第9章 足を洗って

 オーナーである佐々木社長が死んだけれど、ニューハーフヘルス『菊の花』は、恵子ママによって引き継がれた。
 ぼくは入ったときのコンパニオンの半数が入れ替わり、現在残っているのは、ぼくのほかに、後藤理沙と佐藤葵のふたりだ。
 完全性転換者だった城野南は、どこからか女性の戸籍を手に入れて、結婚したと言ううわさだ。
 木村ゆいは、別の店へ移り、植村ゆかりは独立して、ひとりでやっているらしい。

 いつまで、こんなことをやれるだろうかと思いながら、月日はたっていった。
 「明子ちゃん、ご指名だよ」
 「はあい。いらっしゃいませ」
 お客の顔を見てビックリした。
 「角谷・・・・」
 「久しぶりだな。まだ、やってたんだな」
 「え、ええ。いつ出所したの?」
 「先週だよ。仮出所だけどね」
 「先週? そう言えば、もう三年になるのね」
 「ああ。すぐに来ようと思ったんだけど、とりあえず、住むところを確保しようと思ってね。来るのが遅くなったんだ」
 「そうだったの。どこに住んでるの?」
 「大久保だよ。コンピューター関係で知り合った人が世話をしてくれたんだ」
 「そう。それはよかったわ。・・・・すっかり男に戻ったのね」
 長かった髪は、五分狩りになっていた。豊胸術で大きくなっていた胸も平らになっているようだ。
 「ああ。刑務所に入る前に、シリコンバッグを取り除いてもらって、しばらく男性ホルモンを補充していたから、完全に男に戻ったよ」
 「それはよかったわ」
 「あのう、明?」
 「明って言う名前はもう忘れたわ。明子でいいわ」
 「じゃあ、明子。・・・・ちょっと言いにくいんだけど・・・・」
 顔を伏せて、躊躇っていうようだった。
 「なによ。言いにくいことって?」
 「俺さあ、3年も刑務所にいただろう? ・・・・それでさあ」
 角谷の言わんとすることはすぐに分かった。
 「ここは、そう言うところよ。何を躊躇うの?」
 「いいのか?」
 「お金、払ったんでしょう?」
 「あ、ああ」
 「じゃあ、遠慮しないでいいわ。溜まってるのを、すっきりさせてあげるわ」
 「ほんとに?」
 「お金だけ出して、何もしないで帰るつもりだったの?」
 「あ、いや・・・・」
 「さあ、やりましょう。たっぷりサービスしてあげるわ。親友ですもの」
 ぼくは、ちょっと腰を引く角谷に抱きついてキスをした。閉じていた口を舌で無理矢理押し開いて舌を絡ませた。
 角谷もその気になって、ぼくを強く抱きしめてきた。
 (角谷と、こんなことしようなんて思ってもみなかったなあ)
 ぼくは、角谷のズボンのチャックを降ろして、いきり立っているペニスを取り出した。すぐにでも爆発しそうだった。
 すぐに爆発しないように、優しく優しく愛撫してやった。舌で、ペニスも陰嚢も舐めあげたあと、根元まで銜え込んだ。
 「い、いい! 行きそうだよ」
 ぼくは黙ったまま、頭を前後に動かした。
 (出る)
 ぼくは、息を吸い込んで、射精に備えた。すぐに、ものすご勢いで、喉の奥にどくどくと精液が注ぎこまれてきた。
 ぼくは、ごくりと飲み下した。
 「ああ、美味しかった」
 角谷は、えもいわれぬ笑顔を見せた。
 「すぐにできる?」
 「ちょっと休まないと無理かな?」
