第8章 出産

 後藤純一は、職を追われ田舎へ帰った。
 佐藤俊介からは何の連絡もない。彼なら、結婚してもいいなと思っているのだが、彼もまだ17歳。そう簡単には決断できないだろう。
 高松勇治は、すったもんだの挙げ句、結局あの婚約者と結婚した。ただ、式場を一度はキャンセルしたものだから、かなりの違約金を取られたそうだ。

 父に告白する直前、掛かっていた産婦人科、轟木医院での超音波検査の結果、お腹にいる子どもは、女の子だと言うことが分かっていた。
 茜の母親は、それが分かっていたように、それまで買い込んでいたものはすべて女の子用だった。
 「男の子だったら、顔がきつくなるの。茜の顔に変化がないから、きっと女の子だと思っていたわ」
 父の理解。学校への対応がうまくいったこと。心配事がなくなって、母は、丈夫な子どもができるよう、ただそれだけが願いのようだ。

 高校2年生の3学期が終わり、ぼくは、休学届けを提出した。
 この頃には、もう誰にも妊娠していることを隠せなくなっていた。バストは大きくなり、乳首のまわりは黒ずんで、醜いくらいだ。
 ウエストはなくなって、寸胴状態。下腹部と言うより、お腹全体が膨らんで、初めて見たときの、茜の輝くばかりの姿は、まるで別人のそれのようだ。自分で自分の体が疎ましく思える。
 体重が6キロも増え、顔にニキビができて、腫れぼったくなった。
 それに、大きなお腹を突きだして、がに股で歩く姿はみっともないと言ったらない。みっともないけど、そうしなければ、上手く歩けないのだ。
 今のぼくを見たら、誰も声をかけてくれそうもない。いくら美人でも妊婦に声をかける男など、いるはずもないけど・・・・。

 4月初めの土曜日、下腹が張って少し出血した。
 「お母さん、どうしたのかしら? 何だかお腹が張るの。それに、少し出血したみたい」
 「出血って、どこから?」
 「どこからって、あそこからよ」
 「大変だわ。茜! ベッドに寝てなさい。じっとしてるのよ。先生に電話するから」
 ぼくは、訳が分からず、部屋に戻ってベッドに横になった。
 「救急車呼んだから」
 「救急車!?」
 「早産の疑いがあるから、すぐに来なさいって」
 「早産!?」
 5分ほどして、救急車がサイレンを鳴らしてやってきて、ぼくは担架に乗せられて、轟木医院へ搬送された。
 救急車って言うのは、病人を運ぶものだ。しかも、ぼくのような患者は、丁寧に運ぶことが要求される。しかし、救急車の乗り心地は最悪だった。これなら、母親の車で連れていってもらった方が、余程安心だと思った。

 轟木先生が、いつもの柔和な笑顔で迎えてくれた。
 「どれくらい出血した?」
 「ほんの少し」
 「確かに膣から出たんだね」
 「はい。間違いありません」
 「痛みは?」
 「痛いってことはないんですけど、張ったような・・・・、変な感じなんです」
 轟木先生は、ぼくに機械をつけた。
 「弱い陣痛が始まっているようだ。やはり早産の危険がある」
 「どうしたら・・・・」
 「赤ちゃんの状態を超音波で見てみよう。お腹を出して」
 大きくせり上がったお腹を出した。まるで、エイリアンが出てくるときのお腹みたいと思った。まさか食い破って出てくるとは思わなかったたが、急に恐ろしくなった。
 「子どもは元気だ。胎盤にも異常がない」
 「良かった」
 「陣痛を抑えないと、このままだと早産になってしまうから、安静にして、薬で抑えよう」
 「先生! ほんとに大丈夫ですね」
 「任せて置きなさい。今日で34週目だから、赤ちゃんの体重は1600グラムくらいだ。あと2週間持ちこたえたら、2000グラムを越える。そうしたら、何の障害もない子どもができるだろう。できれば、あと4週間経ってから産まれるとベストだな」

