第1章 連帯保証人

 (やっぱり、やらなきゃいけないんだろうか?)
 ぼくは目の前に突き出されている、露木のだらりとぶら下がったペニスを見つめていた。童貞のぼくのものと違って、相当に使い込まれているらしく黒光りしている。シャフトには、真珠らしい丸いものがいくつか埋め込まれているようだ。
 「おい! さっさとやらねえか!」
 頭をばしりと叩かれて、ぼくはよろめく。よろめいたぼくに露木が近寄ってきて、髪の毛を掴んだ。
 「痛い!!」
 ぼくは思わず悲鳴をあげた。
 「やかましい! 早くやれって言うのが分からんのか!!」
 ぼくの鼻先に、再びペニスが押し付けられた。腐ったチーズの匂い? それともイカの燻製の匂い? ともかくむかつきを催す臭いが、ぼくの鼻腔を刺激する。吐き気がこみ上げてきた。ぼくは顔をそむけた。
 「おい、おまえ。おまえは、まだ自分の立場が分かっていないようだな」
 露木が、ぼくの前に座り込んで、ぼくを諭すようにして話し始めた。
 「お前には借金がある。だから、きちんと返さなきゃならないんだ」
 「ぼくには借金なんてない!」
 ぼくは床を見つめたまま叫ぶようにして言った。
 「だから、言っただろう? 連帯保証人って言うのは、本人が借りたのと同じなんだ。おまえがあの証書に連帯保証人としてサインしたときから、借主と共同で借金を返す責任が生まれるんだ! 何度言ったら分かるんだ! それに、この契約書の方は、おまえが新たに書いたものだぞ」
 露木が、あの証書と言ったものの連帯保証人の欄には、確かにぼくのサインがあった。ぼく自身が書いて捺印したものだ。そして、ぼくの目の前に差し出された契約書は、連帯保証人として借金を支払う目的で、新たにサインさせられたものだ。その契約書に、ぼくが今こうしなければならない理由が書かれてある。
 「あの時、サインさえしなければ・・・・」
 連帯保証人の意味も知らないで、簡単にサインしたのが間違いだった。ぼくが馬鹿だった。

 あれは、3ヶ月前、正月休みが明けてすぐのことだった。同じ大学に通う同級の角谷がぼくのアパートへやってきた。
 角谷は、高校も同級だった。ただ、同じクラスになったこともないし、部活も違っていた。だから、同級だったけど、ほとんど話しはしたことがない。大学に進学してから、同じ高校出身ということで仲良くなった男だ。角谷のほかには、同じ高校の出身者はひとりもいなかったから、急速に親しくなった。
 かなりのコンピューターおたくである角谷は、その関連のものに相当のお金をつぎ込んでいた。
 「マイクロソフトのフライトシミュレーションは最高だぜ」
 角谷の部屋は、まるでコクピットのようになっていた。ぼくもそのフライトシミュレーションとやらをやってみたけれど、何度やってもすぐに墜落させてしまった。
 その他に、3Dのグラフィックに凝っていて、講義をサボっては朝から晩までタブレットを使って画像を描いていた。そして、遊び疲れると、ぼくのアパートにやってくるのだ。
 「光野、これやるよ」
 一枚の紙をぼくに手渡して、角谷はコタツの中に足を突っ込んだ。その紙には、角谷が描いた美少女がプリントアウトされていた。
 「可愛いじゃないか。誰がモデルだ?」
 「モデルはない。イマジネーションさ」
 「へえ、たいしたもんだ」
 3Dで書かれたその美少女の絵は、まるで生きているかのようだった。
 「裸のやつも書いてきた」
 「裸? 裸って言っても、絵だからなあ」
 と言いながら、ぼくは手にした絵の美少女が裸になっているところを想像する。その想像以上の絵が手渡されたものには描かれていた。
 (すげえ・・・・。あそこの毛まで、一本一本書いてあるよ)
 ぼくは唖然として、その絵を眺めていた。
 「その手の写真ならいくらでもあるぞ。欲しいのなら、持ってきてやろうか?」
 「い、いいよ」
 「遠慮するな。今度持って来てやるよ」
 「いいったら」
 そう答えながら、ほんとは女の裸の写真も見てみたいなと思っていた。
 「コーヒー、入れようか?」
 話題を変えるためにそう言った。
 「ああ、たのむ」
 「砂糖は一個だったな」
 「ああ、一個でいいよ」
 ぼくは、インスタントコーヒーを作って、角谷の前に置いた。
 「ところで、ちょっと頼みがあるんだけど・・・・」
 コーヒーを飲みながら、ちょっと上目遣いに角谷は言う。
 「なんだ?」
 「コンピュータを買い換えるのに、ちょっと借金をするんだ」
 「また買い換えるのか?」
 大学に入学して、まだ1年にもならないのに、角谷がコンピューターを買い換えるという話しは3度目なのだ。
 「今のじゃ、CPUが追いつけなくってな」
 「借金までして、買い換えるかなあ・・・・」
 「俺の唯一の趣味だからな」
 そうかもしれないと思った。角谷は、普段は酒も飲まなきゃ、女遊びもしない。賭け事もまったくしないのだ。
 「で、ぼくにどうしろと?」
 「保証人になって欲しいんだ」
 「保証人?」
 「ああ、そうなんだ」
 「保証人って、角谷が払えないとき、代わりに払わなければならないんだろう?」
 「ちゃんと払うから大丈夫さ。書類上、保証人がいないと金を貸してもらえないんだ。だから、頼むよ」
 「明目だけの保証人って言うんだな」
 「そう言うこと。おまえには迷惑はかけないから」
 「ほんとだな」
 「誓って」
 「なら、サインしてやるよ」
 「ありがたい。恩に着るよ」
 ぼくは、角谷の名前の左側にサインして印鑑を押した。そのとき、ぼくは連帯保証人という文字を眼にしていたのだけれど、それがどれほどの意味を持つのか知らなかった。

