第14章 またもや拉致

 全裸で横たわっている水本の姿態の良さに男たちは舌なめずりをした。水本の股間のものはかなり萎縮して小さくなっていたこととシャボンに覆われていたので、男たちは水本が男だとは気がつかなかったのだ。他の部分は完全に女性化していたから、そう勘違いしたのも無理からなぬ話だが。
 「急げ!」
 ひとりが言うと、もうひとりが水本に毛布を巻き付ける。さらに持ち込んできた大きなトランクに水本を押し込めると、大きい方の男がトランクをひょいと持ち上げた。
 「誰にも気づかれなかっただろうな」
 「大丈夫だ。さあ、行こう」
 男たちは、目出し帽を取って、水本を詰め込んだトランクを部屋の外に持ち出して階段を下っていった。
 「エレベーターもないビルなんて・・・・」
 大きい男がブツブツ言った。
 「黙ってろ!」
 そう言われて、大きい男は黙り込んでトランクを持ち直した。ビルの外にはジープが止まっていた。近くに住んでいるらしい黒人の子どもたちが物珍しげにジープの中を覗き込んでいる。
 「ガキども! どこかへ行け!!」
 ものすごい剣幕で言われて、子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。大男がトランクを荷台に載せると、ジープは轟音を残して走り去っていった。

 水本が入れられたトランクを乗せた車は、ビバリーヒルズの一角にある豪邸へと滑り込んでいった。
 大男は荷台からトランクをおろすと、ひょいと持ち上げて屋敷の中へと運び入れていった。
 「お待たせしました」
 小さい方の男が言うと、部屋の奥にあるデスクに座っていた男が立ち上がった。
 「彼女に間違いないな」
 「もちろん」
 「顔を見せてくれ」
 「おい、トランクを開けろ」
 小さい男が大男に命じると、大男は何も言わないでトランクを開いた。男がデスクからトランクのそばにやってきて中を覗き込む。
 「うん、間違いない。ソファーに運んでくれ」
 大男が水本を抱き上げてソファーの上に寝かせた。
 「残金を」
 「ご苦労だった。このことは内密にな」
 「口が堅くないと、この商売は続けられませんからね」
 頷いて男は小さい方の男に封筒を渡した。小さい方の男は封筒の中身を確かめてニヤリと笑った。
 「何かありましたら、またどうぞ」
 男たちは、踵を返して部屋を出て行った。屋敷の主である男は、ソファーの上に眠っている水本の顔をもう一度覗き込んだ。
 「彼女なら大丈夫だ」
 そう呟いて、水本が気がつくのを別のソファーに座って待った。

 目を覚ますと、いつものシミの入った低い天井に光る薄暗い蛍光灯ではなく、高い天井からぶら下がっている豪華なシャンデリアが目に入った。
 (ここはどこ?)
 シャワールームで男たちに襲われて、尻に注射されたことを思い出した。水本は慌てて起きあがって見回してみた。シャンデリアと同じように豪華で広い部屋が目に入る。真向かいのソファーに男が座っていた。優しそうに微笑みかけるその男には見覚えがあった。
 「樋口さん?」
 「覚えていてくれたかい?」
 行方不明の奥さんを捜していると言っていたあの樋口だった。
 「ひどいじゃないの。こんな夜中にわたしを拉致するような真似をして」
 「それについては謝るよ。ただ、君をここへ連れてきたことを誰にも知られたくなかったんだ」
 「どうして? わたしをここに?」
 「キミにボクの妻の代わりをして貰おうと思ってね」
 「ええっ!」
 驚きに水本は目を見張った。
 「キミなら、誰が見てもボクの妻ではないとは気がつかないだろう」
 「いくら似てると言っても、何故わたしがあなたの奥さんの代わりをしないといけないの?」
 「ボクたちの生活ぶりを菜津枝の両親が見に来ると言うんだ。だから、妻にいて貰わないと困るわけだよ」
 「行方不明になっているって言ってないの?」
 「心配を掛けるといけないから言ってないんだな」
 「言えばいいじゃないの」
 「それがそうもいかないんだ」
 樋口は火をつけた葉巻に口を付けた。
 「どうして?」
 「もっと大々的に探さないんだと責められるに決まっている」
