大学はそろそろ夏休みに入る。夏休みは帰らない、いや帰れないことを母に連絡しておかなければならない。
「もしもし、俺」
「明! あなた、いったいどこにいるのよ!!」
電話がつながったとたん、甲高い母の声が受話器から飛び出してきた。
「どこって、東京だよ」
「東京のどこ? 不動産屋さんから、家賃が滞納になっていて、ずっとアパートには戻っていないようだって、連絡が入ってるのよ。どこにいるの?」
いろいろなことがありすぎて、アパートのことなど忘れていた。
「新宿だよ」
「新宿? そっちにアパートを借りたの?」
「あ、ああ。バイトの都合で」
親に心配を掛けたくなかった。今の仕事もアルバイトと言えばアルバイトだろう。
「じゃあ、前の大家さんに連絡しなきゃ」
「すぐに連絡しておくよ」
「あなた、もう大人なのよ。少しは考えて行動しないと」
「・・・・分かってるよ」
「明? 大学はきちんと行ってるんでしょうね」
「あ、もちろんだよ」
嘘を言うのは気が引けたけど、行ってないなんてことは口が裂けてもいえなかった。
「そう。もうすぐ夏休みでしょう? いつ帰ってくるの?」
「あ、それなんだけど、今日電話したのはその件でね。バイトが忙しくって、帰れそうもないんだ」
「ぜんぜん帰れないの? お盆休みもないの?」
「ああ、ものすごくいい仕事なんだ。給料もいいし。休んだら、馘首になるんだ。こんないい仕事は滅多にないから」
「そう。いったい、どんな仕事?」
「あ、もう仕事に出かける時間だ。ごめん。また掛けるよ」
これ以上は話せない。ぼくは電話を切った。
不動産屋に連絡して、迷惑を掛けたことを謝り、5月6月分の家賃を振り込むことで、何とか契約を解除してもらった。
夜中にこっそりアパ−トに帰って、必要なものだけを鞄に詰めて、あとはごみに出しておいた。テレビや机は、『よかったら使ってください』と書いておいた。
この件で、ママから借金した。借金の残高は、158万になった。
(こんなことしてたら、いつまでたっても借金が減らない)
ぼくは一大決心をしていた。
(豊胸術を受けて、女性ホルモンを使おう。そうすれば、早く借金が返せるだろう。借金が終わってしまえば、ホルモンをやめて、シリコンバッグを取り除けばいいのだから)
そんな決心をした翌日、仕事が終わってから、ぼくは恵子ママを捕まえた。
「ママ。教えて欲しいことがあるんだけど」
「なによ。改まって」
「実は、胸を大きくしたいんです。手術してくれるところを紹介していただけないかと思って」
「やっと決心したのね。いいわよ。でも、まずホルモンを飲んでみたら、どう?」
「ホルモンを飲んでも、すぐには大きくならないでしょう? 手っ取り早く大きくしたいんです」
「そう。それなら紹介してあげるわ」
恵子ママが、名刺の裏に紹介状を書いてくれた。
「横溝医院ですか・・・・」
「腕はいいし、いい先生よ」
「分かりました。早速訪ねてみます」
「あ、明子ちゃん? お金はどうするの?」
「お金・・・・ですか・・・・」
「ないんでしょう?」
「はい」
「貸してあげるわ」
「いいんですか?」
「豊胸術を受ければ、これまで以上に稼げるようになるでしょうからね。今のままでは、別の子を入れた方がいいかもしれないけど、貸しているお金をあなたから回収しなければならないからね。考えた上での投資よ」
「じゃあ、お願いします」
胸算用通りにいけば、借金しても採算が合うはずだ。
翌日、いつもより早めに起きて、ママに紹介された横溝医院を訪れた。ママがいい人だと言ったけれど、実際に会ってみると、そんなママの意見が正しいことが分かった。
(この人なら、任せられる)
ぼくは豊胸術をやって欲しいと申し出た。
「恵子の紹介か。いいよ。やってあげよう」
ママからもらった名刺を見せると、横溝医師は、気軽に引き受けてくれた。
「豊胸術だけでいいのか? 必要なら睾丸の除去もやってあげるよ。もし希望するなら、性転換手術もやってあげる」
「い、いえ。豊胸術だけで結構です」
借金を早く終わらせるために胸を大きくするだけで、一生こんなことをするつもりはなかった。男に戻るためには、豊胸術以上のことは考えていなかったのだ。
