鍬を持つ手にまめができた。水本は振り下ろした鍬を置いて背筋を伸ばした。そうして、村に向かう道の方を見た。ホセが手を振りながら駆けてきた。
「アキ! ミゲルが帰ってきたよ! ミゲルが帰ってきたんだ!!」
ホセの後ろに男の姿が見えた。遠くてまだよく見えないけれど、それがミゲルだと言うことがわかった。水本は駆け出す。ミゲルも水本に気がついて走り出した。
水本は両手を大きく広げてミゲルの首に抱きついた。ミゲルが唇を重ねてくる。水本は差し入れられてくる舌を吸った。
「遅くなった」
「戻ってくると信じてたわ」
エレナが家から飛び出てきた。ミゲルは水本から離れてエレナに抱きつきキスを交わした。
「ミゲル、ミゲル」
もしかしたら死んだかもしれないと聞かされていた息子が帰ってきて、エレナは涙を流して喜んでいた。
いつもよりちょっとだけ豪華な夕食だった。何やら鳥のような肉が入っていた。
夕食が終わると、ミゲルは水本の手を引いた。
「恥ずかしいわ。みんながいるのに」
「夫婦と言うことになっているんだ。何を恥ずかしがることがある?」
「でも・・・・」
「こんな貧しい村じゃ、寝室など別にできないんだ。子どもの目前でもやるんだ」
「毛布を掛けてね。ばれないように」
「それはもちろんわかっているよ」
ホセとバネッサがすぐそばで寝ている。壁も衝立すらもなく、籠のような家具だけが境だった。声を出せば当然聞かれる。ミゲルにフェラチオをやっているときはよかったのだが、責められる番になったとき、気になって水本はまったく乗らない。しかし、ミゲルはそんなことお構いなしに水本を責め立てた。
あの部屋で別れてから二十日がたっていた。久しぶりのミゲルとのセックスだった。水本も次第に緊張がほぐれ、ついには声を挙げ始めた。
「はあ、はあ、はああっ!」
快感が身体を走り抜ける。こうなると、声を押し殺そうなどと言う決意はどこへやら飛んでいってしまっていた。
「はん、はん、はん、はん。あああ、いいっ!!」
ホセとバネッサがこっそり覗いているのが見えた。けれど、声を止められなかった。
(こんなに気持ちがいいんだもの。我慢なんてできないわ)
ミゲルの迸りを受けて、水本はあまりの快感に失神してしまっていた。
あたりが微かに明るくなり始めた頃、ドアがノックされた。
「ミゲル! ミゲル!!」
誰か知らない男の声だった。
「カルロスか?」
「そうだ」
ミゲルの知り合いのようだ。
「なんだ? 何の用だ?」
「政府軍が峠まで来ている。急いで逃げろ」
「峠に? そうか。すまない」
「急げよ」
足音が去っていった。ミゲルは着替えを始めた。
「アキ、どうする?」
「どうするって、一緒に行くわ」
「捕まったら、殺されるぞ」
「あなたと一緒なら、それでもいいわ」
死にたくはなかった。けれど、村に残るよりもミゲルと一緒にいたかった。
「早く準備しろ!」
水本は、ベッドの下に脱ぎ捨ててあった服を取ってサッと着た。
「行くの?」
エレナがミゲルの頬に手を当てて悲しそうな表情を見せた。
「ここには、いられない」
「死なないで」
エレナの目から涙がこぼれた。
「死ぬもんか。生きて政府を倒すんだ」
「気をつけて」
エレナはミゲルにキスすると、水本の方を振り返った。
「一緒に行くのね?」
「はい」
「ミゲルを頼んだわ」
「わかっています」
「これを」
エレナは、肩に掛けていたショールを水本に掛けてくれた。
「さあ、早く行って」
「お義母さん、お世話になりました」
水本はエレナにキスすると、ミゲルの跡を追った。
ミゲルはジャングルに向かってドンドンと歩いていく。水本は急ぎ足で追った。
「どこへ行くの?」
「リタのところだ」
リタというのは、ミゲルの妹だ。
「峠は抜けられないでしょうね」
「俺しか知らない道があるんだ。ちょっと険しいが行けるか?」
「もちろん」
あたりが次第に明るくなっていった。急がなければ、政府軍に姿を見られる。ジャングルの中に入って、微かにミゲルの家が見えるくらいになった頃、政府軍らしいトラックがミゲルの家の前に停まるのが見えた。
