第五章 海外ロケ

 九月一日、俺は十六歳の誕生日を迎えた。誰にも言わず、俺は自分一人だけで、十六歳の誕生日を祝った。

 あれから、高原からの連絡がなかった。三週間ほど経ったある日、午前八時に悦子に起こされた。
 「何だい、こんなに早くから起こして」
 「聞いてないの? 出かけるのよ」
 「どこに?」
 「海外旅行よ」
 「海外旅行って、どこに」
 「わたしも場所は聞いてないの。高原はいつも海外に出かけているでしょう。偶には一緒に連れて行ってて頼んでいたの。そしたら、昨日店に電話があって、連れていってやるって。もうすぐ来るから、行き先を聞いてみましょう」
 顔を洗って、女装用の下着を着ていると、高原が姿を現した。いつも品のない柄のワイシャツにゴルフズボンなのに、今日はスーツを着ていた。スーツを着ても高原はヤーさんに見える。せいぜい、ヤーさん相手の刑事くらいだろうか?
 「早く用意をしないか。遅れてしまうぞ」
 「高原さん、どこに行くの? 海外旅行って」
 「タイだ。タイに行く」
 「タイ?」
 「そうだ。早くしろ。飛行機に間に合わなくなってしまう」
 そう言って、高原は、俺にパスポートを手渡した。パスポートには、いつ撮ったのか、女装した俺の写真が貼られていて、名前は篠原朱美。十七歳、女になっていた。
 「これって、偽造なの?」
 「偽造じゃない。本物だ」
 「本物? じゃあ、これは誰のもの?」
 「余計なことは詮索せんでいい。おまえは今日から、篠原朱美だ。分かったな」
 「分かったよ」
 どこでどうやってこのパスポートを手に入れたのだろうか? 詮索するなと言うから、それ以上何も言わなかった。
 「あなた、よく篠原なんてのが、手に入ったわね」
 「苦労したんだ。なかなかなくってな」
 ふたりの会話の意味が分からない。俺はきょとんとして尋ねた。
 「どういうことですか?」
 「あら、健君、知らないの? わたしの名前、篠原悦子なのよ」
 「えっ! そうなんですか」
 「悦子と姉妹と言うことにして貰う。ふたりでタイへ旅行というわけだ」
 「高原さんたちは?」
 「もちろん行くが、向こうへ着くまでは別行動だ。俺たちのような人相の悪い男と一緒じゃない方がいいだろう?」
 「そりゃそうですね」
 「おまえは正直だな」
 高原が、俺をじろりと睨んだ。俺は首をすくめる。
 「人前では喋るなよ。頷く程度にしておけ。悦子が全部やるからな。それから、俺たちと喋るときも、女言葉を使え。いいな」
 「分かったよ」
 「さあ、準備だ。準備」
 俺は慌てて服を着て化粧した。篠原朱美。いい名前だ。ぐっと女に近づいた気分だ。そんなことを思いながら、どきりとした。俺は女になりたいと思っているのだろうかと。そんなことはない。高原の命令には逆らえないし、生活のためだ。

 成田へ向かう電車の中、空港の中、そして飛行機の中、俺は誰にも男だと疑われなかった。高原がいつか、おまえは俳優になれると言ったことがあるが、自分でもそう思う。

 タイのホテルに着き、ホテルの部屋に悦子と入って、俺はやっとほっとした。
 「ああ、疲れた。ものを言わないってことが、こんなに苦痛だとは思わなかったよ」
 「そうでしょうね。お疲れさま」
 「これからどうするんだろう?」
 「もうすぐ、高原から連絡があるでしょう」
 ドアのノックの音に、悦子がドアを開けると、高原たちが入ってきた。
 「無事着いたな」
 「これからどうするの?」
 「今日は体を休めておけ。あすは、適当なところを見つけて、二,三本撮る」
 ただの旅行だとは思っていなかったけれど、海外ロケというわけだ。

