第18章 追放されて

 ワゴンは走り続け、軽井沢にある山荘に横付けされた。
 「おい、出ろ!」
 水本は息子を抱いて階段を上った。山荘の中にある広い部屋の中に連れ込まれてソファーに座らされた。
 「何が目的なの? 身代金?」
 男たちは黙りこくったまま、突っ立っていた。
 「ねえ、何とか言ってよ」
 その時、裏側にあるドアが開いて、人が入ってきた。その人物を見て、水本はぽかんと口を開けた。
 「皆さん、ご苦労様。もう帰ってもいいわ」
 男たちは、その人物に頭を下げると、部屋を出て行った。
 「お母様、どういう事ですか?」
 水本の向かいに座ったのは、菜津枝の母・真莉子だった。
 「菜津枝さん、今日の午後はどこへいらしてたの?」
 水本は言葉に窮する。水本の実家へ行っていたなどと言うわけにはいかなかったのだ。
 「水本とか言う家に行ってたわね」
 真莉子が静かに言った。知られていたのだ。用心していたのにと水本は唇を咬んだ。
 「先月の末も、先々週も先週もその家に行っていたわね。どういう関係なの?」
 「お、お友達の家です」
 「お友達? あそこは、ご夫婦ふたり住まいで、あなたのお友達らしい方はいらっしゃらないみたいですけど?」
 「あ、いえ。それは・・・・」
 水本の実家には水本の両親しかいないのだ。申し開きができない。
 「そんなに足繁く訪問する理由ってなんなの?」
 言い訳が見つからない。
 「お母様・・・・」
 「菜津枝さん? あなた、ホントに菜津枝さんなの?」
 そう聞かれて水本はびくりとした。
 「お、お母様、何故そんなことをおっしゃるの?」
 「樋口と結婚して1年目のお祝いに、ビバリーヒルズの家に行きましたわね?」
 「え、ええ」
 「あの時、菜津枝さんを見て、何かが違うって感じたの。女の、母親の勘って言うんでしょうかね?」
 水本は黙って聞いていた。
 「でも、食事の時に上唇を舐める癖とか、髪をかき上げる仕草を見ると、わたしの勘違いかななんて思ってね。大介が生まれたときに血液型も調べてみたわ。A型だったからホッとした覚えがあるわ。でも、どうしても最初に感じた違和感を拭いきれなかったの」
 菜津枝の母は、水本が菜津枝でないことがわかっていて話しているように水本は感じていた。
 「日本に戻ってくるやいなや、こそこそと縁もゆかりもない家を訪問するようになったあなたを見ていて、絶対におかしいと思ったのよ。先週、たまたまテレビを見ていて、指紋の話が出てきたの。それでハッと気がついたの。菜津枝は、すべての指が渦巻き紋なの。だから、昨日、あなたが飲んだジュースのコップを調べてみたわ。結果はお聞きにならなくてもおわかりになるわね? そう。あなたの指には渦巻き紋がひとつもなかったわ」
 指紋まで調べるとは思いも寄らなかった。いや、ずっと騙し通せると思った方が間違いなのだ。
 「あんたは誰なの? 本当の菜津枝はどこにいるの?」
 ばれてしまった以上、話すしかない。水本は覚悟を決めて話し始めた。
 「長い間お母様を騙していて申し訳ありませんでした。おっしゃるとおり、わたしは菜津枝さんではありません。日系3世で、名前はアキ・スティーブンスと言います」
 はあと溜息をついて、菜津枝の母親は、もう一度菜津枝はどこにいるのと尋ねた。
 「菜津枝さんはもうこの世にはいません」
 「えっ!」
 「アメリカに渡って一週間目に、菜津枝さんと樋口が口論になって、樋口が菜津枝さんを絞め殺したって言ってました」
 「そんな・・・・。菜津枝の、娘の遺体はどこにあるの?」
