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これまでの夢


夢といえば、私達のアメリカン・ハウス建設も10年前は、はるか夢の話でした。
当時、大阪の高槻市で会社の宿舎住まいをしていた頃の私達は、近くの千里万博のモデル住宅プラザなどを見学に行っては「あんなキッチンがいいな」「こんな広い空間が欲しい」とあこがれに似たような思いを胸に、夢とはかなり違う(かもしれない)自宅に帰りついて、ため息をついていたものでした。


当時の環境から考えると、今は、私達の理想の住宅環境にかなり近づいたと思っています。10年前には、まだ一般的に輸入住宅の利点が認識されていなかったと思いますが、主人が「輸入住宅を建てたい」と思うようになってから、輸入やツーバイフォーの勉強を始め、途中で部材などの実験的な個人輸入などを経験しているうちに、急に条件が整って手作りのアメリカンハウスが出来上がりました。
まだ、感慨に耽るには私達の夢は、果てしなく続いている(欲深いのか?)ので、これからも憧れの気持ちを大切にしつつ、いろんなことに挑戦してゆこうと思っています。
                                   By Hiromi Sato

   



遠い夢


たった11日間のNorthwestの滞在であったが、雄大な自然の中に現代的な都市やショッピングセンターが点在しているそのマッチングに魅了された。私は、今回の旅行で訪れる町ごとに不動産情報を仕入れ、不動産価格をリサーチした。「将来、こんな町に住めたらいいな」という気持ちで、調べていくと、場所にもよるが、日本の建て売り住宅を買う資金で、何千坪の敷地に広い住宅、池や小川まで流れている物件があるのを知った。

このように、定住するのもいいが、待てよ、アメリカ50州のうち、何州行ったのか? 
そう考えてみると、たったWA、OR、NY、WV、コロンビアDCくらいではないか。
各州には各々の魅力があり、それを旅行しながら、楽しむのが最高ではないか? 
極寒のアラスカから常夏のフロリダまで、50州めぐりを挑戦してみたい。

手っ取り早いのは、現地でキャンピングトレーラーを購入して、各州の観光スポットを廻ることだ。
アメリカのハイウェーは、RV生活者の為の施設が完備されているから、何一つ不自由がないはず。
最近、よく20年くらい先のこんなことを考えている。  By Yoshitaka Sato

 



近い夢

Physically

 1996年に、内装を残したアメリカンハウスの外形が出来上がってから、さまざまな内装や外廻りの左官の仕事、果ては、敷地内の巨大な石垣の石を夫婦2人で動かせてコンクリートの階段を作ったこと等は、人生ノートの大変だったけれど楽しい1ページとなりました。(ついて行くのは本当に疲れます)

 現在、住まいの横に駐車場のためにコンクリートで50m2の基礎を作ってあるのですが、そこに車庫を作る予定です。車庫は二階建てで、二階部分は事務所を作る予定です。
事務所とは、まだ、具体的に決定している訳ではないのですが、輸入品のショールームなどに使い、私が個人輸入の代行のようなことが出来るといいな、と思っています。

 車庫の他、庭の塀・住まいの東側にウッドデッキ等、それもこれも皆、主人が手作りする予定です。
ためいきが出るほど、長い道のりかも‥
やはり、これも 遠い夢かな?
 今は、これらの夢をかなえる為に、アメリカから機械を購入すべく倹約に努めています。これらの輸入はコンテナで行いますが、その時にはまた家具なども購入するつもりなので、また、このホームページで輸入品紹介をさせてください。


  

  Mentally
 私達のもう一つの希望は、国際交流をすることです。できれば、アメリカの留学生のホームスティのホストになれると良いなぁ、と思っています。英語力は未熟ですが、言葉を媒体として、異文化に育つ人達とふれあいたい、そして日本についても知ってもらい、彼等の考えを聞きたいです。

 また、近くの友人や知人などもこのような交流の仲間になれると素晴しい。
今はインターネットを通じてコミュニケーションをとることが容易だから、
交流の輪は広がりやすいでしょう。文化を超えた心の広場が生まれるといいな、などと、夢をふくらませる今日このごろです。

    



キッチンの窓から

二人目の子供を出産してから、俄然、読書欲が湧き、「知的生活」なるものに憧れるようになりました。青年時代に本から理解していたこととは違う理解がこの年(年齢は内緒)になると、できると気付きました。

「キッチンの窓から」のネーミングは、主婦の私が日頃読んでいる本の感想とか、住んでいる地域のちょっとした話題とか、気軽に「キッチンの窓から」お隣に語りかけるような気持ちで綴ってみたい、将来、仕事をしたとしても、一主婦として子供の勉強をサポートする姿勢や、家族の健康管理をする立場を忘れたくない、つまり、いつもキッチンにいて家族や地域をみていたい、という思いを込めて付けてみました。

とは言え、私は正真正銘の完全主婦(無職ということ)なので、今からことわることもないかも‥

  


花粉症」について‥

 今年もやってきました。あの「花粉症」のシーズンが‥
花粉症歴14年を誇る?私も、今まで大した治療法を見つけられずにいる。 
何件かの医院にいってみたけれど、処方された薬を飲むと、返って鼻詰まりがひどくなる、ような気がしている。だから、最近は薬を頼みとせず、もっぱら気持ちと体をリラックスさせるように心掛けている。