 翌日、タイ料理も満足に食べないまま、ジャングルや変な寺院の中で、人がいないのを見計らって、トシがビデオを回した。

 二日目、俺は高原に病院へ連れていかれた。かなり大きな総合病院だった。
 しばらく待たされて、高原がどこからか雇ってきた通訳と一緒に、ドクターの前の椅子に座った。何か俺に言っていたが、俺にはさっぱりだった。看護婦から横になるように促されて、採血された。いったい何の目的で、こんな病院へ来たのだろう。
 「おい、健。こっちに来て、裸になれ」
 「えっ!? 裸になるの? いいの? ばれてしまうよ」
 「いいんだ。早くしろ」
 俺は、ドクターの前で裸になった。ドクターは俺の体をまじまじと眺めたあと、ベッドの上に横になれとジェスチャーで示した。俺がベッドに寝ると、俺のペニスを持ち上げて、じっと見ていた。
 「健。おまえはもういいぞ。服を着て、外で待ってろ。説明は俺が聞いておく」
 俺は、服を着ると診察室の前で待っていた。三十分ほどして、高原が診察室から出てきた。
 「どうしてこんなところに来たの?」
 「おまえに病気がないかどうか、気になってな。おまえ汚かったからな」
 俺は確かに汚い格好をしていた。しかし、病気をもらう真似なんてしたことはなかった。もし、もらうとすれば銀次からだ。いや、高原や樹里だって、俺に病気をうつす可能性がある。
 「病気なんてないよ」
 「調べてみんとわからんだろう?」
 「そりゃそうだけど・・・・」
 高原さんはどうなのという言葉がでかかったが、ぐっと飲み込んだ。
 「前から気にはなっていたんだが、なかなかチャンスがなくてな」
 「どうして急に? こんな外国じゃなくたっていいのに」
 「その格好で、診察に行けるのか?」
 「い、行けないよ」
 「そうだろう?」
 「こっちじゃあ、わたしが男だって、ばれてもいいの?」
 「こっちはそう言うのが多いから、ドクターは、気にしていないみたいだな」
 「へえ、そうなの」
 そう言えば、待合室にいる女たちの中に、明らかにおかまと思われる連中がいる。俺はどう思われているだろうか?
 「で、結果はどうだったの?」
 「陰性だったよ」
 俺はほっとする。エイズなんて言われたらどうしようと心の中で動揺していたのだ。
 「銀次さんや樹里さんはどうなの?」
 「安心しろ。銀次に病気はない。こちらに来る前に調べて貰っている。樹里はプロだ。毎月調べているって聞いている」
 「良かった」
 人のことを気にするくらいだから、高原自身も調べてるんだろうなと俺は自分を納得させた。

