菜津枝の両親は約2週間樋口の屋敷に滞在した。その間、ばれそうになったことも何度かあったが、事故による記憶障害のせいにして何とかばれずにすんだ。
「元気でいるのよ。朗報を待っているわ」
空港まで送る樋口の車に乗り込みながら、菜津枝の母親が言う。朗報とは、赤ん坊のことだ。菜津枝の両親は、一日も早い孫の誕生を待っていた。
「ええ。頑張りますわ。ねえ、一郎さん?」
水本が樋口に笑顔を向けると、ちょっと戸惑ったような顔をしながら返事をした。
「できるだけ早くいいお知らせができるように頑張ります」
「じゃあ、菜津枝さん、またね」
菜津枝の両親を乗せた車を水本は屋敷の玄関で見送った。
菜津枝の両親を見送った樋口が屋敷に戻ってきた。
「よくやった。2週間もだましおおせるとは大したものだ」
樋口が水本を抱き寄せて、額にキスをした。水本はそのキスが死の接吻のように感じて戦々恐々としていた。
樋口菜津枝として演技をしていたある夜のこと、水本はある考えに捕らわれた。
(菜津枝の両親が日本に戻った後、わたしはどうなるんだろうか?)
現時点では、樋口菜津枝は生きていることになる。つまり、樋口が菜津枝を殺したことはもはやなくなったと言ってよい。菜津枝の両親がいなくなった後、殺人ではなく、事故などで水本が菜津枝として死ねば、樋口の妻殺しは完璧に消え去ることになるのだ。
「なんだ? どうして震えている?」
「いえ・・・・」
「ははあ、用済みになったから、殺されるとでも思っていたのか?」
水本は樋口の顔を見ながら頷いた。
「殺すわけにはいかないんだ。おまえがいなくなれば、佐藤家とのパイプがなくなってしまう。俺にはまだそのパイプが必要なんだ。おまえには当分の間菜津枝を演じて貰う必要があるんだ」
その言葉を聞いて水本は胸を撫で下ろした。
「だけど、子どもはどうするの? わたし、子どもは産めないし、どこからか持ってくるわけにもいかないでしょう?」
普通の家庭なら、生まれた子どもを連れて行って、わたしが産みましたと言えばすむだろう。しかし、菜津枝のあの母親の雰囲気からすれば、まず妊娠したことを報告しなければならないだろうし、報告すれば、早速やってきて生まれるまで面倒をみると言って聞きそうもない。
「それに、1年すれば、不妊治療をさせられてばれてしまうわ」
「1年は大丈夫と言うことだ」
「でも・・・・」
「任せておけ。おまえは心配しないでいい」
樋口はどうやるつもりなのだろうか? 1年後に佐藤家とのパイプががっちりと固まったところで水本を殺すつもりなのだろうか? 不安を隠せない水本だった。
菜津枝の両親が日本へ戻って2週間後、水本はドクター・シュレーダーのオフィスにいた。
「傷の状態はいい。これからは診察は1週間おきでいい。自分で処置して貰って結構だ」
「ありがとうございます」
「それから、約束していた通り、今晩からでもご主人とセックスしてもいいよ」
「あ、はい。夫が喜ぶと思います」
もはやナプキンではなくて、パンティーライナーを貼ったショーツを上げながら、水本は答えた。
「どうするかね? 自分の口から言えるかね? 言えなかったら、わたしの方から伝えてあげようか?」
「そうですね。そうして頂ければ、嬉しいです」
樋口のために性転換したというのなら言ってもよかったけれど、そうではないのだから、セックスしてくれと言うのと同義語のような言葉を水本から樋口には言いたくなかった。
ドクター・シュレーダーは、水本が服装を整えている間に、樋口にそのことを伝えたようだ。水本を迎える樋口の様子がいつもと違ってひどく優しく感じられた。
屋敷の戻ると、樋口は早速水本を抱き寄せた。水本はその腕を振り払おうとする。
「イヤか? しかし、イヤでもベッドを共にして貰うぞ。何しろ、おまえはわたしの妻だからな」
