オーナーである佐々木社長が死んだけれど、ニューハーフヘルス『菊の花』は、恵子ママによって引き継がれた。
ぼくは入ったときのコンパニオンの半数が入れ替わり、現在残っているのは、ぼくのほかに、後藤理沙と佐藤葵のふたりだ。
完全性転換者だった城野南は、どこからか女性の戸籍を手に入れて、結婚したと言ううわさだ。
木村ゆいは、別の店へ移り、植村ゆかりは独立して、ひとりでやっているらしい。
いつまで、こんなことをやれるだろうかと思いながら、月日はたっていった。
「明子ちゃん、ご指名だよ」
「はあい。いらっしゃいませ」
お客の顔を見てビックリした。
「角谷・・・・」
「久しぶりだな。まだ、やってたんだな」
「え、ええ。いつ出所したの?」
「先週だよ。仮出所だけどね」
「先週? そう言えば、もう三年になるのね」
「ああ。すぐに来ようと思ったんだけど、とりあえず、住むところを確保しようと思ってね。来るのが遅くなったんだ」
「そうだったの。どこに住んでるの?」
「大久保だよ。コンピューター関係で知り合った人が世話をしてくれたんだ」
「そう。それはよかったわ。・・・・すっかり男に戻ったのね」
長かった髪は、五分狩りになっていた。豊胸術で大きくなっていた胸も平らになっているようだ。
「ああ。刑務所に入る前に、シリコンバッグを取り除いてもらって、しばらく男性ホルモンを補充していたから、完全に男に戻ったよ」
「それはよかったわ」
「あのう、明?」
「明って言う名前はもう忘れたわ。明子でいいわ」
「じゃあ、明子。・・・・ちょっと言いにくいんだけど・・・・」
顔を伏せて、躊躇っていうようだった。
「なによ。言いにくいことって?」
「俺さあ、3年も刑務所にいただろう? ・・・・それでさあ」
角谷の言わんとすることはすぐに分かった。
「ここは、そう言うところよ。何を躊躇うの?」
「いいのか?」
「お金、払ったんでしょう?」
「あ、ああ」
「じゃあ、遠慮しないでいいわ。溜まってるのを、すっきりさせてあげるわ」
「ほんとに?」
「お金だけ出して、何もしないで帰るつもりだったの?」
「あ、いや・・・・」
「さあ、やりましょう。たっぷりサービスしてあげるわ。親友ですもの」
ぼくは、ちょっと腰を引く角谷に抱きついてキスをした。閉じていた口を舌で無理矢理押し開いて舌を絡ませた。
角谷もその気になって、ぼくを強く抱きしめてきた。
(角谷と、こんなことしようなんて思ってもみなかったなあ)
ぼくは、角谷のズボンのチャックを降ろして、いきり立っているペニスを取り出した。すぐにでも爆発しそうだった。
すぐに爆発しないように、優しく優しく愛撫してやった。舌で、ペニスも陰嚢も舐めあげたあと、根元まで銜え込んだ。
「い、いい! 行きそうだよ」
ぼくは黙ったまま、頭を前後に動かした。
(出る)
ぼくは、息を吸い込んで、射精に備えた。すぐに、ものすご勢いで、喉の奥にどくどくと精液が注ぎこまれてきた。
ぼくは、ごくりと飲み下した。
「ああ、美味しかった」
角谷は、えもいわれぬ笑顔を見せた。
「すぐにできる?」
「ちょっと休まないと無理かな?」
「じゃあ、わたしの体を観察して。もちろん、目だけじゃなくて。分かってるでしょう?」
「あ、ああ」
角谷は、ぼくの着ているミニスカートを脱がせて、露わになった乳房にしゃぶりついてきた。
「綺麗だ。明子は、ホントに綺麗だ。嘘みたいだ」
「ありがと」
入念にぼくの体を愛撫したあと、ぼくのショーツを恐る恐る脱がせて行った。
「やっぱりあるんだなあ・・・・」
「当たり前でしょう? 性別はあなたと同じなんだから」
「そうか。そうだよな」
そう言いながら、ぼくのペニスを銜え込んだ。
「俺だって、フェラチオのひとつやふたつできるんだからな」
わずかに勃起したぼくのペニスにむしゃぶりついた。ぼくのペニスは、もともとあまり大きくなかった上に、女性ホルモンのせいで萎縮気味になっていた。角谷の半分ほどの大きさしかないだろう。しかも包茎だった。
舌で包被をめくられ、亀頭を舐められると、興奮して、久しぶりに勃起した感触を味わった。
「汁が出てきたぞ」
「あん、馬鹿」
「明子も射精させてやりたい」