 その日はビデオ撮りをするつもりはないのか、俺たちはそのままホテルへ戻った。
 「部屋の中で一本撮ろうか?」
 「そうですね。健、やるか?」
 銀次が嬉しそうに俺に言った。銀次は海外にいることでいつもより張り切っていた。
 「・・・・いいよ」
 今日は休みだと思っていた俺は、仕方なく頷いた。
 「悦子、俺の部屋に行ってろ」
 「はあい」
 悦子は、飽きもせずにと言うような顔をして部屋を出ていった。
 「ここでやんの?」
 「窓から、南国らしい風景が見えるだろう。いい絵になる」
 「分かったよ」
 ベッドの上ならともかく、窓際でしろと言われたときには、外から見られていないかと、はらはらした。
 「いい絵が撮れたぞ。健、ご苦労だった。シャワーで汗を流してこい」
 「はあい」
 シャワーを浴びて、ベッドのそばに戻ると、珍しく銀次がジュースを注いでくれた。100%のトロピカルジュースは凄くうまかった。
 「もう一本撮るか」
 「えっ!? まだ撮るの?」
 「いいアイデアが浮かんだんだ。銀次、ちょっと軽く縛って見ろ」
 「へい」
 「縛るって?」
 「軽いSMごっこだ。あんまり強く縛らないから、心配すんな」
 銀次が、バッグの中から、ロープを取り出してきた。いいアイデアが浮かんだなんて言ったけど、用意していると言うことは、最初から、こんなシーンを撮るつもりだったに違いない。SMねえ。まあ、いいか。ひどいことをするつもりはないようだから。
 以前と同じで、銀次と抱き合っているところに高原がやってきて、銀次をノックアウトしてから、俺を犯すという台本だ。以前も、同じようなシーンがあったなと思うが、高原は気付いていないようだ。
 俺は、高原に、腕を後ろ手にきつく縛られ、猿ぐつわをはめられた。足首も縛られて自由に動けない。自分一人で起きあがるのは、かなり難しい。高原が俺を縛っていく様子をトシがビデオに収めている。
 縛られたまま、俺は高原に後ろから突っ込まれた。高原とは二度目だが、銀次とやるときは、そんなに違和感がないのに、高原とするときは、強姦されているような気分になる。それがなぜだか分からない。
 高原が俺の中にぶちまけて終わりになるのかと思ったら、縄を解いてくれない。
 「健、せっかく縛ったから、もう少し続けるぞ」
 ええっ! まだ、何かすんの? そんな気分だった。
 「そこで、じっとしてろよ」
 高原は俺を仰向けにして、銀次とバスルームへ消えていった。しばらくして、高原がバスルームから出てきて、俺の股間に何かを塗り始めた。見てみると、泡立てたシャボンだった。
 「何するのかって顔だな」
 俺は頷いた。猿ぐつわの間から涎が流れ落ちる。
 「お毛毛を剃るんだよ」
 毛を剃る? 俺は目を丸くした。
 「じっとしてろよ。動くと、ペニスがちょん切れてしまうぞ」
 トシがビデオを回している。銀次がかみそりを高原に手渡し、高原が俺の股間の毛をじょりじょりと剃り始めた。
 「健! 初めはイヤだという顔。しばらくして剃られているのが嬉しいって言う顔をしろ!」
 俺は肩をすくめた。毛を剃られてイヤだという顔はできても、嬉しい顔なんて出きるものか。
 「早くやらないか! やり直しはきかないんだぞ」
 腹が減って、疲れているのに、そんな顔ができるものかと思いながら、俺はせいぜいの演技をした。
 「さあ、終わりだ」
 そう言ったのに、まだ縛った縄を解いてくれない。高原は、俺をバスルームへ引きずっていった。何するつもりなんだろう? 猿ぐつわをはめられて、しかも身動きできないから、どうしようもない。
 高原が俺の股間をシャワーで洗い流す。縄を解いてくれれば自分でするのにと思うが、高原はそんな簡単なことに気付かないようだ。
 それにしても、腹が痛い。高原が俺の毛を剃り始めた頃から、腹の具合が悪いのだ。下痢しそうだ。あぐあぐとしか言えないから、俺は身をよじって訴えるのだが、誰も気付いてくれない。
 「健。どうした? 腹でも痛いのか?」
 分かってくれた。俺は喜んで、うんうんと頷いた。しかし、高原も銀次もニヤニヤ笑うばかりで、助けてくれようとはしない。トシは、黙ってビデオを回している。
 「そこでやってもいいぞ」
 ええっ! 何てことを言うんだ。俺は、一生懸命立ち上がって、トイレに座ろうとした。ところが、高原が、俺の立ち上がるのを邪魔するのだ。
 この時になって、俺はようやく理解した。この腹の痛さは、高原が俺に下剤を盛ったのだ。さっき飲んだトロピカルジュースに薬が入っていたのだ。俺が糞を垂れ流すシーンを撮ろうとしているのだ。
 俺は脂汗を流して我慢した。そんな俺の目の前に、高原が差し出したものに俺は絶望した。それは浣腸器だった。止めてくれ。しかし、逃げだそうにも逃げ出せなかった。
 俺は銀次に押さえつけられて、浣腸液を注入された。我慢に我慢を重ねたが、とうとう耐えきれなくなった。俺は、バスルームのタイルの上に糞を思い切りぶちまけた。
 「ああ、くせえ、くせえ。兄貴、こんなビデオが売れるんですかい?」
 「女のは売れるが、おかまのはどうだかねえ」
 俺は、むっとしたが、何も言えない。俺はおかまじゃない。生きるためにおかまを演じているだけだ。
 「銀次、もう一度、やれ」
 また、浣腸された。糞の中に、また糞をした。さらにもう一度浣腸された。もう何も出なかった。

