第5章 ニューハーフヘルス

 昨夜行われた露木による卒業試験は合格だった。
 「合格だが、100点満点の98点だな」
 「どうして満点じゃないの?」
 絶対満点をくれると思ったぼくは、露木に尋く。
 「気を入れすぎだ。お客はひとりじゃないんだぞ。あんなふうにやってしまうと、後が続かなくなる。適当にあしらう術を知らなきゃ、満点はやれん」
 「ああ、そう言うこと。分かったわ。でも、昨日の夜は、露木さんひとりだったから、うんとサービスしたのよ」
 ぼくは露木にしなだれかかった。
 「あ、うん。ま、そう言うことなら、満点をやってもいい」
 「ほんと? 満点で合格なのね」
 「ああ、そうだ。おまえは、優秀なニューハーフとしてやっていける」
 そう言ったけれど、露木の言い方にはちょっとおかしな響きがあった。
 「何かまだ直さなきゃいけないところがあるの?」
 「・・・・体だな」
 「体?・・・・」
 「おまえは首から上は女に見えるが、裸になったら、男そのものだ。豊胸術を受けて、ホルモンを使えば、完璧だろうな」
 「そんなことはできません」
 「そうだろうな。ま、いいだろう。頑張って借金を返すんだぞ」
 「はい・・・・。でも、あのAV出演のビデオが・・・・」
 「ニューハーフのAVビデオはそんなに出回るものじゃない。特に体を触っていないニューハーフものは、通は別として、ほとんど流通しないから、心配しないでいいさ」
 「そうだったの」
 「ま、しかし、借金を返さないで逃げ出したりすると、ばら撒かれる恐れは充分あるからな。逃げ出したりするんじゃないぞ」
 「ありがとう。いろいろ教えてもらって」
 ぼくは露木の頬にキスをした。
 「あ、ひとつ言い忘れていたことがある」
 「なんです?」
 「この前、AV撮影のあとに、残りの借金は140万と言ったが、食費とかその他で、今日現在150万になっているんだ」
 「140万も150万もそんなに変わらないわ。頑張ってすぐに返して見せるわ」
 「そうか。それから、おまえの借金は、今後は『菊の花』の方に返すことになる」
 「どう言うこと?」
 「『菊の花』が、うちの事務所に150万払って、ここの借金を消して、その代わりに店の方が、おまえに150万を貸したことにするんだ」
 「経営は一緒でしょう? 同じ事なのに、どうして?」
 「ま、いろいろとな・・・・」
 借金のかたにニューハーフとなることを強要したことを、他人に知られないためだろうと思った。
 「これが新しい契約書だ。よく読んで、サインしろよ」
 「今度は親切なのね」
 「もうこれ以上おまえから奪うものはないからな」
 露木は、ここで本音を漏らしたと言うわけだ。ぼくは、契約書の中に妙な拘束事項がないことを確かめた上でサインした。ぼくは、これでニューハーフヘルス『菊の花』に借金を返すために働くことになった。

 「これは俺からのささやかなプレゼントだ」
 そう言って、露木はぼくに水色のワンピースを手渡してくれた。
 「早苗が選んだから、おまえの体に合うはずだ」
 着てみると、ぴったりだった。一緒に入っていたパンストをはき、5センチばかりのヒールのパンプスを履いた。それから化粧を点検し、髪の毛をすいておいた。
 「さあ、店へ案内しよう。ママが首を長くして待ってる」
 階段を下りて、事務所を抜けていくとき、従業員の男がヒュウと口笛を吹いた。ぼくはその男に向かって、にっこり笑って投げキッスしてやった。
 「なかなかやるじゃないか。その調子だ」
 早苗に叩き込まれた身のこなしで、ぼくはベンツに乗り込んだ。