 私の娘は軽い喘息をよく起こす。親しいお医者さんに聞いたのだが、「喘息が起こる神経と神経質の神経とは同じ線(腺?)」らしい。だから、分別がしっかりついてくる小学3年〜5年くらいに小児喘息の症状が軽減したり、なくなったりするそうだ。

 アレルギーが神経と密接に関わっているなら、「花粉症」だって、神経をコントロールさせることで、症状を緩和させることができるのではないか? もっと極端なことを言えば、性格が変われば「花粉症」は直るかもしれない。たとえば、消極的な人が積極的人間に変わるとか‥

 私もどちらかというと、神経質な性格(というと、笑う人がいる)だと思っている。性格をいきなり、変えることは無理だと思うが、気分をなるべくリラックスさせるよう努力することは出来ると思う。
ちなみに、ひまな私が最近リラックスの為にしていることは、熱湯で絞ったタオルを頭の下に敷いて、数分寝転ぶことだ。いわゆる温熱湿布、というもの? 後頭部が暖まると、何ともいえない位、気持ちが良くて、フワフワした気分になる。すると、花粉症のために起こる軽い頭痛もずいぶん和らぐようだ。

 「イギリスはおいしい」で知られる林 望氏の最近の本に「鼻洗浄」が花粉症に効果的だと書かれてあった。その方法は(以下 「知的生活 楽しみのヒント」より抜粋)
 

まず、小さいボウルに茶さじ一杯の塩を入れ、体温よりも高いお湯-38度ないし39度ぐらい-
を注ぎます。これをかき混ぜますと、ちょうど生理的食塩水ぐらいの濃さになる。(〜略)
吸い物の濃さだと覚えていただければいい。その塩湯を鼻から吸い込む。ただし、湯だけ
吸い込むとむせてしまいますので、お湯と空気をズルズルといっぺんに、両方の穴から
吸い込む。そうするとむせずに口へ出てくるはずです。(〜略)こうして鼻を洗っていると
花粉で炎症を起こしていてもすっきりと直ってしまいます。もちろん風邪にも非常に有効な
対策になります。

 この鼻洗浄、私はまだ試みてはいないが、(さっきの温熱湿布の為か、あまり苦しくない)つらくなったら試してみよう、と思っている。

                       

竹内まりやを聴きながら

ウィークディに一人CDを聴きながら、ランチなのに朝食のようなメニュー(トースト・ハムエッグ・ミルクティ・フルーツ)を作っていた。子供たちが登校した後の戦場のようなダイニングルームを慌ただしい気持ちで片付けながら、頭のなかは妙に違う世界のことを考えている。

 -- 今日は午前中 手間取ったから、早く昼食をすませて、英語のリーディング(新年から勉強の為、日課にしている)を短時間でして、そのあとホームページの勉強をしよう。
そうだ、どうせHP作るなら、もう少しまともな絵が描けるようにグラフィックのソフトをいつか買おう。DTPについても、もう一度考えてみよう。そうそう、前から読みたい 川口恵美や呉善花の新刊、図書館にはなかなか入らないようだから、JUNKU堂に問い合わせて、在庫があれば、会社の主人に電話して、帰りに買ってきてもらおう。

などと、取り止めないことを考えながら、できあがった例のランチを食べるために、食卓につく。
CDの曲は、竹内まりやメドレー。 竹内まりや、といえば、最近のFMラジオの「山下達郎 新春夫婦対談」で、旦那さんと語っていた。
彼女の曲作りのルーツ(お手本というべきもの?)は「砂に書いたラブレター」やその他‥だと聞いた。確かにこれらの曲、私も知っているけれど、テンポはスローで、オールディズって感じだけれど、どことなく、竹内まりやの今のヒット曲に似ている。そうか、竹内まりやのルーツ、つまり琴線に響いていたものって、ここにあったのか、と感心した。

今、世に出てバンバン活躍している人達だって、決して確固としたオリジナリティをもっていた訳ではなく、経験や過去の人の力に導かれているのだな、感じた。

 ここ数年、読書を続けて思うこと。
歴史上の人物やその人達の感情とか考えを過去の遺産や出来事や思想としてでなく、身直に感じること。日常のささいな出来事に対して、彼(女)ならどう感じたか、どうしたか、等考えたくなる。読書の量がほんのばかり進んだことで、私から覗き込んでいた過去の人物や出来事が、今度は、彼等から私に近づいてくれたような気分がした。ちょっと、否、随分、生意気かな?

以前に読んだ、江藤 淳「アメリカと私」の中で、江藤氏が、小林秀雄氏に「しばらく米国に行ってきます」と言ったら「それじゃ日本の古典を読んできたまえ」と言われたらしい。彼は、米国生活で英語を使いながら、英語は彼の存在の芯に結び付いている言葉ではない、と気付いた。そしてその存在の芯は、日本語が作り上げて来た文化の堆積に繋がっている、という。彼は、日本語を通じて日本の古典に向かいながら、逆に日本文学の総体が自身に向かって来るのを感じたと語っている。

自分のルーツを探ること。
自分が惹き付けられるものから、引き出され、又、自分とは反対のものから、逆に自覚される。竹内まりやの曲を聴きながら、そしてランチをとりながら「人間のルーツ」について思ったことである。

     

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