「大丈夫かしら? お義母さんたち」
「女子どもまで殺すようになったら、政府軍も終わりだ」
「・・・・だいじょうぶかなあ」
それでも心配だった。
ミゲルの家の前に着いた政府軍の兵士がトラックからバラバラと飛び降りてミゲルの家を包囲した。指揮官らしい男がドアを叩く。
「このドアを開けろ!」
ややあって、エレナがドアを開いて顔を覗かせた。
「こんなに早くから、何の用でしょう?」
「ミゲルが戻っているだろう?」
「ミゲル? ミゲルはもうかれこれ2年も戻っていません。それに、先月死んだと言われました」
「戻っていないと言うんだな?」
「はい」
「家捜ししろ!」
指揮官が命令すると、兵士たちが小銃を構えて家の中を捜索し始めた。狭い家だから、捜索をすぐに終わった。
「ミゲルは、いません!」
「女は?」
「子どもだけです」
その報告を聞くと、指揮官がエレナに向き直った。
「ミゲルの女がいたはずだ」
「そんな女性はいません」
「嘘を言うな!」
指揮官の手がエレナの頬に飛んだ。エレナは地面に倒れ込む。
「情報が入っているんだ。どこへ隠した?」
「ミ、ミゲルが死んだって聞かされて出ていったわ」
「いつだ?」
「昨日の午後」
「本当か? 間違いないな?」
「嘘を言っても仕方ないでしょう?」
いくら責めても本当のことは言わないと判断した指揮官は、苦々しげな顔をしてトラックに乗り込んだ。
「戻るぞ!!」
トラックは、峠へと走り出していった。
「馬鹿野郎! 死んでしまえ!!」
エレナは、声の限りをあげて叫んだ。
ミゲルと水本はジャングルの中を進んでいた。
「ミゲル! ちょっと待って!」
水本は立ち止まって肩で息をする。疲れた様子の水本を見て、ミゲルも立ち止まった。
「少し休むか?」
「ええ」
ミゲルは、腰に抱えていた水筒を水本に渡した。水本は、ゴクゴクと水を飲んでから水筒をミゲルに戻した。。
「以前はもっと元気だったのにな」
「だって、一年も狭い部屋に閉じこめられていたんですもの。体力が落ちてしまうわ」
「そうか。それもそうだな」
「それに、こんな風に変わってしまったから」
水本は、大きくなってしまった乳房を持ち上げるようにして言った。ミゲルは、黙って水筒から水を飲んだ。
「聞こう聞こうと思っていたんだけど、言い出せなくて・・・・」
「何をだ?」
水筒を腰に戻しながら、ミゲルが水本を見た。
「わたしに、女性ホルモンを盛ったの?」
「女性ホルモン? そんなもの、盛った覚えはないぞ」
「じゃあ、どうしてわたしの身体、こんな風に女性化してしまったの? 何かしたんでしょう?」
ミゲルは、言うか言うまいか迷っているようだった。以前同じ質問をしたとき、ミゲルは知らないと答えたけれど、水本が女性化した原因を知っていると水本は思った。
「ねえ、知っているのなら、教えて。あなたを恨んだりしないから。わたし、こうなって良かったって思ってるんだから」
「ホントか?」
「ええ」
「じゃあ、話そう」
水本は固唾を飲んでミゲルの話に耳を傾けた。
「俺の村には、伝統的に女は食べてもいいが、男は絶対に口にしてはいけない食べ物があるんだ」
「男が食べてはいけない食べ物?」
「そうなんだ」
「あ、もしかして、あのイモなの? ずっとわたしが食べさせられていた・・・・」
「そうだ。あのイモは、村では結構たくさんできるんだが、男が食べられないものだから、女が必要とする量しか栽培されていないんだ。もし男が食べられれば、もう少し生活が楽になるんだが、男は絶対に食べてはならないと言われていたので、男は誰も口にしていなかったんだ」
「どうして、わたしに?」
「実験だよ。男が食べたらどうなるかの」
「・・・・なるほどね」
「おまえが食べてどうもなければ、村の連中に知らせて、栽培を勧めようと思ったんだが、おまえがそんなふうになってしまったから断念したんだ」
「そうなの。あのイモの中に、女性ホルモンのような物質が含まれているのね」
「俺にはわからないけど、そうなのかもしれないな」