「そうか。もしその気になったら、いつでもやってあげるからな」
「は、はい。その時はお願いいたします」
「手術はいつがいい?」
「できるだけ早いほうが・・・・」
「それじゃあ、今日にでもやってあげよう。いいかな?」
「今日ですか?」
「今日じゃいやか?」
「いえ、いいです。何時ごろから?」
「そうだな。午後7時にしようか。
「はい、結構です」
「どれくらいの大きさにする? Dカップ? それともEカップか?」
「そんなに大きくしなくていいです。Bくらいで充分です」
「そうか? 後で大きくしてくれとよく言ってくるんだが、入れ替えも手術料がいるんだぞ」
「いえ、いいです。わたしの体には、Bがお似合いです」
かなり痩せているから、胸だけが極端に大きいのはおかしいと思ったのだ。
「そうか。じゃあ、Bと言うことで。全身麻酔をかけるから、簡単に検査をしておこう」
そう言うわけで、その日豊胸手術を受けることになり、ママに連絡してそのまま横溝医院へ入院した。
男が胸を大きくすると言うのに、看護婦も麻酔をかけてくれる医者も、ぼくにはまったく関心を示さなかった。いつもやってるから、興味が湧かないんだろうなと思った。
まるで十字架にかけられたように手術台に縛り付けられた。麻酔医は女医らしい。マスクをしているから目だけしか見えないけれど、二重の綺麗な目をしていた。
「眠くなりますよ。大きな息をして」
可愛らしい声だと思った。そのあとは覚えていない。
シリコンバッグを埋め込むための傷は、いろいろとあるらしいけれど、ぼくの場合はわきの下の皺に沿って皮膚を切り開いて、そこから大胸筋と言う胸の筋肉の後ろ側にシリコンバッグが入れられた。
手術は眠っている間に終わった。目覚めると、胸の周りの包帯がぐるぐると巻かれていて、息が苦しかった。
翌々日、胸に巻かれていた包帯が取られた。圧迫が取れて少し楽になった。
(へえ、こんな風に見えるんだ)
膨らんだ胸を見て、ぼくはちょっと感慨を覚えた。
(やっぱり、もう少し大きくすればよかったかな?)
後悔先に立たず。これ以上借金できないので、満足することにした。
「よくマッサージするんだよ。そうしないと、拘縮してしまうからな」
「こうしゅく?」
「固くなって、ごつごつした乳房になってしまうんだ。だから、しっかり揉みなさい」
看護婦に指導されて、胸を揉んだ。
(妙な気分だな)
説明できないような不思議な感覚だった。
抜糸がすんだ。埋没縫合という特殊な縫い方のため、傷は皺に隠れてまったくと言っていいほど分からなかった。
「女性ホルモンは、注射にするか? それとも飲み薬にする?」
「どう違います?」
「大して変わらないな。飲み薬は面倒。注射は痛い。飲み薬の方が注射に比べて、女性ホルモンの血中濃度を一定に保てる。しかし、ちょっと高く付く。一長一短がある」
「痛くてもいいから、安くて面倒くさくないのがいいです」
「じゃあ、注射だな」
早速注射された。ほんとに痛かった。
「2週間ごと、通ってきなさい」
「2週間毎ですね」
「もし薬がよければ、いつでも切り替えてあげるよ」
「分かりました。今後ともよろしくお願いいたします」
手術料は、ちょうど80万だった。ほんとは100万だったらしいけど、横溝医師が、恵子ママの紹介ということで、まけてくれたのだ。もっとも、こんな手術は医者の言い値だから、ほんとにまけてくれたかどうかは定かではない。
ママからの借金は、240万あまりになった。
(しっかり働かなくちゃ)
鏡に映してみると、とってつけたような乳房なんだけど、乳房があるというだけで、お客の指名が増えた。予定通り、毎日三人以上のお客に指名されるようになった。
(男って言うのは、乳房が好きなんだ)
膨らんだ胸の皮膚にはちゃんと感覚がある。だけど、乳房自体は、まったく感覚がない。その乳房を揉まれても、何も感じないんだけれど、お客が揉んだり舌を這わせたりしたとき、ぼくはちょっと軽い声を漏らしたり、体をよじったりして演技した。
「あん。感じちゃう」