 猿ぐつわと手足を縛られた縄をほどいて貰ったときには、文句を言う気力も体力もなかった。
 「健。自分でしたんだから、自分で始末しろよ。分かっているだろうな」
 相変わらずの高原の言葉に、俺はちょっと切れかかったが、ここで変なことしたら、日本に連れて帰って貰えなくなるんじゃないかと心配になって、黙ってタイルの糞を水で流した。
 タイルの掃除が終わり、俺は体に付いた糞をシャワーで流す。体を洗いながら触ってみると、俺の股間はつるつるになっていた。子どもならともかく、毛のない股間はみっともないって言ったら無かった。毛剃りと言い、浣腸と言い、こんなビデオが売れるなんて、俺には信じがたい。
 「高原さん、お腹空いたよ」
 「今日は、おまえは食事抜きだ。銀次、俺たちは食事に行ってくる。健を見張ってろ。水以外、何も食わせたらだめだぞ」
 「へい」
 俺は腹が減って死にそうだ。銀次に迫って、何か食料を調達して貰うことにした。
 「銀次さん、お願い。何か食べさせて」
 「だめだ」
 俺が、精一杯の猫なで声で迫っても、銀次はうんと言わなかった。裸になって、銀次の目の前にけつを差し出したが、銀次は目を瞑ったままだった。
 俺は、諦めて、ベッドに中に入って泣いた。新宿で、腹が減って堪らないときにも泣いたことはなかった。下剤を飲まされ、毛を剃られ、浣腸までされたのに、何も食わせて貰えない。俺の流した涙は、悔し涙だった。
 俺はそのまま泣き寝入りした。

 腹が減って目が覚めた。胃がきりきりと痛む。もう夜が明けていた。高原が、錠剤と、水を持ってきた。
 「これを飲め」
 「また、下剤じゃないだろうね、高原さん」
 「よっぽど頭にきたようだな。男言葉は使うなと言ったろう」
 高原に頭をどつかれた。
 「さっさと飲め」
 俺は、仕方なく、錠剤を飲み干した。
 「健。服を着ろ。出かけるぞ」
 「どこに?」
 「ついてくれば、分かる」
 例のボディスーツを身につけ、ワンピースを着たが、この頃から、体がふわふわし始めた。どうしてなんだろう? さっき飲んだ薬のせいだろうか? 高原に続いて、車に乗り込んだあたりから、俺は高原の肩に凭れて眠り込んでしまった。

