俺は、思いあまって悦子のマンションを訪ねた。
「いいわよ。いいところが見つかるまで、ここに住めばいいわ。スナックにも雇ってあげる」
悦子の口からそんな言葉が出てきた。
「ありがとう。悦子さん。でも、高原さんが、いいって言うかしら」
「大丈夫よ。最近、別の仕事に手を出しているみたいだから、滅多にここにも来ないし」
「助かります。できるだけ早く住むところを見つけますから」
俺は早速荷物をまとめて、悦子のマンションに転がり込んだ。昼の生活から、夜の生活へ一変したが、以前もやっていた仕事だから、すぐに慣れた。
一ヶ月ほど経った日曜日、悦子が出かけて、俺はひとりでビデオを見ていた。開いたドアの方を振り返ってみると、高原だった。
「朱美。二年ぶりだな。ますます女ぶりが上がったな」
「高原さんも恰幅が良くなって」
「そうだな。かなり太ったからな。で、いまどこにいるんだ?」
高原は、俺が悦子のマンションのいることを知らないようだ。
「マンションを追い出されて、行くところがなくなっちゃって、今はここで悦子さんのお世話になってるの」
「そうか。ここにいるのか。そうか。じゃあ、パトロンはいないのか?」
「いたら、ここにはいないわ」
「そうだな。どうだ、朱美。俺がパトロンになってやろうか?」
「えっ! 何言い出すのよ。気でも違ったんじゃないの?」
「正気だよ。おまえは、いい女になったからな。あそこの調子はどうだ?」
「何馬鹿言ってんのよ。いい加減にしなさいよ。あなたには、悦子さんもいるでしょう?」
「悦子? あんなばばあ、もうお払い箱だ」
悦子は、俺より、十上だったと思う。まだ若いのに、ばばあはないだろう。
「そんなことできないわ。凄くお世話になってるんだから」
「俺が話しをつける」
そう言って、高原は嫌がる俺を無理矢理犯した。
「まるで、本物と変わらないな。イヤ、悦子のガバガバまんこに比べれば、おまえは大したもんだよ」
「そんなに良かったの?」
「何度も言わせるなよ」
高原は、俺にとっては初めての男だ。悪い男だが、忘れられない男でもある。今日は、無理矢理やられたのに、俺は高原に抱きついて眠っていた。
「あんたたち、何してんのよ!」
悦子の声だ。悦子が、ベッドのそばに立って、般若のような顔をしていた。
「朱美。さんざんわたしの世話になっておきながら、これは何よ」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「あんたもあんたよ。元男の、こんなやつのどこがいいのよ」
悦子は、ベッドルームにあったものを手当たり次第、俺たちに投げつけた。
「止めろ。悦子! 止めないか」
「うるさい。あんたなんか、殺してやる」
悦子は、興奮状態で、止めようがなかった。俺と高原が、ビデオ撮りではセックスしていることは知っていたのだろうが、それ以外では許せなかったのであろう。
俺は急いで服を着て、悦子のマンションを抜け出した。近くの安ホテルに宿を取り、悦子の怒りが消えるのを待った。
三日後、悦子の部屋を訪ねると、悦子はひと言もものを言ってくれなかった。俺は、取り敢えず、いるものだけをスーツケースに詰めて、ホテルの名前を告げて、悦子のマンションをあとにした。
一週間後、高原からホテルに、悦子のマンションで待っているという伝言が入った。約束の時間に悦子のマンションを訪れると、高原がひとりで待っていた。
「悦子さんは?」
「五日前から出かけたまま、戻らない。昨日、捜索願を警察に出したところだ」
「そうなの。どこいったのかな」
「わからねえな。俺もあれからすぐに出かけてここ一週間ほど、海外にいたからな」
「悦子さんが五日前に出かけたって、どうして知ってるの?」
「警察が来て、新聞が五日前から取り込まれてなかったんだとよ」
「ああ、そういうこと」
「朱美。一戦どうだ?」
「こんな時に、よくそんなことができるわね」
「こんな時も何もないさ。男はいつでも、臨戦状態さ」
まったく、高原という男は、箸にも棒にも掛からない男だ。そう思いながらも、俺はシャワーを浴びて、高原に抱かれた。
夕食を作ってやり、一緒に食べながら、テレビを見ていた。電話が鳴って、高原が出た。
「何ですって。そうですか。分かりました。ありがとうございます。今からすぐに出ます。高崎署ですね。はい。どうも、お手数掛けます」
「どうしたの?」
「悦子が群馬の山の中で自殺してたんだとよ。いまから、確認に行って来る」
「わたしも行く!」
「おまえは行かない方がいい。サツに変な目で見られるといかんからな」
高原は、ジャンバーを引っかけると、部屋を出ていった。
夜遅く、高原が帰ってきた。
「どうだった? 悦子さんだったの?」
「当たり前だろう。悦子に決まってるさ」
俺は、何か釈然としないものを感じた。確認する前から、死んだのが悦子だと分かっていたみたいだ。まさか、高原が悦子を殺したのでは・・・・。イヤ、高原は海外にいたと言った。完璧過ぎるアリバイ。おかしい。しかし、それ以上確かめようがない。だが、俺は敢えて聞いた。
「まさか、あなたが悦子さんを」
「俺に殺せるはずがない。日本にいなかったんだからな」
「誰かに頼んで・・・・」
