第4章 救出作戦

 河野、水本、立花の3人は、10日前からジャングルの中にある小さな集落にいた。粗末な小屋に住まわされていたが、山岳地帯の洞穴などにいるよりも幾分快適だった。
 「あの綺麗な女さあ」
 河野がぼそぼそと呟く。
 「マリアって言う名前らしい」
 「いつ聞いたんだ?」
 こんな話に乗るのは立花の方だ。水本は興味なさそうに小屋の外を覗いていた。
 「昼間、他の女が彼女の名前を呼ぶのを聞いたんだ」
 「へえ。・・・・マリアか。ありふれているけど、いい名前だな。あの娘にピッタリだ」
 「名前がわかったから、口説いてみようかって思ってるんだ」
 「馬鹿なことを考えるんだな」
 立花は呆れる。
 「馬鹿なことは止めた方がいいよ。あの女は、司令官の女らしいよ」
 水本が諭すように言った。
 「えっ!? どうしてそんなことを知ってるんだ?」
 「あの女が俺たちに給仕するときには、必ずあの司令官がいるだろう?」
 「・・・・そうだったかな?」
 河野は考え込む。
 「それに、決定的な証拠があるんだ」
 「なんだよ。その決定的な証拠って言うのは?」
 「あの女と司令官が激しくキスしているのを見たんだよ」
 「ホントか?」
 「嘘言っても仕方ないだろう?」
 「そうか。司令官の女か。じゃあ、ダメだな」
 「そう言うことだよ」

 河野たち3人は、マリアは二十歳を少し過ぎたくらいだと思っていたのだが、実は27で、司令官であるミゲルとは夫婦だった。
 郷里が同じで、ミゲルが革命軍に身を投じたときからずっと一緒に行動していて、2年前教会で式を挙げていた。
 マリアは子どもを欲しがっていたが、ミゲルは、革命が成功するまでは子どもは作らないと言って避妊させていたのだった。

 その日の夕食を終え、寝る準備をしていると通訳がやってきた。
 「明日、隣村に移動するからな」
 「わかった」
 そろそろ移動する頃だと思っていた3人は、溜息をつきながら返事を返した。
 「あああ。また歩かなきゃいけないな」
 河野がぼやく。
 「いつまで続くんだろうな」
 立花が同調する。
 「300万ドルくらい、払ってくれればいいのに」
 「3億600万だよ。簡単には支払ってくれないさ」
 水本が投げやりに言った。
 「どうしてこんなことになったのかな?」
 他人事のように河野が言った。
 「おまえがアマゾンに行こうって言ったからだよ」
 立花が不満そうに言った。
 「おまえたちだって反対しなかっただろう?」
 「もう止めよう。責任を押しつけあったって、現状は変えられないんだから」
 水本のちょっと覚めた言葉に、ふたりは黙るしかなかった。

 月は三日月前で空は暗く、見張りの兵士が焚く火だけが煌々とあたりを照らしていた。
 「逃げ出しても、どう逃げていいのかわからないのに、ご苦労なこった」
 河野が呟く。他のふたりもそう思っていた。村人か誰か味方になってくれるものがいない限り、逃走する経路がまったくわからないのだ。現在地すらもわからない。もし、むやみに逃げ出したとしても、ジャングルで迷って命を落とすだけなのだ。
 「明日の朝早くに移動を開始するだろうから、早く寝てしまおう」
 硬い床の上に寝ることにも最近は慣れてしまった。3人はすぐに眠りについた。