「最近ペニスを刺激して射精しないから、無理かもよ」
「いや、やらせてみせる」
そう言って頑張っていたけれど、やっぱり駄目だった。角谷は、指をぼくの肛門へ入れようとした。
「ちょっと。それはルール違反よ。指入れるくらいなら、あなたのを入れてよ。もう大丈夫でしょう?」
角谷のペニスを握ってみると、回復して硬度を増していた。
「そうするか」
「ちょっと待って、コンドームしてあげるから」
ぼくは起き上がって、もう一度銜えて舐めあげてやってからコンドームをかぶせた。そのまま角谷の上に跨って、腰を沈めてぼくの中へと導いた。
「女と変わらないんだな」
「そうかしら?」
ぼくは肛門に力をいれて、脈動させ始めた。
「あ、ああっ! ううぉう・・・・。すごいよ」
「女の腟とは違うでしょう?」
「あ、ああ。違うよ。こんなに締まらないよ」
「嵌りそう?」
「ああ、嵌りそうだ・・・・」
(ネコ役と違って、タチの方はすぐに抜けられるから大丈夫よね)
そう思いながら、プレーを続けた。ぼくは体を回して、対面騎上位から背面騎上位へになった。
「角谷さん。バックから突いて」
ゆっくり前へ倒れて腰を挙げて、角谷に促した。角谷は、ぼくの腰に手を当てて突き始めた。
「あ、そこ、いい!」
最も感じるところにあたったようだ。ぼくの反応を見て、角谷はさらに突いた。
「いい。そこ、いい。ああ、いいわ・・・・」
「行きそうだよ」
「もう少し。もう少し我慢して。そうよ。もっと強く。ああ、いい!!」
「も、もう我慢できない! い、いくよ!」
「いいわ! 来て、来て! 来てえ・・・・」
角谷の動きが止まり、ぼくの中で角谷が脈打つのを感じた。
「ああん・・・・」
腰を挙げていられなくなって、ぼくはベッドの上に倒れこんだ。角谷が重くのしかかってくる。
しばらくふたりでそうしていた。
「よかった。最高によかったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「また来るから」
「ええ、待ってるわ」
大学時代、一緒に遊びまわっていたとき、こんな関係になろうとは思ってもみなかった。人生何が起こるか分からない。
次に角谷は店にやってきたのは、それから約一ヵ月後のことだった。
「ずいぶん久しぶりね」
「仕事が軌道に載らなくて・・・・」
角谷は、殺人罪で逮捕されたあと、大学を退学になっていた。そのことは知っていたけれど、大久保に住んで何をしているのかも聞いていなかった。
「仕事って、なにやってるの?」
「ほら、俺、コンピューターグラフィックが得意だっただろう?」
「ええ。可愛い美少女画が得意だったわね」
まるで写真のように精巧に描かれていた美少女の絵を思い出す。
「今、それを売り込んでいるんだ。一本だけ、何とか雑誌に載せてもらって、今日、原稿料が入ったから、さっそくここに来たんだ」
「こんなことにお金を使ってもいいの?」
「おまえに会いに来るって言う目標がないと、仕事に打ち込めないよ」
「わたしなんかに会うのが、目標なの?」
「だめかい?」
「駄目じゃないけど」
「じゃあ、いいだろう?」
「ええ。あら? 時間が過ぎてくばかりだわ」
ぼくは、角谷に抱きついて、キスを始めた。
仕事が順調になったらしく、角谷は、2週間おきに来るようになり、さらには、毎週のように店に来るようになった。
角谷が刑務所を出所後、初めて店に来てから1年ばかりたったある日のこと、いつものようにディープキスして、フェラチオをやってやり、最後に肛門で受け入れた。以前の露木との様に、今では角谷とするとき、いつも絶頂を覚え、その後の仕事ができないくらいになっていた。
半分朦朧としながら、エクスタシーの余韻に浸っていた。
「明子、・・・・好きだ」
「えっ!?」
振り向いて角谷の顔を見た。
「今、なんて言った?」
「あ、いや、なんでもない」
ちょっと顔を赤らめて、角谷はぼくから抜け出ていった。
(ぼくのことを好きだといったよね。そんなこと初めて言われた。露木も一度もそんなことを言ってくれたことはないし、お客の好きは、あてにならない。角谷もお客のひとりだけど、どうも本気で言ったんじゃないかしら?)