 明かりが眩しい。ここはどこだ。俺は車に乗り込んで、すぐに眠り込んでしまった。それから・・・・。俺の意識は、まだぼんやりしていた。目は腫れぼったく、見える範囲がひどく狭かった。
 朦朧とした意識の中で、俺は自分がどこにいるのか懸命に探ろうとした。俺は堅いベッドの上に寝かされていた。明かりは天井の蛍光灯だった。起きあがろうとしたが、まったく動けなかった。両手がベッドに堅く固定されているのだ。下半身も岩にのし掛かられたように、ぜんぜん動かなかった。いや、足の感覚がまったくなかった。足元を見てみると、へそのあたりから、グリーンの布に被われ、どうなっているのか見えなかった。
 突然、目の前に人影が現れた。グリーンの帽子を被って、同じくグリーンのマスクを掛けていた。目の焦点を合わせて、よく見てみると、それは高原だった。
 「いよう、健。目が覚めたか」
 「ここはどこですか?」
 そう言おうとしたが、言葉にならなかった。
 「ここは何処か知りたいだろう。横を見ろ」
 高原が俺の顔を横に向けた。そこにはテレビの画面があった。画面には、オレンジ色の二本の足が映っていた。足の間には毛がなく、ペニスと陰嚢がだらりとぶら下がっていた。向かって左の太股、つまり、右足の付け根にバラの刺青が見えた。画面に映っているのは・・・・、あれは、・・・・俺だ。
 画面がアップになり、グリ−ンの布を越えた。テレビの画面に、俺の横顔が映し出された。グリーンの布の方を見ると、俺の目の前に、ビデオカメラを構えたトシの姿があった。トシの姿が視界から消えると、テレビの画面に、再び毛のない俺の股間が映し出された。
 「俺に何をするんだ」
 俺は辛うじてそれだけを高原に告げた。
 「地下室の続きをやるんだ」
 俺は、驚きに目を丸くした。地下室の続きって、俺のペニスをちょんぎるってことか?
 「いいか、健。俺はおまえが俺にしたことを許したとは言ってないぞ。これから、おまえのペニスをちょんぎってやるんだ。俺の手でやれないのが残念だがな。ははは、そんなに怖がらなくてもいい。今日は麻酔が掛かっているから痛くないぞ。この前、麻酔なしで切られることを考えれば、楽なもんさ。それにな。あのままちょんぎられたんじゃあ、おまえはただの不具になっちまうが、ちょんぎられても、ちゃんと暮らしていけるようにしてやるんだ。俺に感謝したって、いいくらいだ」
 高原の顔が俺の目の前から消えた。こんなことを考えたのは、銀次だ。あの時、高原に銀次が何かを吹き込んでいた。初めから、こうするつもりだったんだ。
 俺は画面に見入った。ここはどこで、何をされるのか、俺には想像がついていた。浣腸も、毛を剃ったのも、この手術のためだ。ただ、それまでも、ビデオに利用しようとしたのだ。バラの刺青だってそうだ。俺に間違いないことを示す、目印に違いない。何て奴らだ。
 部屋の中に誰かが入ってきた。画面に、グリーンの帽子の後頭がふたつ映る。ひとりが俺のペニスを持ち上げ、ブルーの印を付け始めた。
 しばらくして、メスがペニスの付け根に当てられ、メスの動いたあとに血が流れてきた。ペニスの皮だけが残されて、ペニスの肉が切り取られていく。
 俺の体にメスが入っているはずなのに、痛みはまったくなかった。画面の中に写っている手術は、別のところで他人に行われているものだ。俺はそう思いたかった。
 高原に飲まされた薬のためか、それとも何か麻酔薬をうたれているせいか、俺はうとうととしていた。下腹部に痛みともつかない妙な不快感を覚え、目を開けて画面を見ると、俺の睾丸が切り取られて、足元の金属のトレーに投げ捨てられた。しばらくして、肛門の前に穴を開け始めたとき、画面の動きに合わせて、俺の体が下から押されているのを感じた。画面の中の手術は、やっぱり俺の体に施されている。そう思ったとき、涙が流れた。
 俺は夢現の中で、画面の中で行われる手術を見ていた。どれくらい経ったろう? 手術しているふたりの頭が消え、アップになった画面には、ペニスも、陰嚢も、睾丸もなかった。焦点の合わない目で壁に掛けられた時計を見ると、手術が始まってから3時間半が経過していた。
 肛門の前に開けられた穴の中に、ペニスの皮がひっくり返されて入れられ、その中に堅く巻かれたガーゼが詰め込まれていた。その上には、尿を導く太い管。その上に小さな隆起がちょこんと座っていた。悦子との夜、触ると悦子の体が仰け反った小さな隆起と同じような隆起が・・・・。
 それらにガーゼが宛てられ始めたとき、俺の顔にマスクが当てられ、俺は急速に意識を失った。

