『論争』東洋経済1997.11月号より
連載●田中秀征の行革対談―第4回
■ゲスト■
平松守彦
大分県知事
「徹底的な地方分権をやるとすれば、全国の市町村、都道府県も再編成せねばならない。”ユナイテッド・ステート・オブ・ジャパン(日本合州国)”のようなものに、日本の国家のありようを変えないと」――。”日本合州国=地域連合国家”への編成替えは、平松氏の持論。
「それも、まず九州だけを独立させて、九州連邦をつくる。九州は最も連邦になりやすいところ。中国のように一国二制度でいい」と、”隗”より始める心意気を披露する。
その突破口は、平松氏が期待するローカル・パーティーの帰趨にかかっているようだ。
- 田中
- 行政改革会議の中間報告で省庁再編の骨格がはっきりした時点でテレビに出演しました。そのときに、キャスターの最初の質問は、「今回の審議結果を見ていると、地方分権はどこにいったんでしょうか」でした。もちろん中央省庁の再編ということですから、直接的に表に出てこないでいいのかもしれないのですが、確かにそういう目で見れば、今回のとりまとめは行政改革のほんの一部であるということが言えると思うんです。
今回は、行革についてずっとご関心を持って、なおかつ実績を上げてこられた平松知事に、行革における地方分権の位置づけ、あるいは、ご自身が志向しておられる地方分権――平松さんは、分権というよりも地方主権だとおっしゃってますが、そのへんをぜひお伺いしたい。
- 平松
- 私は中央官庁の通産省に二五年いて、大分県に帰って二〇年近くなりますが、何回も臨調、行革審は経験しましたけど、行革の哲学というものがいずれもない。結局、行政改革ではなくて、行政再編成ということで、多くが機構いじりみたいになっている。その中でも、たとえば国鉄の分割・民営化は改革だったと思うけども、いま橋本さんがやってるのはやっぱり行革の再編成です。
省庁再編の前に、まず地方分権ありき、のはずです。国家のありようを根本的に変えるかたちで、国と地方との権限のすみ分けの問題を考え、そのうえで、小さな政府にしておいて、再編成を行うかたちでいかないと。村山内閣のときに、地方分権推進法ができて、地方分権が検討されている。これとパラレルで進まないとならない。
- 田中
- 同感ですね。この省庁再編成はたとえて言うと、器を替えるということです。器を替えた場合に、中身が減るのかという問題と、中身の質が変わるのかという問題がどうしても残される。器を替えたから直ちに中身が変わるわけではないですね。
簡素で効率的な政府をつくるという目で見れば、その方向はどこへいったのということにもなるし、また「もんじゅ」とか住専とか薬害エイズの問題が起きて行政の体質に対する不信感が強まっているときに、その行政の体質という問題を一体どうしたのということにもなる。大体この三つが行革熱をここまで高めてきたもんですからね。
- 平松
- 通産省、大分県、両方の経験からよくわかるんですけど、GNPが上がってきて、一人ひとりの生活が豊かになると、各地域住民の持っているニーズはみな違ってくる。農林政策ひとつとってみても、北海道の農業と大分県の農業はまるっきり違う。それをみな一律減反、一律補助金でやるようなやり方は、高度成長のときはそれでまたよかったんでしょうけど、いまはとてもそうはいかない。
- 田中
- 中央政府がこれだけ大きな行政国家を持て余している現状があると思うんです。これは、地方が権限を欲しいというんじゃなくて、中央政府自体が膨大な行政事務を持て余しているという状況ですね。
私は、広い意味での分権化は三種類あると言ってるんです。一つは、権限の相当部分を地方に任せる。それから二番目は、民間に任せる。民営化の問題ですね。民営化も一つの分権だと思うんです。もう一つは、市場に任せる。これは規制緩和ですよ。そういうかたちで任していって、残ったものをどうするかという話であって、そのところは、きちっとした原則哲学が必要で、そこで一つの中央省庁再編のビジョンが生まれてくると思います。