 「じゃあ、わたしの体を観察して。もちろん、目だけじゃなくて。分かってるでしょう?」
 「あ、ああ」
 角谷は、ぼくの着ているミニスカートを脱がせて、露わになった乳房にしゃぶりついてきた。
 「綺麗だ。明子は、ホントに綺麗だ。嘘みたいだ」
 「ありがと」
 入念にぼくの体を愛撫したあと、ぼくのショーツを恐る恐る脱がせて行った。
 「やっぱりあるんだなあ・・・・」
 「当たり前でしょう? 性別はあなたと同じなんだから」
 「そうか。そうだよな」
 そう言いながら、ぼくのペニスを銜え込んだ。
 「俺だって、フェラチオのひとつやふたつできるんだからな」
 わずかに勃起したぼくのペニスにむしゃぶりついた。ぼくのペニスは、もともとあまり大きくなかった上に、女性ホルモンのせいで萎縮気味になっていた。角谷の半分ほどの大きさしかないだろう。しかも包茎だった。
 舌で包被をめくられ、亀頭を舐められると、興奮して、久しぶりに勃起した感触を味わった。
 「汁が出てきたぞ」
 「あん、馬鹿」
 「明子も射精させてやりたい」
 「最近ペニスを刺激して射精しないから、無理かもよ」
 「いや、やらせてみせる」
 そう言って頑張っていたけれど、やっぱり駄目だった。角谷は、指をぼくの肛門へ入れようとした。
 「ちょっと。それはルール違反よ。指入れるくらいなら、あなたのを入れてよ。もう大丈夫でしょう?」
 角谷のペニスを握ってみると、回復して硬度を増していた。
 「そうするか」
 「ちょっと待って、コンドームしてあげるから」
 ぼくは起き上がって、もう一度銜えて舐めあげてやってからコンドームをかぶせた。そのまま角谷の上に跨って、腰を沈めてぼくの中へと導いた。
 「女と変わらないんだな」
 「そうかしら?」
 ぼくは肛門に力をいれて、脈動させ始めた。
 「あ、ああっ! ううぉう・・・・。すごいよ」
 「女の腟とは違うでしょう?」
 「あ、ああ。違うよ。こんなに締まらないよ」
 「嵌りそう?」
 「ああ、嵌りそうだ・・・・」
 (ネコ役と違って、タチの方はすぐに抜けられるから大丈夫よね)
 そう思いながら、プレーを続けた。ぼくは体を回して、対面騎上位から背面騎上位へになった。
 「角谷さん。バックから突いて」
 ゆっくり前へ倒れて腰を挙げて、角谷に促した。角谷は、ぼくの腰に手を当てて突き始めた。
 「あ、そこ、いい!」
 最も感じるところにあたったようだ。ぼくの反応を見て、角谷はさらに突いた。
 「いい。そこ、いい。ああ、いいわ・・・・」
 「行きそうだよ」
 「もう少し。もう少し我慢して。そうよ。もっと強く。ああ、いい!!」
 「も、もう我慢できない! い、いくよ!」
 「いいわ! 来て、来て! 来てえ・・・・」
 角谷の動きが止まり、ぼくの中で角谷が脈打つのを感じた。
 「ああん・・・・」
 腰を挙げていられなくなって、ぼくはベッドの上に倒れこんだ。角谷が重くのしかかってくる。
 しばらくふたりでそうしていた。
 「よかった。最高によかったよ」
 「そう言ってもらえると嬉しいわ」
 「また来るから」
 「ええ、待ってるわ」
 大学時代、一緒に遊びまわっていたとき、こんな関係になろうとは思ってもみなかった。人生何が起こるか分からない。

