俺が家出して一年が経過した。親父とおふくろは今頃何してるだろうと思いながらも、ぜんぜん帰ろうという気にはならなかった。帰ってもどうしようもない。親父に殴られ、おふくろに泣かれるだけだ。
正月が過ぎ、毎日飲んでいる女性ホルモンの効果が表れて、俺の胸が膨らみ始めた。体の線も丸くなってきた。銀次はもう俺には興味がないと言った顔で、俺を見ている。一方、高原は、俺の胸が大きくなっていくのを、興味深げに見ていた。
しかし、男同士のセックスに興味を持つものたちが対象のビデオ販売だ。男の胸が大きくなることに興味のある人間は少なかったに違いない。性転換手術のビデオと、性転換後の女としての最初のセックスのビデオは、かなり売れたそうだが、その後の売れ行きはさっぱりになったと、高原がこぼしていた。
それはそうだろう。もはや俺は女なんだから、男と女がセックスするビデオなんてごまんとある。俺のようなガキではなく、もっと美人で豊満な女が出演するビデオの方が売れるに決まっている。
俺は高原にとって、お荷物になりつつあった。自分の出演するビデオもそう積極的には売りたくなかったのだろう。
悦子のマンションに居候させて貰っている代償として、俺は、悦子のスナックで働かせて貰うことにした。
少し膨らんだ胸をできるだけ大きく見せるような上げ底のブラジャーをして、短いスカートを穿いて、店に出た。タイに行ったときと同じように、俺は、悦子の妹と言うことにした。似てないねと言われたときは、母親が違うからと返事することになっている。
俺は実際は十六だが、篠原朱美は十七歳ということになっている。それでも、条例違反だから、十八歳という触れ込みだ。午後八時から、午前0時までが俺の勤務時間だ。
若いと言うだけで、俺は結構もてた。男としての俺は、童顔で、女に持てるタイプではなかったが、女としては、かなり可愛いと言っていい。ホテルに誘われることも、少なくはなかった。当然、やんわりと断った。
性転換されて、一年が経過した。俺は、相変わらず、悦子のスナックで働いていた。高原は、俺には完全に興味を失っていた。
ある日、店に出る前にシャワーを浴びて、部屋に戻ると、高原がソファーに座って悦子と話しをしていた。
「おっ! 朱美。胸が大きくなったじゃないか」
「やっとAカップになったのよ」
「ほう、大したもんだ。バスタオルを取って、もっとよく見せろ」
「恥ずかしいわ」
「早く見せないか!」
高原の目が、急に殺気だった。俺は慌ててバスタオルを取って、高原の前に立った。
「横を向け」
「はい」
「結構いいじゃないか。それくらいの胸の女ならいくらでもいるな。久しぶりにビデオを撮ろう。いいな」
イヤだとは言えなかった。次の日曜日、ビデオを撮ることになった。
新しいビデオ係がいた。やつは知らないから、女の振りをしてろと言われた。銀次は、相変わらず、女とはだめで、部屋の隅に突っ立っていた。俺は高原に命令されるままに、いろいろな体位をこなした。
騎上位で、やっているとき、高原が銀次に声を掛けた。俺は、何するんだろうと思っていた。
高原と結合したままの俺に、後ろから銀次が俺の尻に入れようとした。逃げようとすると、頬をピシャリとやられ、高原に睨み付けられた。
「尻を上げて、入れやすいようにしてやれ」
高原には逆らえない。俺は我慢するしかなかった。同時に攻められ、俺は失神してしまった。
失神してしまったが、こんなことは二度としたくはなかった。俺には膣がある。膣があるのに、肛門に入れるのは邪道だ。ルール違反だ。変態のやることだ。俺は変態じゃあない。
マンションに帰り着いてから、俺は高原に泣いて頼んだ。二度と肛門は使いたくないと。
「朱美。おまえは今日でお払い箱だ。おまえを使ったビデオは、今日ので最後だ。二度とビデオに出て貰うことはないから、安心しろ」
「良かった。でも、お払い箱って言うことは、ここを出て行けって言うこと?」