 春の休みが終わって、明日から2回生の講義が始まると言う日の夜、そろそろ風呂に入ろうかと準備していると玄関のドアが乱暴に叩かれた。
 (今ごろ、誰だろう? 角谷かな?)
 そう思いながら、ドアを開けると、人相の悪い男がふたり立っていた。思わず後退りしそうになった。
 (この男たちはいったい誰だろう? ぼくに何の用事だろう?)
 ぼくは、ちょっと首を傾げた。そんなぼくの疑問が男たちに通じたのか、ごつい方の男がぼくに向かって言った。
 「光野明さんだね」
 「は、はい。そうですけど」
 「この書類に見覚えがあるかな?」
 男がぼくの目の前に差し出したのは、3ヶ月前、角谷が借金するときに書いた書類だった。
 「は、はあ・・・・」
 「君は、連帯保証人になっている。角谷さんが、この証書に書かれた借金を払っていただけないようなので、連帯保証人である君に肩代わりしていただこうと思ってですな」
 ものの言い方は丁寧だったけど、どすが利いていてなんとなく怖い感じがした。
 「えっ!? 支払っていないんですか?」
 (ちゃんと支払うって言ったのに・・・・)
 「ああ、そうだ。借りたまま一銭も支払っていないんだ」
 「そんな馬鹿な。必ず支払うって言ってました」
 「言った、言わないを君と議論しても仕方がないんだ。実際、支払われていないんだよ。事実は小説より奇なりだ」
 「ちょ、ちょっと待ってください。本人に確認してみます」
 「どうぞ」
 ぼくは、慌てて角谷に電話した。男たちは、玄関に入ってきて、壁にもたれていた。ぼくが逃げ出さないようにしているようだ。
 (先月帰省する前に、ここに来たときには、支払いをしていないなんて言う話しはしていなかったのに・・・・)
 角谷のアパートの電話番号をプッシュした。10回、コールしたところで留守電に切り替わった。
 「いたかね?」
 男がぼくの背中に向かって言う。
 「ちょっと待てください。もう一度掛けてみます」
 「いないと思うね。俺たちも何度も足を運んでいるからな」
 男は玄関口にあぐらを組んで座り込んで、タバコを吹かし始めた。ぼくは、角谷の実家の電話番号をプッシュした。
 《はい、角谷です》
 角谷の母親の声だ。
 「もしもし、光野です」
 《あら? 光野さん。どうしたの?》
 「角谷は、まだそちらですか?」
 《いえ。とっくの昔に、そちらへ行きましたよ》
 「そうですか。アパートにいないんですけど、どこへ行ったか、ご存じないでしょうか?」
 《明日から、講義でしょう? ちょっと出かけているだけじゃないですか?》
 「そうですか。すみません。もう一度電話してみます」
 ぼくは受話器を置いた。
 「借金が支払えなくて、雲隠れしたようだな」
 「あいつはそんなやつじゃない!」
 「しかし、雲隠れしたのは確かだ」
 「あいつのアパートに行ってみます」
 「いいよ。一緒に行こう」
 男は、ぼくの肩に手を置いて、にやりと笑った。