 「それはそうでしょう?」
 「ところが、そうはできないんだな」
 「どうしてよ?」
 「探しても絶対に姿を現すことがないからだよ」
 樋口は水本の顔を薄笑いを浮かべてみた。
 「そ、それって・・・・」
 「菜津枝はもうこの世にはいないってことさ」
 「まさか、死んでるの?」
 「そう」
 葉巻の煙をふうと吐き出した。
 「あ、あなたが殺したのね?」
 「ご察しの通りだ」
 「殺したのに探す振りをしていたのね」
 樋口は頷いた。とてもそんなふうには見えなかった。大した演技だ。
 「どうして、奥さんを殺したりしたのよ」
 「菜津枝は、日本のある政治家の孫娘でね。それを鼻に掛けてやりたい放題なんだよ。ボクのことなんか、ただの種馬だとしか思っていなかったんだ。あの夜、ちょっとしたことで口論になってね。気がついたら、絞め殺していたんだ」
 「遺体はどこに?」
 「キミを連れてきた男たちに処分させた。恐らく、灰も残っていないだろう」
 水本はぞっとした。
 「菜津枝に両親がやってくると連絡があって、菜津枝を殺したことがばれたらどうしようかと悩んでいたんだ。そうしたら、その翌日、菜津枝によく似た女性がいると連絡が入ってね。もしかしたら、身代わりができないかなと思ってキミに会いに行ったんだよ。ホントにビックリしたよ。菜津枝に驚くほど似ていたからね」
 「奥さんを殺したことを隠すために、わたしに身代わりをさせようと言うのね」
 「そう言うことだ」
 「犯罪には手を貸せないわ」
 「イヤ、貸して貰う」
 樋口は水本を恐ろしい目で睨んだ。
 「協力して貰わないとどうなるかわかってるだろう?」
 「奥さんのご両親に言うわ」
 「だったら、ボクはキミが菜津枝に似ていることをいいことに、財産ほしさに菜津枝を殺してすり替わったって言うことにしよう」
 「わたしはそんなことはしないわ」
 「ボクとキミの言ってることのどちらを信じると思う? キミも知ってる通り、ボクは必至で菜津枝を捜しているんだよ」
 確かにそうだった。あの時の樋口の姿を見ていれば、ホントに心配して妻を捜しているように見えた。
 「あなたに協力したいって、言いたいけど、わたしに奥さんの代わりはできないわ」
 「どうしてだ? キミほど菜津枝にそっくりな女性はいないと思うが?」
 「わたし、残念ながら、女じゃないの」
 「な、なに!」
 「わたし、男なの。ほら!」
 水本は、身体に巻いてあったシーツを取り除いて股間を曝した。
 「う、嘘だ! そんな馬鹿な!!」
 樋口は水本の股間を凝視したまま固まっている。
 「だから、あなたには協力できないわ」
 「信じられない。キミが男だなんて・・・・」
 樋口はガックリとしてソファーの上に座り込んでしまった。
 「帰らせて貰っていいかしら?」
 シーツ一枚を羽織った姿では帰るに帰れないとは思いながら、水本はそう言ってみた。
 「帰すわけにはいかない。ボクが妻を殺したことを知ってしまったからな」
 「他人には決してしゃべらないわ」
 「そんなことが信じられるとでも思っているのか? ここを出たら、警察に飛び込むに決まっている」
 「そんなこと、絶対にしないわ。それに、例えわたしが警察に行ったとしても、奥さんを殺したって証拠がないって言ったでしょう?」
 「まあ、そうだが、少しでもボクが疑われるような真似はしたくない」
 「じゃあ、わたしをどうするって言うの? 口封じに殺すとでも言うの?」
 「殺しはしない。やはり、キミには菜津枝を演じて貰う」
 「できないのがまだわからないの?」
 「そんなキミには似つかわしくないものは取ってしまおう。それだったら、立派に菜津枝の代わりができる」
 「何を言うの? そんなのいやよ!」
 「キミは女になりたいんじゃないのか?」
 「違います!」
 「じゃあ、どうして、そんな身体をしているんだ?」
 「これにはいろいろ事情があって」
 「事情? 事情か・・・・。ま、この際、そんな事情はどうでもいい。ともかく、キミには菜津枝を演じて貰うぞ」
 「いやです!!」
