水本が次に気がついたときには、鉄格子が入っているものの、窓がある部屋のベッドの上に寝かせられていた。
殴られた後ろ首が痛かったが、生きていると思うと嬉しかった。窓から外を覗くと、部屋は4階くらいの高さにあるようだった。兵士に混じって女子どもや兵士ではない男たちが行き交っていた。
(ここはどこだろう?)
訝っていると、ミゲルが姿を見せた。
「ミゲル・・・・」
ミゲルは鍵を締めると、無言で水本を抱き寄せて唇を合わせてきた。ミゲルにキスなどされたことがなかったので水本は身体を硬くした。ミゲルはまるで女に接するように水本を扱い始めた。その時になって、水本は部屋が変えられた意味に気づいた。
部屋は小綺麗で、それほど高級ではないがベッドもある。トイレやシャワールームもあるようだ。
(俺に屈辱を与えるためではなく、俺とセックスするためにここへつれてきたのだ)
ミゲルが腰から拳銃を外してテーブルの上に置いた。サバイバルナイフもだ。水本がそれを見つめていると、ミゲルが右の人差し指をあげて、チッチッと言いながら左右に振った。奪って逃げようなどと言うことをするなと言う意味だ。
例えそれらを奪われても、この場所から逃げ出させない自信があるからこそ、水本の手の届くところにそんなものを置いたのだった。そのことを水本は理解して、手を出すのを止めた。
「So, Let's play!」
水本は、誘拐されてミゲルの相手をすることを強要されていることは忘れることにした。抵抗しない限り、食べ物を与えられ命が保証されるからだ。
まるで男女の営みのように、互いに衣服を脱がせ合い、水本はミゲルにフェラチオをしてやり、ミゲルは水本の身体を愛撫してやった。
ミゲルの貫かれたとき、水本は何て幸せなんだろうと思った。
水本が誘拐されてから1年が経過した。ミゲルに囲われているような形となっている水本だが、その状況に水本は満足していた。初めは恐ろしいと思ったミゲルも、ベッドを共にするようになると、ひとりの優しい男になった。スペイン語も教えて貰い、日常会話なら何とかコミュニケーションが取れるようになっていた。自国の将来を憂うミゲルの考えに同調し、一緒に戦おうとも思い始めていた。いわゆるストックホルム症候群というヤツだった。
ただし、水本は表向きは人質で監禁されていることになっていたから、部屋から出ることができなかった。ミゲルは、尋問と称して水本の部屋を訪れていた。もちろん、ミゲルはゲリラ組織の幹部だから、毎日というわけにはいかない。10日に一度と言うこともあったし、一週間ぶっ続けと言うこともあった。
その日、水本は一週間ぶりにやってきたミゲルに抱かれていた。
「あうん、あああ、ああ、いいっ! はあう・・・・」
ミゲルの精が注ぎ込まれる。水本は身体を痙攀させ、シーツを握りしめる。水本の痙攀がまだ終わらず続いていたとき、枕元においていたミゲルの無線機から慌てたような声が響いてきた。と、同時に近くで爆発音が響き始めた。
ミゲルはサッと起きあがって無線機を取った。
「どうした? 何の騒ぎだ? 何? 米軍の空挺部隊が? すぐに行く」
ミゲルは、服を着ると水本に命令した。
「ここを動くな。いいな!」
「は、はい」
バタバタとミゲルは部屋を駆けだしていった。銃声が届いてきた。閃光、そして爆発音も。
(わたしを助けに来てくれたの? 違うわね)
ミゲルから、水本彰裕は既に死亡したことになっていると聞かされていた。だから、ただのゲリラ掃討作戦だろうと判断せざるを得なかった。
爆発音が次第に近づいてくる。動くなと言われたけれど、このままでは身の危険があると思い出した頃、ドアが開いた。入ってきたのは、女性兵士だった。
「アキ? わたし、マドレナよ。ミゲルに頼まれたの。一緒に逃げましょう」