 男たちと一緒にアパートの階段を下りると、アパートにベンツが横付けされていた。
 「乗せてやるよ」
 「いいです」
 「いいから、乗れ!」
 ほとんど押し込められるようにして、ベンツに乗り込んだ。5分もしないうちに、角谷のアパートの前についた。見上げる角谷の部屋の明かりはついていなかった。
 ぼくは階段を駆け上って、角谷の部屋のドアを叩いた。
 「角谷! 角谷!!」
 返事はなかった。当然と言えば当然かもしれない。
 「いないって言っただろう? 一週間前から、毎日来てるんだ。やつは、ここにはいない」
 ぼくは、茫然と角谷の部屋のドアを見つめていた。

 「気がすんだら、君のアパートに戻ろうかな?」
 男に促されるまま、よろよろとぼくは再びベンツに乗り込んだ。
 「いったい、いくら返せばいいんですか?」
 少しショックから覚めて、ぼくは男に聞いた。
 「ほんの150万だよ」
 「150万!」
 男はほんの150万と言ったけど、学生のぼくにとっては大金だ。
 「保証人になるのに、借りた金額を確認しなかったのか?」
 「は、はい」
 「そう言うのが一番困るんだよな」
 「角谷が、ぼくには迷惑をかけない。必ず払うって言うから・・・・」
 「よくあるんだよな。そう言いながら、連帯保証人に押し付けてトンずらするのが」
 「あいつは・・・・」
 「そんなやつじゃなかったら、ここにこうして、俺たちが来ることはなかったんだ」
 男の言うとおりだった。角谷を信じたぼくが馬鹿だった。
 「150万、耳をそろえて返してもらおう」
 「そんなお金はありません」
 「なくたって返してもらわないとこっちが困るんだよ。俺たちだって、道楽で金貸しをやっているわけじゃないんだ」
 「実家に電話して、何とかします。それまで待ってください」
 そうは言ったものの、我が家は母子家庭。母が、パートでわずかなお金を稼いでいるに過ぎない。妹もひとり暮らしがしたいと言いながら、収入が少なくてそれができないでいる。ぼくだって、奨学金とバイトの収入がなかったら、大学生活なんて送ってゆけないのだ。
 「だめだ。今日返してもらう。返済期限はとっくに過ぎてるんだ」
 「そんなのは無理です」
 ぼくのような学生に、たった今150万返せと言って返せるわけがない。男はそれが分かっているはずだ。
 「無理でも返してもらう。こっちだって、慈善事業で金貸しをやってるわけじゃないんだ」
 「そんなこと言われたって、無理なものは無理です」
 こうなったら、開き直るしかない。
 「・・・・ひとつ、手がある」
 ふうとタバコの煙を吐き出して、男が言う。藁をも縋りたいぼくは、男に尋ねた。
 「な、なんですか?」
 「ちょっと事務所まで来てもらっていいかな?」
 「は、はい」
 車は、すでにぼくのアパートを通り過ぎていた。初めからぼくを男の事務所とやらに連れて行くつもりだったようだ。

