第3章 監禁

 でこぼこの土の上に立てられて小屋の中に閉じこめられているから、横になって眠れなかった。3人は板壁に凭れて眠ったが、不安と恐怖、苛立ち、空腹感でほとんど眠ることができなかった。
 夜が明けてすぐに3人は小屋から連れ出された。
 「どこへ行くんだよ」
 尋ねても言葉がわからない連中ばかりで、ただ銃を突きつけられて歩くように強要された。
 桟橋のある方向とは反対方向へと導かれていった。日が高くなり始めた頃、3人の腹が一斉に鳴った。
 「腹、減ったな」
 河野の意見に、他のふたりが頷いた。
 「何か食わせてくれるように頼もうか?」
 「食わせてくれるかな?」
 「俺たちは大事な人質だぞ。人質を粗末にしたら、払ってくれるものも払ってくれないだろう?」
 河野の意見はもっともだと思われた。
 「じゃあ、頼んでみるか?」
 「誰に頼もう? けど、日本語わかるのは、あの背の高い男だけみたいだからなあ」
 見回しているけれど、あの背の高い男はいないようだ。
 「ジェスチャーでわからないかな?」
 「やってみよう」
 河野は、そばにいた兵士に腹を押さえてから、飯を食べるジェスチャーをしてみた。しかし、兵士は首を横に振って銃口を向けて歩けと言うジェスチャーをするばかりだった。
 「ダメだよ」
 「諦めるしかないな」
 3人は銃を突きつけられて、山道を歩かされた。

 1時間ほど歩いたところで、ジャングルが切れたような場所にたどり着いた。兵士のひとりが銃口を上下させた。座れと言う意味だろうと、3人はその場所に座り込んだ。空腹と疲れで、立っていろと言われても立っていられなかったのも事実だった。
 しばらくして、パンとソーセージらしいものを渡された。
 「忘れてた訳じゃなかったようだな」
 「うん」
 パンは手に取っただけでも硬いのがわかった。歯で引きちぎるようにして飲み込んだ。ソーセージもサラミのように硬かった。しかし、腹が空いていたから3人ともそれを貪り食った。
 「硬いけど、結構いい味がするね」
 水本のそんな意見に、河野と立花も頷いた。

 食べ終わった頃、どこからか爆音が聞こえてきた。キョロキョロと見回していると、山陰からヘリコプターが姿を現した。周りの木々が揺れ、足元の枯れ草が宙に舞った。3人は、立ち上がって、木の陰に身を隠した。ヘリコプターはゆっくりと広場の中央に着陸した。
 「こんな狭い場所に着陸するのは難しいんだよ」
 立花が知った風に言った。その頃になって、椅子に座っていた指揮官らしい男と、背の高い男が姿を見せた。
 「乗れ!」
 背の高い男に言われて、3人はヘリコプターに乗り込んだ。ヘリコプターは軍事用で、操縦席にふたり乗っていた。河野たち3人と指揮官、通訳の背の高い男、それに兵士らしい男たちが5人乗り込むとヘリは爆音を立てて飛び立った。

 軍事用のヘリなどに乗ったことがない3人は、眼下に広がるジャングルを遊覧飛行しているような感じで見ていた。
 ヘリはそれほど高度は上げずに谷を飛び、ジャングルの木々のすぐ上を飛行していく。
 「レーダーに掛からないようにしているようだな」
 河野が爆音の中で大きな声で叫ぶと、通訳の男がその通りだと横から口を挟んだ。
 「隣の国ってどこだろう?」
 「コロンビアか? ペルーか?」
 通訳の男は今度は答えてくれなかった。
 「何にも、ないなあ」
 立花が呟く。確かに何もなかった。ジャングルの木々と山だけだった。時々垣間見れる川の幅が次第に狭くなっていくのがわかった。上流へ上流へと向かっているのだ。

 数時間が過ぎた。3人とも寝不足のため眠り込んでいた。ヘリの出す音が変わって水本が目を覚ました。
 「おい! 着陸するみたいだぞ」
 河野と立花は眠い目を擦った。ヘリはスピードを落として、出発した場所と同じような広場に着陸した。銃を持った兵士たちが10人ほど近寄ってきて、司令官らしい男に敬礼した。司令官が男のひとりに命令を下すと、その男が数人の兵士を連れて河野たちのそばにやってきた。歩けと言うジェスチャーをするので、河野たちは歩き始めた。ヘリは爆音を残して飛び立っていった。
 合流した兵士を入れて20人あまりが、一列に並んでジャングルの中を進んでいった。行けども行けども景色は変わらない。
 「よく方向がわかるな」
 河野が水本に話しかけると、兵士のひとりに銃で背中を突かれた。喋るなと言うことらしい。河野は黙り込んで歩みを進めた。