「そこまでは言ってない。悦子と相談しろ。悦子がいていいというのなら、いてもいい」
「悦子さんがいいと言ったらいいのね」
「そうだ」
俺は心底安堵した。ビデオに出なくて済む。悦子に追い出されなければ、俺はここで生活もできる。ただ、心配なのは、高原と縁が切れたことで、悦子がどう考えるかだ。
高原が帰ったあと、買い物から帰ってきた悦子に、高原の話しをした。
「わたしとしては、あなたにいて欲しいんだけど、高原の考えは分かっているわ。わたしの口から、あなたを追い出して欲しいのよ。自分は泥をかぶりたくないのよ。いつものことなの」
「そうですか。じゃあ、ここを出て行くしかないですね」
「お店には雇ってあげるわ。あなたがいて、売り上げが増えてるんですもの。何処かにマンションでも借りたらいいわ」
「少し貯金はあるけど、マンションを借りるようなお金はないわ」
「何処か安いところを探しましょうよ。わたしも探してあげるから」
しばらくは悦子のマンションにいても良さそうだが、あまり長くなると、悦子に迷惑が掛かる。夜は、悦子のスナックで働きながら、昼間は、アパートを探して回った。
適当なアパートが見つからないまま、二週間が過ぎた。高原がやってきた。
「朱美。まだいたのか?」
「引っ越そうと思ってるんですけど、いいアパートが見つからなくて」
「そうか。二,三日したら、悦子にひとり預かって貰わんといかんからな」
今日にでも出て行けと言うことだろう。俺は絶望した。どうしたらいいんだろう。
悲しげな顔をして、スナックで客の相手をしていたら、いつも俺を目的に来てくれる電化製品卸の会社をやっている社長に声を掛けられた。
「朱美ちゃん、どうした? そんな悲しい顔をして」
「今住んでるマンションを追い出されそうで」
「あれ!? 朱美ちゃんは、ママと一緒に住んでるんじゃないのか?」
「お姉さんの彼氏が出て行けって」
俺は、声を潜めてそう社長に囁いた。悦子にパトロンがいることはみんな知っている。ただ、表向きは独身と言うことになっているから、大きな声では言えないのだ。
「朱美ちゃん、わたしでよかったら、世話させて貰ってもいいよ」
社長は六十過ぎくらいだ。まあ、若いときはいい男だったに違いない。髪の毛も薄くなっているし、かなり年は離れているが、今の俺にとってはそんな贅沢を言っている場合ではない。
「いいんですか?」
「朱美ちゃんが困ってるんだ。それくらい、お安いご用だよ」
「社長さん、奥さんいるんでしょう?」
「いたら、いやかい?」
「そんなことないですけど・・・・」
「じゃあ、話しは決まりだ。あすにでも、引っ越しなさい。毎週メインテナンスが入っているから、中は綺麗にしてあるはずだ。住所を書いてあげよう」
渡りに船とは、まさにこのことだ。当然、俺の肉体を要求してくることは分かっているが、そんなことは構わない。あんなビデオに出るよりはましだ。
悦子に話したら、ひどく喜んでくれた。
「良かったじゃない。谷岡社長は、もの凄くお金を持っているのよ。可愛がって貰いなさい。あなたが男だってことは内緒にしてね」
「気がつかないと思うけど、気がつかれたら、その時は、その時よ」
「そうね。あなたがいなくなると、寂しくなるわ。売り上げも減るでしょうし」
「社長さんが許してくれたら、働きに出るわ。このスナック、好きだから」
「あてにしないで待ってるわ。じゃあ、今日は先に帰って、準備しなさい」
「悦子さん、長い間ありがとうございました」
「あなたが、あの汚らしい浮浪児だったなんて、とても信じられないわ。じゃあ、頑張ってね」
俺は、マンションに帰り、引っ越しの準備をした。引っ越しと言ったって、着るものと日用品が少ししかない。それに女性ホルモンの入った大きな瓶。スーツケース一個で事足りる。