 ベンツが停まったのは、『あけぼの金融』と書かれた看板が下がった三階建てのビルの前だった。入り口のサッシを開けて中に入ると、やはり人相のよくない男たちがたむろしていた。
 「露木、ご苦労。そいつが連帯保証人か?」
 奥の方の机に座っていた禿でかなり年の男が、ぼくを引き立ててきた男に声を掛けた。
 (この男。露木と言うんだな)
 ぼくは、その時初めて一番態度のでかい男の名前が露木だと知った。
 「そうです」
 「支払ってもらえるのか?」
 露木と呼ばれた男は肩を竦めた。
 「二階を借りますぜ」
 「空いてる。勝手に使え」
 「おい。二階だ」
 ぼくは、露木と一緒に来たもうひとりの男に腕を取られて、二階への階段を上っていった。

 「さてと・・・・」
 露木は、ソファーにどっかりと座って、ぼくを見つめた。スポーツ刈りに剃り込みの入った顔。一見して、やくざに見える。
 「連帯保証人って言うのは、本人が借りたのと同じなんだよ。よほどのことがない限り、連帯保証人になんかならない方がいいな」
 (知らなかった。しかし、いまさら後悔しても遅いのだ)
 そう思いながら、ぼくは黙って床のシミを見ていた。
 「兄貴、持ってまいりやした」
 ぼくのアパートの一緒にやってきたもうひとりの男が、露木に書類を差し出した。
 「この書類にサインをしてもらおう」
 「何です? これは?」
 「150万の借用証書だ」
 「えっ!?」
 訳が分からず、ぼくは首を傾げた。
 「あんたに、新たに150万借りてもらって、取り敢えず角谷さんの借金を返してもらう。その上で、あんたに借金を返してもらうってことだ」
 「でもそれじゃあ、借金の主が角谷からぼくに変わっただけで、別に何の変わりもないんじゃあ」
 「ちょっとだけ違うんだ」
 「どうしてですか?」
 「そうしてもらえれば、今日、150万をいっぺんに返さなくてもいい。今日からこつこつ返してもらえばいいんだ。つまり、返す猶予ができるということだな。あんた自身が借りた訳じゃないんだから、ちょっとだけ恩情をかけてやろうって訳だ。うちの事務所だって、鬼じゃない」
 返す猶予ができると聞いて、少し安心した。
 「いつまでに返せば?」
 「毎日1万を払ってもらえば、6ヶ月でかたがつく」
 「かたがつくって、毎日1万なんてとても払えませんよ」
 「じゃあ、150万、いま、この場で払ってもらおうか?」
 「そんなの無理だって言ってるじゃないですか」
 「毎日1万の方が、まだ返せるんじゃないか?」
 「それも絶対に無理です」
 露木は、再びタバコに火をつけて、ふうと煙を吐き出しながら言った。
 「毎日1万以上になる仕事を斡旋してやってもいいんだがな。それでも無理か?」
 「毎日1万以上になる仕事? いったいなんです?」
 「すると承知すれば教えてやる」
 これまでの雰囲気からすると、あまりいい仕事ではないらしいことは分かっていた。しかし、150万をいっぺんには返せないし、毎日1万円を返さなければならない以上、承諾せざるを得なかった。
 「仕方がありません。やります」
 「そうか。やってくれるか。それはよかった。それなら、完璧に金が回収できる。じゃあ、まず、この書類にサインをしてくれ」
 露木に差し出された書類をじっと見た。金150万円なり。金利、年率22パーセント。ほんとに半年で戻せるのだろうか? しかし、サインせざるを得なかった。

