第10章 結婚

 産褥期を過ぎ、ぼくは元気を取り戻した。しかし、日常生活は、母に頼り切っていた。明日香におっぱいをやったり、おむつを替えたりするのがぼくの主な仕事だった。
 倉田崇との約束の日を、首を長くして待った。
 「ごめんください」
 午後1時過ぎ、倉田崇の声がした。
 「はい。どなたですか?」
 母が玄関へ出て行って、応対している。
 「奥さん、お忘れですか? 倉橋の高校時代の同級の、倉田崇ですよ」
 「まあ、お久しぶり。どうなさったんですか?」
 「ちょっと近くまで来たものですから・・・・。倉橋はいますか?」
 「ついさっき、福岡から帰ってきたばかりですのよ。喜びますわ。さあ、どうぞ、お上がりになってください」
 「じゃあ、遠慮なく上がらせてもらいます」

 倉田崇は、応接間へ通された。ぼくは隣の居間で、明日香におっぱいをやっていた。応接間でのやりとりが筒抜けに聞こえる。
 「倉田! 久しぶりだな。元気にしてたか?」
 「この通り元気だよ。悪いな。帰ったばかりで疲れているだろうに」
 「かまわんさ。おまえが来てくれて、嬉しいよ。どうだ? 一杯やっていかないか? 福岡から、いい酒を持って帰ってるんだ」
 「いいな。遠慮せずに頂くよ」
 ぼくと倉田崇が入れ替わったという話しはほんとなのだろうか? 倉田の話しぶりを聞いていると、嘘ではないかと思われてくる。
 がしかし、倉田の話し方は慎重だ。辻褄が合わないといけないから、自分の方から話題を切り出すことはない。ぼくの話しておいた、倉田崇の記憶を確かめるように、父と話しをしている。

 「母さん、前も話したことがあったと思うけど、こいつは、命の恩人でねえ」
 「その話しは、もう何度も聞きましたわ」
 「なあ、倉田。おまえがいなかったら、今日の俺はいない。感謝してるんだ」
 あの話しだ。ぼくの記憶の中では鮮明に残っている。倉田崇の人格が茜だとしても、この話しは何度も聞いているはずだから、受け答えは簡単だろう。勿論、ぼくの口からも、詳しく話してある。
 「ああ、あんな緩斜面で、骨を折るやつなんて、そういないんだけどな」
 「結構、きつかったぞ。あの斜面は」
 「そう言うことにして置いてやるよ」
 「まわりに人はいないし、吹雪いてきて、もう死ぬかと思っていたよ」
 「俺はそうは思わなかった。絶対助かると思ってた」
 「動かなかったのが良かったんだろうな」
 「そうだな。穴掘るのは苦労したけど」
 「俺ひとりじゃ、とても掘れなかったからな」
 「ふたりで抱き合って、雪の穴で一晩過ごしたんだ」
 「おいおい。変な風に聞こえるじゃないか」
 「穴友達ってことだ」
 「ば、馬鹿野郎! 茜に聞かれたらどうするんだ!」
 「お嬢さん、いるのか?」
 「隣で、子供の世話をやってるよ」
 「そりゃすまない。冗談が過ぎた」
 ふたりはかなり酔っている。特に父は上機嫌だ。
 「お嬢さんと言えば、子どもができたんだって?」
 「・・・・ああ」
 「まだ、結婚してないんだろう?」
 「立ち入ったことを聞かないでくれ。例えおまえが親友でも、話したくないこともあるんだ」
 「それはそうだが・・・・」
 そろそろ本論に入るつもりのようだ。
 「今日、ここに来たのは、実は、おまえにお願いがあってのことなんだ」
 「なんだ? 願い事ってのは?」
 「茜ちゃんて言ったかな? おまえのお嬢さん」
 「ああ、そうだが、それがどうしたんだ?」
 「俺の嫁にくれないか?」
 「な、何だって?」
 父の驚きが、壁の向こうから伝わってきた。
 「未婚の母で、父親も分かっていないんだろう? このままじゃあ、可哀想だぞ」
 「どこから、そんな話しを聞いたんだ?」
 「どこからでもいいだろう。事実なんだろう?」
 「だからって、おまえの嫁には・・・・」
 「婚約者がいるって、説明してると聞いたが、誰か宛があるのか?」
 「・・・・まだ、ない」
 「じゃあ、俺でもいいだろう。俺は、おまえの命の恩人だ。年は離れているが、茜ちゃんが、俺のことを好きになったから、婚約したってことにすればいい」
 「馬鹿な。そんなことはできない」
 「早くしないと、茜ちゃんに婚約者がいないことがばれてしまうぞ。おまえの経歴にも傷が入るのと違うか?」
 父は、押し黙っている。当然だろう。いくら、未婚の母となった娘であろうとも、自分と同級の男に嫁に出すなんてことは、考えられないはずだ。
 「倉橋、ちょっといいか?」
 倉田の声が聞こえなくなった。ひそひそ話をしているようだ。
 「ど、どうしてそれを・・・・」
 倉田崇は父に何を話したのだろうか? 父の動揺が伝わってきた。
 「返事は?」
 「・・・・茜の意向も聞いてみないと」
 「聞いてみたらどうだ?」
 父の立ち上がる気配。そして、ドアが開いた。
 「今のお父さんたちの話しを聞いていたか?」
 「はい。およそは・・・・」
 「おまえが未婚の母にならないように、結婚させてくれと言うんだが、おまえは、それでいいか?」
 「倉田さんと?」
 「そうだ」
 結論は出ていたが、ぼくは、考える振りをする。いくら父親が分からない子どもを産んだからと言って、簡単にイエスと言ってはおかしいと判断したからだ。
 「どこの誰とも知れない人の子どもを産んだ傷物なのに、いいんですか?」
 倉田崇が、父の後側までやって来た。
 「自分をそんなに卑下してはいけないよ。きみは、愛した人の子どもを産んだんだ。胸を張ってていいよ。あとの面倒はぼくが見る」
 「明日香も愛してくださる?」
 「勿論だよ」
 「分かった。結婚するわ」
 「倉橋! これで決まりだな」
 「・・・・やむを得ない」
 「そんなにがっかりするな。これで、すべてが丸く収まる。すべてがな・・・・」