 「樋口が怪しげな男たちに頼んで絶対に見つからないところに処分したって言ってました」
 「あ、あなたも樋口の仲間なのね? 樋口と結託して、佐藤家の財産を狙っているのね!」
 「違います。わたしは無理矢理菜津枝さんの身代わりをさせられただけです」
 「嘘です。そんな嘘が通じるとでも思っているの!」
 「調べていただければわかります。樋口は、菜津枝さんを殺したことを隠そうと、警察に失踪届を出しています。その頃、わたしは南アメリカのある国にいました。わたしは菜津枝さん殺しとは無関係です」
 「それを証明できるの?」
 「できます。アメリカの麻薬捜査本部にいるジェシカという女性に聞いていただければ、わたしの無実を証明してくれます」
 菜津枝の母親は考え込んだ。
 「でも、菜津枝の振りをしてわたしたちを騙したわ」
 「それは、樋口にそうしないと殺すと脅されたからです」
 「でも、もし、ばれずにすんでいたら、あなたは佐藤家の一人娘として、莫大な財産を相続するはずだったのよ。それはどう釈明するの? 犯罪でしょう!」
 言われれば、菜津枝の母の言うとおりだ。
 「わたし、そこまで考えていなかったんです。殺されるのが怖くて・・・・。あのひと、普段は優しいけど、時々人が変わったようになるんです」
 水本はしくしくと泣き始めた。もちろんこれは嘘泣きではなく、自分の犯していた犯罪の重さに気づいたからに他ならなかった。
 「すべては樋口が悪いというのね?」
 「いえ、お父様、お母様を騙していた責はわたしにもあります」
 菜津枝の母親は水本の顔をジッと見つめた。それから言った。
 「わかったわ。あなたの言うことを信じましょう。でも、どうしましょう? 婿が娘を殺したなんて世間様には知られたくないし・・・・」
 そんな風に考える菜津枝の母親が気の毒に思えた。
 「あなた、アメリカの戻れば、アキ・スティーブンスとして生きていけるわね?」
 「は、はい」
 「じゃあ、明日にでもアメリカに渡ってくださる?」
 「どうするんですか?」
 「2、3日して、ホテルから姿を消してくださる? そして、アキ・スティーブンスに戻って。いいわね?」
 「菜津枝さんが行方不明になるって事ですね。それでは、樋口の犯罪を暴くことができませんが・・・・」
 「あの男は、わたしたちの家から放り出して、どこも雇ってくれないように手を回して、野垂れ死にさせてやるわ」
 ある意味、警察に捕まって裁かれるよりも酷い仕打ちになるかも知れないと水本は思った。
 「大介は? もちろん連れて行ってもいいんでしょう?」
 「だめよ!」
 「えっ!」
 「大介は、佐藤家の大事な跡取りですからね。血が繋がっていないかもしれませんが、表向きは、菜津枝が産んだことになっていますからね」
 「そんな・・・・」
 「あなたにとって大事な子どもをおいていかなければならないことが、あなたへの罰です。大丈夫、佐藤家の跡取りとして立派に育ててあげますから」
 酷い罰だ。けれど、考えてみれば、もし水本が詐欺などの罪で罰せられれば、息子は母を失った以上に苦しむかもしれない。大介を菜津枝の母に託す方がベターだと考えた。
 「わかりました。おっしゃるとおりに致します」
 「あなたが菜津枝だったら、どれほどよかったかもしれませんわ。それでは、ご機嫌よう。明日の朝、航空券とパスポートを届けさせるわ。もちろん空港まで、送り届けさせます。パスポートとかは、向こうのホテルに置いたまま出て行くのよ。いいわね?」
 「はい」
 「さあ、大介。おばあちゃんと行きましょうね」
 菜津枝の母は、大介を水本の手から奪い取ると、あやしながら出て行った。

