第10章 診察

 水本を病院へ運ぶ係として、再びジョージが呼び寄せられた。ジョージは喜んで水本をエスコートした。水本としては、自分に興味を抱いていると思われるジョージでない方がよかったのだが、ジェシカとしては、水本に興味を持つ男性を増やしたくなかったのだ。今の水本にはそれほど魅力があると言うことだ。ならば女性をエスコート役にすればいいのだが、そんな女性がちょうどいなかっただけなのだった。
 「アキは年はいくつなんだ?」
 「わたし? 22になったばかりだけど」
 「22!! 17、8かと思った」
 「東洋人は若く見えるから」
 「22。そうか、22か・・・・」
 ジョージは嬉しそうな顔をした。
 「ジョージはいくつなの?」
 「俺かい? 俺は28だよ」
 「28!!」
 「なんだよ。そんなに驚いて」
 水本にはジョージはとてもそんなに若いとは思えなかったのだ。
 「・・・・もっと、お年だと思っていたから」
 「ひどいなあ。命の恩人に対して。いったい、いくつくらいだと思っていたんだ?」
 「・・・・40前くらい」
 そう答えると、ジョージはムッとした表情を見せた。
 「そこまでは言われたことはないなあ」
 「結婚は?」
 ジョージの視線が宙を舞った。
 「去年・・・・別れた」
 「ごめんなさい。イヤなことを聞いて」
 「いいんだ。俺が原因なんだ」
 「原因なんて、聞いちゃいけないわね」
 「ああ」
 ジョージは黙り込み、車のラジオのスイッチを入れた。ホイットニー・ヒューストンの曲が流れていた。

 「着いたぞ」
 白く大きな病院で、患者がうようよしていた。ジョージが受付で身分証を見せると、行く先を教えてくれた。
 エレベーターを上り、ドクター・シュレーダーという名札の掛かったドアをジョージはノックした。
 「どうぞ」
 中年男性の声が戻ってきた。
 「失礼します」
 ジョージが先に入れと促すので、水本はレディーファーストかと思いながら、部屋に足を踏み入れた。
 「ジョージ・ヤングです。アキ・ヒロを連れてきました」
 水本の本名をまだ聞かされていないようだなと水本はジョージの顔を見た。
 「ジェシカから連絡が入っている。早速診察をしよう。・・・・ヤング君は、遠慮して貰おうかな?」
 「あ、そうですね。それでは、廊下の方で待たせていただきます」
 ジョージは水本にウインクすると、部屋を出て行った。水本のことをまだ女だと思っているんだなと思うと、水本はおかしくなった。
 「そこで、診察着に着替えてくれたまえ」
 水本は、衝立の奥で、診察着に着替え始めた。
 「下着も取ってくれよ」
 「あ、はい」
 水本は下着もすべて脱いで、水色のワンピースのような診察着姿になった。
 「そこに座って」
 丸椅子に腰掛けると診察が始まった。
 「名前は?」
 「アキヒロ・ミズモトです」
 ドクター・シュレーダーはカルテに記載を始めた。
 「生年月日は?」
 「1980年9月22日です」
 「22才だな」
 「はい」
 ドクター・シュレーダーは、それから眼瞼を触り、首筋をじっくり触ってから水本に口を開けさせて、口の中を調べていた。
 「脱いで」
 「は?」
 「着ているものを脱いで。診察できないだろう?」
 「は、はい」
 全裸になれと言うのだ。アメリカではそうするものだろうか? よくはわからなかったけれど、水本は指示に従うしかないと思って診察着を脱いだ。顔が赤くなった。
 ドクター・シュレーダーは、水本の乳房と股間をチラリと見たが、表情も変えずに診察を続けた。
 胸の聴打診がすむと、乳房を検査された。水本は恥ずかしくて胸のあたりが真っ赤になった。あとで聞いたところによると、これは乳癌の検査だと言うことだ。
 肩幅、トップバスト、アンダーバスト、ウエスト、ヒップサイズを測られたあと、ベッドに寝かせられた。
 腹部を触診されたが、くすぐったくて身体をよじると、ドクター・シュレーダーに怒られてしまった。