 倉橋家に遊びに来ていた倉田のことを、ぼく、茜が好きなって、婚約していたことにした。
 「未婚の母にならなくて良かったけど、お父さんと同い年でしょう? どうしてそんなおじんと」
 ぼくの結婚相手が父と同級生だと聞いて、下田喜美子が不思議そうに訪ねた。
 「いろいろ付き合ってみたけど、やっぱり包容力があって、頼りがいがある人がいいと思って。それに、倉田さんは、父の命の恩人でもあるからね」
 「へええ。茜が、年上好みだなんて、初めて知ったわ」
 「親友にも言えないことがあるのよ」
 「その倉田さんが、明日香ちゃんの父親なの?」
 そうではないが、ここはそう言うことにして置いた方がいいと判断した。
 「そうなの。高松先輩か倉田さんのどちらかだと思っていたんだけど、結局倉田さんだったの」
 「どうして、すぐに分からなかったの?」
 「倉田さんと一緒だと、安心しちゃって。一緒に、・・・・お酒を飲んでね」
 「未成年なのに?」
 「キー子は飲まないの?」
 「・・・・飲まないことはないけど」
 「それでね。酔っぱらっちゃって・・・・。もう言わせないでよ」
 「覚えてないのね」
 「そう。倉田さんには言わないでね。それと、高松先輩とのことも」
 「分かってるわ。で、結婚式はいつ?」
 「9月10日大安吉日よ」
 「再来週じゃない。どうしてそんなに急ぐの?」
 「彼が40になる前に式を挙げようって言うから」
 「あ、なるほどね。勿論、わたしも呼んでくれるわよね」
 「招待客のトップに書いてあるわ」
 「わあ、何着ていこう」
 「セーラー服」
 「それだけは絶対いや。うんと着飾って行くわ。いい男がいたら、引っかけるの」
 「まだ17なのに?」
 「18になりました」
 「あ、そうだったね」
 親友を騙すことになったが、これでいいと思っていた。

