多賀墨卿君にこたふる書
 1.「習気」の論 001-118  2.「条理」の論 119-314  3.「事物」の論 315-400
  解 説
 『多賀墨卿君にこたふる書』は、三浦梅園が55歳の時、府内(今の大分市)で医者
をしていた多賀墨卿(たがぼっけい,ぼくけい)に宛てた書簡で、梅園自信が自らの哲
学を平易に解説したものとしては『玄語手ひき草』(故田口正治博士の命名)と、内容
的に双璧を成している。しかし、『手ひき草』がいかなる事情によってか下書き段階に
とどめられているのに対し、『多賀墨卿君にこたふる書』(以下『多賀書』と称する)
は、書簡体のまま、梅園自身の手によって一冊の書物にまとめられているのである。事
実、内容を一読すれば誰の目にも明らかなとおり、『多賀書』は書簡体の哲学論文であ
り、その思想的内容の深さは、一個人宛の手紙の域を遙かに超えでている。     
 梅園は、多賀墨卿からの質問を受けたとき、主著『玄語』の内容をコンパクトにまと
めた「和文玄語」のようなものを作ろうと意図したのかも知れない。また、梅園として
も「混淪鬱渤」(こんりんうつぼつ。「渤」は代用文字。原字はこれから「力」をとっ
た文字)という、自己の哲学の中心概念の説明を求めた墨卿の要望に応えようとすれば
必然的にその全貌の解説を試みざるを得なかったのかもしれない。         
 55歳といえば「歴年二十三、換稿もまた二十三」と言われた執拗な『玄語』の改訂
に一応の終止符が打たれて既に2年が経過しており、梅園自身も精神的に最も安定した
時期にあったように思われる。そのためでもあろうか、この書の文体は非常に流麗で、
筆致はよどみがなく、きわめて完結性の高いできばえを示している。        
 それで、この書簡は梅園の哲学を初めて学ぶ人にとっても、得難い入門書の役割を果
たしているわけである。梅園の哲学について多少とも知ろうと望むなら、まずこの『多
賀書』が手近で分かりやすいものであろう。しかし、いま述べたごとく、梅園はこの書
において自己の哲学の全貌を素描しようとしており、必然的にかなり難解な部分も含ま
れている。この点は、初学入門用のテキストとしての意図が濃厚な『手ひき草』と本書
の大きな違いである。だから、これを梅園哲学入門書として見れば、前半の「習気」 
(じっけ,しゅうき)に関する部分は別としても、いささか内容的に高度でありすぎ、
原文から直接に意味をくみとることは、初学者にとってはまずまず不可能なものとなっ
ている。                                   
 とはいえ、今のところ梅園の哲学、ことに主著中の主著たる『玄語』の内容にふれる
とすれば、これ以外に手がかりとなるものが手近にないのであるから、ともかくもこの
『多賀書』を現代語訳することが、梅園哲学について一般の理解を得るための最良の手
段であると思われる。そこで、今回これをインターネット上に公開し、訳と解説を付け
かつ『玄語』本文とリンク付けをすることによって、難解を持って知られる『玄語』へ
の道案内としようと思った次第である。                     
 なお、三浦梅園の哲学の中心は、現代的に言えば存在論と認識論であるが、その及ぶ
範囲は、宇宙論・天文学・自然学・生物学・人間学・社会学・道徳論・時間論・空間論
など多岐にわたるが、これらが「条理」という簡明な論理法則によって緊密に関係づけ
られていて、梅園言うところの「天地」を織りなしている。ことに時間論と空間論は人
類哲学史上の至宝とも言うべきもので、来るべき世紀に燦然と輝く内容を持っている。
この意味で三浦梅園という思想家は、単に日本近世思想史上の人物であるのではなく、
より広大な世界思想の流れの中に位置づけられる存在なのである。         
 三浦梅園は、東京大学の井上哲次郎によって日本の思想界に紹介されて以来、既に百
年近い歳月を経ている。しかし、今日なお、その解釈に定説を見ないばかりか、底本さ
えも定まっていない状態である。このような状態を憂うる者として、インターネット上
での新たな梅園研究を提唱したいと思っている。なお、電子文書としての処理のしやす
さを考慮して、全体を3部に分け、行番号を付けた。原著は草書体で、章立てや句読点
などいっさいない。全文をここに掲載したので、味読されたい。最初はミミズがはって
いるようで読みづらいと思うが、読んでいるうちに結構読めるようになるものである。
どうしても読み方のわからない人は、当研究所に読み方を尋ねていただければよい。