 一晩中、大介のことを思って眠れなかった。他に手だてはなかったのかと思い悩んだ。
 (大介と一緒に逃げる? だめだわ。佐藤家には跡取りが必要なんですもの。必ず見つけ出しに来るわ。ああ、このままアメリカに渡るしかないの?)
 結局朝が来て、水本は届られて荷物を持って成田空港まで送り届けられた。ゲートをくぐるまで、ふたりの男が付き添ってきて、水本は飛行機に乗らざるを得なかった。
 (大介、大介)
 離れていく日本の地に向かって水本は心の中で叫び続けていた。

 ロサンゼルス空港に着くと、アーノルド・シュワルツネッガーもどきの大男が近づいてきた。写真を見ながら、樋口菜津枝さんですねと流暢な日本語で尋ねられた。そうですと答えると、水本の持っていたトランクを取り上げるようにして持ち、車へどうぞと言われた。
 ホテルに送りと届られて、部屋に入ると、すぐに電話が鳴った。
 「もしもし」
 《菜津枝さん? わたしです。2、3日ゆっくりしてから、姿を消すのよ》
 「大介は? 大介はどうしています?」
 《大丈夫。あなたがいなくても、泣きもしないわ》
 本当だろうか? ちょっと悲しくなった。
 《それではこれが最後の電話ですから。さようなら》
 ぷつりと電話が切れた。これで、大介とは永遠にお別れだと思うと、涙が溢れて止まらなかった。
 その日は、ベッドの上で泣き暮らした。翌日になって、これも運命かと諦める気になった。
 (カルロスは死んでしまったけれど、大介は生きている。元気で成長してくれることを祈って暮らそう)
 さらに一日が過ぎて、水本はバッグだけを持ってホテルをあとにした。約束通り、パスポートはホテルに置いて出た。
 水本が向かったのは、樋口に拉致されたときに住んでいたアパートだ。3年以上がたっているから、そのままであるはずがないとは思いながら、他に行く場所を思いつかなかったのだ。

 アパートの入り口で、住んでいた頃懇意にしてくれていたエリザベスという女性に出会った。
 「あら! アキ!! 戻ってきたのね?」
 「あ、はい」
 「部屋の鍵を預かっているわ」
 そう言って、いったん彼女の部屋に戻って鍵を水本に手渡した。
 「部屋はまだあのまま?」
 「もちろんよ。あなたがいなくなったときのままだわ」
 「どうして?」
 「行けばわかるわ」
 家賃も支払っていないのにと訝りながら水本は階段を上がって部屋を開けた。エリザベスが言ったとおり、水本が拉致されたときのままだった。まるでタイムマシンで戻ったような錯覚にとらわれた。
 (掃除も行き届いている・・・・。誰が?)
 水本が最後に使っていたバッグの中に、アキ・スティーブンスの身分証明書があった。
 (これで、アキとして生きていけるわ)
 コンコンコンとドアがノックされた。
 「はい?」
 「アキ、パイを焼いたの。一緒に食べましょう?」
 エリザベスが、大きな皿とポットを抱えて入ってきた。
 「ありがとうございます」
 「お皿とコーヒーカップを出して」
 食器棚から、皿とコーヒーカップを出してテーブルの上に置くと、エリザベスは皿にミートパイを切り分けて載せ、ポットからカップの中にコーヒーを注いだ。
 「さあ、食べて。とってもうまくできたから」
 コーヒーはいまいちだったけれど、ミートパイはすごく美味しかった。
 「もうひとつ食べる?」
 「いえ、わたしはもう結構です」
 エリザベスが、ミートパイを切っているとドアがノックされた。
 「あら? 来たみたいだわね」
 エリザベスはさっと立ち上がってドアを開いた。
 「いらっしゃい」
 エリザベスは頬にキスしている。入ってきたのはトムだった。
 「トム!」
 「戻ってくると信じていたよ」
 「もしかして、あなたが部屋を?」
 トムは少しはにかみながら頷いた。
 「アキは絶対に戻ってくるって言って、毎日ここへ来て掃除をしていたのよ」
 「ありがとう、トム」
 水本はトムに抱きついて頬にキスした。
 「アキ、君がいなくなる前に言ったことだけど・・・・」
 水本は思い出す。トムに結婚を申し込まれたことを。
 「子どもを産んでくれなんて、ボクの言い方が悪かった。ボクは、ただアキにそばにいて欲しかったんだ。ボクみたいな男でよかったら、一緒に暮らしてくれないか?」
 水本はトムの顔を見つめた。心から水本を愛している顔をしていた。トムのことは半年一緒にいたから知っている。トムとなら暮らしていける。あの時は醜いものがぶら下がっていたし、子どもを産める身体ではなかった。今は、トムの期待に添える。
 「トム、あなたの子どもが欲しい」
 そう言って、水本は自ら唇を重ねていった。
 「あらあら、お暑いことで」
 エリザベスは、呆れ顔を見せながら、部屋を出て行った。