米兵がやってくるのを待つべきだろうか? 一瞬迷った。しかし、自分の服装を見て、マドレナと一緒に逃げなければと思った。水本はゲリラ兵の軍服を着ていたのだ。投降という形で捕虜になれればいいが、うまくいかなければ撃ち殺されてしまう。
水本は椅子の上に掛けていた上着を取った。
「わかったわ。でも、ミゲルは来るの?」
「必ず来ると言っていたわ」
水本は頷いてマドレナのそばに走り寄った。
「これを。あくまで身を守るためよ。自分の方から撃っちゃダメよ」
マドレナは水本に銃を手渡した。水本は首を傾げた。マドレナは、水本がマドレナを撃って逃げるとは思わなかったのだろうかと。そんな様子がないところを見て、マドレナは水本が誘拐されて監禁されている男だということを知らないのだと悟った。
階段を用心しながら下っていった。ビルの外に出て、マドレナはキョロキョロと見回してから、水本を誘導した。壁に背をくっつけて急ぎ足で進んでいった。
出てきたビルで爆発が起こった。米兵の姿が見えた。前方に進んでいくと、前方にも米兵の姿が現れた。
「アキ! その家に入って!!」
マドレナに指示されて、目の前にある家に中に飛び込んだ。そうして、階段を駆け上がる。
「どうするの?」
「こんな格好じゃ、撃たれてしまうわ。軍服を脱ぎましょう。早く脱いで」
そう言うと、寝室らしい部屋に入ってタンスを開いて、服を取り出した。
「何してるの? 早く!!」
目の前に投げてよこした服を見て、水本は一瞬戸惑った。女物のワンピースなのだ。
「これもいるわね」
そう言って、ブラジャーも投げてよこした。水本はモスグリーンのシャツに上着を着ていた。だから、ワンピースを着るにはブラジャーが必要なのだ。
水本は上着とシャツを脱いで上半身裸になり、ブラジャーを着けた。ピッタリだった。水本の胸は膨らんでいた。それも少しばかりではなく、おそらくDカップくらいになっていた。
膨らみ始めたのは、ミゲルに初めてアナルファックをされたあたりからだ。小さなしこりができて痛み始めたかと思ったら、みるみるうちに大きくなっていったのだ。
麻薬と共に女性ホルモンのようなものが投与されているのだと最初は思った。けれど、ミゲルが水本に麻薬を使ったのは、二週間くらいなもので、注射をされなくなってからも胸はドンドン大きくなっていったから、注射のせいではないと思われた。他に思い当たるものはなかった。ミゲルは大きくなった水本の胸を喜んで弄んでいた。ミゲルに聞いてみたこともあったが、ミゲルにも原因はわからないと言うことだった。
胸だけでなく、水本の体つきは丸く柔らかくなっていて、股間を曝さなければ女そのものになっていた。マドレナが、水本のことを監禁されている男だなんて思いもしなかったのは、そのためだった。
「ショーツはある?」
「ショーツ? あるけど・・・・」
マドレナは妙な顔をした。
「男物を穿いてるの。おかしいでしょう?」
「そうだったの。じゃあ、これを」
水本はマドレナに股間を見られないようにしてズボンとトランクス型の下着を脱いで、マドレナが投げてよこしたショーツをサッと穿いた。さらにワンピースを頭から被って胸の前にある紐を結んだ。マドレナも、同じようなワンピースに着替えていた。
「ちょっと向こうを向きなさい」
マドレナに背を向けると、マドレナは水本の長く伸びた髪の毛をざっくりとした三つ組みにした。マドレナは、後ろで結んでいた紐を解き、櫛を掛けただけのヘヤスタイルにしていた。
「口紅を塗っておきましょう」
それだけでいいのかなと水本は思ったが、口紅を塗られて鏡を覗き込むと、水本は信じられないほど可愛らしい『女』になっていた。
「武器は置いていきましょう。検問にあったら、捕まってしまうわ」
タンスの中に自動小銃と拳銃、手榴弾を隠してからそっと二階から降りていった。一階に下りたとき、ドアが蹴られてバンと開き、米兵が入ってきた。
マドレナはサッと両手をあげた。水本もそれに習って両手をあげた。
「Any solger?」