どうしてこんなことになっちゃんたんだろうかと思いながら、水本は力を抜いて樋口の腕に抱かれ、重ねられてきた樋口の唇に自らの唇を合わせた。
樋口が水本の大きな乳房を揉む。そうしながら、水本の着ているドレスを脱がせていった。下着姿となった水本を樋口は軽々と抱き上げてベッドへと運んでいった。
ブラジャーを剥ぎ取り、乳首に舌を這わせながら、水本の身体を撫で回す。水本は腰のあたりが熱くなってくるのを感じていた。
ショーツの上から女に変えられた部分を撫でられる。ビクリとした刺激が水本の脳天を貫いた。
(感じるクリトリスを作ってくれたって言ってたけど、ホントに感じるわ・・・・)
ショーツが下ろされていった。樋口が間に入ってくる。生暖かい生き物が敏感な部分に触れた。
「あん・・・・」
「感じるんだな?」
「ええ」
「ドクターの腕は大したものだ。ここはどうだ?」
「感じないわ」
「そうか。ここはまだ神経が通じていないんだな」
樋口が舌を這わせたのは、小陰唇だ。ペニスの皮と陰嚢で作られた小陰唇は、神経が一度切断されているからまだ反応しないのだ。
「それじゃあ、ここだけを重点的に責めよう。いいな?」
こことはクリトリスのことだ。そこは充分に感じていた。
「はあ・・・・」
水本は腰をよじる。樋口は執拗に責め立てた。水本は身体全体が熱くなるのを覚えていた。
「濡れてきたぞ。ホントに濡れるんだな」
樋口が舌を離して、指を腟口にあてた。クルクルと回すようにしながらその指を中へと押し入れてくる。毎日拡張棒を入れているから慣れているはずなのに、いつもとは違った感触がしていた。それは、冷たく堅い棒ではなく、柔らかさがあり暖かいからであった。
「あっ!」
「ここがいいだろう?」
「え、ええ」
「ここは、前立腺だよ。女で言うGスポットだ。ここは感じるはずだとドクター・シュレーダーが教えてくれたんだ」
何とも言えない快感が沸いてくるのを水本は覚えていた。挿入されている指が2本に増やされた。けれど、快感に翻弄されている水本はそれに気がつかない。
「思ったより締まるようだな。どれ、そろそろいいようだな。どうだ? 入れて欲しいか?」
水本は答えなかった。入れて欲しくないと言えば嘘になるし、無理矢理男から女にされたのに入れてとも言えなかったのだ。
樋口が着ているものを脱ぐ音が耳に入った。
(アア、女として男を受け入れるんだ・・・・)
不思議な気分がしていた。
「菜津枝、行くよ」
水本の唇に軽くキスをしてから、樋口はいきり立ったものを水本の股間にあてがった。水本は思わず腰を引こうとするが、すぐに押しつけられてもはや逃げ出せなかった。
「ああっ!」
わずかに痛みが走った。ずるずると奥深くに樋口が進入してくる。いつまで入るのだろうかと思えるくらい奥深くへ入ってきたような気がした。
「ううう。作り物にしては、なかなかいいぞ」
満足げな笑みを浮かべて、樋口は水本を見た。
「どうだ? 初めて男を受け入れた感触は?」
「説明のしようがないわ。敢えて言うなら、不思議な感じってところかしら?」
「そうか。動かすぞ」
樋口はゆっくりとピストン運動を始めた。快感が水本の身体を支配し始める。その快感は、アナルファックで覚えたものとは違ったものだった。
「ああ、ああ、ああっ! あああ・・・・」
上り詰めようとしたとき、樋口がスッと抜け出てしまった。
「俯せになれ」
言われるままに俯せになると、バックから挿入された。正常位でのクリトリスへの刺激はなくなったけれど、正常位よりも深く入っているのを感じた。
「腰を上げろ」
わんちゃんスタイルになると、突かれるたびに樋口の睾丸がクリトリスに当たるのを感じた。
(ああ、いいわ)
「ああ、いい。もうダメ。お願い。行って!」
「まだまだだ」
樋口は突き続ける。しばらくして、水本は仰向けにされ再び正常位で突かれた。水本の口から唾液が漏れる。
「どうだ? いいか?」
「・・・・いい。・・・・とっても」