「どうでもいいだろう、そんなこと。警察が自殺だと言ってんだ。もう、悦子のことは何も言うな。ホテルを引き上げて、ここに来い。名義を変更しておいてやる。それから、六本木のスナックも、おまえに任せる。分かったな」
「・・・・はい」
「浮気したら、許さんぞ。悦子のようになりたくなかったら、俺の言うこと聞くんだ。分かったな」
間違いなく、高原は悦子を殺させている。俺は高原という男が怖くなった。しかし、あの時と同じように逃げ出せないのだ。俺は、再び、あり地獄の中に足を踏み入れてしまった。
俺は悦子に代わって、マンションに住み、スナックを切り回した。高原は、俺とのセックスが気に入ったのか、海外に出かける以外は、毎日やって来た。
高原は、思ったより優しく、以前のことは忘れたように、俺を女として扱ってくれた。俺は満足した日々を送った。
俺は二十五歳になった。スナックは繁盛し、俺の預金通帳は膨れ上がった。毎日飲む女性ホルモンがなかったら、俺は自分が男であったことを忘れることもあった。俺は幸せだと思っていた。
高原が死んだ。東京湾に死体となって浮かんでいたという。腹に銃弾を何発も打ち込まれていたそうだ。
俺の元にも警察がやってきたが、俺は、高原が何をやっていたのかはまったく知らなかった。刑事の話によれば、高原は覚醒剤の密輸に関与していたらしい。何らかのトラブルで、殺されたとの話しだった。
俺は、高原を愛していた。悲しかった。しかし、高原には、別居状態の妻子がいた。葬式は、そちらで行われ、俺は葬式に出ることを許されなかった。
マンションは俺の名義に書き換えられていたから、実質的に俺のものとなった。スナックは賃貸だが、繁盛しているから、続けていけそうだ。俺は、愛する男を失ったが、同時に、長い呪縛から解き放たれ、自由の身となった。俺が、男だったことを知るものはもう誰もいない。
時は過ぎ去り、家出してから十六年、性転換されてから十五年が過ぎ去った。俺は三十一歳になった。スナックのママとして、成功は収めているものの、一抹の寂しさを覚えるようになった。
俺は、親父やおふくろがどうなっているか、興信所を使って調べさせた。
おふくろは、死んでいた。無理が祟って、肺炎で死んだのだそうだ。死ぬまで、俺のことを捜し続けていたと聞いたときは、涙が溢れ出た。体の中の水分が全部涙になって出るくらい泣いた。
親父は生きていた。しかし、アル中で入院した挙げ句、アルツハイマーを患って、ひどいボケになっているとのことだった。
会うつもりなんて無かったのに、ぶらりと親父の顔を見に行った。親父の顔を見たとたん、あんなに憎かった親父が、可哀想に思えた。俺は、店を若い者に任せて、親父を引き取って、一緒に暮らし始めた。俺は、まるで妻のように一日中親父の世話を焼いた。俺のただひとりの肉親だから・・・・。
親父を引き取って、一ヶ月ばかり経ったある日、俺は親父を風呂に入れてやっていた。俺も裸になって、親父の体を洗ってやっていたら、親父が、美佐子、美佐子とおふくろの名前を呼びながら、俺に抱きついてきた。
その頃の俺は、おふくろの若い頃の写真にそっくりになっていた。惚けた親父が、俺のことをおふくろだと勘違いしてもおかしくはない。
五十五歳の親父は、頭は惚けていたが、体は元気だった。俺は、抵抗せず親父に俺を抱かせてやった。それが、おふくろへの罪滅ぼしのような気がしたからだ。これは近親相姦になるのだろうか? 親父が俺の中で果てるのを感じながら、そう思った。
親父にはその後、二度ほど抱かれた。親父はもの凄く喜んで、その時だけは、少しボケが軽くなったように感じた。しかし、引き取ってから三ヶ月後くらいから、完全に惚けてしまい、俺の手に負えなくなった。
俺は諦めて、病院へ入院させた。親父はそれから二ヶ月後に、俺にはひと言の礼も言わずに死んでいった。
俺は本当にひとりぼっちになってしまった。家出したとき、ひとりで生きてみせると思っていたが、こうして本当にひとりになってみると、心底寂しかった。
親父が死んで一年目、スナックのお客に求婚された。親父に似たいい人だった。武藤というその男は、小さな自動車整備工場を営む男で、十年前に結婚した妻が、やっとの事で妊娠して子ども産んだのに、産後の肥立ちが悪くて死んでしまったのだそうだ。子どもはやっと一歳になったばかりだという。
俺は迷った。男として生きてきた時間より、女として生きた時間の方が長くなっている。しかし、男は男だ。武藤にそのことを隠して、結婚しても良いものだろうかと。
俺は、子どもは産めない。しかし、武藤の子どもは、一歳だ。今なら、俺は母になれる。迷いに迷った挙げ句、俺は、求婚を受け入れた。
店を譲り、マンションを売り払って、武藤の元へ嫁いだ。子どもは可愛い男の子だった。小さいときの俺にそっくりだと思った。
武藤は優しく、事業も順調だった。俺は身も心も満足していた。
俺は、自分の歩んできた道を、二度とこの子には歩ませまいと、愛情いっぱいに、時には厳しく育てた。
勝は、すくすくと育ち、有名私立高校に合格した。俺は、母と呼ばれることに満足し、妻と呼ばれることに快感を感じていた。
神様ありがとう。俺は運が良かった。俺は満足だ。