 その日から、点滴をされ、ベッドの上で絶対安静となった。トイレにも行けない。おしっこの管を入れられてしまった。気持ち悪いが、我慢しなければならない。
 何もせずにベッドに寝ていると言うことがこれほど苦痛だとは思わなかった。妊娠の影響で、ただでさえ腰が痛いのに、ベッドに縛り付けられて、痛みがひどくなったようだ。右を向いたり、左を向いたりして紛らわすが、もうイヤだと叫びたくなる。それをぐっと堪えて一日一日を過ごした。
 一日中テレビを見ていたいという希望は叶ったけれど、毎日一日中テレビを見るなんてことはできない。母親の買ってきてくれた雑誌や小説を読んで気を紛らわせた。

 2週間が過ぎて妊娠36週目となり、安静が解かれ、歩くことが許可された。喉元過ぎれば何とやらと言うけれど、過ぎてしまえば、辛かったベッド上安静も何と言うことはない。
 「動き始めたら、陣痛が始まって産まれるかもしれないよ」
 そう言われたけれど、まったくその徴候はない。入院生活も飽きたけど、自宅が遠いので、ずっと入院して出産を待つことになった。

 5月の連休も入院していた。予定日は一週間後だが、まだ産まれる徴候はない。狭い病室にずっといると、凄いストレスになる。結婚していて、旦那様が来てくれると言うのなら、嬉しいんだけれど、ぼくにはそれもない。この茜を妊娠させたのは、誰だ! と、訴えて歩きたいところだ。

 連休が開けて二日目、ピンク色の下り物があった。
 「おしるしがあったのね。先生に連絡して置くわ」
 看護婦に報告すると、にこにこ顔で外来へ連絡しに降りていった。おしるしというのは、お産が始まる徴候だと聞いていた。そう言えば、4月初めのような、お腹の張りを覚えるようになっていた。
 「始まったかな?」
 しばらくして轟木先生が病室にやってきた。
 「時々、下腹にぎゅっと来る感じがします」
 「何分おきくらいかな?」
 「・・・・1時間前に一度あったけど」
 「だんだん間隔が狭くなって、陣痛が強くなってくるからね」
 「ひどく痛むんですか?」
 「・・・・まあね」
 轟木先生は男だから、経験はないだろう。ぼくだって、こんな経験をするとは思わなかった。しかし、轟木先生の反応を見ていると、凄く痛そうだ。まあ、茜にしても、初産であることは間違いないことだが・・・・。
 「看護婦さん、陣痛って酷く痛いんでしょう?」
 検温にやってきた看護婦さんを捕まえて聞いてみた。
 「かなり痛いわよ。でもね、赤ちゃんを産むんだから、仕方がないのよ」
 「痛まなくて産めるといいのに・・・・」
 「産んだら分かるけど、苦しんで産んだ分、子どもが可愛いものよ」
 「そう言うものなんですか」
 「茜ちゃんにも、それがもうすぐ実感できるわ」
 看護婦さんは、そう言い残すとにっこり笑って部屋を出ていった。

 下腹から腰にかけて、じわりとやってくる痛みが次第に強くなっていった。間隔は30分。まだ我慢できる。

 陣痛がひどくなって、間隔も狭くなってきた。下半身を切り離してもらいたいくらいだ。
 「看護婦さん、まだ? まだなの?」
 「まだまだよ」
 「何とかしてえ」
 「時期が来ないと産まれないわ。もう少し頑張って」
 「あとどれくらい?」
 「そうねえ、もう一晩かな?」
 「もう一晩!? もう死んじゃいそう」
 「赤ちゃんも頑張ってるのよ。茜ちゃんもガンバらなくっちゃ!」
 そんなこと言われても、痛くて痛くて泣き出しそう。