「可愛い乳首だ」
お客はすごく喜んだ。
乳房ができて、ようやく他の5人と同じ土俵に上がったという印象だった。ぼくの強みは、フェラチオが6人の中では特に上手いと言うことだった。よほど大きくない限り、ぼくは根元まで飲み込んで、その精をすべて飲み干した。
「むかし、ディープ・スロートと言うAVがあったけど、明子ちゃんは、まさにディープ・スロートだな」
ちょっとお年のお客さんにそう言われた。そんなAVなど知らないぼくは、にっこり笑うしかなかった。
「ディープ・スロート? そんなの、話しには聞いたことがあるけど、わたしも見たことがないわ」
恵子ママもそう言っていた。よほど古い話しらしい。
2週間に一度の女性ホルモンの注射で、ぼくは急速に女性化していった。収入がよくなったせいで、食事もきちんと取れるようになって、体重が少し戻った。だけど、その大部分は皮下脂肪で、ぼくの体は丸く柔らかくなっていた。
とってつけたようだった乳房も体の一部となり、豊胸術直後より大きくなったようだった。トップバストは88で変わらないけれど、アンダーが74になっていたから、Cカップになっていた。
女らしい体になって、指名が増えて、収入が順調に伸びていった。毎日1万5000円から2万円を返せるようになり、母にも月に10万の仕送りを始めた。
罠にはまって、こんな店で働くようになったけれど、ぼくは結構楽しんでいた。ディープキスは大好きだし、乳房を弄ばれるのも面白い。このごろは、乳首が敏感になって、かなり感じるようになっていた。『上手い、上手い』と言われるものだから、フェラチオも楽しい。精液を飲み込むのも最近は苦にならなくなってきた。それに、なんと言ってもアナルファックは気持ちがいい。性的快感を与えてもらって、その上お金ももらえるなんて、こんないい商売はないと思っていた。
だから、借金がなくなってもずっとこのまま働くつもりになっていた。
正月前になって、久しぶりに母に電話した。
「もしもし、わたし」
そう言ってから、ハッとした。
(わたしなんて言ってしまった)
「・・・・明? 明なの?」
「ああ、俺だよ」
いつもは高くしている声も落として答える。
「あなた! 半年も連絡しないで、いったい何をしてたの?」
すごい剣幕。
「バイトが忙しくて・・・・」
「いくら忙しくたって、電話くらいできるでしょう?」
声が泣いていた。ぼくはすまない気持ちでいっぱいになる。
「・・・・ごめん」
「いったい、どう言うバイトなの? 毎月10万も送ってくるなんて、なんか悪いことをしてるんじゃないでしょうね」
「悪いことなんてしてないよ」
「ほんとね?」
「ああ、誓って」
(ニューハーフになって、ニューハーフヘルスで働くのは、悪いことじゃないよね。他人には言えないけど・・・・。やっぱり悪いことかなあ・・・・)
「ちゃんと食べてるんでしょうね」
「ちゃんと食べてるよ」
「風邪引いたりしていない?」
「ぜんぜん。健康そのもの」
「お正月は帰ってくるの?」
「ああ、何とかして帰るよ」
そう言ったものの、帰るわけにはいかない。帰るとしたら、借金が終わってからだ。
「いつ? いつ帰ってくるの?」
「・・・・そうだな。30日くらいかな?」
「30日? もっと早く帰れないの?」
「稼ぎ時だから、ちょっと無理だよ」
「・・・・そう。じゃあ、30日ね。あなたの好きなものを作って待ってるからね」
(母さん、騙してごめん)
涙が出た。
「うん。じゃあ、母さんも体に気をつけてね。香里にもよろしく」
言ってしまったあとで、この言葉も失敗だったと気づいた。しばらく帰れないことを暗に言ってしまったからだ。
「明? ほんとに帰ってくるんでしょう?」
「帰るよ。母さんのご馳走、期待してるよ。じゃあ」
電話を切ったあと、ぼくは一晩中泣いた。
(ニューハーフをやっていることは恥じてはいない。だけど、親を心配させるなんて、ぼくは最低の人間だ)
約束の30日、ぼくの帰りを待っているだろう母を思って心が痛んだ。
(うんと稼いで、うんと楽させてあげるから、少しの間だけ親不孝を許してください)