 ぼくがサインを終えると、露木は書類を確認した。
 「よしよし、これでいい。これで、こちらの賃貸契約書は、処理済にできる。光野君。この書類は煮るなり焼くなりしてもいいぞ」
 手渡された借用書をぼくはあらん力を振り絞って破り捨てた。
 (こんなものせいで・・・・)
 「で、どんな仕事なんですか?」
 「まあ、そう焦るな。お茶でも飲みながら、ゆっくり話そう。おい、釘宮。コーヒーをふたつ持ってこい」
 「へい。わかりやした」
 もうひとりの男、釘宮が下へ降りていった。露木は、ソファーに腰掛けて、妙な目つきでぼくを見つめていた。
 しばらくして、釘宮がコーヒーを載せた盆を持ってあがってきた。
 「ちゃんと豆からいれたか?」
 「へい」
 「光野君、さあ、あんたも飲んで」
 話し方が急に丁寧になって、露木は、コーヒーを美味そうに飲んだ。ぼくはコーヒーカップを手にしたけれど、仕事のことが気になってもう一度聞いた。
 「ぼくの仕事は・・・・」
 「君にぴったりの仕事だ」
 「ぼくにぴったりの仕事って?」
 「うちの社長が、歌舞伎町で店をやっていて、従業員が足りなくて困ってるんだ。そこを手伝ってもらう」
 「歌舞伎町の店・・・・」
 (一日1万になる仕事なんて言うと水商売に違いない。どんな仕事だろう?)
 ぼくは、考えていた。
 (客引き? それならば、ここにいる男たちでもできそうだ。バーのウエイター? これも同じだ。ぼくにぴったりというと、ホストクラブのホスト? ぼくは結構いい男だからな。それなら、一晩に1万なんて軽いものだろう。そうか。ホストか)
 勝手にそう思い込んで、露木に質問した。
 「女性を相手の仕事ですか?」
 そうだと言う返事が返ってくると思っていた。
 「いや、男を相手にする仕事だ」
 「えっ!? それって・・・・」
 「おまえには、ニューハーフヘルスのコンパニオンをやってもらう」
 「ニュ、ニューハーフヘルス!!」
 「そうだ。おまえなら、可愛いニューハーフになれるだろう。すぐに人気が出る。一日1万なんて軽いものだ」
 「と、とんでもないです。そんな仕事はできません!」
 「じゃあ、150万をすぐに返せ」
 ドスの利いた声で露木が身を乗り出して言う。
 「・・・・無理です」
 「じゃあ、社長の店で働くんだな」
 「いやです!!」
 「契約書にサインしてるんだ。働いてもらう」
 「お金は何とか返します」
 「返すだけじゃだめだ。コンパニオンとして働くという契約書にサインしたんだから、ちゃんとやってもらう」
 「そんな契約書にはサインしてません!」
 「したじゃないか。ほら見ろ」
 さっきサインしたばかりの契約書を目の前に突きつけられた。書類の下の方に、ニューハーフヘルス『菊の花』で働いて、借金を返すと言う項目が書かれてあった。
 「この契約書は、前の契約書と同じで、法的根拠を持つんだ。いったんサインしたら、契約に従ってもらうしかないんだ。契約書って言うのは、よく見ないとだめなんだ。簡単にサインするもんじゃない。よく覚えてろ。分かったか」
 契約書の下の方に小さな字で書かれていた項目を見ながら、ぼくは項垂れるしかなかった。
 (ニューハーフヘルスで働くなんて・・・・)
 「すぐに働くことなんてできないだろう。今から、俺が指導してやる。上に上がれ」
 釘宮に押されて、ビルの三階に上った。押し込まれたのは6畳あまりの部屋だった。部屋の端にベッドが置かれていて、その横にあまり上等でないドレッサーが並んでいた。部屋の中央には、ビニールシートの安っぽいソファーが一組あった。
 「ここで、一通りのことを覚えてもらってから、店に行ってもらう。いいな」
 いいも悪いもなかった。よく見ないで契約書にサインしたぼくが軽率だった。
 「逃げ出そうなんて思うなよ。地の果てまで追いかけて行って、連れ戻すからな」
 (そんなことするのなら、角谷を追いかければいいのに)
 そう思ったけれど黙っていた。今や、新たな契約書は、ぼくをターゲットとしているからだ。
 「服を脱いで、裸になれ」
 ぼくは言われるままに服を脱いだ。
 「まずフェラチオのやり方を教えてやる」
 「フェラチオ・・・・」
 露木が、ズボンを下げて、ぼくの目の前にペニスを差し出した。

 そう言うことなのだ。警察か消費者団体などに飛び込んで相談すれば、こんなむちゃくちゃな契約など無効になったのだろうけれど、その時のぼくは気が動転していて、そんなことなど気づきもしなかった。