水本は、無理矢理女にされて貫かれていることなど忘れて、ただ快感に身体を委ねていた。
「そろそろ行くぞ」
樋口の動きが激しくなってくる。
「ああ、いい。いい。いい。いい。行く。行く。行く。行くう・・・・」
水本は身体を痙攀させ始めた。樋口はまだ行かなかった。イヤ行けなかった。水本がホントの女ではないと言うことが頭の隅にあって、行こうにも行けなかったのだ。
けれど、水本が言葉以上に快感を覚えて達したとき、その強い締め付けについに樋口も行った。
「おうっ! うううっ!」
樋口が水本の中で二度三度と痙攀した。水本は突き抜ける快感に頭の中が真っ白になって一瞬意識を失っていた。
水本の意識が戻ったとき、水本の上に樋口が覆い被さっていた。水本は、その樋口を抱きしめていることに気がついて、慌てて手を離した。
「ふうう。なかなかよかったぞ。菜津枝よりもよかったぞ」
樋口は、そう言いながら、水本から身体を離した。水本は、自分の中から樋口がずるずると抜け出て行くのを感じていた。
「ずっと俺の妻でいさせてやるぞ」
「子どもはどうするつもり?」
「心配するなと言っているだろう?」
水本には樋口の意図がわからなかった。
(菜津枝の両親が不妊症の原因を調べようと言い出したとき、どうするつもりなのかしら?)
水本を拉致してから、樋口は水本には一度も手を出さなかったのだが、この日からは盛りの突いた犬猫のように毎日水本を抱いた。
水本もそれはイヤじゃなかった。男によってもたらされると言う快感に、水本はすでにならされていたからだ。
半年が過ぎ去った。樋口は、何の手も打っていないように思えた。時々掛かってくる日本からの電話で、菜津枝の母親はまだかまだかのオウムのような繰り返しだった。
そんなある日のこと、水本は樋口に連れられてドクター・シュレーダーのオフィスを訪れていた。もちろん、フードを被って。
「できたよ」
ドクター・シュレーダーが樋口に告げた。
「ホントですか?」
「ホントだとも。見てみるか?」
「是非」
ふたりはオフィスの奥へと消えていった。水本は何をしてるんだろうと思いながら、ソファーに座って待っていた。
やがてふたりが戻ってきた。樋口は満面の笑顔を水本に向けた。
「何かいいことでも?」
「アア、朗報だ」
「いったい、何があったというの?」
「ドクター、彼女に見せてやってくれ」
ドクター・シュレーダーがピンク色の液体が入った瓶をオフィスに持ってきた。中に卵のようなものが浮かんでいる。
「何なの?」
「よく見てみろよ」
水本は瓶の中身をジッと見た。近寄ってみると、卵から二本の触指の様なものが生えていた。その先に親指大の固まりが付いている。
「もしかして、これって・・・・」
「そう。子宮と卵巣だ」
「誰から手に入れたの?」
「誰から? 誰からというと説明が難しいが、敢えて言うなら、おまえからだな」
「わたし? わたしに子宮や卵巣はないわよ」
「うん。ない」
「じゃあ、どうやって?」
「ドクターに説明して貰おう」
樋口が促すと、ドクターシュレーダーが水本の前に腰掛けた。
「ES細胞というのを聞いたことがあるかね?」
「ES細胞? いえ、知りません」
「では、説明しておこう。ES細胞というのは、どんなものにも変化しうる万能細胞なのだよ」
「どんなものにも変化する?」
「そう。現在、ES細胞で作られた皮膚が実用化されつつあり、心臓の筋肉も何とか作ることができそうになっている」
「へえ・・・・。と言うと、その細胞を使って、その子宮と卵巣を作ったってことでしょうか?」
「察しがいいな。実は、前回手術で入院したとき、君の身体からES細胞を採取して、子宮と卵巣を作成したんだよ。君自身のES細胞だから、拒絶反応はまったくないはずだ」
「それをわたしに移植しようと?」
「そうだよ。君には、是非とも“本物の女”になって欲しいと思ってな」
「どうして、そこまで・・・・」