 不特定多数の男を相手にしなければならないことには、多少嫌悪感はある。しかし、やらなければならないのだ。
 そんな決心をしている間に、ベンツはニューハーフヘルス『菊の花』に横付けされた。
 「おい。恵子ママはいるか?」
 露木は受付の男に声をかけた。その男の後ろ側に、コンパニオンと書かれたニューハーフたちのポラロイド写真が掲げられていた。写真を見ただけでは、ホントに男だろうかと思うものから、到底女には見えないものまでいた。ぼくは女に見える方だろうなと思う。
 「奥にいますよ」
 受付にいたのは、ごく普通の男だった。露木とぼくがその男の横を通り過ぎるとき、その受付の男は、ぼくの方をちらりと見た。いやな目をした男だと思った。
 露木がこの店へ連れてくるのは、ニューハーフ以外にないのだろう。つまり、ぼくが男だと分かっているのだ。分かった上で、あんな目をするところを見ると、受付の男は、ニューハーフは嫌いらしいなと思う。
 「ママ。新入りを連れてきたぞ」
 「あら? 露木さんいらっしゃい。その子ね。まあ、可愛いじゃない」
 「明子。恵子ママだ。挨拶しろ」
 「お世話になります。よろしくお願いいたします」
 「へえ、露木さんが連れてくる子にしては、殊勝じゃないの」
 「明子は特別でね。まあ、よろしくたのんます」
 「しっかり働いて、貸したお金を返してもらいますから」
 「じゃあ、俺は帰るから」
 「露木さん、ありがとう」
 露木は肩を竦めて、片手を挙げると出て行った。ぼくを契約書で罠にかけて、こんな店で働かざるを得ないようにしたことを少しは後ろめたく思っているようだ。
 「さあ、それじゃあ、今日から早速働いてもらいますからね。店の衣装に着替えてもらいましょう」
 恵子ママは、ぼくを隣の部屋に案内した。そこは、壁に鏡が三つ並んでいて、鏡の前の棚に化粧品が所狭しと並べられていた。
 鏡と反対側に、ピンクのミニのワンピースがずらりと並んでいた。
 「Mサイズでいいわね」
 そう言いながら、そのひとつを取ってぼくに手渡した。
 「化粧をもう少し濃くしたほうがいいわね。それと直腸を綺麗にしておきなさい。浣腸はトイレに置いてあるわ」
 「は、はい」
 「それから、この店の料金だけど、フェラまでなら1万円。アナルファックまでいけば、1万8000円。収入をあなたとお店で7対3で分けることになっているわ。毎日お店が終わったときに清算するのよ。あなたの場合、毎日1万ずつ店に借金を返すことになっているから、それを差し引いて、お給料を渡すわね。もちろん、毎日1万以上返してもらえれば、早く借金が返せるけどね」
 「分かりました」
 「じゃあ、着替えて準備して。ほかのコンパニオンが集まったら、紹介するわ」
 「はい」

 ワンピース、パンスト、ショーツを脱いで、シリコンの人工乳房入りのブラジャーだけになって、トイレに入って浣腸した。ウォシュレットで肛門を綺麗にしてから外に出た。
 「あら? 新人さん?」
 可愛らしい女性が、ショルダーバッグを降ろしながら、ぼくを見ていた。ぼくは慌てて股間を隠した。
 「わたし、木村ゆい。よろしくね」
 この店で働くコンパニオンのひとりだと気づいて、股間を見られたことの恥ずかしさがちょっと減った。
 「あ、初めまして。わたし、・・・・明子です」
 「明子さんね。苗字は?」
 「苗字・・・・」
 苗字なんて考えてなかった。
 (光野は使いたくないし・・・・)
 「野村・・・・です」
 「野村明子さんね。あなた、体を触っていないみたいね」
 「え、ええ」
 「そう・・・・」
 それだけ言うと、木村ゆいは、服を着替えて化粧を始めた。ぼくもショーツをはいて、店の制服であるミニのワンピースを着た。
 鏡に向かって化粧しながら、自分の姿を見た。
 (ぼくって、こんな短いスカートをはくことに何の抵抗もないんだ。最初にセーラー服を着たときは少し恥ずかしかったけど、あの時もすぐに慣れてしまった。こんなの変なんだろうか? ぼく自身の心の中に、女になりたいとか、女装してみたいとかの欲望があったとは思えないのだけど・・・・。よく分からないな)
 化粧を終えた頃になって、コンパニオンたちがぞろぞろとやってきた。ぼくは部屋の隅に立っていた。
 木村ゆいと同じように、ぼくに向かってにっこり笑顔を向けてくるものもいれば、あからさまに敵意を表すものもいた。
 「さあさ。みなさん。今日から、ここで働くことになった新人さんを紹介するわ」
 恵子ママがやってきて、手をパンパンと叩いた。
 「この子が新人の明子よ。えっと、苗字は? 苗字を聞いていなかったわね。何と名乗ってるの?」
 「野村です」
 「はい、野村明子さんよ。皆さんよろしくね」
 「よろしくお願いいたします」
 頭を下げると、5人のコンパニオンがぼくに向かって頭を下げた。
 「向かって左から紹介するわね。後藤理沙さん」
 「よろしく」
 「木村ゆいさん」
 「よろしくね」
 「植村ゆかりさん」
 「はい、よろしく」
 「佐藤葵さん」
 「・・・・よろしく」
 「城野南さん」
 「よろしく」
 「みんな仲良くしてね。さあ、今日も頑張りましょう」
 恵子ママが控え室を去っていくと、木村ゆいがぼくに近寄ってきて聞いた。
 「胸は大きくしないの?」
 「ええ」
 「大きくすればいいのに。その方がいいわよ」
 どうしてそんなことを言うのか分からなかった。
 「明子! その胸は豊胸術をやってるんじゃないのね?」
 化粧をしながら、佐藤葵が声をかけてきた。
 「はい。体にはぜんぜん手を入れてません」
 「へええ」
 最初敵意をあからさまにしていたのに、佐藤葵は、急に笑顔になった。
 「ホルモンも飲んでないの?」
 後藤理沙が聞いてきた。
 「はい。飲んでません」
 「あ、そう・・・・」
 突然雰囲気が変わった。体にまったく手をつけてなくて、女性ホルモンも飲んでいないぼくは、彼女たちのライバルとなりえないと思ったのだろう。
 木村ゆいは、敵意を持つニューハーフにそのことを教えて、ぼくをみんなに受け入れやすくしてくれたようだ。

