様! 何とかしてくださいよ!!

 いつもより20分ほど早く出勤した。斉藤さんはぼくより早く出勤していて、ぼくを待っていた。
 「はい、これ。制服よ」
 「もうできたんですか?」
 「何とか間に合わせたわ。社長命令ですもの」
 「社長命令って、何でもこんな具合なんですか?」
 「ワンマンですからね」
 「大変そう・・・・」
 「子供と一緒だから、結構手を取らないわよ。おだてていればいいのよ」
 「いいこと聞きました」
 「じゃあ、昨日教えたとおりにやるのよ。わたしはできるだけ手を出さないようにするからね」
 「分かりました。やってみます」

 ピンクの制服に着替えて数分後の午前8時20分、社長がやってきた。
 「おはようございます」
 「やあ、おはよう。やっぱりミニスカートが似合うね」
 ぼくは、ちょっと睨むような目を向けた。
 「ははは、セクハラで訴えられそう。くわばら、くわばら」
 ぼくは、PDAを持って社長の前に立った。
 「で、今日の予定は?」
 「午前9時から、部長を集めて定例会議です。定例会議が終了しましたら、正午からピコソフトジャパンの支社長と会食がありますので、ホテルおおくらへ移動していただきます。午後は、2時から支店長会議が入っております。本日の主な予定は以上です」
 「よし分かった。・・・・おおくらでの会食には、君も来なさい」
 「わたしがですか?」
 「新しい秘書を紹介しておかねばならん」
 「マナーも何も知らないですけど・・・・」
 「わたしがやるとおりにしていれば大丈夫だ」
 「・・・・大丈夫でしょうか?」
 「君が少々失敗しても、誰でもすぐに許してくれるさ」
 ぼくが美人だからと言うわけだろうか? 美人の女は得だなと思う反面、実力とは違うところで評価されることに、ちょっと反発も覚えていた。
 「そうですか。それでは、ご一緒させていただきます」

 会議が始まるまでの30分間、内外のメールチェックを行った。斉藤さんのアドバイスを受けて、社長に見て貰うメールを選択して社長のデスクトップへ回す。90パーセントは社長に回すことになるのだが、中にはダイレクトメールもどきのものも入っているし、どう見ても間違いとしか思えないメールもある。社長はそう言ったメールを目にするのが嫌いだそうだ。だから、秘書にいったんメールをチェックさせるのだと斉藤さんはぼくに言った。
 昨日初めて聞いたけれど、社内で交わされるメールのすべてが、この社長室で閲覧可能になっている。その中で、会社の運営に関係ありそうなものをピックアップして社長に見せるのも秘書の仕事だ。
 「このことは絶対秘密だからね」
 斉藤さんにそう釘を差された。しかし、長くいる社員は、メールが盗聴?されていることは知っているらしい。そう言うわけだから、社長を批判したメールを交換したり、デートの約束する事なんてことは迂闊にできないし、誰もしないのだ。

 会議は、前もって資料が作られているから、議事録の作成は比較的容易だ。部長以上の幹部連中の発言を記録すればいいのだ。幸いにして、ぼくはワープロの腕は自分でも一級だと思うほど早いから、特に苦労はしていない。

 午前11時20分、会議を終えて、ぼくと社長はホテルおおくらへ向かうために、社長専用車に乗り込んだ。
 「わたしの目に狂いはなかった。君は優秀だ」
 「そんなことありません。まだ半日も経ってませんから」
 「いやいや。謙遜せんでいい。君のような秘書を持てて、わたしは嬉しいよ」
 「身に余る光栄です」
 にこにこしながらぼくを見る社長には、なんか下心満々のように見えた。ぼくも社長も車の後部座席に座っているのだけれど、危険を感じたぼくは、社長から離れて、窓際に体を寄せている。次第に社長がぼくの方へすり寄ってきているのが分かるのだが、狭い車の中だから、逃げようにも逃げ出せない。運転手は、心得たもので知らん振りをしていた。
 黙っていたら、ミニスカートから覗いた足を社長に撫でられそうだ。そんなことを考えていたら、鳥肌が立ってきた。ぼくは機先を制することにした。
 「社長。社長が女好きで手が早いって言うのは、ただの噂に過ぎないっておっしゃってましたね」
 「・・・・あ、ああそうだ」
 「わたし、男の人が女好きだって言うことは理解できるんです。それは分かるでしょう?」
 ぼくは社長にウインクした。
 「ああ、よく分かるよ」
 「でもね、それをあまりあからさまにする人、好きじゃないわ。どうして誘ってくれないのかしらって、気を持たせるくらいの人の方がいいわ」
 「なるほどねえ」
 そう言って社長は、ぼくに近寄るのを止めた。うまくいった。と思ったが・・・・。
 「しかしなあ。美人がそばにいるのに、まったく口説かないと言うのもなあ・・・・」
 今度はあからさまにぼくに近寄って、膝に手をかけた。逆効果だった!!
 「社長、おおくらに着きました」
 運転手の声に助けられた。ホッと胸をなで下ろした。
 「ふん、着いたか。もう少し渋滞してると良かったな」
 「社長、時間に遅れますよ」
 ぼくは社長をせき立ててホテルへ入っていった。