「君に限らず、性転換手術をしたところで完全な女になれる訳じゃない。見せかけだけだ」
「・・・・そうですよね」
「子宮と卵巣を移植できれば、本物の女になれる。君の場合、ただ単に子宮と卵巣を移植すると言うだけではなく、今回作ったこの子宮と卵巣は君自身のDNAを持つから、本当の意味で君は君の分身を生み出すことができるのだよ」
「じゃあ、この子宮と卵巣を移植すれば、本物の女になれるってことですね?」
「そう言うことだ。移植に同意してくれるだろうね?」
「もちろんです」
水本は、樋口の顔を見た。樋口は水本を見てニヤリと笑った。心配するなとはこのことだったのかと水本は理解した。
その日そのまま、水本は子宮と卵巣の移植手術を受けた。
一晩入院しただけで、水本は樋口と共に屋敷へと戻った。大した痛みもなく経過は順調だったが、術後三日目くらいから、イライラや言いしれぬ不安が水本を襲ってきた。
「卵巣が機能し始めて、女性ホルモンレベルが再び上がっているためだろう」
ドクター・シュレーダーは水本にそう説明した。手術前、あの『いも』を摂取していない水本の女性ホルモンレベルはかなり低下していた。移植された卵巣が分泌する女性ホルモンによる症状だというのだ。
「しばらくしたら慣れて症状は消えるよ」
そう言われてけれど、水本はひどい欝症状に悩まされた。その欝症状をさらに助長したものは、抜糸が終わって10日目に訪れた水本にとっては初潮となる生理が始まったことだった。
「これで君は完全な女になったんだよ。そう、めげることはない」
励まされ、生理が終わる頃にようやく水本は鬱から脱した。
「ドクター、一刻も早く子どもが欲しい」
樋口が診察が終わったドクター・シュレーダーに尋ねた。
「わたしも早く妊娠出産させたいとは思っている。しかし、3ヶ月待ってくれ。移植した卵巣と子宮の機能が安定するのを確かめておきたいのだ」
「ぎりぎりだな」
樋口は、カレンダーを見ながら呟いた。菜津枝の両親との約束の期限が迫っていた。それまでに妊娠の報告をしなければ、不妊治療を無理矢理受けさせられるのだ。そうなれば、例え子宮や卵巣があろうとも、水本が元々女ではないことを見破られてしまうのだ。
3ヶ月が過ぎ去った。水本はきっちり30日毎に生理を迎えていた。ドクター・シュレーダーは、毎日採血して、水本の女性ホルモンレベルを検査していた。
「彼女の性ホルモン周期は完全に女性のものだ。膣も子宮内膜の状態もいい。妊娠を許可しよう」
どんな避妊法も100パーセントではないことから、禁欲を強いられていた。もちろん、アナルファックと言う手もないことはなかったけれど、移植された子宮に悪影響を及ぼすといけないからと、セックスそのものが禁止されていた。
樋口はどこかで処理していた様だが、水本の方は基礎体温が上がるたびに悶々とした日々を送っていた。だから、許可が出て狂った様に樋口を求めた。
「おい、おい。おまえは、いいところのお嬢様なんだぞ」
「どんなお嬢様だって、やることは同じよ」
「わかった、わかった。わかったから、そろそろ攻守交代だ。これ以上続けられると、出てしまう」
水本はしゃぶりついていた樋口のペニスから離れて体位を入れ替えた。樋口が水本の股間に頭を埋めた。
「大洪水だな」
「ばか! あ、いいっ! そこ、いいっ!!」
水本は悶え腰を振る。樋口はペチャペチャと音を立てながら舌を這わせた。
「あ、いい。あ、いいっ! ああ、いいっ! いいっ!!」
水本が行ったらしいことを見て取ると、樋口はゆっくりと這い上がっていった。その樋口を水本は抱きしめる。
「ちょうだい。早く。早く入れて。わたしを貫いて! お願い、早く」
樋口の耳元で懇願する。樋口はちょっといじらしてみる。
「何してるの。お願いよ。早く入れてよ」
「わかった、わかった」
樋口はようやく腰を沈めていった。
「あうん・・・・」