正月休みの1日、2日の間、ぼくは寮の部屋の中で悶々としてすごした。
(ぼくだって帰りたい。だけど・・・・)
3日になって、店に出始めると、母のことを忘れるために仕事に専念した。
露木が店にやってきた。それもぼくのお客として。
「久しぶりだな。元気でやってるか?」
「ええ、このとおり」
「ずいぶん女らしくなったじゃないか」
「豊胸術を受けたし、ホルモンもやってるからね」
「ほう。ずっとやる気なのか?」
「最初はそのつもりじゃなかったんだけど」
「そうか・・・・」
「ずっと働くコンパニオンが欲しかったんじゃないの? わたしみたいなコンパニオンが手に入って、社長さんも満足してるんじゃないの?」
最近ぼくはそんな気がしていた。150万を回収するためだけだとはどうも考えられなかったのだ。
「まあ、そうだ」
「露木さん、わたしに悪いことをしたって思ってるんでしょう?」
「そんなことはない。これが俺の仕事だからな」
「ふふ。まあ、いいわ。やるんでしょう?」
ぼくは制服も下着も脱いで裸になった。露木にはすべてを見られても恥ずかしくない。
「おまえは、ほんとに、素質があったようだな」
「開発してくれて感謝しているわ」
露木がちょっとだけ微笑んだ。これで露木の後ろめたさが少しは消えるだろう。
「キスして」
ぼくはあの部屋でコーチを受けたときのように露木の膝の上に載ってディープキスを始めた。
「上手くなったな」
「基礎訓練がよかったせいよ」
露木がまた微笑んだ。
「フェラチオも上達したか?」
「この店では、一番だと言われているわ」
ぼくは、露木のペニスを飲み込んだ。露木くらいのペニスなら、軽々と根元まで飲み込める。飲み込んだまま舌を使い、強く弱く吸う。
「おお、すごい。磨きがかかったな」
出そうになると緩め、萎えそうになると回復させた。30分も銜えていて、露木が根をあげたところで、射精させ飲み込んだ。
「・・・・参ったよ」
「すぐにやれるんでしょう?」
「残りは25分か。少しだけ時間が要る。延長を頼む」
「いいわ」
回復するまでの間、露木はぼくを責めた。通常のお客は、ぼくを愛撫すると言ってもそんなに熱心にはしない。露木は、ぼくがフェラチオで責めた分のお返しをしているかのように、執拗に責めつづけた。
女性ホルモンの影響で、ほとんど勃起しなくなったぼくのペニスも責めの対象だった。露木に銜えられて、久しぶりに勃起の感触を思い出した。
「そろそろ大丈夫だ」
そう言われた頃には、ぼくも全身がほてり、すっかり準備が整っていた。
「露木さん。早く、早く入れて。もう待てない」
「ああ、すぐに入れてやる」
ぼくは、大きく足を広げて膝を抱え込んだ。すぐ入れるといったのに、焦らしてなかなか入れてくれなかった。
「ねえ、早くう・・・・」
ペニスの先が肛門の周りを這い回る。
「ああ、お願い早く入れて」
「それじゃあ、入れてやるかな」
ようやく入ってきた。
「ああ、いい!」
それだけで、小さく行ったようだ。
「どうだ。どうだ。どうだ」
露木は、深く浅くリズムを変えながら、ぼくを突き続けた。
「あっ! あっ! あっ! あっ! ああん。あっ! あっ! あっ! いいっ!!」
最近は、お客の顔色を窺いながら、肛門を締めたりするのだけれど、そんな余裕はなかった。
「露木さん。行って! お願い。もう行って!!」
「そうはいくか。さっきのお返しだ」
露木は、動きを止めてぼくの顔をじっと見た。
「意地悪しないで、突いてよ。お願い」
「へへへ」
再び突き始めた。覚めかけていたものが、再び上り始める。
「ああん。いい! 気が狂っちゃう」
意識を正常に保てなくなり、涎が流れ出た。
「はっ! はっ! はっ! はっ! はっ! はっ!」
言葉が出なくなった。熱い吐息だけが出た。
「うぐぐうう・・・・」
ぼくの中で露木がはじけたのを感じた直後から意識が途絶えた。
それからと言うもの、露木は週に一度は店にやってくるようになった。露木とのセックスは最高だ。体が蕩けてしまいそうになる。
「俺と一緒に暮らさないか?」
(そんな言葉を待っているぼくって、おかしいのかな? おかしいよね)