谷岡社長のマンションは、千代田区にある、高級マンションだった。悦子のマンションよりも広く、豪華だ。
スーツケースの中のものを備え付けの家具にしまい込み、少し埃のたまった床を掃除していると、谷岡から電話が入った。
「朱美ちゃん、ひどいマンションだろう?」
「そんなことないです。すばらしいところです」
「一時間ほどしたら、そこに行くから、出かける準備をして待っててくれ」
「出かけるって?」
「夕食を一緒にしよう。プレゼントも用意してある」
「お待ちしてます」
約束通り、一時間後、谷岡がやってきた。運転手も一緒だ。大きなベンツで、銀座まで出かけ、しゃぶしゃぶを一緒に食べた。信じられないほど旨かった。
マンションに戻り、谷岡は、VISAのゴールドカードを俺に手渡した。
「好きなものがあったら、これで何でも買いなさい。何百万使ってもいい。ただし、若い男を引き込んだりしたら、許さんからな」
「約束します。社長さんだけのために尽くします」
「おう、おう。朱美はいい娘だ。じゃあ、また来るから。明日、携帯電話を届けさせるから、持ってなさい。来る前に必ず連絡するから」
「分かりました。でも、それだったら、鬼の居ぬ間に何でもできちゃうんじゃないですか?」
「朱美は正直な娘だね。信じているよ。朱美は、そんなことはしない。信頼を裏切るのはくずだ。犬畜生だよ。わたしの目に狂いはないと思っている。じゃあ、お休み」
谷岡は、俺に指一本も触れずに帰っていった。心の準備をしていたのに、拍子抜けした感じだ。
俺は大きなダブルベッドにひとりで眠った。心地よい眠りだった。
次の日の朝早く、携帯電話が届いた。俺はその携帯電話を持って、買い物に出かけた。谷岡は何百万使ってもいいと言ったが、そんなことはできない。それでも、ブラウスとスカート、ワンピースを買うと二十万近くになった。こんな高いものを買うなんて、俺は金銭感覚が少しおかしくなってきたようだ。
冷蔵庫の中が空っぽだったのを思い出して、あれこれ買い込んで帰った。ここ一年、俺は悦子に教えて貰って、料理を少し覚えていた。自分で食べる分くらいは料理できるのだが、谷岡が泊まる言い出したら、まともな料理ができるかどうか自信がなかった。しかし、考えてみれば、俺は十七歳の少女だ。そんなに料理がうまくなくてもいいだろうと、居直ることにした。
それから三日後の夕方、携帯に谷岡からの連絡が入った。
「朱美。一時間後に行くから、風呂を沸かしといてくれ」
それだけ言って、谷岡は電話を切った。俺は、風呂のスイッチを入れて、ビールが冷えているか確認し、簡単なおつまみを用意した。
きっちり一時間後、谷岡がマンションに姿を現した。運転手はドアの外で待っていた。谷岡は、服を脱ぐと、風呂に入っていった。俺も服を脱いで、中に入った。谷岡は驚いたような顔をしている。
「朱美。何のつもりだ?」
「何のって」
「まあ、いい。裸になったついでだ。背中を流してくれ」
「はい」
俺が背中を流してやると、谷岡は湯船にさっと浸かって、あっという間にバスルームを出ていった。
俺が体を拭いて、外に出たときには、谷岡は、このマンションに置いてあった別のスーツに着替えて出て行くところだった。
俺は拍子抜けがした。谷岡はどういうつもりなんだろう? 宿無しになったこの俺を、このマンションに住まわせてくれ、VISAのゴールドカードもくれている。何の代償もいらないと言うのか。いや、今日は別の用事で忙しかっただけだ。汗を流して、着替えに寄っただけで、俺とする暇がなかった。そうだ。それに違いない。
それから五日後、谷岡から再び電話があった。谷岡が風呂に入っている間、俺はリビングで待っていた。お呼びが掛かれば、入っていこうと思っていた。しかし、お呼びは掛からなかった。
風呂から上がってくると、谷岡は、バスローブを着て、くつろいだ雰囲気だった。ビールを注いでやると、谷岡は旨そうに飲み干した。