 倉橋家は、親族や父の会社の関係者、茜の同級生など、招待客が多い。倉田崇の方は親族も少ないし、どうなるのだろうかと思っていた。
 母が、倉田崇の母が、結婚式に出てくれた。それも、夫と子どもたちを連れてだ。母の夫は、倉田崇という子供の存在を知らなかった。しかし、連絡を受けた母は、20年間放って置いた自分を恥じ、すべてを打ち明けたのだ。
 母の夫は、愛する母の子どもは、自分の子どもと同じだと言って、一緒に出席してくれた。
 キャンドルサービスで、母のいるテーブルに火を点けたときには、涙が止まらなかった。この涙の意味を知っているのは、夫となった倉田崇だけだった。
 ぼくの父、倉橋進も涙涙だった。男親は、娘を送り出すとき、みんな泣くものだと言うことがよく分かった。
 下田喜美子を初めとする同級生たちもたくさん来てくれた。母の恩師という白髪の紳士も、涙を流してくれた。女になってしまったけれど、ぼくは幸せを手に入れた。

 ぼく自身に抱かれるって言うのは、不思議な感じだ。それでもぼくは興奮していた。ぼくの体は、少なくとも4人の男と関係し、子どもまで産んでいる。しかし、ぼくとしては、気持ちとしては処女だ。
 ウエディングドレスを真っ白なワンピースに着替えたあと、二次会で、友人たちの世話が済むと、ぼくは、シャワーを浴びて、下着を新しいものに替え、可愛らしいネグリジェを着て、初夜の場となるホテルの部屋の中で、夫となった崇が帰ってくるのを待った。
 崇が部屋に帰ってきたのは、午前2時だった。崇はへべれけで、服を脱がせるやいなや、ごうごうと鼾をかいて眠ってしまった。
 ぼくもそうだったが、友人が結婚すると、新郎に酒を飲ませるだけ飲ましてダウンさせ、初夜を迎えさせなくするのだ。
 ぼくは、諦めて、高鼾をかく崇の胸に抱きついて眠った。

 明日香におっぱいをやる夢を見ていた。久しぶりに見る夢だ。しかし、夢の途中で、何かがおかしいことに気付いた。目を覚ますと、部屋の中は少し明るくなり始めていた。
 崇がぼくの乳首を吸っていた。断乳していないぼくの乳房から、白い液体がほとばしり出ていた。ぼくが目覚めたことを知ると、崇が言った。
 「甘くも何ともないんだな」
 「甘かったら、すぐに飽きるでしょう? ご飯と一緒だから」
 「そう言う訳か」
 そう言いながら、ぼくにキスしてきた。おっぱいの味のするキスだった。ぼく自身、あまり女を抱いたことがない。だから、テクニックなんてなかった。だけど、崇はぼくの急所を突いてくる。元は自分の体だったから、どこが感じるのか、良く知っているのだ。
 耳たぶを軽く噛みながら、右手の中指が、敏感なところを優しく転がす。
 「凄く濡れてるよ」
 そう耳元で崇が囁く。だけど、ぼくは、それを自覚できない。そこに熱いものを感じるだけだ。
 崇の指が離れ、乳首を触る。その時、乳首にぬめりを覚えた。ぼくの出した粘液が、指に付いてきたのだ。そう思ったら、カッと熱くなった。
 崇は、唇で舌で、ぼくの全身を愛撫する。男としてのぼくは、首筋とか、乳房とか、あそこだけしか愛撫するところを知らないが、脇の下、手首、背中、腰のくびれ、内股、足の指。ありとあらゆるところが感じるのだ。
 最後に小さな隆起に舌が達したときには、ぼくの意識は快感で朦朧としていた。その部分を舌で転がされ、吸われたとき、全身が痙攀した。
 気がつくと、乳首から、白い乳汁が溢れ出ていた。
 「すごいことになってるね」
 そう言いながら、崇は、その乳汁をぼくの体に塗り広げた。その刺激がぼくを再び絶頂へと向かわせる。
 崇のそれがぼくを貫いたとき、ようやく思いを成し遂げたと思った。ぼくは、あの時、女になってセックスした夢を見た時は否定したけれど、ホントは心の奥底では女になってセックスしたいと思っていたのだ。絶対叶わないと思っていた。それが実現して、心の底から喜びが沸いてきた。
 崇の熱いほとばしりを受け取ったとき、それまで以上の快感を覚えた。元に戻る? とんでもない。ぼくは、女のままでいい。絶対元になんて戻るものか。そう思いながら、余韻に浸っていた。