水本は樋口の背中に爪を立てる。樋口にはその痛みが心地よい。その痛みよりも、樋口を締め付けてくる痛みがさらに心地よかった。
樋口は腰を動かす。動かしながら、以前とは違った感触を覚えていた。以前は存在しなかった子宮に先端が当たっている感触がするのだ。
水本の方も、樋口と同じように以前とは違った感覚を覚えていた。子宮という干渉物があるために突き上げられる感じがまったく違うのだった。
「ああ、最高。最高の気分よ」
そんな言葉に樋口は興奮し、さらに突き続けた。
「ああ、ああ、ああ、はああ、はあ、はあ、はあ、はあ。はああっ!」
水本はひとつの山を迎えていた。樋口はその様子を見て満足げに笑みを浮かべ、さらに腰を動かし続けた。
「ああ、も、もうダメ! い、行って! お願い。行って!!」
「まだまだ」
そうは言ったものの、樋口ももう限界に達していた。
「はああ、行くうう・・・・」
水本が痙攀を始めたとき、樋口もついに達してそのすべてを水本の中に吐き出していた。そのすべてを一滴たりとも逃さないかの様に、水本の腟は収縮していた。
ふたりとも、しばらく重なったまま眠っていた。やがて、樋口が目を開いた。
「どうだった?」
「よかった」
「そうか。できたかな?」
「まだ、わからないわよ。でも、今朝、基礎体温が下がっていたからできているかも」
「今回妊娠しないと、大変なことになるからな」
「わかっているわ」
しかし、2週間後に水本は生理になった。樋口はそれを聞いて真っ青になった。
「まだ、もう一度チャンスはあるわ」
「しかしなあ・・・・」
樋口は菜津枝の両親から電話が掛かるたびに脂汗を流していた。
次の生理はやってこなかった。生理の予定日から3週間後、ドクター・シュレーダーは水本の妊娠を宣言した。
「やった! 早速、日本に連絡だ」
樋口はそれまでとうってかわった表情で国際電話を掛けた。
「お義母さん、一郎です。できましたよ」
《できた? ホントに?》
「はい。まだ、2ヶ月ですけど、間違いないそうです」
《おめでとう。一郎さん。菜津枝さんに代わってくださる?》
「はい。菜津枝、お義母さんだ。代わってくれって」
水本は受話器を受け取る。
「もしもし、お母様?」
《おめでとう、菜津枝さん》
「ありがとう、お母様」
《すぐにお祝いに行くわ》
「まだ、2ヶ月よ。いつ流産するかわからないわよ」
《だから、行くのよ。あなたに無理をさせないために》
「いいわよ。わたしひとりでやっていけるから」
《ホントに大丈夫?》
「大丈夫よ。一郎さんがついててくれるから」
《じゃあ、無理をしないでね。何かあったら連絡するのよ》
電話が切れた。樋口は満面の笑顔を水本に向けた。
「これで例え流産したとしても、しばらくは大丈夫だ」
「元気な子どもを産んでみせるわ」
「そうしてくれるのが一番だ」
ドクター・シュレーダーは、水本の妊娠が継続することには少し懐疑的だったらしい。けれど、そんな心配をよそに、水本のお腹の中の子どもは順調に成長して、とうとう出産の日を迎えた。菜津枝の両親も日本から掛けてきて、水本の出産を見守った。
陣痛が始まって三日目、水本は可愛らしい男の子を産み落とした。
「これで跡取りができたわね」
菜津枝の両親は、それまで見せたことのないほどの笑みを浮かべた。水本の乳房は本物だったから、おっぱいが余るほどほとばしり出た。乳首に吸い付いておっぱいを吸うわが子を見ながら、水本は幸せだと感じていた。
2年が過ぎた。水本が産んだ息子は順調に成長して片言の英語と日本語喋る様になっていた。
「来月日本に帰ることになったぞ」
樋口が帰宅すると水本に告げた。
「日本に?」
「そうだ。こちらに来て3年だからな。そろそろお呼びが掛かる頃だと思っていた」
「そう、日本へ・・・・」
水本が日本を出て既に6年がたとうとしていた。
(とうとう帰れるんだわ)
嬉し涙が流れた。