もう一度、言ってくれることを期待していたのに、角谷は黙って服を着始めた。
角谷とは、仲良く付き合ったのは、大学に入ってからの1年間だけだ。そのあと、あんな事件があって、3年以上も離れていた。角谷はぼくにとってはただの友人に過ぎず、角谷に対する思いなどなかったはずなのに、あんな言葉を聞かされて、ぼくは動揺を隠し切れなかった。
(もう一度好きだと言って欲しい。本気で言った言葉なのか、それとも戯れだったのか、もう一度聞いてみたい)
そう思っているのに、角谷は何も言わないで店を出て行った。
(この切ない気持ちは何なんだろう? ぼくは角谷のことが好きだったんだろうか?)
少なくとも、今は角谷のことを大切にしたいと思っていた。
待っているのに、角谷は姿をあらわさなかった。角谷がやってきたのは、それから一ヶ月がたった頃だった。ぼくは嬉しくて、角谷を抱きしめた。
「どうしてたの? 来てくれないかと思ったわ」
「仕事が忙しくってね。全然暇がないんだよ」
「ほんと? 恋人でもできたんじゃないの?」
「違うよ。ホントに忙しかったんだよ。恋人は、・・・・おまえだけだよ」
「えっ!?」
「おまえ以外に好きな人はいないよ」
角谷は真顔でそう言うのだけど、ぼくにはそれが信じられなかった。
「冗談ばっかり。わたし、男だよ」
「男が男を愛しちゃいけないのか?」
ぼくは言葉を失った。
「俺、刑務所の中でずっとおまえにすまないと思っていたんだ。そう思いながら、おまえの顔を思い出すと、以前のおまえの男の顔じゃなくて、今のおまえの顔が浮かぶんだ。3年前、この店でたった一度だけ会っただけなのに、どうしても忘れられないんだ。俺は、おまえの顔を思い出しながら、マスを掻いたよ。刑務所にいる3年間で、おまえは俺の恋人以上の存在になっていたんだ。1年前、おまえを初めて抱いたとき、できればこんなところから足を洗わせて、一緒に暮らして欲しいと言いたかった」
(嘘でしょう?)
「でも、あの時俺にはまだ収入がなかった。今でも大した収入はないけど、おまえひとりくらいなら、何とか食わせていけるくらいの収入を得られるようになったんだ」
(わたしを食わせていけるって・・・・)
「なあ、もし、俺でよかったら、こんな仕事はやめて、一緒に暮らさないか?」
どうしてだろう? 涙があふれて止まらなかった。
「こんなわたしを愛してくれるの?」
「ああ。明子だって、俺のことを愛してくれてるんだろう?」
「ええ」
「じゃあ、一緒に暮らしてくれるか?」
男同士だなんて迷いはなかった。ぼくは即座に答えた。
「はい。喜んで」
ぼくは、その日のうちに店を止めることをママに報告し、寮を引き払って、角谷の元へ行った。角谷は、すでにぼくと暮らすことを前提として、新しいマンションへ移り住んでいた。
「ここが仕事部屋なんだ」
大学時代、角谷の部屋を訪れたときに見たものより、はるかに多くの機材が所狭しと並んでいた。
「ここは、居間兼応接室。ここが台所。明子は、料理はできたよね」
「ええ」
料理は得意だ。父が死んで母が朝から晩までパートの出ていたから、小学校3年の頃から食事の準備はほとんどぼくがやっていた。だから、たいていの料理ができた。
「気がついたものは買ってあるけど、足りないものがあったら、言ってくれよ」
「分かったわ」
「ここはバスルーム」
「広いのね」
「ふたりで入れるよ」
「ば・か」
「ここが俺たちの寝室」
部屋の真中にダブルベッドがでんと置かれていた。ドレッサーも洋ダンスも和ダンスも並んでいた。
「これさあ、婚礼用なんだ」
はにかみながら、角谷が頭を掻いた。
「わたし、新妻なの?」
「そうだよ。おまえは新妻で、俺は新郎さ」
「式は挙げられないわよね」
「そうだな。でも写真だけは撮ろうか?」
「ほんと?」
「ああ、俺たち、法律的には、結婚できないけど、実際は夫婦になるんだからね」