 水本はトムに抱き上げられてベッドに運ばれた。上になったり下になってキスしながら、互いに服を脱がせ合って裸になった。
 「綺麗だ、アキ」
 「ありがとう、トム。トムも、逞しくてとっても素敵」
 厚い胸が胸毛で覆われていた。その胸毛を撫で、水本の太股あたりに当たっていたトムの隆起に手をやった。
 (わあ。大きい・・・・)
 水本は、ずり下がってその目で確かめてみた。手で感じたよりもさらに大きかった。
 (白人のペニスは大きいって聞いたけど、こんなに大きいの? 入るかしら?)
 ともかく水本は手を添えて舌を這わせ始めた。ぺろぺろと舌を使って嘗め回し、銜え込んでみた。
 (顎が痛くなっちゃうわ)
 ひとしきりフェラチオを楽しんでから、水本はトムの上に跨って、すでに濡れそぼっている自ら中へと導いていった。
 (入る。入るわ)
 ずぶっ! ずぶっと水本の中へと進入してきた。そして、そのすべてが水本の中に入った。
 (あんなに大きなものが全部入るなんて)
 ドクター・シュレーダーは、水本にES細胞から作った子宮と卵巣を移植したのだが、膣も移植していた。だからこそ、水本は大介を経腟で出産することができたのだ。その膣は、白人男性を相手にできるように少し大きめにしていた。膣は大は小を兼ねるで、相手が小さければ、それに応じて縮む。だから、人並みの大きさだった樋口をも満足させることができていたのだ。
 水本は腰を振り上下に動かす。トムも下から突き上げてくる。
 「あ、いい。トム! いいわあ」
 水本の膣から愛液が溢れて、トムのペニスを伝いシーツを濡らしていった。体位を入れ替え、正常位、後背位で激しく突かれた。その間、水本は何度も行った。これほど激しいセックスをしたことがなかった。
 最後は正常位でトムは水本の中で果てた。
 「トムう。よかった。最高によかったわ」
 「アキ、ボクもだ。アキ、もう離さないぞ。もうどこへも行くなよ」
 「トム。ずっと一緒よ。死ぬまで」
 トムは水本を強く抱きしめた。息が止まるくらい。

 日が暮れて、エリザベスが夕食代わりのサンドイッチを持ってくるまで、ふたりはずっとセックスしていた。
 「トム、あんまり頑張りすぎると、精が尽きちゃうわよ」
 ベッドのいるふたりに向かってエリザベスが笑いながら言った。
 「大丈夫さ。ボクはまだ若いし、相手がアキだから、尽きることはないよ」
 トムは水本に向かって微笑む。
 「若いって、トムはいくつなの?」
 「ボクかい? ボクは先月、とうとう40になったよ」
 「40!」
 水本は驚きの声を上げた。
 「そんなに驚いて、いったい、いくつだと思っていたんだ?」
 「50は過ぎていると思ってた」
 「50は酷いなあ」
 「ごめん。そうよね。50を過ぎていたら、あんなに激しくできないでしょうね」
 「50を過ぎても、アキだったら、やってあがられるよ」
 水本はフフッと笑って、トムの唇に軽くキスをした。
 「未亡人がいるんだから、少しは遠慮してね」
 エリザベスはそう言って、部屋を出て行った。

 サンドイッチを平らげてから、寝るまでにもう二回もセックスしてしまった水本は、満足したけれど、こんなんじゃあ壊れてしまいそうと本気で思っていた。