 「どうしてもイヤだというのなら、この世から消えてもらう。それでもいいんだな?」
 樋は机の引出しから拳銃を取り出して水本の額に当てた。水本の脳裏に立花が撃ち殺された場面が浮かんだ。冷酷な樋口の目が水本を睨み付ける。水本はゴクリと唾を呑んだ。殺されるか、それとも樋口の妻の身代わりをして殺人の共犯になるか。どちらもやりたくはないが・・・・。
 「協力してくれるんだな?」
 拒否しないことを承諾と判断したのか、すぐに手術の手配をしようと言って、樋口は水本に銃を向けたまま早速電話をかけ始めた。水本は覚悟を決めるしかなかった。
 男に戻ろうと思っていたいたのに、その意に反して無理矢理性転換されることには抵抗を覚えていた。何とか逃れる手はないかと考えた。
 「奥さんの両親が来るまでに間に合うの?」
 間に合わなければ、樋口は諦めるしかないのだ。
 「間に合うようにやって貰うまでだ」
 にべもなく言われた。こうなったら、隙を見て逃げ出すしかないと水本は判断し、樋口が油断するのを待つことにした。
 ところが、樋口がにやりと笑って水本に言った。
 「もし逃げ出したりしたら、あの男たちにおまえを殺させよう。もちろん、ボクはアリバイを作っておくし、キミが男だとばれないように工夫して菜津枝として死んでもらう。そうすれば、少なくとも菜津枝を殺した罪からは逃げられる。佐藤家との関係は切れてしまうのは残念だがな」
 水本は唇を咬んだ。あの男たちに殺される前に警察に逃げ込めばいいのかもしれないが、できなかったときのことを考えると怖かった。

 樋口が手術を依頼したとき、既に午後10時を回っていたのに、その日のうちに手術が決まって、水本は頭からフードをかけられてどこかの病院へと運び込まれた。もはや逃げ出すことは不可能だ。諦めるしかなかった。
 「ドクター、頼んだよ。礼はたんまり弾むからな。それに口外無用だ」
 「任せて貰おう」
 そのドクターの声を聞いて、水本の手術をやろうとしているドクターがドクター・シュレーダーではないかと思った。けれど、それを確かめることはできなかった。
 「ちょっとやそっとでは男だとばれないくらいにしてあげるからな」
 そんな言葉を聞きながら、水本は眠りに落ちていった。

 目が覚めたとき、朝の光が窓から入っていた。見回すと、水本は広い寝室らしい部屋のベッドの中に寝かされていた。水本の左手には点滴が継がれていた。自由な右手を股間にやってみた。そこには厚いカーゼらしいものがあてられていた。そのガーゼの上からでも何もなくなっていることがわかった。
 (あああ、女にされちゃった・・・・)
 泣き叫ぶべきなのだろうかと思ったけれど、そんな感情はまったく沸いてこなかった。
 (結局、こうなるのが運命だったんだよね)
 諦めとも付かないそんな思いがあった。
 「気分はどうだ?」
 まるでホントの妻に接するような態度で、樋口が水本の髪の毛を優しく撫でながら尋ねた。
 別にと水本は不機嫌そうに答えた。
 「いいか? キミは樋口菜津枝としてこの屋敷に戻ってきた。今や立派なわたしの共犯者だ。何しろ性転換までして菜津枝の振りをしているんだからな」
 水本はあっと声をあげた。
 「今となってはキミが何を言おうとも誰も信じてはもらえないだろう。もし逃げ出したらどうなるかわかってるな? キミは菜津枝の振りを続けるしかないんだ」
 樋口は水本の耳元で囁くように、しかもドスの聞いた言葉で言った。
 「・・・・わかったわ。でも、わたし、菜津枝さんのことは何ひとつ知らないのよ。いったい、どうするつもりなの?」
 「菜津枝の両親が来るまでに勉強して貰う」
 「いつ来るの?」
 「2週間後だ」
 「間に合うかしら?」
 たった2週間の勉強で、まったく知らない他人になりすますことなどできるわけがないと水本は思った。
 「完全でなくていいんだ」
 「どうして?」
 「2週間前、菜津枝は買い物に出かけて事故に遭い入院していた。その事故の影響で記憶が曖昧になってしまった。そう言うことにするんだ」
 「なるほど。うまいことを考えたものね」