「朱美も入ってきなさい」
俺はバスルームに行くと、体を入念に洗ってから、裸のままバスローブを着て、谷岡の待つリビングへ戻った。谷岡が俺にビールを注いでくれた。
「朱美はまだ未成年だったね。ビールを注ぐなんていけないな」
「少しくらいはいいでしょう? パパ」
「パパか。そうだな。パパでいいな。おまえは娘みたいなものだからな。いや、孫と言ってもいいのかな」
娘みたいって? 孫? 俺は谷岡の気持ちを測りかねた。俺を抱くつもりはないのだろうか? バスローブの下に何も着ていないのは、分かっているだろうに。
その日も、午後十時過ぎまで、俺と一緒にテレビを見ながらくつろいだだけで、見送る俺の頬に、軽くキスして帰っていった。
谷岡と結ばれたのは、このマンションに越してきて、一ヶ月目のことだった。
その日、谷岡は午後十一時過ぎに、何の連絡もなしにやってきた。かなり酔っている風だった。風呂に入りたいというので、いったん落としていた風呂を溜めてやった。
「パパ。こんなに酔っているのに、お風呂は止めたら?」
「うるさい。入ると言ったら入るんだ。余計な口出しはするな」
谷岡は、何故か機嫌が悪かった。仕方がないので、服を脱がしてやり、俺も服を脱いで、一緒に入ってやった。体を洗ってやっていると、俺の小さな胸に吸い付いてきた。そのまま、バスルームのマットの上で、強く抱きしめられて、俺は谷岡と結ばれた。
谷岡はその夜、初めてマンションに泊まった。朝目覚めて、谷岡は、俺としたことを覚えていなかった。
「朱美。わたしは、おまえとするつもりはなかった。娘より若いおまえとセックスするなんて、わたしには罪悪としか思えない」
「いいのよ、パパ。わたしには、これくらいしか、何のお返しもできないんだから」
「お返しなどいらないんだ。わたしには、心がくつろぐ場所が欲しかった。ただ、それだけだ」
谷岡には、くつろぐ場所がないのだ。家庭というものがありながら・・・・。妻がいるだろうに、可哀想な谷岡。俺は、その日以来、ただの囲われものではなく、谷岡のために、精一杯の努力をすることにした。
谷岡は、週に二度ほどやってくるが、俺の抱くのはそのうち三、四回に一回だった。それも俺が誘った上での話しだった。
谷岡に囲われて、一年目の秋のことだった。ないことに、谷岡が俺の股間に顔を埋めた。俺はやばいなと思っていた。しばらくして、谷岡が、動きを止め、顔を上げて俺を見た。気付かれた。間違いない。しかし、谷岡は何も言わずに、顔を埋めて続けた。
その後も、谷岡は俺に何を言うでもなしに、いつもと変わらぬペ−スでやって来て、気が向くと俺を抱いて帰っていった。ただ、俺を抱く回数が増えたような気がする。谷岡はほんとに気付いたのだろうか? 俺の方から、俺が男と気付いたかどうか何て聞くわけにもいかなかった。
その数ヶ月後、玄関のチャイムが鳴った。谷岡が来る頃だと思ってドアを開けると、ドアの前に立っていたのは銀次だった。
「よう、久しぶりだな。元気にしてるか?」
「銀次さん・・・・」
「随分綺麗になったじゃないか。いくつになったんだったっけ」
「十九よ。ほんとは十八だけど」
「そうか・・・・」
「何の用なの?」
「ちょっと賭け麻雀に負けちゃってさあ。明日までの払わないとやばいんだ。少しでいいから、都合してくれないかなあ」
「いくらいるの?」
「いくらでもいいよ」
俺は財布から、五万出して、銀次に手渡した。
「もう、来ないでね。困るから」
「そうだな。・・・・でも、俺はそんなに口が堅くないからな」
銀次は薄笑いを浮かべて、帰っていった。銀次はまた来るに違いない。あんな男だとは思わなかった。気が弱そうな、ただのホモだと思っていたのに。
銀次が帰って、入れ替わりに谷岡がやってきた。
「今の、若い男は何だ」
「む、むかしの友達よ。お金を貸してくれって言うものだから・・・・」
「貸したのか?」
