実家に5日間滞在し、東京へ帰ることにした。
「盆と正月くらいは帰ってくるのよ」
「分かってるわ」
「電話もたまにはしてね」
「分かってるって」
「病気するんじゃないわよ」
「子どもじゃないんだから」
「いつまでたっても、あなたはわたしの子どもなんだからね」
母親とはそう言うものなんだなあと思った。
「お姉ちゃん、・・・・病気とかほんとに大丈夫なの?」
母が外しているとき、香里が聞いてきた。
「病気って?」
「性病よ。男同士だったらエイズとかもあるし」
「大丈夫よ。コンドームを必ずしてもらってるし、毎月調べてもらってるから」
精液を飲み込む行為はかなり危険なんだけど、今のところ大丈夫だった。
「それなら安心だわ」
「じゃあ、香里。お母さんをよろしくね」
「分かってるって」
ぼくは二人に手を振って、ホーバーに乗り込んだ。
東京に着くと、急に寂しくなった。
(でも、頑張らなくちゃ)
「どうだった?」
店に行くと、ママが早速聞いてきた。
「母も妹も簡単に受け入れてくれたわ。あっけないくらい」
「そう。よかったわね」
「父が生きていたら、こうはならなかったでしょうね」
「そうでしょうね。ヘルス、やってることは言ったの?」
「妹にだけは、言いましたけど、母には・・・・」
「そうでしょうね。母親には、わたしもいまだに言ってないわ」
「そうですか」
「露木が早くから来て待ってるわよ。行ってあげなさい」
「露木さんが?」
「あなたが帰ってくるって連絡したら、飛んできたわ。あなたのことがよっぽど好きなのね」
ぼくは顔を赤らめる。
「すぐに行くわ。でも・・・・」
「分かってる。今日は露木の貸切にしておくわ。せいぜいサービスしてあげなさい」
「すみません」
露木とは店以外のところで会ったりしてはいない。あくまでヘルス嬢とお客の関係だ。今のところ、露木はそれ以上のことを望んでいない。商品に手をつけることに会社が厳しいらしい。
ぼくとしてはちょっと不満ではある。
店の待合室で、露木はタバコを灰皿に山一杯にして待っていた。
「待った?」
ぼくは笑顔を露木に向けた。
「ああ、待ちくたびれた」
立ち上がって、露木はぼくにキスをした。
「一週間分、たっぷりサービスさせていただくわ」
「頼むぜ」
店が定休以外は、毎日フェラチオをしているぼくが、1週間もフェラチオをしなかったことはこの店で働き始めて初めてだった。
(口の中でペニスがぴくぴく反応するのが好き)
ぼくは大きく口を開いて、露木の固く勃起したペニスを根元まで銜え込んだ。今日は焦らさなかった。ぼくの方に焦らしている余裕がなかったからだ。
溜まりに溜まった濃い精液を、ぼくは喉の奥で受け止め、余すことなく飲み下した。休む暇もなく、簡単にぼくを愛撫すると、露木はアナルファックへと突入した。つながったまま体位を何度も何度も変え、最後はバックで激しく突いたあと、勢いよく注ぎ込んでいた。
「ううん・・・・」
今日も気持ちがよかった。
「ホント、おまえは可愛いぜ」
しばらく休んで、もう一度肛門で受け入れた。何度やっても気持ちがいい。ぼくはもう、ニューハーフの仕事から抜け出せない。
翌日から、これまでどおりのニューハーフヘルス嬢としての生活が再開された。
5月の連休があけた頃、店が始まる時間になって、ママがコンパニオン全員を呼び寄せた。
「皆さん。今日から、ここで働くことになった聡子さんです。姉妹店の『シオン』から移籍してきました。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
全員で挨拶した。
(男丸出しだわ。あれじゃ、わたしのライバルじゃないわ)
みんながみんな、そう思っただろう。ぼくもそう思った。実際、聡子は、でかい乳房が付いていたけれど、男が髪の毛を伸ばして、化粧しているだけのように見えたのだ。
最初の客の相手をしたあと、シャワーを浴びて化粧を直していると、聡子が近寄ってきた。
「ねえ、あなた。もしかして・・・・」
「なに? 何の用?」
振り向いて聡子の顔を見た。ぼくは首を傾げた。紹介されたときには気がつかなかったけれど、どこかで会ったような気がするのだ。
「あなた、もしかして、明、光野明じゃないの?」
聡子がそう言う。光野明って言う、ぼくの本名を知る者は、そんなにいないはずだ。ぼくは首を傾げた。