「No. No solger.」
米兵は、マドレナと水本の胸を舐めるように見てから二階へと上がっていった。マドレナと水本は、続いて入ってきた米兵に促されて家の外に出た。
「Go ahead!」
捕虜にでもされるのかと思ったら、民間人だけが集められているところに誘導された。順番に武器を持っていないか検査されてから解放された。
「急ぎましょう」
マドレナに促されて、夜の道を隣町に向かって歩いていった。途中で、ヒトの良さそうな年寄りの運転するトラックを止めて、荷台に載せて貰った。
「ありがとう。助かったわ」
そう言いながらマドレナが頬にキスしてやると、その年寄りは嬉しそうに手を挙げて去っていった。
(若い女はこんな時、得だな)
水本はほくそ笑んだ。
「これからどうするの?」
「ミゲルの故郷で待つように言われてるわ」
「近いの?」
「かなりあるわね」
ほんとに、かなりの距離だった。南米の男は気さくで人がいい。それに、女たらしだ。妻がいようといまいと、可愛い娘がいたらすぐにくどき始める。そんなスケベ根性を逆手にとって、マドレナと水本はトラックや馬車を止めて載せて貰った。
「あなたって、ホントに優しくて素敵なヒト」
とでも言って、頬にキスしてやるだけでよかった。強引に抱きしめられてキスされたりすることもあったが、股間を蹴り上げて逃げた。
ミゲルの故郷という村に辿り着いたのは、あの部屋を逃げ出して4日目の午後だった。
「確か、あの家だったと思うけど」
村の中心から少し離れた土壁でできたあばら屋を指さしてマドレナが言った。水本は頷いて、マドレナについてそのあばら屋に向かった。
「こんにちは」
「どなた?」
色黒の深い皺が刻み込まれた女性が顔を覗かせた。マドレナが水本に向かって頷いた。ここが、ミゲルの生まれた家だ。その女性がミゲルの母親らしいのだが、ミゲルの年令からすれば、恐らく50くらいだと思うのだが、ずっと年が行っているように思えた。
「エレナ。マドレナよ。お久しぶり」
「あら? マドレナ。ホントに久しぶりね。・・・・そちらの女性は?」
ミゲルの母親・エレナが、水本の方を見て尋ねた。
「彼女? ミゲルの新しい女よ」
『ミゲルの女』と言われて水本はちょっと恥ずかしくも嬉しくもあった。
「可愛い娘ね。名前はなんと言うの?」
「アキと言います」
「そう。チャイニーズ?」
ジャパニーズと答えると、マドレナに水本彰裕と関連があると思われそうな気がした。チャイニーズと答えておけば、まずそんな想像はしないだろうと判断した。チャイニーズに『アキ』などという名前はないだろうけれど、そんなことは気づかないに違いない。
「ええ、そうです」
「どこで知り合ったの?」
そんなことを聞かれるなんて想定していなかった。
「ま、街のレストランで」
そう答えるとそれ以上は聞いてこなかった。ミゲルがレストランなんて行くのかなと思ったけれど、それで話が収まったからそれ以上の言い訳はしなくていいようだ。
「入って。お茶でも入れるわ」
水本はマドレナと共に家の中に入った。家の中には、子どもがふたりいた。男の子と女の子だ。
「誰?」
男の子が聞いてきた。
「マドレナは知ってるわね。もうひとりの人は、ミゲルの新しい彼女」
エレナが紹介してくれる。
「アキです。よろしく」
「ミゲルの弟のホセと妹のバネッサよ」
「ホセ、ミゲルによく似ているわ」
挨拶が終わると、一緒にお茶を飲みながらいろいろと話した。ホセは15才、バネッサは12才だという。ミゲルには五つ年上の兄がいたが、父と共に政府軍に殺されたと言うことだ。二十歳になる妹がいるが、隣村に嫁いでいるらしい。
「ミゲルがアキを迎えに戻ってくるの」
マドレナがそう言うと、エレナは笑顔を見せた。ミゲルが戻ってくるまでと言う約束で、水本はミゲルの実家に世話になることになった。一方マドレナは、役目が終わったからと、夕方にはどこへやら出て行ってしまった。