「少しだけ」
「まさか、わたしがいない間に、あの男と・・・・」
谷岡の顔は、嫉妬で歪んでいた。
「朱美。服を脱げ」
谷岡は、俺が嫌がるのを無視して、ほとんど強姦のように、俺を責め立てた。いつもの谷岡とは思えないパワーに溢れ、俺は失神するほど感じてしまった。
「悪かった。朱美、おまえを愛している。わたしの元にいてくれよ」
「ずっと、そばにいます」
谷岡は、俺を愛していると言った。あの時、谷岡は気付かなかったのだろうか? それとも、気付いていて、俺を愛していると言ったのだろうか? 分からなかった。
数日後、風呂上がりの谷岡にビールを注いでやって、NHKのニュースを見ていた。新宿の裏通りで、若い男の撲殺死体が見つかったとの報道がなされていた。男の写真を見て、俺はビックリした。銀次だった。そばで見ていた谷岡が、ウジ虫が! と吐き捨てるように言った。
銀次は、賭け麻雀のつけが払えなくて、やばいと言っていた。金を払わずに殺されてしまったのだろうか? それとも・・・・。谷岡の顔を見ていると、銀次を殺したのは・・・・。そう思いたくはないが・・・・。
谷岡に囲われて、さらに一年が過ぎた。谷岡は変わりなく、俺の元を訪れている。
俺は、篠原朱美としては、二十歳になった。谷岡が、二十歳のお祝いにと、振り袖を買ってくれた。
俺は、名目上姉と言うことになっている悦子に、振り袖を着て会いに行った。悦子は、久しぶりに会う俺を見て、非常に喜んでくれた。
「朱美ちゃん、綺麗になったわね。どう? 谷岡さんは優しくしてくれる?」
「うん。わたし、幸せよ」
「良かったわね」
「悦子さんは?」
「可もなし、不可もなしってところよ」
「高原さんは、どうしてるの?」
「高原? 相変わらず、ホモのビデオを撮ってるわ。あら、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ」
「いいわよ。ほんとのことだから。ここにはたまには来るの?」
「前と変わらないわ。一週間に一度くらい」
「他に女がいるの?」
「いないと思うわよ。あの人、ああ見えても、結構堅いのよ」
「じゃあ、他の日は何してるの?」
「海外に行っているみたいよ。ビデオの販売でしょう? あんなビデオは、国内じゃああんまり売れないからね」
「なるほどね」
「今日あたり来るんじゃないかな?」
そんな話しをしていると、玄関のドアが開いた。入ってきたのは、高原だった。
「おう、朱美じゃないか。見違えたぞ。元気にしてるか」
「高原さん、お久しぶりです。この通り、元気です」
「谷岡さんに世話になってるそうだな。いい相手を捕まえたな」
「谷岡さんを知ってるの?」
「まあな」
そのまま、一時間ほど他愛のない話しをして、マンションに帰った。高原の話しぶりでは、谷岡を恐れているようだ。谷岡は、表向きは家電関係の卸会社の社長だが、裏で何かやっているのかもしれない。しかし、俺にはそれを詮索する勇気はない。
さらに一年あまりがたった。三月の決算期で忙しいらしく、谷岡はしばらくやってこなかった。不況で、家電関係は厳しいとテレビで報道されていた。谷岡も会社の経営で頭が痛いのだろう。
そんなある日、谷岡がやってきた。いつになく、興奮気味で、当たり散らしていた。入浴して、ソファーに座ると、ビールをがぶがぶ飲み始めた。
「パパ、そんなに飲むと、体に悪いわよ」
「うるさい。俺のやることに口を出すな。黙って、ビールを注いでればいいんだ」
俺はそれ以上何も言わず、ビールを注いでやってから、入浴した。俺が、リビングに戻ったときには、谷岡はかなり酔っていた。
「朱美、そこでバスローブを取れ」
「えっ!? ここで? 外から見えるわ」
「見えたっていい。早くしろ。おまえの裸が見たい」
俺は仕方なく、バスローブを取った。
「ぐるっと、回れ」
「はい」
「こっちへ来い」