「こんな風になるんじゃなくて、もし、わたしが死んだりしたら、どうするつもりだったの?」
ミゲルは即答しなかった。
「・・・・あの時は、おまえが死んでもいいと思っていたから・・・・」
「ひどいヒトね」
「すまない。謝るよ」
「いいわ。死ななかったんですもの。それに、さっきも言ったけど、こうなって喜んでいるんだから」
水本がそう答えると、ミゲルは少し笑顔を見せて水本にキスした。
「そろそろ出発しようか?」
「ええ。行きましょう」
水本は、心のつかえが取れたような気がしていた。
行けども行けどもジャングルまたジャングル。高い木々に隠れて太陽が見えないので、方向も定かでない。水本にはどこへ向かっているのか、さっぱりわからない。
「ミゲル、大丈夫なの」
「心配するな。俺だけが知ってる道だと言っただろう?」
日が落ち始めて、ふたりはようやくジャングルを抜け、小さな集落へ辿り着いた。
「向こうに家がリタの家だ」
ミゲルの家と同じような土壁の家が建っていた。用心しながら、ミゲルはその家へと向かっていった。
「リタ? リタ?」
扉をノックすると、エレナを若くした顔が現れた。
「兄さん! 昼過ぎに政府軍の兵士がここに来たのよ。兄さんを捜していたわ。まだ村にいるはずよ」
「ここにも手が回っているのか」
「捕まったら危ないわ」
「休んでいけないな・・・・」
「そちらの彼女は?」
リタが水本の顔を見た。
「俺の新しい女だ」
『女』に少し力が入っているような気がした。
「そうなの。可愛いヒトね。チャイニーズ?」
「そうです。チャイニーズです」
水本が横から口を挟んだ。ここでジャパニーズと言ってしまったら、エレナに知られたとき、不審に思われるからだ。ミゲルはちょっと水本の顔を見たあと続けた。
「そうなんだ。チャイニーズなんだ」
「名前は? 名前は何て言うの?」
「アキと言います」
「アキね。兄をよろしくね」
「はい。お義母さんからも頼まれています」
「アキ。そろそろ出よう。見つかると拙い」
「はい」
「リタ。元気でな」
「兄さん、ちょっと待って」
リタは奥に引っ込むと、何やら包みを持ってきた。
「何もしてあげられないから、これを」
中身は食料のようだった。
「すまんな」
「いいのよ。じゃあ、気をつけて」
手を振るリタに頭を下げて、水本はミゲルと共に、再びジャングルの中へ姿を消した。
三日後、ミゲルと水本は、ゲリラ側が支配する地域へと辿り着いた。
「ミゲル、生きていたか?」
その地域を統率する幹部がミゲルを抱きしめながら言った。
「まだ、死ぬものか!」
「そっちの女は?」
「ああ、俺の女だ」
「そうか。マリアは死んだと言ってたな」
「ああ。米軍の攻撃でな」
ミゲルはちょっと悲しそうな顔をした。
「マリアには悪いが、いい女を見つけたじゃないか」
「そうか?」
「名前は?」
「アキと言うんだ」
「アキ。そうか、よろしく」
手を差し伸べてくるので、水本は握手を交わした。
「その子は、おまえたちの子か?」
水本は小さな乳飲み子を抱いていた。その子どもは、ジャングルを出る直前に拾った子どもだ。恐らく、産んだけれど育てられなくて捨てられたのであろう。ミゲルは、捨てて行けと言ったが、水本はそのままにしておけなかった。
「このままにしていたら死んでしまうわ」
「それがその子の運命だ」
「あなたはこんな子どもがなくなるように戦っているのではないの?」
そう言うと、ミゲルは口をつぐんだ。
「連れて行くわよ」
「勝手にしろ!」
そう言うわけで連れてきたのだった。ミゲルは自分たちの子ではないと否定しようとしたが、水本がそれを制した。
「わたしたちの子です」
ふたりの子どもだと言った方が水本の秘密を隠すにはいいと思ったからだ。ミゲルもそのことを察して、否定しなかった。
「我々に合流してくれるんだな」
「もちろんだ」
「反転攻撃だ」
「よろしく頼む」
ミゲルとその男はがっちりと握手した。
ミゲルの新しい妻としての水本の生活が始まった。水本は、まるで本物の女のように振る舞い、ミゲルの相手をし、子育てに専念した。