世話になると言ってもお客として居座るわけにはいかない。家族と共に働くことになった。
朝起きてまずやることは、近くの井戸まで水を汲みに行くことだ。これはかなりの重労働だ。いつもはホセの仕事らしいが、水本が手伝ってくれるので嬉しそうな顔をしている。
バネッサは羊駝の乳を搾り、エレナは朝食の準備を始めていた。何をしているのかと思っていると、イモらしいものをゆがいて皿に盛っていた。朝はそれだけだったが、いつものイモとは違ったものだったから、美味しかった。
ホセとバネッサは、ここ3年ほど前にやってきた宣教師から字を教えて貰うと言って近くの教会へと出かけていった。水本はエレナと共に井戸のそばまで洗濯に行った。
村の女たちが集まっていて、ひとりひとりに『ミゲルの新しい妻』だと紹介された。一晩で『彼女』から『妻』にされていた。
(まあ、いいか。そんなものだから)
水本は話を合わせて一緒に洗濯した。村の女たちは、恐らくミゲルの家と同じくらい貧困だろうが、そんな様子はまったく見えない。みんな陽気で生きていることを楽しんでいるように思えた。日本では見かけない光景だと水本は思った。
洗濯物を庭先に干したあと、畑を耕し苗を植え、一方ではイモやマメなどを収穫した。余るほどできれば、一山超えた市場まで売りに行くそうだが、それほどの収穫はなく、自宅で消費する量ができないこともあると言っていた。昼食はなく、日が暮れるまで働いた。
「あなたは働き者ね。我が家の嫁に相応しいわ」
夕食を準備しながら、エレナに褒められた。褒められるのは嬉しいけれど、毎日こんなのじゃイヤだななんて水本は心の中で思った。
夕食はマメを煮た料理とイモだった。
「ホセ!」
お祈りをする前にイモに手を出そうとしたホセが叱られていた。夕食に出されたイモは、監禁されていたときに食べさせられていたイモだった。ホセは、そのイモとは違ったジャガイモらしいイモを食べていた。
テレビもラジオもないから、夕食がすむと何もすることがない。ホセとバネッサは、蝋燭の灯の中でボロボロになった本を懸命に読んでいた。エレナは、何やら編み物を始めたので水本は横で見ていた。
「編み物、できる?」
「できないわ」
「じゃあ、教えてあげる」
水本は眠くなるまで編み物を教えて貰った。
毎日が同じ調子で過ぎていった。ミゲルは戻ってこない。貧しい生活には慣れたけれど、単調な生活には飽きが来る。けれど、抜け出すに抜け出せない。
女として暮らすことにはなれたけれど、困るのは身体を洗うときだ。井戸からくんできた水を使って洗うのだけれど、女にはあるべきでない物を見られやしないかといつも心配していた。
2週間が過ぎた。ミゲルはまだ戻ってこない。いつものように井戸に水汲みに行くと、同じくらいの年令の男が待っていた。
「アキ、チョコレートを手に入れたんだ。食べに来ないか?」
それは口実だと言うことはすぐにわかった。水本を口説こうというのだ。
「ミゲルが知ったら、怒るわ」
これまではそう言うとみんな諦めたのだが、その男は諦める様子がなかった。
「ミゲルは政府軍に捕まって殺されたそうだぞ」
「誰からそんなことを聞いたの?」
「市場だ。市場に来ている連中はみんな知ってるぞ」
「嘘・・・・」
水本は全身から力が抜ける思いだった。
「遺体を確かめるまでは、そんな話は信じませんからね!」
いつの間にかやってきていたミゲルの母親が男を睨み付けた。
「確かめに行ってみるんだな」
エレナがやってきて、水本を口説けないとわかった男はそう言い残して去っていった。
「ホントかしら?」
「嘘に決まっているわ。あいつの嘘は有名だから」
吐き捨てるように言った。
「帰ってくるわよ。必ず。あなたを置いて死んだりはしないわ」
水本もそう信じたい。しかし、ヒトの運命という物は、思ったとおりには行かないものだと言うことが水本にはよくわかっていた。