「そうだけど。あなた、誰?」
「やっぱり、明か。おまえ、どうしてこんなところにいるんだよ。俺だよ、俺。角谷だよ」
突然男言葉になった聡子が、自分は角谷だと名乗った。
「角谷?」
よく見ると、確かに角谷だった。
「ど、どうして?」
「それは俺の方が聞きたい。いったい、どうして、こんな店で働いているんだ?」
「角谷こそ・・・・」
「明子ちゃん、ご指名だよ」
受付から声がかかった。
「はい、すぐに行きます。店が終わったら、部屋に来て。事情を話すから」
「分かった。でも、部屋ってどこ?」
「裏に寮があるの」
「裏の寮だね」
「ええ」
借金を払わないで、雲隠れしていた角谷が、突然同じニューハーフとして目の前に現れて、ぼくは混乱していた。
その日最後のお客の相手が終わると、ぼくはシャワーを浴びたあと、角谷を部屋へ誘った。
コーヒーを入れてから、テーブルを挟んで向かい合った。
(ぜんぜん似合わないな)
角谷の顔を見ながらそう思った。
「で、どうして、ニューハーフなんかやってるんだ?」
やっぱり男言葉で角谷が尋ねた。
「角谷から話してよ」
ぼくの方は、女言葉で話す。
「そうだな。じゃあ、話すよ。2年前の正月明けに、おまえにコンピューターを買い換えるためだといって、借金の連帯保証人を頼んだよな」
「ええ、よく覚えてるわ」
それこそが、ぼくをニューハーフにした元凶だ。
「契約書をよく見なかったのが間違いだったんだ」
「はあ? どう言うこと?」
「一回に7万ずつ返せばいいって書いてあったんだけど、俺は月に7万だと思ってサインしたんだ」
返済は毎日一万だったことを思い出す。
「ところが、契約書をよく見ると、毎日一万の返済で、毎週7万返すことになっていたんだ」
角谷も契約書をよく読まないでサインしたようだ。
「毎日1万はもちろん、週に7万なんて返せるはずがないんだ」
「そりゃそうでしょうね」
「古いコンピューターを売ったりして、2ヶ月は何とか返したんだけど、その後は返せなくなって」
「えっ!2ヶ月は返したの?」
「ああ、そうだ」
露木は、まったく返していいないような言い方をしたけど、あれは嘘だったのだ。
「それで?」
「もう返せないって言ったら、連帯保証人から取り立てるって言うんだ」
「連帯保証人は、わたしよね」
「そう。光野には、迷惑を掛けないって言う約束だったから、何とかしてくれって言ったら、仕事を斡旋してやるって言われたんだ」
「それが、ニューハーフなのね」
「そうなんだ。おまえに迷惑を掛けるわけにはいかないし、かと言って一日1万を稼ぐ手立てもないから、仕方なく・・・・」
「そうだったの・・・・」
「毎日、フェラチオの練習をさせられ、鬘をかぶせられて、化粧された上で男相手のAVにも出演させられたんだ。死にたい気分だったよ」
ぼくとまったく同じだ。
「アナルファックの味も覚えさせられて、シオンで働かされていたんだ」
これもぼくと同じだ。
「借金はまだあるの?」
「このご面相だろう? 客がつかなくてね。まだもう少し残ってるんだ」
「そう・・・・」
角谷の容貌なら、そうかもしれないと思った。
「光野、おまえは? おまえは好きでこの道に入ったのか?」
「違うわよ。あなたのせいよ。いえ、ずっとあなたのせいだと思っていたわ」
「おれのせい?」
「そう。4月の新学期が始まる前になって、露木がやってきて、あなたが借金を返さないから、連帯保証人のわたしが支払う義務があるって言ってきたの」
「そんなのおかしいよ。俺が体を使って支払ってるんだから」
「わたしはそんなこと知らないもの。アパートに行ってもいないし、あなたの実家に電話してもこちに来ているって言うし。連帯保証人が支払うべきだって言われて」
「じゃあ、おまえは騙されて、ニューハーフにされたのか?」
「騙されていたことを今の今知ったわ」
「ひどいことをするやつらだ。俺はともかく、明まで巻き込むなんて」
あけぼの金融は、ぼくと角谷から二重に借金を払わせ、しかも、ニューハーフを二人手に入れたことになるのだ。
「こんなことが許せるか! 復讐してやる!」
「復讐なんて・・・・」
「光野! おまえは悔しくないのか? 無理矢理ニューハーフに仕立て上げられて」
「わたし、騙されていたのは悔しいけど、こうなったことは後悔していないわ」