 次に角谷は店にやってきたのは、それから約一ヵ月後のことだった。
 「ずいぶん久しぶりね」
 「仕事が軌道に載らなくて・・・・」
 角谷は、殺人罪で逮捕されたあと、大学を退学になっていた。そのことは知っていたけれど、大久保に住んで何をしているのかも聞いていなかった。
 「仕事って、なにやってるの?」
 「ほら、俺、コンピューターグラフィックが得意だっただろう?」
 「ええ。可愛い美少女画が得意だったわね」
 まるで写真のように精巧に描かれていた美少女の絵を思い出す。
 「今、それを売り込んでいるんだ。一本だけ、何とか雑誌に載せてもらって、今日、原稿料が入ったから、さっそくここに来たんだ」
 「こんなことにお金を使ってもいいの?」
 「おまえに会いに来るって言う目標がないと、仕事に打ち込めないよ」
 「わたしなんかに会うのが、目標なの?」
 「だめかい?」
 「駄目じゃないけど」
 「じゃあ、いいだろう?」
 「ええ。あら? 時間が過ぎてくばかりだわ」
 ぼくは、角谷に抱きついて、キスを始めた。

 仕事が順調になったらしく、角谷は、2週間おきに来るようになり、さらには、毎週のように店に来るようになった。

 角谷が刑務所を出所後、初めて店に来てから1年ばかりたったある日のこと、いつものようにディープキスして、フェラチオをやってやり、最後に肛門で受け入れた。以前の露木との様に、今では角谷とするとき、いつも絶頂を覚え、その後の仕事ができないくらいになっていた。
 半分朦朧としながら、エクスタシーの余韻に浸っていた。
 「明子、・・・・好きだ」
 「えっ!?」
 振り向いて角谷の顔を見た。
 「今、なんて言った?」
 「あ、いや、なんでもない」
 ちょっと顔を赤らめて、角谷はぼくから抜け出ていった。
 (ぼくのことを好きだといったよね。そんなこと初めて言われた。露木も一度もそんなことを言ってくれたことはないし、お客の好きは、あてにならない。角谷もお客のひとりだけど、どうも本気で言ったんじゃないかしら?)
 もう一度、言ってくれることを期待していたのに、角谷は黙って服を着始めた。
 角谷とは、仲良く付き合ったのは、大学に入ってからの1年間だけだ。そのあと、あんな事件があって、3年以上も離れていた。角谷はぼくにとってはただの友人に過ぎず、角谷に対する思いなどなかったはずなのに、あんな言葉を聞かされて、ぼくは動揺を隠し切れなかった。
 (もう一度好きだと言って欲しい。本気で言った言葉なのか、それとも戯れだったのか、もう一度聞いてみたい)
 そう思っているのに、角谷は何も言わないで店を出て行った。
 (この切ない気持ちは何なんだろう? ぼくは角谷のことが好きだったんだろうか?)
 少なくとも、今は角谷のことを大切にしたいと思っていた。

 待っているのに、角谷は姿をあらわさなかった。角谷がやってきたのは、それから一ヶ月がたった頃だった。ぼくは嬉しくて、角谷を抱きしめた。
 「どうしてたの? 来てくれないかと思ったわ」
 「仕事が忙しくってね。全然暇がないんだよ」
 「ほんと? 恋人でもできたんじゃないの?」
 「違うよ。ホントに忙しかったんだよ。恋人は、・・・・おまえだけだよ」
 「えっ!?」
 「おまえ以外に好きな人はいないよ」
 角谷は真顔でそう言うのだけど、ぼくにはそれが信じられなかった。
 「冗談ばっかり。わたし、男だよ」
 「男が男を愛しちゃいけないのか?」
 ぼくは言葉を失った。
 「俺、刑務所の中でずっとおまえにすまないと思っていたんだ。そう思いながら、おまえの顔を思い出すと、以前のおまえの男の顔じゃなくて、今のおまえの顔が浮かぶんだ。3年前、この店でたった一度だけ会っただけなのに、どうしても忘れられないんだ。俺は、おまえの顔を思い出しながら、マスを掻いたよ。刑務所にいる3年間で、おまえは俺の恋人以上の存在になっていたんだ。1年前、おまえを初めて抱いたとき、できればこんなところから足を洗わせて、一緒に暮らして欲しいと言いたかった」
 (嘘でしょう?)
 「でも、あの時俺にはまだ収入がなかった。今でも大した収入はないけど、おまえひとりくらいなら、何とか食わせていけるくらいの収入を得られるようになったんだ」
 (わたしを食わせていけるって・・・・)
 「なあ、もし、俺でよかったら、こんな仕事はやめて、一緒に暮らさないか?」
 どうしてだろう? 涙があふれて止まらなかった。
 「こんなわたしを愛してくれるの?」
 「ああ。明子だって、俺のことを愛してくれてるんだろう?」
 「ええ」
 「じゃあ、一緒に暮らしてくれるか?」
 男同士だなんて迷いはなかった。ぼくは即座に答えた。
 「はい。喜んで」

 ぼくは、その日のうちに店を止めることをママに報告し、寮を引き払って、角谷の元へ行った。角谷は、すでにぼくと暮らすことを前提として、新しいマンションへ移り住んでいた。
 「ここが仕事部屋なんだ」
 大学時代、角谷の部屋を訪れたときに見たものより、はるかに多くの機材が所狭しと並んでいた。
 「ここは、居間兼応接室。ここが台所。明子は、料理はできたよね」
 「ええ」
 料理は得意だ。父が死んで母が朝から晩までパートの出ていたから、小学校3年の頃から食事の準備はほとんどぼくがやっていた。だから、たいていの料理ができた。
 「気がついたものは買ってあるけど、足りないものがあったら、言ってくれよ」
 「分かったわ」
 「ここはバスルーム」
 「広いのね」
 「ふたりで入れるよ」
 「ば・か」
 「ここが俺たちの寝室」
 部屋の真中にダブルベッドがでんと置かれていた。ドレッサーも洋ダンスも和ダンスも並んでいた。
 「これさあ、婚礼用なんだ」
 はにかみながら、角谷が頭を掻いた。
 「わたし、新妻なの?」
 「そうだよ。おまえは新妻で、俺は新郎さ」
 「式は挙げられないわよね」
 「そうだな。でも写真だけは撮ろうか?」
 「ほんと?」
 「ああ、俺たち、法律的には、結婚できないけど、実際は夫婦になるんだからね」
 涙で言葉にならなかった。