 足が棒になるとはこのことだった。普段歩き慣れていない3人は、5時間もの行軍のあと、ついには歩けなくなってしまった。
 通訳が飛んできて言った。
 「歩かなければ置いていく」
 「3人とも歩けない。3人とも置いていくわけには行かないだろう?」
 河野が答えた。
 「人質はひとりで充分だ。歩けるものだけ連れて行く。さあ、どうする?」
 3人は顔を見合わせた。3人の心が合っていれば、誰も動かなかっただろう。しかし、そうはいかなかった。立花が立ち上がった。河野と水本は立花を睨む。
 「他のふたりはどうする? ここが墓場になってもいいのか?」
 意地悪そうに通訳が言う。
 「くそ!!」
 河野が立ち上がった。
 「おい! どうするんだ?」
 銃口を向けられ、水本も膝をつきながら立ち上がった。
 「遅れたら殺す。わかったな」
 再び歩き始めた3人だったが、足がふらついて何度も転んだ。これ以上歩くくらいなら死んだ方がいいと思い始めたとき、ようやく目的地へ着いた。
 そこには、ジャングルの木々で隠された小屋が数件建ち並んでいた。河野たち3人は、そのひとつに押し込められた。
 「もうダメだ。動けない」
 河野のそんな言葉に呼応するように、他のふたりもばったりと床の上に倒れ込み、そのまま眠り込んでしまった。

 2時間ほどして、小屋のドアが開かれ、髪の長い若い女がアルマイト製らしい皿とスプーンを木でできたトレーに載せて入ってきた。皿には肉と野菜のスープが入っていた。匂いを嗅いだとたん、3人の腹が鳴った。女は皿を床の上に置くと、黙って小屋を出て行った。
 河野が早速スプーンを取って味見した。
 「あんまり美味くないけど、食えないことはないな」
 そう言いながらスープを食べ始めた。水本と立花も皿を手にとってスープを食べた。
 「綺麗な女だったな」
 食べ終わった河野が聞くともなしに言った。
 「そうだったか?」
 女の顔など見ていなかった水本が河野の顔を見た。
 「それに胸もでかかった」
 「そうみたいだったな」
 顔は見なかったが、胸がこぼれそうになっていたのだけは、水本も見ていた。
 「ゾクッと来たぞ。あんな女とやってみたいな」
 河野は舌なめずりをする。
 「オイ、河野。俺たちを誘拐した連中の仲間だぞ。よくそんなことを考えるな」
 「いい女に、敵も味方もないさ」
 「信じられんやつだ」
 水本も立花も呆れて河野の顔を見た。

 翌日も朝早くから7時間ほど歩かされた。それも山道だったから、3人とも前日よりも疲労困憊した。着いたところは山岳地帯のちょっとした洞窟だった。洞窟からは、ジャングル以外には何も見えなかった。いや、遠く遙か上空を飛ぶ飛行機の航跡が一度だけ見えた。
 その翌日は8時間歩かされた。硬い板張りの上か土の上でしか眠れないし、毎日長距離を歩かされて、3人はボロボロになっていた。

 4日目の昼過ぎ、生活の臭いのする村のような場所にようやくたどり着いた。子どもの声も聞こえていた。3人は昼食を与えられたあと、村の外れにある小屋に監禁された。
 翌日、司令官のいる建物に連れて行かれた。部屋の中には、ビデオカメラがセットされていた。
 そのビデオカメラの前に3人は並ばされて通訳から手渡された原稿を読むように強要された。
 「お父さん、お母さん、ぼくたちは元気です。でも、指定された日本企業が身代金を支払ってくれなければどうなるかわかりません。お願いです。身代金を支払ってくれるように、お願いしてください」
 ビデオテープは、日本企業に身代金を支払わせるためにすぐに送られていった。