谷岡のそばに行くと、俺を膝の上に抱いてキスし始めた。長いキスのあと、抱きかかえられて、ベッドに行った。いつもは優しく愛撫してくれるのに、この日の谷岡は別人のようだった。胸に歯形をつけられ、乳首を咬まれた。そして・・・・、
「パパ、そこは違う。そこは・・・・」
「うるさい。黙ってろ。以前はここを使っていたんだろう!」
谷岡は、やはり気付いていた。しかし、谷岡がどうしてそんなことをし始めたのか分からなかった。久しく使っていないので、痛かった。しかし、我慢して谷岡の為すがままにされていた。
突然、谷岡がううっと唸り声をあげて、ベッドの上に倒れた。いったんじゃない。谷岡を見てみると様子がおかしい。
「・・・・朱美、救急車を、救急車を呼んでくれ。早く」
俺は、慌てて119を廻した。谷岡は、胸を押さえて、苦しそうにしている。俺は手を握っているしかなかった。
救急隊員が、ストレッチャーを押してやって来た。俺はガウンを羽織って、中に案内した。
「心臓発作のようだな」
そう言いながら、谷岡をストレッチャーに乗せた。俺も、救急車に乗って病院へ向かった。同乗していた救急隊員の視線に、俺はガウンの下には何も着ていないことに、今更ながら気付いた。ガウンの前を合わせて、谷岡の手を握りしめた。
谷岡の治療が行われている救急の部屋の前で、俺は長椅子に座って待っていた。三十分ほどして、派手な化粧をした中年の女がやってきた。着ているものはブランド品で固められ、一部の隙もなかった。
「谷岡は、谷岡はどこです」
谷岡の奥さんらしかった。顔立ちはいいが、何処か冷たい雰囲気のする女だった。看護婦を捕まえて、谷岡が治療をされている部屋の中に入っていった。その女は、何分もしないうちに部屋から出てくると、俺に向かって言った。
「朱美さんね。谷岡がいつも世話になってます。谷岡の妻です」
「あ、ああ。篠原朱美です」
「別にあなたに、苦情を言うつもりはないわ。谷岡は、バスルームで倒れた。尋ねられたら、そう言っておいて欲しいの。分かったわね。救急隊員には、そう言うことにして貰うから。いいわね」
「はい。分かりました」
「もう、帰っていいわ。あとはわたしがやりますから」
「あのう・・・・」
「そんな格好で、いつまでもここにいられると、迷惑なの。分からないの!」
谷岡の妻の剣幕に、俺は仕方なくタクシーを呼んでマンションに帰った。ベッドに入ったが、谷岡のことが気になって、一晩中まんじりともしなかった。
翌朝早く、玄関のチャイムが鳴った。眠い目をこすりながら、出てみると、谷岡の妻だった。俺の、どうぞの言葉も聞かずに、リビングに入って、ソファーに座ると、キャスターマイルドを取り出して吸い始めた。。
「パパは、社長さんはどうなりました?」
「谷岡は、今朝三時に亡くなったわ」
「ええっ!!」
「それを知らせに来てあげたの。急なことで親族や会社関係に連絡ができないから、今日密葬をして、明日がお通夜、明後日がお葬式になったわ」
俺は涙をぼろぼろ流した。
「谷岡は、あなたといるときが、一番安らぐと言ってたわ。どんな娘かと思っていたけど、思ったよりすれてないのね」
俺は黙って突っ立っていた。どう対応して良いものやら分からなかった。
「こんなこと、普通は連絡しないんだけど、あなたは、谷岡と一番長く付き合った女だし、あなた以前の女は、カードで無茶苦茶な買い物をしたけど、あなたは、ほんの少しだけだったわね」
何百万使ってもいいとは言われていたが、俺は必要最小限しかカードは使っていなかった。それは確かだ。
「カードを返してくださる? それから、あとで谷岡の遺品を取りに来させるから、渡してやって」
「・・・・はい」
「この部屋のお家賃は、今月いっぱいは支払ってあるから、それまでいてもいいけど、何処か探した方がいいでしょうね。ここのお家賃が払えるって言うのなら、別ですけどね」