 気がつくと、薄暗い病室に寝かされていた。喉と股間に痛みがあったが、画面で見た手術のことを考えれば、予想したより痛みは軽かった。俺は、夜が明けるまで、ベッドの上でとろとろと眠った。
 夜が明けて、高原たちがやってきた。トシは、相変わらずビデオカメラを構えて、俺を撮っている。
 「健。どうだ? 気分は?」
 「よくないよ」
 「そうだろうな。で、どうだ? 女になった感想は?」
 「まだ実感がわかないよ」
 「ガッカリしてないのか?」
 「なってしまったものはしょうがないよ」
 「何だ。泣きわめくと思ったのに、面白くないな」
 高原は、意地悪そうな目で俺を見た。
 「泣いたって、元には戻らないだろう?」
 「まあ、それはそうだな。おい、健。カメラに向かって嬉しそうな顔をしてみてくれないか?」
 「嬉しそうな顔?」
 「そう、嬉しそうな顔だ。おまえは銀次のために、自分から進んで女になると言う設定だ。だから、手術がすんで、女になれて良かったという顔をして欲しいわけだ」
 「なるほどね」
 俺はトシの構えるカメラに向かってにこりと微笑む。
 「健、やっぱりおまえは、役者だよ」
 「ありがとう。・・・・何だか声がおかしいね」
 「喉仏を取ったからな」
 「えっ! 喉仏を取っちゃったの?」
 「おかしいだろう? 女に喉仏があっちゃあ」
 「それはそうだけど・・・・」
 俺は胸を触ってみた。胸は平らだった。豊胸術はしていないようだ。
 「胸は大きくしなかったんだね」
 「初めはそのつもりだったんだが、診察して貰ったドクターに、おまえはまだ若いから、ホルモンを少し飲んでからにした方がいいだろうと言われてな」
 「ホルモンって?」
 「女性ホルモンに決まってるだろう? 女性ホルモンを飲むと胸が大きくなるんだ。その程度は人によって違うという話しだから、ある程度大きくなってから好みの大きさにしようというわけだ」
 「なるほどね」
 「女性ホルモンを飲んで貰って、胸が大きくなる課程もビデオに撮ろうって言う算段さ」
 銀次が横から口を出した。
 「何でも、ビデオのためなんだね」
 「そりゃ、そうさ。おまえには、金が掛かってんだ。元を取り戻さないとな。ところで健、今日からおまえは、健という名前は捨てるんだ。パスポートの名前を使え。篠原朱美だ。日本に帰ってからもだ」
 「篠原朱美。その名前の方が、今の俺には相応しいんだね」
 「そうだ」
 「ずっと使っていいの? 他人のものじゃないの?」
 「心配ない。誰も文句を言う人間はいない」
 「安心したよ。でも、どうやってこんなパスポートを手に入れたの?」
 「詮索するなと言ったろう?」
 「・・・・分かったよ」
 「朱美。おまえは、名前だけじゃなく、体も女になってしまったんだから、ちゃんと女言葉を使わないとおかしいぞ」
 「そうだね」
 俺の意志と関係なく、俺は性転換手術を施されてしまった。泣きたい気持ちもあるが、これも仕方がないと諦めている。すべては、銀次に声を掛けられたところから始まっている。あの時、俺が銀次の誘いに乗らなかったら、こんなことにはならなかった。しかし、こうなってしまった以上、俺は今の状態を受け入れ、少しは前向きに生きるしかない。俺自身、高原に言ったように、いくら泣いたって、元には戻せないのだから・・・・。

 傷の付け替えのたびにトシがビデオを取りに来る。こんなの見ても面白くはないだろうにと思うけど、あとで編集するからいいんだと言われた。あとになって撮っておけばよかったと後悔しないためだと。それはそうかもしれないなと思う。
 手術して一週間目、俺の体に作られた膣の中から、カーゼが取り出された。かなり痛かったが、俺は我慢した。アヒルのくちばしのような金属の器具で、膣の中を覗いたドクターは、ベリーグッドと大きな声で俺に向かってブイサインを出した。
 同時に小便の管も抜いてくれて、俺はトイレに行って、小便をした。もちろん座ってした。シャワーのように便器中に小便が散らばった。洋式だからいいけど、和式の便器じゃ、外にこぼれそうだ。
 次の日、看護婦が白い、長さが二十センチばかりの棒を何本か持ってやって来た。言葉が通じないので、よく分からないのだが、手術で作った膣は、放っておくと狭くなるから、その棒で、広げてやらないといけないらしい。細い方から二番目の太さのものでも入れられると、かなり痛かった。取り敢えず、一番細い太さのものでいいから、一日三回やりなさいと、看護婦は指を三本立てて部屋を出ていった。
 この様子を、もちろんトシは、俺の横に座ってビデオに撮っていた。高原という男は、何でも金に換えてしまうんだなと、呆れてしまった。
 一時間後、たどたどしい日本語で書かれた、膣拡張マニュアルというのが病室に届いた。看護婦の身振り手振りで、俺が理解したことと同じことが書かれてあった。言葉が通じなくても、結構意志の疎通はできるものだと感心した。もちろん俺は膣拡張をやるつもりだ。現状を受け入れると決めた以上、やるべきことはやるのだ。