 後藤理沙は、結構可愛い。22歳。16の時から女性ホルモンを飲んでいて、Bカップの乳房は自前だそうだ。18のとき、睾丸を切除。お金を貯めて、将来は性転換したいと言っている。
 木村ゆいは、21歳。美人ではないけど愛嬌がある。19歳のとき、豊胸術を受けてCカップにしたと。睾丸もペニスもある。
 植村ゆかりは、25歳。ぜんぜん美人じゃない。だけど、どこにでもいる女の子に見える。偽物のDカップとは本人の弁。睾丸はずっと昔に取ったけど、いつだったか覚えていないと。
 佐藤葵は、20歳。ぜんぜん女に見えない。女性ホルモンを飲んで、現在Aカップ。豊胸術を近々受けると言う。睾丸は半年前に取ったそうだ。
 城野南は、28歳。美人で完全に女に見える。制服に着替えるとき、ショーツ一枚になったのだけれど、ぼくはえっと声をあげた。15のときから女性ホルモンを始め、23の時に性転換したと言う。黙っていれば、裸になっても、女だと認知されるだろう。

 女としての可愛さから言えば、ぼくは上から3番目にはなるだろうと思っていた。ただ、体に何も手をつけていないのが、どう評価されるかだ。それは、指名の多さで判断するしかない。
 『今日入った新人』と言うことで、その日早速指名があった。最初の客は、40台半ばで、職業は弁護士と言うことだった。
 「明子です。よろしくお願いいたします」
 挨拶をして、早速ディープキスを始めた。キスをしながら、服を脱がせていった。弁護士と言うと、でっぷり太った男を想像するけれど、このお客は、痩せ型で、裸にしてみると筋肉隆々だった。
 「鍛えてあるんですね」
 「趣味でね」
 聞いてみると、ボディービルをやっていて、筋肉を見せびらかすのが趣味だそうだ。
 「今の女は、こんなムキムキマンは好きじゃないらしい」
 それが、こんな店に来る理由らしい。
 「君はフェラチオが上手いね」
 まだ射精するつもりがなかったのに、出てしまったらしく言い訳がましくそう言った。
 (また上手いと言われちゃった。ぼくって、ほんとにフェラチオが上手いみたいだ)
 そう思いながら、ごくりと飲み干した。
 「一度出ると、二度目は厳しいな」
 弁護士はそう呟いた。アナルファックまでオーダーされていた。悔しそうにしているので、もう一度、口に含んでやって少し回復させ、騎上位で受け入れてやった。何とかなりそうだったのに、途中で萎えてしまって射精まで至らなかった。
 「今度は、最後までやらせてもらうからな」
 「お待ちしています」
 そう言って送り出した。

 次のお客は、30代前半で、公務員だと言っていた。この男、ものすごく強いみたいで、フェラチオで一回、アナルファックで二回射精した。時間切れになって出て行ったけれど、時間があったら、もう一度やられそうな気がした。
 3人目は、学校の教師だと言っていた。禿げてでっぷりと太っていて、ペニスが肉に埋まりこんでいた。フェラチオで爆発させると、満足したような顔をして帰っていった。
 初日は、その3人で終わりになった。部屋の掃除を終えたあと、清算されて、給料が手渡された。3万2200円から1万円が引かれた、2万2200円がぼくのニューハーフ一日目の給料だった。

 一週間ほどは、新人と言う看板が利いて、毎日3人ほどのお客を相手にしたのだけれど、その後は指名が減って、日に1人かせいぜい2人。指名がない日もあった。だから、最初の週は借金を予定通り返せたのに、次の週からは少し持ち出しとなった。
 ぼくは、店にすぐ近くのウィークリーマンションのような部屋に住まわされていた。ここの家賃が、一日3000円だった。だから、一日最低1万3000円が必要なのだ。霞を食って生きるわけにはいかないから、食費だっている。外出は拘束されていないけれど、露木にもらったワンピースだけしかないから、他に着るものも欲しい。外に出なくたって、下着だけはある程度いるのだ。最低でも、日に1万5、6000円は欲しいところだ。しかし、1万3000円を切る日もあって、かえって借金が増えていくありさまだった。
 「一日に3人は指名をもらわないと、ここで働いてもらう意味がないんだけどねえ」
 恵子ママが、それとなしに言った。
 (なんとかしないと・・・・)
 そうは思っても、思うようにはお客は指名してくれない。外出を極力控えて、露木からもらったワンピースだけでやっていくようにした。食事は一日一回。お客が放出する精液が、ぼくの貴重な蛋白源だ。
 ぼくは、背が低い。それがコンプレックスとなって、体を鍛えていた。あの弁護士ほどではなかったけれど、かなり筋肉がついていた。だけど、今のぼくは、その筋肉は、面影もないほど落ちてしまっていた。
 (43キロか・・・・。痩せちゃったな)
 他のコンパニオンたちの乳房を見た。
 (豊胸術を受けたら、ぼくももう少し稼げるようになるだろうか?)