 それから、ドクター・シュレーダーは手袋をすると、水本のペニスと睾丸を検査し始めた。ただ触るだけではなく、ペニスの長さ太さ、それに睾丸の大きさも測定された。
 「直腸診をするから、向こう向きになって」
 「はい」
 横向きになると、直腸にベッタリしたものを塗られて指を入れられた。指を引っかき回されるような感じで気持ちが悪かった。
 「よし。診察はこれで終わりだ。次は採血。それから、レントゲン検査に回って貰おう」
 「わかりました」
 診察着を着てから、呼び寄せられた看護士に連れられて指示された場所を回った。貧血になるんじゃないかと思うくらい血を採られたあと、胸部レントゲン写真、マンモグラフィーという乳房のレントゲン撮影をされた。
 それで終わりかと思っていたら、全身のCTを撮られた。ドームのような機械に入るのは恐怖を覚える。狭い部屋の中に監禁されていたときのことが思い出されるからだ。
 最後に、ドクター・シュレーダーがデータを見せながら詳しく説明してくれた。
 「キミが、女性と男性の特徴を兼ね備えていると言うところを除けば、概ね健康体だね」
 「概ねというと、どこか悪いのですか?」
 「女性ホルモンの作用を持つ物質を含むイモを長期間にわたって食べていたと言ったね?」
 「はい」
 「そのことを関係があるかもしれないな」
 「どう言うことでしょうか?」
 「いつまでそのイモを食べていた?」
 「つい2、3日前までです」
 「そうだろうな」
 「と言いますと?」
 「女性ホルモンそのものではないが、女性ホルモンに類似した物質が高濃度にキミの血液中に存在するんだ」
 「それがわたしを女性化させたんですね?」
 「その通りだろう。それに加えて・・・・」
 「何でしょう?」
 「男性ホルモンのレベルが極めて低い。女性並みだ」
 予想してたとは言え、水本は驚きを隠せなかった。
 「恐らく、イモの中に男性ホルモンを抑制する物質も含まれているのだろう」
 「元に戻るでしょうか?」
 「イモの摂取を止めれば、女性ホルモン類似物質の供給がなくなるから、次第に低下してくるだろうし、男性ホルモンの方も回復するかもしれない」
 「かもですか?」
 「睾丸が男性ホルモンを分泌する機能を失っていなければの話だ」
 「回復しない可能性もあると言うことでしょうか?」
 「まあな」
 水本は愕然となった。
 「少し経過を見なければならないがね」
 「・・・・わかりました。あのう、男に戻ることはできるのでしょうか?」
 「もちろんできるよ。大きくなった乳房を切り取って、男性ホルモンを補充してやれば、男に戻ることができるだろう」
 水本は大きくなった乳房を両手で下から持ち上げる。
 「男性に戻るつもりなら、生殖能力を診ておいた方がいいだろうな」
 「生殖能力?」
 「つまり、睾丸から精子が産生されているかどうか、産生されているとすれば、その動きはどうかなどを検討しておくんだ。生殖能力があるかどうかは、男性に戻る際の大きな要因のひとつになるだろうな」
 ドクター・シュレーダーは、生殖能力がなければ、女として暮らした方がいいと言いたいのだろうか? ポーカーフェイスのドクター・シュレーダーの表情からは、窺い知れなかった。
 「どのようにしたら?」
 「精子を採取しなければ始まらない」
 「精子を採取すると言いますと?」
 「マスターベーションして貰うしかないだろうね?」
 水本は下を向いた。
 「しなければなりませんか?」
 「生殖能力の有無を知りたいと思えばね」
 「他に方法は?」
 「前立腺をマッサージしてやれば採取できるかもしれない。あるいは、男にファックして貰って性的に興奮すればいいかもしれないが・・・・」
 「マスターベーションしてみます。もしダメなら、マッサージをお願いします」
 「わかった。部屋の外で待っているから、採取できたらいいなさい。これが容器だ」
 ドクター・シュレーダーは、小さな筒を水本に渡すと、部屋を出て行った。水本は、しばらく考えたあと、診察着の裾を捲り上げて、ペニスに手を掛けた。
 (ずっとしてないから出るだろうか?)