 身代金交渉がうまく行っているのか行っていないのか、3人にはまったく知らされない。寝ては起き、粗末な食事を与えられる日々が続いた。
 毎日朝晩、あの若い女性が食事を運んできた。河野の言うように美人だなと水本も立花も思った。日本語は勿論、英語もわからないようだったので、コミュニケーションの取りようがなかった。
 「着替えとか、用意してくれないかなあ」
 股のあたりを掻きながら河野がこぼす。
 「そうだな」
 垢にまみれてしまった顔を互いに見あった。
 「これじゃあ、口説こうにも口説けないよ」
 本気とも冗談とも取れる口調で河野が呟いた。
 「それもそうだな」

 一週間が過ぎて、通訳の男が3人の監禁されている小屋にやってきた。
 「久しぶりだな。調子はどうだ?」
 「まあまあだよ。交渉はうまく行っているのか?」
 「日本の企業は冷たいな。難航しているよ」
 やっぱりと3人は項垂れた。
 「金額が高いんじゃないのか?」
 河野がそう言うと、通訳は怒りを露わにした。
 「我々から搾取しておいて、その何十分の一、いや何百分の一も出せないなんてことがあるものか!」
 「そんなこと、俺たちに言われたって・・・・」
 「まあ、いい。しばらく掛かりそうだからな」
 通訳はそれを伝えるために来たらしい。小屋から出て行こうとした。
 「すみません。ちょっといいですか?」
 立花が通訳を呼び止める。
 「なんだ?」
 「着替える服とかないですか?」
 服を触りながら、汚れていることをアピールした。
 「着替え? そんなものはない」
 「じゃあ、洗濯して貰えませんか?」
 「洗濯? 贅沢を言うな」
 通訳は出て行ってしまった。
 「あああ。これじゃあ、乞食の方がましな格好をしているよ」
 ぼやいていると、通訳が引き返してきた。
 「村の仕事を手伝うというのなら、考えてやってもいいぞ」
 「あ、それならやります。なあ」
 立花が他のふたりの同意を求めた。ふたりは頷いた。一週間小屋に監禁されていたから、身体を動かしたくてうずうずしていた。太陽の光にも当たりたかったのだ。
 3人は、村の女子供に交じって、畑を耕し、食事の用意をした。着替えとして渡されたのは、トランクスのような草色の下着と上下の迷彩服だった。
 「着替える前に、身体を綺麗にしたんだけど」
 「川まで行って、自分で水をくんでこい」
 そう言われて、3人はバケツに水をくみに行って、それで体を洗い、残った水で着ていたものを洗って干した。

 交渉は長引いているらしく、何の進展もなく一ヶ月が過ぎた。
 「痩せたな」
 「おまえも」
 「食い物が粗末だからな」
 皿に注がれた煮っ転がしのような食事を見つめた。
 「でも、村の連中もみんな同じものを食ってるみたいだよ」
 「貧困なんだな」
 「だから戦っているって、あの通訳が言ってたな」
 「日本は平和なものだな」
 世界にはこんな地域もあるんだなと3人は考え込むのであった。
 「立花、髭を剃らないと、原始人みたいだな」
 含み笑いをしながら水本が言った。
 「カミソリは貸してくれそうもないしなあ。髭の伸びないヤツが羨ましいぞ」
 羨ましいと言うより、水本を馬鹿にしている様子だった。水本は、わずかに伸びた髭を撫でた。

 「移動するぞ」
 通訳からそう宣告されたのは、その三日後だった。
 「何故?」
 「ここにおまえたちを隠しているのが知られたようだ。救出部隊が向かっているという情報が入ったんだ」
 「救出部隊・・・・」
 「日本企業が、我々と表では交渉をしながら、裏では米軍におまえたちの救出を依頼したようだ。さあ、移動だ、移動」
 情報が漏れなければ、米軍によって助けられたかもしれないと思うと悔しかったが、仕方がなかった。3人は僅かな荷物を持ってゲリラ兵士に連れられて山岳地帯へと向かった。

 10日から2週間おきに移動を繰り返し3ヶ月が過ぎた。未だに交渉はまとまっておらず、解放される目途はまったくなかった。
 「手間と暇が掛かっているのだから、身代金は必ず取る」
 ゲリラたちにもゲリラなりの論理があるのだ。河野たちは交渉がまとまるか、米軍が救出してくれるのを待つしかなかった。