 真夜中になって、陣痛の間隔が5分となり、ぼくは分娩台に乗せられた。足を広げて陰部をさらすなど、恥ずかしくて仕方がないはずなのに、それよりも早く産まれてこの痛みがなくなることの方が頭の中を支配していた。
 「痛い、痛い、痛い。ああん、痛いよう」
 ぼくは分娩台の上で泣き叫んだ。
 「茜ちゃん! 痛いのは分かっているわ。少しは我慢しなさい」
 「だって、痛いんだもの。なんとかしてよ」
 「我慢するしかないわよ」
 「痛あいーい。看護婦さん、麻酔して。お願い、お願い。眠らせて」
 「麻酔はだめよ。赤ちゃんが死んでしまうわ」
 「わたしだけを寝かせて。ねえ、看護婦さん、痛いってばあ」
 「ほんと、茜ちゃんは子どもなのね」
 「まだ17だから、子どもなの!」
 「妊娠するようなことをして?」
 そう言われれば、ぼくには、何も言えない。
 「赤ちゃんに聞かれたら、笑われるわよ。さあ、もう一息よ」
 もう一息、もう少しと言う言葉を何度聞いただろうか? なかなか産まれない。助産婦さんが、ときどき、ぼくの中に手を入れて診察する。指ではなくて、手が入ってくるのだ。
 赤ちゃんの頭の直径は10センチくらいと言った。そんな大きなものが出て来るんだから、手なんて簡単に入るんだろうなと痛みの中でぼんやり思った。
 「どれくらい開いた?」
 轟木先生がやってきて、助産婦さんに聞いた。
 「80パーセントです」
 「もうすぐだな」
 「先生、もうすぐって、どれくらい?」
 「もうすぐだよ」
 そう言い残して、轟木先生は、分娩室を出ていった。

 それから3時間が経過した。ぼくは分娩台に上で、泣き喚いていた。
 「痛い、痛い、痛い!! 何とかしてえ」
 「もう少し、もう少しよ」
 その言葉も何度聞いただろうか? その時、なま暖かいものが流れ出てくるのを感じた。
 「茜ちゃん。破水したわ。ほんとに、もうすぐ産まれるわよ。松本さん、先生に連絡して」
 その言葉を聞いて、少し痛みが引いたような気がした。しかし、それはほんの一瞬だった。すぐに陣痛が襲ってきた。
 「痛あいーーー」
 「出てきたわ。さあ、しっかりいきんで!」
 いきむと痛みが増してくる。それなのに、いきまなきゃならない。痛くて痛くて死にそうだ。
 「口で息をして! そうそう、はあ、はあ、はあ。そうよ。さあ、いきんで!」
 両足が引き裂かれそうな痛みがする。
 「だいぶ出てきたな。茜ちゃん、もうすぐ産まれるからね」
 轟木先生が来てくれた。安心したのか、痛みが少し軽くなったようだ。
 「茜ちゃん、腰を上げちゃだめ! 腰をベッドにつけなさい。そうよ。そう。さあ、最後の力を振り絞って! いきむのよ!!」
 ぼくのお産の経過は極めて順調だそうだ。異常のないお産の場合は、ほとんど助産婦さんが見ていて、最後は先生が締めるらしい。
 「茜ちゃん、腰を上げちゃだめって、言ってるでしょう。そうよ。さあ、しっかりいきんで!!」
 痛みが極限に達したとき、下半身から、ぬるりと抜け出るような感じがして、唐突に痛みから解放された。
 一瞬の間をおいて、おぎゃー、おぎゃーと言う赤ん坊の泣き声が耳に届いた。
 「産まれたわよ。元気な女の子よ」
 ほっとした。それと同時に、地の中へ引きづり混まれるような、何とも言えない快感がして、意識がふわっとしてきた。
 「眠っちゃだめよ。気を確かにするのよ」
 「頑張ったわね。茜」
 母が、優しく頭を撫でてくれた。嬉しかった。この手が愛する人の手だったら、もっと、もっと嬉しいのになと思った。ぼくだけにこんな苦労をかけて、この茜を妊娠させた男は、今頃何をやっているんだろうか?
 産まれた赤ん坊は、沐浴に連れて行かれたようだ。まだ分娩台の上にいなければならないのかなと思っていた。
 下腹部に、再び緊満感が訪れてきた。陣痛ほどの痛みはない。轟木先生が、広げたぼくの両足の間に入って、何かやっているようだ。
 ぼたぼたぼたと液体の滴り落ちる音がして、股間に先生の手が触れる感じがした。
 「よし、卵膜も綺麗に出てきた。茜ちゃん、お疲れさん。君はやり遂げたよ」
 そう言われて、涙が突然溢れ出てきた。
 「先生、ありがとう」
 「茜ちゃん、はい、あなたの赤ちゃんよ」
 沐浴を済ませた赤ん坊を、助産婦さんがぼくに抱かせてくれた。苦労して産んだ自分の子どもだからそう思うのかもしれないけど、世界一可愛い赤ちゃんだと思った。