 ミゲルとアナルファックしたときには、必ず射精していた。それが気持ちよかったから、マスターベーションなんてずっとやっていなかったのだ。
 いくらしごいても射精できなかった。水本は、高校時代好きだった橋本美香という女の子を思い浮かべながら、さらにしごいた。それでもダメだった。ミゲルは思い出したくなかった。
 ジョージを思い出した。ジョージにファックされてジョージの手でペニスをしごかれている自分を想像したとき、フニャフニャだったペニスが勃起してきて、ついには射精することができた。
 水本は筒の中にザーメンを流し込んでから、ドクター・シュレーダーを部屋の中に招き入れた。ドクター・シュレーダーは、筒を持って出ていき、しばらくして戻ってきた。
 「すぐに結果が出る。それまで待とう」
 「はい」
 ドクター・シュレーダーは、モニターに向かって何やら記録を始めた。5分もしないうちに電話が鳴った。
 「もしもし。そうか。わかった」
 電話を切ると、ドクター・シュレーダーは水本の方に向き直った。
 「ザーメンの中に精子はまったく存在しないそうだ」
 「それって・・・・」
 「今のところ、キミには生殖能力はないと言うことだ」
 愕然となった。
 「・・・・今のところと言いますと?」
 「男性ホルモンと同じで、精子の産生も回復するかもしれない」
 「その可能性は?」
 「・・・・はっきり言って、厳しいだろう」
 「どれくらい厳しいのでしょうか?」
 「1パーセント以下だろうな」
 座っていた椅子から転げ落ちそうになった。身体の震えが止まらなかった。
 「生殖能力と男性ホルモンの分泌が回復するかどうか待った上で決めたらいいだろうね」
 「どれくらい待てば?」
 「そうだな。半年は待ちたいところだ」
 「半年・・・・」
 つまりはそれより前には日本には帰れないと言うことだ。
 「仕方ありませんね」
 水本は力無く返事をした。
 「ところで、さっきマスターベーションをしたときのことだが」
 「何でしょう?」
 「何を思い浮かべた?」
 「な、なにって?」
 水本はその質問に狼狽えた。
 「わたしが若い頃は、女のヌードを思い出してしごいたものだが、キミは何を思い浮かべたんだ?」
 ジョージを思い浮かべたとは言葉に出して言えなかった。
 「質問を簡単にしよう。思い浮かべたのは、女だったかね? それとも男だったかね?」
 「・・・・男・・・・でした」
 ドクター・シュレーダーはしたり顔になった。
 「キミは男に戻ったとき、女とファックできる自信があるかね?」
 男に戻って女を抱く想像をしてみた。何度思い浮かべても、抱こうとする女が自分になってしまうのだ。
 「・・・・ありません」
 「そうだろうと思ったよ」
 「何故そう思ったのでしょうか?」
 「わからないが、キミは知らなければ、どう見ても女だ。ただそれだけではなく、男に媚びを売るようなところが垣間見れる」
 「そんなことやっていません!」
 「うん。それはわかっている。しかし、キミにはそのつもりがなくても、キミは知らず知らずのうちに、女として行動しているのだよ」
 「嘘です!」
 「キミの身体に手を加えて男に戻すことは可能だと言ったが、むしろ女の方に替えた方がキミには相応しいとわたしは診断するんだがね」
 水本は頭を抱えて考え込んだ。
 「わたし・・・・、わたしは男です」
 「男に戻りたいと言うんだね?」
 「はい」
 「わかった。君の希望に添えるようにしよう。ただ・・・・」
 「ただ?」
 「そのイモというのに興味がわいたんだ。イモの分析をしようと思う」
 「それとわたしと何の関係が?」
 「摂取が終わってどれくらいイモの効果が持続するかみたい。だから、男性ホルモンを投与しないで経過をみたいんだが、どうだろうか?」
 「それじゃあ、帰国が遅くなってしまいます」
 「それはわかっている。しかし、今のキミに男性ホルモンを投与するのは危険だと思うんだ。少しの時間は男性ホルモンの投与を待たなければならない。待つ時間を少しだけ延ばすだけだよ。どうだろう? わたしの願いを聞き入れてはくれまいか?」
 真剣な目で頼み込まれて、水本は頷かざるを得なかった。週に一回の受診を約束して病院を後にした。

 水本は、ドクター・シュレーダーに下された診断がひどくショックだった。女のようにミゲルに抱かれ、それが心地よいとは思っていた。しかし、ミゲルの元から解放されれば、あれは夢だったと忘れて男に戻るはずだった。それが・・・・。
 「どうして泣いているんだ?」
 ジョージが優しく水本の肩を抱いた。
 「何でもないんです」
 そうしか答えられなかった。
 「そうか。カルロスが待っている。本部に戻ろう」
 「カルロス・・・・」
 そうだったと水本は思い出した。自分のことを考えるだけで精一杯で、カルロスのことを考える余裕がなかった。2年間育てたカルロスを放り出すわけにはいかなかった。
 (男に戻りたい。けれど、ドクター・シュレーダーは、わたしの身体は男に戻すよりも女にした方がいいと言った。マスターベーションするときも男とセックスする自分を思い浮かべた。それにカルロスがいる。・・・・わたしは、女になった方がいいのかもしれない。でも、それでは日本に帰ることができない・・・・)
 どうしたらいいのか水本にはわからなかった。