このマンションの家賃は、月四十五万だ。とても俺には支払えない。出て行くしかない。カードを手渡すと、谷岡の妻は、丁寧に挨拶して出ていった。
ベッドで泣いていると、チャイムが鳴って、数人の男たちがやってきた。谷岡の衣服や、骨董品などをいくつか持って出ていった。
葬式だけには出かけて、焼香した。大きな会社の社長の葬儀だけあって、大勢の人が詰めかけていた。俺は、その人々に隠れて焼香した。谷岡の妻が俺に気付いて、黙礼してきた。俺は深々と頭を下げた。
何もする気にならず、ほとんどベッドの上で泣き明かした。
葬式が済んで、五日目、玄関のチャイムが鳴った。涙を拭いて出てみると、見たことのない中年の男が立っていた。五十前くらいの背の高い、金縁の眼鏡を掛けた男だった。
「どなたでしょう?」
「崎山と言います。ちょっと中に入れて貰っていいでしょうか?」
「困ります。一人暮らしの女のところに突然やって来て、入れてくれはないでしょう?」
「女ねえ。谷岡さんから、あなたの秘密を聞いてるんですけどねえ」
男は、俺の顔を見て、にやりと笑った。谷岡から俺の秘密を聞いているって!? 俺は仕方なく、崎山と名乗った男を部屋の中に入れた。
「ビールでも、一杯くれないか?」
「どういうお話でしょう?」
「ビールを飲んでからにしよう」
男にビールを注いでやると、ごくごくと旨そうに飲み干してから、俺の顔をまじまじと見た。
「美人だねえ・・・・。朱美さんだったね。イヤ、そんなに心配しなくてもいいよ。君にとって、いい話しをしに来たんだ」
「いい話しって?」
「谷岡さんが亡くなって、ここを出ていかなければならないんだろう?」
「はい」
「出て行かなくてもいいようにしてあげよう」
「えっ!? どういうことですか」
「わたしが君の世話をしてあげようって、言ってるんだ。イヤかい?」
俺は、崎山の顔をじっと見た。俺の秘密を知っていると言った。俺が男だったことを知っていて、そう言うのだろうか?
「どうだ。答えは、ふたつにひとつだ。わたしの世話になるか、それとも、ここを出ていって、路頭に迷うかだ。さあ、どうする?」
どうするもこうするもない。崎山は、俺が好きなタイプの男ではないが、他に行くところがない以上、崎山の世話になるしかない。
「ここを出ていっても、他に行くところがないから・・・・」
「よし。話しは決まりだ。手続きをしておくからな」
俺は今度は崎山に囲われることとなった。運がいいといえばいいのかもしれない。ともかくも、このマンションを追い出されずに済んだのだから。
崎山は、建設会社の社長で、谷岡との関係はよく分からない。谷岡のように、裏の仕事はしてないようだ。妻と子どもが三人。子どもは三人とも独立している。
崎山は、毎週火曜日の夕方やって来て、このマンションに泊まって、翌朝直接会社に出ていく。俺の存在は、妻公認らしい。ただ、崎山の妻が、俺が性転換者だと言うことを知っているかどうかは分からない。
崎山は、マンションに来ると、必ず俺を抱くのだが、それが俺取っては苦痛の種だ。崎山は、俺の女の部分を使わないのだ。愛撫は普通にやってくれるのだが、最後はアナルセックスなのだ。俺は、イヤでイヤで堪らなかったが、崎山は俺とは、決してまともなセックスをしようとはしなかった。
谷岡の一周忌がやってきた。俺は、喪服を着て、焼香へ行った。帰り際、谷岡の妻が俺のそばにやってきて、ありがとうと言ってくれた。夫の愛人にありがとうなんて。俺は意外な気がしたが、嬉しかった。
マンションに帰り着いて、喪服を脱ぎながら、テレビの電源を入れた。画面に崎山の顔があった。アナウンサーは、崎山の自殺を告げていた。バブル崩壊の影響を受けて、会社が倒産したのだ。車に排気ガスを引き込んで自殺したとのことだった。
俺はまた、このマンションから出ていかなければならなくなった。今度は助けてくれる人物は現れそうもない。