 「そう言うわけだ。ただし、記憶がなくても、菜津枝の話し方などはできるだけ似せていた方がいい。結婚前後のビデオがあるから、それを見て真似るんだ。いいな?」
 「・・・・わかったわ」
 樋口がビデオテープを書斎に取りに行っている間に、樋口家で働いているという家政婦が寝室に顔を出した。
 「まあ、奥様。大変でしたね」
 「大したことはないわ」
 家政婦は少し首を傾げたが、朝食を載せたトレーを水本の横にあるテーブルの上に置いた。
 「お身体がまだ完全ではないとお聞きしましたから、ジャパニーズ・お粥にいたしました。どうぞ、お召し上がりになって下さい」
 「ありがとう」
 「後ほど片づけに参ります」
 家政婦はやっぱり首を傾げながら部屋を出て行った。顔はそっくりでも、話し方などが違うと疑われるんだなと改めて思った。
 お粥は、洋風の味付けだったけれど、美味しかった。半分ほど食べた頃、樋口が戻ってきた。
 「マリアの反応はどうだった?」
 「首を傾げていたわ」
 「そうか・・・・。どうするかな? そうだ。事故の影響で性格も少し変わったことにしよう」
 「そんなことで信用して貰えるかしら?」
 「大丈夫だよ。キミくらい菜津枝に似ていれば、疑うヤツなんかいないさ」
 「そう。そんなに似ているの? 菜津枝さんに」
 「ああ。殺した人間が生き返ったみたいで、気持ち悪いくらいだよ」
 そんな樋口の言葉が信じられなかったのは、樋口が持ってきたビデオを見るまでだった。再生されたビデオの中に写っている菜津枝が水本自身ではないかとさえ思ったくらいよく似ていた。違うのは、やはり話し方だ。菜津枝の話し方は、最近の女の子らしくなかった。
 (これは難しそう。でも、事故の影響にしてしまえば、何でも許されるわね。何しろこれほど似てるんですもの)
 樋口が気持ち悪いと言った言葉がよく理解できた水本だった。ビデオを繰り返し見て、菜津枝の発した言葉を復唱する。食事以外の時間はずっとそうしていた。
 午後7時を回った頃、樋口が仕事を終えて屋敷に帰ってきた。
 「どうだ? 気分は?」
 「悪くありませんわ。傷が少し痛むだけですわ」
 樋口はギョッとして水本を見た。
 「どうかしましたの? 菜津枝の顔になにか付いてますの?」
 「参った。菜津枝そっくりだ」
 「そっくりってどう言うことですの? わたし、菜津枝ですけど」
 「わかった、わかった。もう止めろ。気持ちが悪い」
 樋口は本当に青ざめている。
 「でも、お父様とお母様がいらっしゃるんでしょう?」
 「そうだったな。しかし、あのふたりがいる間だけだ。あのふたりが帰ったら、そんなしゃべり方は止めてくれ。いいな?」
 「わかりましたわ。わたしもこんな話し方、イヤですもの」
 ドアがノックされた。マリアが入ってくる。
 「旦那様。お食事はいかが致しましょう?」
 「そうだな。食堂で食べよう」
 「奥様は?」
 「ボクが連れて行くよ」
 「お手伝いいたしましょうか?」
 「いいよ。ボクひとりでやれる」
 「わかりました。それでは食堂でお待ちしております」
 マリアが寝室を出て行くと、樋口は部屋の外から車椅子を運び込んできた。
 「ボクの首に手を回して」
 水本が左手を樋口の首に回すと、樋口は水本の背中と太股の下に手を差し入れて水本を抱き上げて車椅子に乗せた。
 「痛い・・・・」
 麻薬系の鎮痛剤のおかげで痛みはほとんどなかったけれど、このように動くとやはり痛みが走った。
 「こっちに運んで貰った方がよかったか?」
 「いいですわ。一日寝室にいたんですもの。ストレスが貯まっていますから」
 「そうか」
 樋口は車椅子を押して食堂へと進んでいった。寝室も豪華だったけれど、廊下も広く、食堂も立派だった。
 「あなた、ただの銀行員なんですの?」
 「どうしてだ?」
 「こんな立派なお屋敷に住めるはずがないですわ」
 「だから、菜津枝が必要なんだ」
 水本は納得した。水本が菜津枝を演じている限り、豪華な屋敷に住んで贅沢な暮らしができそうだ。後ろめたいが、悪くはないと水本は思った。
 (殺人の共犯でなかったら、どれだけ気が楽かな? けど、ほんとに菜津枝の両親を騙せるかしら?)