 荷物の整理が終わると、ぼくたちは近くの写真館へ行った。角谷は真っ白な燕尾服、ぼくも真っ白なウエディングドレスを借りて、写真に収まった。
 「綺麗ですよ」
 写真館のカメラウーマンがぼくを褒め称えた。
 (男だと知ったら、ビックリするだろうな)
 ぼくはほくそえんだ。

 出来上がった写真は、これ以上ないというほどの仕上がりだった。
 「明子、ホントに綺麗だ」
 「ホントに結婚したみたい」
 ぼくも写真を眺めてうっとりとしていた。

 写真を3枚作ってもらって、一枚はぼくたち用、他の2枚は、それぞれの親に送った。
 「あなたのご両親には、花嫁が男だって言ってるの?」
 「まだだよ」
 「いつ言うつもり?」
 「今度の盆に、一緒に帰ったとき」
 「一緒にって、わたしをご両親に紹介するの?」
 「そうだよ。いけないかい?」
 「でも、許してくれないでしょう?」
 「許すも許さないもないんだ。俺が明子に連帯保証人を頼んだせいで、おまえはこうなってしまったんだから、俺には責任があるんだからね」
 「それはそうかもしれないけど・・・・。あなたのご両親は、孫が生まれることを期待しているでしょうに」
 「あ、そのことなら大丈夫さ」
 「え、どうして?」
 「俺も、しばらくの間女性ホルモンを使っていただろう?」
 「ええ」
 「あの影響で、俺には生殖能力がないんだ。つまり、逆立ちしたって、孫は作ってあげられないんだ」
 「・・・・そうだったの・・・・」
 「ま、そう言うわけだから、子どもができないって分かって、俺と結婚してくれる女なんていないんだよね」
 「だからって、なにもわたしと・・・・」
 「俺と暮らすのがいやだって言うのか?」
 「そうじゃないけど・・・・」
 「お互いに愛し合ってるんなら、それでいいじゃないか。そうだろう?」
 角谷がそう言う考えなら、ぼくとしても異存はない。

 それから数日後、母から電話が入った。今回は、きちんと連絡先を伝えてあった。
 「明! この写真はどう言うことなの?」
 写真が母の元に届いたようだ。
 「明じゃないって何回言ったら分かるの? わたしは今は明子なのよ」
 「そんなことどうでもいいでしょう? いったいどうなってるの?」
 「見ての通りよ」
 「見ての通りって・・・・」
 「わたし、結婚したの。角谷と」
 「結婚って、あなた、男でしょう?」
 「気持ちは女よ」
 「気持ちは女でも、あなたは男だし、結婚なんて認められないでしょう?」
 「法律的にはね」
 「・・・・どうするのよ?」
 「どうするって、結婚したんだから、角谷と同居しているわよ」
 「同居!? ・・・・つまり」
 「お察しのとおり、彼とは寝てるわよ」
 「寝てる! つまり、あなた、男なのに、男と・・・・セックス・・・・しているわけね」
 「今までだって、お店で男と寝てたわよ。母さん、知ってるでしょう?」
 「あ、ああ。そうだったわね」
 「結婚して角谷のものになったから、今からは角谷だけに抱かれる。そう言うことよ」
 「つまり、風俗から足を洗ったってことね」
 「そうよ。喜ばしいことでしょう?」
 母は口篭った。
 (気持ちはわかるけどなあ。風俗から足を洗ったとはいえ、男である息子が男に抱かれているのは理解しがたいことだろうな)
 「とにかく、わたし、幸せにしてるから、心配しないで」
 「角谷さんのご両親は何と?」
 「今度のお盆に角谷の実家に行くことになってるの。だけど心配しないでいいわ。角谷がきちんと説明してくれることになっているから」
 「あなたを女の子に産んであげればよかったわ」
 「いまさら、そんなこと言っても始まらないでしょう? 片がついたら、また連絡するわね。じゃあ」

 月遅れのお盆。ぼくは角谷に連れられて、角谷の実家へ向かった。
 (追い出されたらどうしよう?)
 心配しないでいいと言う角谷の言葉を聞いても、不安で押し潰されそうだった。