涙で言葉にならなかった。
荷物の整理が終わると、ぼくたちは近くの写真館へ行った。角谷は真っ白な燕尾服、ぼくも真っ白なウエディングドレスを借りて、写真に収まった。
「綺麗ですよ」
写真館のカメラウーマンがぼくを褒め称えた。
(男だと知ったら、ビックリするだろうな)
ぼくはほくそえんだ。
出来上がった写真は、これ以上ないというほどの仕上がりだった。
「明子、ホントに綺麗だ」
「ホントに結婚したみたい」
ぼくも写真を眺めてうっとりとしていた。
写真を3枚作ってもらって、一枚はぼくたち用、他の2枚は、それぞれの親に送った。
「あなたのご両親には、花嫁が男だって言ってるの?」
「まだだよ」
「いつ言うつもり?」
「今度の盆に、一緒に帰ったとき」
「一緒にって、わたしをご両親に紹介するの?」
「そうだよ。いけないかい?」
「でも、許してくれないでしょう?」
「許すも許さないもないんだ。俺が明子に連帯保証人を頼んだせいで、おまえはこうなってしまったんだから、俺には責任があるんだからね」
「それはそうかもしれないけど・・・・。あなたのご両親は、孫が生まれることを期待しているでしょうに」
「あ、そのことなら大丈夫さ」
「え、どうして?」
「俺も、しばらくの間女性ホルモンを使っていただろう?」
「ええ」
「あの影響で、俺には生殖能力がないんだ。つまり、逆立ちしたって、孫は作ってあげられないんだ」
「・・・・そうだったの・・・・」
「ま、そう言うわけだから、子どもができないって分かって、俺と結婚してくれる女なんていないんだよね」
「だからって、なにもわたしと・・・・」
「俺と暮らすのがいやだって言うのか?」
「そうじゃないけど・・・・」
「お互いに愛し合ってるんなら、それでいいじゃないか。そうだろう?」
角谷がそう言う考えなら、ぼくとしても異存はない。
それから数日後、母から電話が入った。今回は、きちんと連絡先を伝えてあった。
「明! この写真はどう言うことなの?」
写真が母の元に届いたようだ。
「明じゃないって何回言ったら分かるの? わたしは今は明子なのよ」
「そんなことどうでもいいでしょう? いったいどうなってるの?」
「見ての通りよ」
「見ての通りって・・・・」
「わたし、結婚したの。角谷と」
「結婚って、あなた、男でしょう?」
「気持ちは女よ」
「気持ちは女でも、あなたは男だし、結婚なんて認められないでしょう?」
「法律的にはね」
「・・・・どうするのよ?」
「どうするって、結婚したんだから、角谷と同居しているわよ」
「同居!? ・・・・つまり」
「お察しのとおり、彼とは寝てるわよ」
「寝てる! つまり、あなた、男なのに、男と・・・・セックス・・・・しているわけね」
「今までだって、お店で男と寝てたわよ。母さん、知ってるでしょう?」
「あ、ああ。そうだったわね」
「結婚して角谷のものになったから、今からは角谷だけに抱かれる。そう言うことよ」
「つまり、風俗から足を洗ったってことね」
「そうよ。喜ばしいことでしょう?」
母は口篭った。
(気持ちはわかるけどなあ。風俗から足を洗ったとはいえ、男である息子が男に抱かれているのは理解しがたいことだろうな)
「とにかく、わたし、幸せにしてるから、心配しないで」
「角谷さんのご両親は何と?」
「今度のお盆に角谷の実家に行くことになってるの。だけど心配しないでいいわ。角谷がきちんと説明してくれることになっているから」
「あなたを女の子に産んであげればよかったわ」
「いまさら、そんなこと言っても始まらないでしょう? 片がついたら、また連絡するわね。じゃあ」
月遅れのお盆。ぼくは角谷に連れられて、角谷の実家へ向かった。
(追い出されたらどうしよう?)
心配しないでいいと言う角谷の言葉を聞いても、不安で押し潰されそうだった。