 それが心配だった。

 夕食がすんで家政婦のマリアが帰宅してしまうと、樋口は水本をそのまま外へと連れ出していった。
 「どこへ行くんですの?」
 「病院さ。傷を毎日見て貰うことになっている」
 「往診には来てくれないの?」
 「そんなことをしたら、医者に秘密を知られてしまうだろう?」
 「あ、そうね」
 「フードを」
 水本は頭からフードを被せられた。ドクターには誰を手術したかわからないようにしているらしい。
 車椅子ごと車に乗せられた。ハイウエーをしばらく走って、水本を乗せた車はあるビルの駐車場へと滑り込んでいった。車から降ろされて、エレベーターへと乗り込む。
 フードをされているから、何階に上ったのは水本にはわからない。けれど、かなり上の階まで上ったのは確かなようだと水本は思った。
 エレベーターを降りると、しばらく待たされた。樋口が何やら交渉しているようだ。やがて、車椅子が動き始めた。
 「診察台に載れますか?」
 その声に、今車椅子を押していたのが、看護婦だと悟った。
 「わかりません。まだ立ったこともないですから」
 「じゃあ、載せてあげましょう」
 樋口にベッドから移動させられたと同じ要領で車椅子から診察台に移動させられた。さすがに看護婦だ。移動するときにも痛みはなかった。
 「足をアブミに掛けて」
 言われた通りに足を開いてアブミに掛けた。足先が冷たかった。水本の股間を覆っていたガーゼが取り去られた。
 (アア、恥ずかしい・・・・)
 他人に恥ずかしいところを曝すなんて、ホントに恥ずかしかった。
 「膝を開いて」
 ドクターの声に、これは診察なのだから恥ずかしがることはないのだと自分に言い聞かせ、恥ずかしさのあまり閉じようとしていた膝を開いた。
 「少し痛いかもしれないよ」
 ぽんぽんと叩くように何かが股間に触れた。消毒しているようだった。ピリピリとした痛みが走る。それから、何やらべっとりとしたものを塗りつけられた。
 「傷の状態は良好ですよ」
 ドクターがそう言うと、ガーゼが当てられていった。
 「ドクター、お世話になります」
 樋口が礼を言う。
 「経過は順調です。また、明日診せてください」
 「わかりました」
 再び車椅子に乗せられて、屋敷に戻った。あの声は間違いなくドクター・シュレーダーだと水本は思った。

 毎日、夕食がすむと診察に出かけた。そうして、一週間目、水本の身体に作られた女の器官、膣の中からタンポンガーゼが抜き取られた。事前に麻酔を掛けられたようで、フッと眠っている間に処置は終わっていた。
 「深さも充分だ。いいと言うまで、この拡張棒で狭くならないようにしてくれたまえ」
 「はい」
 「それから、毎週一回、採血をさせて貰っていいかな?」
 「採血ですか?」
 「そう。ずっと取っていたデータを無駄にしないためだ。アキ」
 「ドクター・シュレーダー、ご存じだったの?」
 「ああ。キミの身体は、すみずみまで観察していたからね。いくら顔を隠したところで、キミがアキだと言うことは一目瞭然だよ。キミは、女になって、彼の愛人にでもなるのかね?」
 「あ、いえ。・・・・いえ、そうなんです」
 殺した妻の身代わりになるなどと言うことは言えなかった。
 「そうか。彼に内緒で女になっていた方がよかったのにな」
 「あ、まあ、そうですけど。彼はわたしが男だと知った上で愛してくれるって言ってますから」
 ここで、ドクター・シュレーダーに樋口の秘密をばらしてみようかとも思った。しかし、樋口が聞いていたらと思うとそうすることに踏み切れなかった。
 「そうか。それなら問題ないな。この出来なら、彼も満足してくれるだろう」
 「そんなにうまくできているんですか?」
 「ああ。最高の出来だね」
 「嬉しいです」
 話の行きがかり上、そう答えるしかなかった。
 「じゃあ、幸せにな。週に一度の採血を頼んだよ」
 「わかってます」
 それから数日は、毎日通院が必要で、その後も数日に一回は通院するように注意を受けて屋敷に戻った。
 「菜津枝の両親がやって来るというのに、まだ通院が必要なのか?」
 「ええ」
 「困ったな」
 樋口は腕組みをして考え込んだ。
 「何とかひとりで歩けますから、夜のドライブをふたりで楽しむとか何とか言ったらどうかしら?」
 「・・・・そうだな。そうするしかないだろうな。ともかく、ばれないようにくれぐれも頼んだぞ」
 「ここまできてばれたら、あなただけではなく、わたし自身の破滅になるんですもの、しっかり頑張りますわ」
 樋口は水本の顔を見てニヤリと笑ってみせた。