 翌日、手術して八日目、傷の消毒の仕方を習って、俺は病院を退院した。一週間後、傷の状態を見て、日本に帰ってよいかどうか決めるそうだ。それまでの間、ホテルに滞在することになった。
 最初タイに来たときは、観光用のホテルで、俺と悦子は同じ部屋で、男三人は、別の一室だった。今は、長期滞在用の安いホテルにいて、高原と悦子が同じ部屋、俺と銀次、トシは別々の部屋にいる。
 俺は手術後でどこへも行けず、部屋の中で、言葉の分からないテレビを終日見ている。高原たち四人は、タイの中を観光して回っている。これだけ長い間、よく金があるものだと思うが、俺のビデオでかなり儲けているらしい。高原は、東京の一等地にビルを持つくらい他の稼ぎもあるようだ。もっともタイの物価は驚くほど安いから、百万もあれば豪遊できるのだそうだ。
 夕食だけは五人揃って摂るのだが、それ以外は俺のところには滅多に顔を出さない。トシだけは、時々俺の部屋を訪れて、俺が毎日している、膣拡張の様子をビデオに撮っている。
 自分で膣拡張をやり始めて驚いたことがある。拡張用のシリコン棒は、長さが二十センチくらいあるのだが、ジェリーを塗って腟の中に押し込むと、全部入ってしまうのではないかと思うくらい中に入ってしまうのだ。軽く入れて、十五センチちょっと。痛むのを我慢してぎゅっと押し込むと十七センチは入ってしまう。本物の女の腟はこんなに深いのかなと疑問に思う。
 銀次のペニスは大きいが、長さは十五センチもないだろう。高原は、十二,三センチと言ったところだ。これなら奥行きは充分だが、太さが今のままでは無理だ。今俺が拡張に使っているシリコン棒の太さは、二番目の太さのもので、1・1/4インチのものだ。およそ3.2センチの太さだ。少なくとも直径が四センチのものが入らなければ、男とはやれないだろう。
 作られた腟で、男とやりたいというわけではないが、俺にこんな手術を施しておいて、何もしないなんてことは、とても考えられない。高原は、早晩俺と銀次をやらせるか、自分でやるだろう。覚悟はできている。

 ある日、約束の時間になってもトシがやってこなかった。毎日、俺が膣拡張をする様子を撮りに来るのにおかしいなと思っていると、銀次がビデオを持ってやって来た。
 「あれ? トシは?」
 「トシか。トシのやつ、殺されちゃってね」
 「ええっ!! 殺された?」
 「昨日の夜、地元の売春婦とトラブルになったらしく、付いていた男に刺されて死んじまったんだ。今、兄貴が、警察に話をつけに行っている」
 「そうなの」
 「だから、日本に帰って、替わりが見つかるまで、俺がしばらくビデオ係だ」
 「トシの遺体はどうするの?」
 「さあね。兄貴が何とかするだろう」
 帰ってきた高原は、馬鹿たれがと吐き捨てるように言った。トシの遺体は荼毘に付されたあと、日本に送って貰えるように手配したそうだ。ここに置き去りにするんじゃないと分かって、ちょっとほっとした。トシは仲間のひとりだから。

 俺が若いせいか、ドクターの腕がいいせいか、手術が済んで二週間目の診察で、ドクターがまたもやベリーグッドを発し、俺たちは日本へ帰ることになった。
 傷に宛てたガーゼの汚れもほとんどなくなって、俺は、パンティーライナーという、女の下り物専用の小さなパッドを当てただけで、普通のショーツを穿いて、ボディスーツを身につけた。
 俺と悦子は、旅行中の姉妹に戻り、税関を抜けた。飛行機が成田に着いたとき、俺は、もの凄く安堵した。やはり日本がいい。