 時間はわからない。ともかく真夜中らしいことは明らかだった。突然の轟音に、3人は目を覚ました。
 目も眩むような閃光が走り、爆発音、銃声が響き渡った。
 「なんだ? どうしたんだ?」
 監禁されている小屋から外を覗くと、閃光弾が飛び交っていた。
 「救出部隊かも」
 「そうだ! 俺たちを助けに来たんだ!!」
 小屋の外を見ると、見張りの兵士が胸から血を流して倒れていた。
 「おい。ドアを壊して外に出よう」
 やはり河野が言い出した。
 「危なくないか?」
 慎重派の立花は躊躇う。
 「大丈夫だろう。ほら、こっちにはタマは飛んでこない」
 「だけど、見張りは撃たれてるぞ」
 「別に敵がいるんじゃないか?」
 「そうか?」
 小屋の外を見回すがそれらしき陰はない。
 「大丈夫か? 小屋から出たとたんにズギュンなんてことはないだろうな?」
 「銃声は向こうばかりだぞ」
 「そうみたいだ」
 水本と立花は周りを見回して銃弾が飛んでこないことを確かめてから、河野と一緒にドアを壊し始めた。
 「Be quiet!!」
 声のした方を見ると、明らかに米兵とわかるごつい男が身を隠しながら小屋の中を覗き込んでいた。
 「ほら、やっぱり来てくれたじゃないか」
 河野がにっこり笑った。米兵は、サバイバルナイフのようなものを出して、あっという間に鍵を壊した。
 「Follow me.」
 3人は頭を低くして米兵に従って小屋のそばの坂を上っていった。3人が逃げているとは反対側では、ゲリラと米兵の撃ち合いが続いていた。3人を助け出すための陽動作戦だと河野は思っていた。
 先に丘の上までたどり着いて安全を確かめた米兵が叫んだ。
 「Hurry! Hurry up!! Go! Go!! Go!」
 片手を大きく降って手招きする。
 「急ごう」
 河野が先頭に立ち、米兵の待つ丘へと駆け上がっていった。水本、立花が続く。河野が丘の上にたどり着いたとたん、米兵ががっくりと膝をつくのが水本の目に入った。アッと思ったときには、今度は河野の身体が宙に舞った。河野の身体がスローモーションのように倒れていくのを、水本は茫然として見ていた。
 「水本! 伏せろ!!」
 立花の声に水本は思わず身体を伏せた。ほんの10センチばかり前で銃弾が跳ねた。もう動けなかった。水本は身体を震わせて、頭を抱えて伏せていた。
 「河野! 河野!! 河野!!」
 立花が懸命に叫ぶ。しかし、河野からの返事はなかった。

 銃声がやんだ。人質奪還に失敗したと悟った米兵たちが退却したのだ。
 「Wake up!」
 銃口を突きつけられて、水本と立花はゆっくりと立ち上がった。
 「河野!」
 もう一度、河野に声をかけたが、河野はぴくりとも動かなかった。
 「河野・・・・」
 水本も立花も泣き出してしまっていた。引き立てられて、監禁されていた小屋のあたりまで戻ったとき、司令官がやって来た。
 司令官は、歯を食いしばり憎しみの籠もった目をふたりに向けてきた。そうしてから、ふたりを思いきり殴った。水本が身体を起こすと、司令官が手にした拳銃を水本の額に当てた。銃口の冷たさが伝わってくる。
 「Kill you!!]
 殺されると水本は覚悟して目をつぶった。しかし、銃声は響かなかった。水本が目を開いて見上げると、通訳の男が司令官をとどめていたのだった。水本は力が抜けて、その場に倒れ込んでしまった。

 夜が明けた。水本と立花はスコップを手渡された。
 「そこに穴を掘れ?」
 通訳が醒めた口調で言った。
 「何のために?」
 「おまえたちの友達を埋める穴だ」
 「河野は死んだのか?」
 「そうだ」
 ふたりは丘の上を見上げた。涙が流れた。
 「早く掘れ!」
 ふたりは穴を掘った。長年の友人のために。充分な深さの穴が掘られると、河野を運ぶように命令された。
 ふたりは丘の上に上っていった。河野は口から血を流して死んでいた。胸に大きな穴が三つ空いていた。
 「即死だろうな」
 「それだけでも救いだよ。苦しんで死ぬよりはいい」
 そんな水本の言葉に立花も頷く。ふたりは河野の遺体を抱えて穴までおろして土をかけた。
 「さよなら、河野。今度生まれ変わっても友達になろう」
 涙が止めどなく流れた。ふたりは墓のそばに膝をついていつまでも泣いていた。その様子がビデオテープに撮られていた。
 ビデオカメラがふたりの頭上に向けられた。そこには、衣服を脱がされて素っ裸にされた米兵の死体が逆さづりにされていた。真っ白な身体に黒々とした陰毛が対照的だった。
 「ギャア!」
 コンドルらしい鳥が少し離れた場所から米兵の死体を窺って鳴き声を上げている。人気がなくなったら、米兵の死体を食いちぎりにくるのだろう。ふたりともあんな風にはなりたくないと思った。
 身代金が値上げされ、ひとり200万ドル、合計400万ドルになったと聞かされた。300万ドルでも払ってくれなかったのに、値上げされたら、絶対に支払ってくれないだろうと思うとふたりは絶望的な気分になった。
 ふと山際を見ると、司令官が跪いて十字架を立てた墓に向かって祈りを捧げていた。米兵の救出作戦で死んだ兵士の墓が山際に建てられていたのだが、司令官の様子がおかしかった。いつも冷静に見えるのに、ジッと頭を項垂れていつまでも動こうとしないのだ。
 「あっ、あれは・・・・」
 水本は、十字架にかけられた細いネックレスに気がついた。
 「どうしたんだ?」
 立花が水本に尋ねた。
 「あのネックレス、司令官の奥さんのものだよ」
 「司令官の奥さんって、マリアの?」
 「そうだと思うよ」
 「ああ、だから、夜中に怒り狂って俺たちを殺そうとしたんだな」
 「そうみたいだな」
 悲しみに暮れる司令官の姿は、ゲリラの闘士の趣はまったくなく、妻を失ったひとりの男だった。
 この戦闘で、司令官の妻をはじめ、女子供を含めて村人の半分が犠牲になった。兵士たちの怒りは、水本と立花に向けられていた。通訳の男が、身代金が取れなくなると言って説得しなかったら、ふたりとも殺されていただろう。
 殺されなかったが、ふたりに対する待遇が悪くなった。食料が半分に削られ、それまで多少の自由があったのだけれど、自由に動き回ることがまったくできなくなってしまった。