 赤ん坊とぼくは、すぐに引き離された。赤ん坊は、保育器に入れられ運ばれていった。
 ぼくは、大きなオムツをあてられ、T字帯(いわゆる褌だ)をされた。16時間振りに分娩台から降ろされ、病室へ戻った。
 「茜。お疲れだったな」
 父が、部屋で待っていた。福岡から、今日の日のために帰ってきてくれたのだ。
 「お父さん、ごめんなさい」
 「何を謝るんだ」
 「だって・・・・」
 「立派な子どもを産んだんだから、胸を張りなさい。いいね」
 まるで、ぼくが処女のまま子どもを産んだような言い方だ。ぼくには、父の考え方がよく分からない。

 ぼくには生理の経験がないけど、お産が済んでから、ずっと生理のようなものが出る。初め赤かったものが、次第に茶色になって、だんだん薄くなっていった。
 「人によって違うけど、2週間から4週間続くからね」
 そう言われていた。産むだけでも大変なのに、産後も大変だ。

 おっぱいが出ない。助産婦さんに蒸しタオルで揉まれる。これも痛い。
 「ミルクじゃいけないの? 痛くて堪らないわ」
 「初めに出てくるおっぱいは、初乳って言って、お母さんの体の中にある抗体、ばい菌をやっつけるやつね、その抗体が一杯入っているから、赤ちゃんに飲ませてあげないといけないのよ」
 お産から二日目におっぱいが出始めた。初めて母乳を与えた。目の見えない赤ん坊が、ぼくの乳首を探し当てて、ちゅうちゅうと吸った。何とも言えない快感で、ぼくは恍惚となった。
 助産婦さんの『苦しんで産んだ分、子どもは可愛いものよ』と言った意味がよく分かった。
 母が買ってきた本の中に、産まれた子どもを抱いて、母乳を与えることで、母性本能が生まれると書いてあった。男だと思っているぼくにも、確かに母性本能が生まれてきているようだ。イヤ、間違いなく生まれていた。

 ぼくの産んだ赤ん坊は、明日香と名付けられた。父の命名だ。
 明日香の血液型は、B型だった。ぼく、茜は、O型。父親は、AB型か、B型のはずだ。後藤純一は、O型。父親ではない。期待していた佐藤俊介は、A型だった。高松勇治が、B型だった。あんな男が明日香の父親だなんて考えたくもない。しかも、高松は結婚した。例え、高松が父親でも、近寄りたくない。最後のひとりは、調べようがない。ぼくの直感は、明日香の父親は、あの人だと告げている。ぼくを包み込むような、優しい人。いつか見つけだしてやる。

 明日は退院という日の午後、うつらうつらとしていると、誰かが部屋に入ってきた。
 「茜ちゃん、君の子どもは可愛い子どもだね」
 そう言いながら、ベッドに近づいてきた人物を見て、ぼくは驚きのあまり、口をポカンと開けていた。