- 田中
- 中央政府が持て余してるんだとすると、中央政府主導で権限や財政を地方に任せるとすれば、自分たちにとって都合のよいように面倒なものばかりを地方に分けることになる。そこへいくと、地方からの声が非常に弱い。地方からは、あれ寄越せ、これ寄越せ、これは自分たちでやったほうがいいという声がほとんどない。
- 平松
- 確かに声は弱い。
『私の日本連合国家論』(岩波書店)にこういう議論を書いたんです。いまのような四七の都道府県と三三〇〇の市町村に権限を渡しても、これは限度がある。介護保険の認定ひとつとっても、いまの三三〇〇の市町村に、全部保健婦を置き、介護サービスをやれるはずがない。人口が二〇〇人ぐらいの村もあるし。何件の中央政府の権限を地方行政に移した、このぐらいの補助金を整理統合したと、繰り返し地方分権推進委員会がやってみても、あたかも涓滴が岩を穿つがごとくで。だんだん権限を委譲していけば自然に分権国家ができるというものではない。
もしほんとに徹底的な分権をやるとするならば、全国の市町村、都道府県も再編成せねばならない。『「日本合州国」への道』(東洋経済新報社)に書いた”ユナイテッド・ステート・オブ・ジャパン”のようなものに、日本の国家のありようを変えないと。まあ、アメリカの歴史を逆にあるようなもので、非常に難しい問題なんですけど、あえてそこまでやらないと、ほんとの中央の行政改革もできないし、中央政府が持て余してる問題の解決はできない。
- 田中
- 地方が奪い取るという分権でなかったら意味がないと思うけども、地方がいかにも気合いが入っていない。選挙を何度もやった身で感ずるんですが、いまの時代の傾向として、地方へ行けば行くほど、中央依存、行政依存、公共事業依存が深まっているという、非常に残念な傾向があって、地方では時代が逆に流れているような印象も受けるんですね。
そのなかで唯一希望になるのは、ブロックにおける中核都市の勢いですね。この間私、仙台へ行ってきましたけども、仙台、広島、福岡なんかもそうですが、そういう中核になる都市のこれからの姿勢が大きく影響してくる、と思うんです。
- 平松
- 知事としての一七年の間で力を入れたのは、自分の力で、自分のアイデアで、自分の地域をどうやってつくるかを考えよと。県は補助金を出すということではなしに、それぞれの地域で、自分の誇りとなるようなものを、何か一つつくり出せと。
- 田中
- 一村一品運動・・・。
- 平松
- そうです。たとえば大分県に湯布院町というところがあります。町の若者が、むしろ行政に背を向けて、自分たちの町を自分たちだけでどうつくったらいいか考えて、あれだけのリゾート地にしたわけです。自分たちの地域を自分たちでつくるには、どのようにしてお上の力をうまく利用して、自分たちのいいようにつくっていったらいいかと考えた。今度米軍の移転問題にいちばん反対してますけど、たとえば湯布院町に新しい高層のマンションなんかつくられたら困るから、条例でなんとか制限できないかと、ぼくらのところに相談してくる。お上依存じゃなくて、建設省の規制をいかに自分たちではね飛ばして新しい湯布院という町をつくろうか、そういう行き方で町をつくっているところもあるわけです。
ただ、まだこういう動きは例外です。しかし、そういう勢いをどんどん各地域にエネルギーとして持たしていけば、日本という国はこれから、新しいユナイテッド・ステート・オブ・ジャパンになっていけます。
- 田中
- 平松さんの合州国論について、私から見て非常に困難だなと思っている点が二つあるんです。一つは、連邦国家は、連邦にしたほうが統治しやすいとか効率がいいとかでできるのではなくて、ご承知のとおり、歴史的な経過とか、文化的なものとか、言語、宗教に至るまで、放っておいたら戦争やるぐらい激しい対立関係の中で、仕方なく連邦国家にしたというものだと思うんですね。
- 平松