「何だって?」
「わたし、ニューハーフが好きなの。男とセックスするのが好きで好きでたまらないわ。だから・・・・」
「信じられないよ。おまえがそんなんだったなんて・・・・」
「こうなって、初めて気づいたの」
「そうか。でも、俺はやつらを絶対許さない。必ず後悔させてやる」
怒りで顔を真っ赤にして、角谷は部屋を出て行った。
翌朝、目覚めてテレビのスイッチを入れて、牛乳を飲みながら新聞を見ていた。
(政治家の汚職事件ばかりだな)
テレビの報道も同じだった。それが終わって、次のニュースになった。
『昨夜未明に発生した、あけぼの金融の火災は、午前6時過ぎ、住居兼事務所の594平方メートルを全焼して、ようやく沈火しました。この火災で、焼け跡から、あけぼの金融の従業員15人が焼死体で発見されました。火災の原因は放火と見られ、現在、消防と警察で現場検証中です』
(あけぼの金融? 放火? まさか・・・・)
『亡くなった方々のお名前は、・・・・』
アナウンサーが死亡者の名前を読み上げていった。知らない名前が続き、釘宮の名前が出てきた。そして、露木の名前も・・・・。
(露木さん、死んじゃった・・・・)
思わず涙が出た。
『それでは、あけぼの金融の火災現場から、麻生記者が中継でお伝えします。麻生さん、どうぞ』
『あけぼの金融の火災現場です。ご覧のように3階建てのビルがほとんど完全に焼け落ち、放火を裏付けるように、あたりにはガソリンの臭いが漂っています。遺体は、あけぼの金融の住居部分である2階と3階で見つかっています。
あっ、あけぼの金融の佐々木社長が現場に戻ってきたようです。ひと言インタビューをしたいと思います』
テレビの画面に、いかにも悪玉と言う顔をした男が映し出された。アナウンサーがマイクを向けた。
『佐々木社長、放火ということですが、何か心当たりでも?』
『わが社は、健全をモットーとし、広く国民の皆様に役立つ企業を目指しています。放火される心当たりなど、まったく覚えがありません』
初めて見る、あけぼの金融の佐々木社長が、マイクに向かって延々としゃべり始めた。その時、画面の左側から、すっと女性の姿が現れて、佐々木社長に近寄ってきた。
『健全な業務が聞いて呆れるよ』
マイクにそんな声が入ってきた。女性が、佐々木社長の前に滑り込んだ。
『ううっ!』
佐々木社長が前のめりに倒れていった。女の右手が真っ赤に染まっていた。カメラが佐々木社長の腹部を映し出す。そこには、深々と包丁が突き刺さっていて、真っ赤な血が流れ出していた。
マイクを手にしたまま、アナウンサーは一瞬固まっていた。こんな光景は、以前テレビで見たことがある。オウム真理教の何とかという幹部が、全国放送のテレビの中継中に刺し殺された場面だ。
周りにいた警官たちによって、女はすぐに取り押さえられた。その女の顔がテレビ画面に映し出された。女は、やっぱり角谷だった。
(俺はやつらを絶対許さない。必ず後悔させてやる)
そんな角谷の言葉が、ぼくの脳裏に浮かんで消えた。ぼくは茫然とテレビの画面を見ていた。
佐々木社長は、即死だった。殺人の現行犯で逮捕された角谷は、あけぼの金融の放火も自分がやったと供述した。その動機を聞いて、警察関係者は唖然とし、佐々木社長の家宅捜索を行った。
その結果、ぼくたちと同じ手口で、13人の女性がソープやヘルスで働くことを余儀なくされ、6人の男性が、ニューハーフに仕立て上げられていることが判明した。
6人の男性のうち、ふたりが屈辱に耐え切れずに自殺していた。ふたりは、借金を返済して、日常生活に戻っていた。あとのふたりが、ぼくと角谷だ。
角谷は、情状酌量がなされたけれど、あまりに多くの人の命を奪ったとして、懲役四年の実刑が言い渡された。
ぼくは、架空の借金であった150万が返還されたけれど、そのまま店に留まった。男に戻っても、メリットがないと思ったからだ。
この事件がきっかけで、ぼくがニューハーフヘルスという風俗産業で働いていることが母にばれた。
母は、泣いてやめてくれと懇願したけれど、ぼくは止めるつもりはなかった。何度も言うかもしれないけれど、性的快感を得られて、お金も稼げる商売なんて他にはないからだ。
みっともない? 後ろめたい? そんなことを思ったことはない。この商売は、神代の昔からある商売なんだから。