 ピコソフトジャパンの支店長という人物は、かなり若く、まだ30代後半と言ったところだろう。しかも、ぼくの目から見てもかなりいい男だ。
 「篠原さん、今日からわたしの秘書をしてくれている、杉本千春君だ。今後ともよろしく」
 「杉本です。よろしくお願いいたします」
 ぼくは女らしく頭を下げた。
 「よろしく。篠原です。遠山さんの会社は美人揃いのようですね」
 社長はにんまり笑う。ぼくは笑顔で答える。
 「あら。お上手なんですね」
 「イヤ、本音だよ。遠山さんとは、裏表のないつきあいをさせて貰ってますからね」
 「ありがとうございます」

 ランチが運ばれてきた。豪華なランチだ。いったいいくらするんだろうか? 食事しながら、社長と篠原さんは、マイクロソフトの訴訟の行方について、喋っている。ぼくはそれにそば耳を立てながら、豪華なランチに箸を動かした。
 コーヒーが出た辺りから、商談らしきものに移った。ぼくに持たせてあった鞄の中から、書類を取り出して、篠原さんに手渡して説明している。どうも、ぼくが提案した、パソコンへのバンドリングソフトの件らしい。ぼくの草案と違って、かなり手が入れられているようだ。
 「何でもかんでもバンドルするんじゃなくて、ニーズに応じたソフトをバンドルするといいと思うんですが・・・・」
 「それじゃあ、経費がかなり掛かりますよ」
 「市場調査の結果。おおよそ3種類の組み合わせでバンドルソフトを決めるといいようです」
 「3種類ですか。3種類なら、まあ、いけるでしょう」
 「詳細は、その書類の中に。ご検討いただいて、来週にでも、お返事を」
 「分かりました。それでは、今日はこれで」
 篠原さんは、書類を鞄に直し込んで席を立った。
 「杉本さん。またお会いできることを楽しみにしています」
 意味深な笑顔を浮かべ、そう言い残して部屋を出ていった。
 「君を連れてきて正解だ。彼は君のことを気に入ってくれたようだ」
 「まさか、わたしを餌にしようなんてことはないでしょうね」
 「そこまではいくら何でもしないよ。しかし、誘われたら、どうする?」
 「お断りします」
 「社運が掛かっていると言ってもか?」
 「女を使うような会社はつぶれた方がいいです」
 「予想通りの返事で安心したよ。さあ、帰ろうか」
 社長は嬉しそうな顔をしていた。何故だろうか? 帰りの車の中で考える。篠原さんの方が、社長よりいい男だ。その篠原さんの誘いに簡単には乗らないと返事したのが嬉しかったのではないだろうか? 考え過ぎかな?
 「社長、この手、何とかなりませんか? 3秒以内に除けていただかないと、会社を辞めさせていただきます」
 帰りの車に乗ってしばらくして、社長はぼくの膝に手を乗せてきたのだった。
 「辞めたら、生活できないのと違うかね?」
 「慰謝料をたんまりふんだくってあげるわ」
 「おお、そう来たか。それなら、手を除けざるを得ないな。まあ、優秀な秘書を失いたくないしな」
 「3秒はもうとっくに過ぎましたよ」
 「はい、はい」
 社長は結構おもしろい男だ。女好きでちゃらちゃらしているように思えるが、仕事をしているときは、まったく目の色が違う。好きになってしまいそうだ。勿論女としてって言う意味じゃなくて、人間としてって言う意味だ。

 午後の支店長会議も無事終わり、ぼくは社長室へ戻って、社内ネットワークの点検を行った。こんな仕事を社長秘書がやるなんて変な会社だ。
 会社が小さい頃は、社長自身がやっていたらしい。会社が大きくなって、秘書にやらせるようになったそうだ。ちゃんとした部署を作ってやればいいのにと思うのに、社長は自分のすぐそばでやらせたいらしい。
 「社長、ちょっとよろしいですか?」
 「なんだ?」
 「通話記録を見ていたんですが、ちょっと気になるところがあって・・・・」
 「どれどれ」
 「社長! わたしを辞めさせるつもりですか!?」
 社長は、ぼくの両肩を抱いて、顎を左肩に乗せていたのだ。
 「いい香水使ってるね」
 「言いたいことはそれだけですか?」
 「分かった。分かった」
 社長はぼくから少し離れて後ろに立って、モニターを覗き込んだ。
 「我が社には、10回線入ってて、平均して7回線が使われています」
 「ふんふん」
 「我が社の方針として、昼休みはきっちり取るようにしてますよね」
 「その通りだ」
 「外部から掛かってくることがあっても、いつも3回線も使っていると言うことはないはずです」
 「なるほど」
 「昼休みに回線を使う理由はなんだと思われますか?」
 「私用の電話だな」
 「我が社のコンピューターは外へもつながってますよね」
 「外からのアクセスは、簡単には行かないようになっているがね」
 「考えられる使用法はなんだと思いますか?」
 「男の趣味だな」
 「そうでしょうね」
 「使ってるやつを割り出せ」
 「あんまり表沙汰にしない方がいいと思いますけど・・・・」
 「君に何とかできるかね?」
 「二、三日いただければ」
 「二、三日でどうにかなるのか?」
 「やってみましょう」
 社長はぼくの肩をぽんと叩いてデスクに戻った。