 昼過ぎになって、偵察機らしい機影が上空に現れた。それを見たミゲルはすぐに行動を起こした。いや、偵察機がくる前から決めていたようだ。
 「出発だ!」
 居場所を知られたので、早々に移動することになったのだ。水本と立花は、河野の墓に手を合わせてから歩き始めた。
 長い行軍が始まった。空の上から見られないように、深いジャングルの中を移動した。ゲリラさえも迷っているのではないかと思うこともあった。
 10時間ほど歩いて、小さな集落に着いた。その村は、ゲリラのことをよく思っていないことがわかった。一晩だけ駐留したあと、すぐに出発することになった。
 9時間かかって、山岳地帯の拠点らしい場所に着いた。通訳の男と、合流した兵士のひとりが言い争っていた。米兵の救出作戦で、村人が大勢死んだのを知って怒っているようだった。
 『Kill them』と言う言葉が耳に入ってきた。殺されるかもしれないとふたりは恐れおののき、助けてと手を合わせて祈った。
 ここでも通訳の男が何とか兵士たちを説得したようで、ふたりは殺されずにすんだ。

 翌日、合流した兵士を含めて移動が始まった。二日がかりで着いた場所は、比較的大きな町だった。ゲリラ兵が大勢いるのがふたりには確認できた。
 探すのが困難な場所に監禁するよりも、兵力が多くて攻撃できない場所を選んだと思われた。
 水本と立花は、厚い壁に覆われた地下室に監禁されることになってしまった。ドアも厚く、鉄格子が入っているから、逃げ出すことはできそうもなかった。しかも、手錠と足錠がかけられていた。
 「米兵の救出を待つよりも、身代金を支払ってくれることを祈った方が良さそうだな」
 水本は立花に言った。立花も同じ意見だった。

 夜遅くになって通訳の男が地下室の立花たちを訪れてきた。
 「助けてくれてありがとう」
 立花と水本は、兵士たちから守ってくれたことにまずお礼を言った。
 「何とか説得できたが、家族を殺されて怒り狂っているから、下手な真似はしない方がいい。ちょっとでも逃げだそうとか、抵抗しようとすれば、殺されるかもしれない」
 「今までもそうしてきたけど、これからも抵抗はしないつもりです」
 水本がそう答えると、それがいいと言い残して、通訳の男は地下室を出て行った。

 翌日、ふたりは地下室から階段を二階分のぼってミゲルの待つ部屋に連れて行かれた。そこにはビデオカメラがセットされていた。
 「脅迫用にビデオを撮るようだな」
 立花が水本に囁く。司令官が、ビデオカメラに向かって唾液を飛ばす勢いで喋りまくっていた。
 ビデオカメラがふたりに向けられた。ミゲルが喚いた。言葉がわからないものだから、ふたりはキョトンとして立っていた。
 通訳の男が、膝を付けというので、ふたりは跪いた。通訳はさらに続けた。
 「ふたりのうち、どちらが価値があるか聞いているが、答えられるか?」
 「価値があるって?」
 「人質として、どちらが役に立つかと言うことだ」
 漠然とその意味がわかり始めてふたりは体を震わせ始めた。立花が水本を見た。
 「お、俺だ。俺の方が役に立つ! コンピューターも操作できるし、車も運転できる。こいつは、何にもできない!!」
 これで二度目だ。立花がこんなヤツだとは思わなかったと、水本は裏切られたとの思いに打ちひしがれた。
 通訳の男がミゲルに立花の言葉を伝えているらしい。
 「You! Bless!!」
 ミゲルが水本に銃を向けた。水本は泣き出しそうになり、両手を合わせて祈るポーズを取った。立花は勝ち誇ったように笑いを浮かべていた。
 ドンと耳元で大きな音がした。床に倒れたのは、立花だった。立花は頭から血を流して床の上にぼろ切れのように横たわっていた。
 ビデオカメラは回り続けていた。ミゲルは再びビデオカメラに向かって叫ぶ。水本は、跪いたまま震え続けていた。
 通訳の男が水本の耳元で囁いた。
 「友を売るような男に価値はない」