- しかし、EUがなぜ出来上がったかと。あれは一人のジャン・モネという、コニャック販売業者の息子ですが、その人が鉄鋼共同体をつくったとこから始まって、ここまで来たんです。いわば一人の人間がECを、EUをつくり上げたわけですよ。ヨーロッパの通貨が一本になるとまで誰も思いも及ばなかった。決して私がジャン・モネとは言いませんけど(笑い)、そういうケースだって考えられます。
- 田中
- 日本の場合、同質ですよね。そこで改めて地域を切っていくような連邦国家が可能なのかということが一つと、もう一つは、一〇〇年、二〇〇年前と違って、これだけ人が移動するようになって、土地に対する帰属感を持っている人たちが総体的に少なくなっている。人も物も情報もどんどん出たり入ったりしている中で、帰属意識が特定地域に対しては薄まっている。そういう時代でもあります。
- 平松
- 私はまず九州を考えるんです。なにも連邦制は、いまの橋本さんの行革みたいに、統一的に一遍に七州にするんじゃなくて、できるところからやったらいいと思うんです。「一国二制度」なんですよ。いま中国がやってますよね。香港と本土の二制度。まず九州だけを独立させて、九州連邦だけつくる。日本の中で。九州というところは最も連邦になりやすいとこなんですね。
- 田中
- なるほど。
- 平松
- なぜかというと、九州が一つの経済圏としてやっていく局面に、ちょうどいま来ている。ところが、九州はインフラストラクチャーの整備が遅れてて、たとえば高速道路がなくて、大分県から鹿児島まで行くのにまだ五時間半かかるんです。だから、東九州自動車道をつくりたい。新幹線も空港もやらなきゃいかんし。ところが、公共事業抑制、行政改革ということになると、地方であるために効率が悪いと判断されたものは全部後回しにされる。
長崎県の諌早干拓問題ひとつとってみても、東京の人なんかがやってきて、ムツゴロウのために水門を閉じてはいかんなんて言うけど、地元にしてみれば、いままで延々と水害なんかで苦しんできた。あれを全部新しい干拓農地にするかどうかは議論があるところですけれども、地元は災害対策のためぜひやりたい。それが、東京の人には公共事業のムダ遣いだといわれる。
- 平松
- むしろ九州が一つ独立して、九州の国税、地方税を全部、自分たちでその使い方を議論をする。その中で公共投資の選択度をみんなで決めていくことになればいい。もともと、それぞれの地域によって事情が違うわけですね。だから、東京圏でいうと、そんことよりも、むしろゴミ問題だということになる。中央で全部縦割りでやっていくと、族議員が来てやるから、公共事業の優先度にしても、地域における優先度を必ずしも反映しない。
ここまで住民のニーズが多様化した場合には、今度はブロック別の、地域住民ごとのニーズに合ったような財政の使い方をする。その代わり、税金の上がりが少ないところは、それだけ行政サービスは落ちる。
- 田中
- そうなると思いますよ。そうやらなかったら成り立たない。
- 平松
- それで、計算してみたんです。九州の、沖縄入れて八県ですけども、そこで上がる国税と地方税と歳出予算を比較すると、残念ながらまだ赤字なんです。ちょうど国鉄の分割と一緒で、JR九州はまだダメなんですね。だから、インフラストラクチャーを平等にしてから分権国家をつくらないと、九州にとってはいささか酷なんだけど、しかしぼくはそれでもあえて九州は九州でやると。
赤字になれば、九州は住民税を増やすか、歳出をカットしなければいけない。それだけの税金の中で福祉サービスもやらにゃいかん。だから、もっと九州にたくさん企業を呼んできて、税金がたくさん入るようにしていかにゃいかん。その間はそれだけのサービスで九州に住む人は耐えなきゃいかんとなる。
- 田中
- 東京に出てきた大分県人は大分県に税金を納めてもいいことにしましょうか。
- 平松
- そういう方法も一つありますが・・・・(笑)。
一番身近な政府に税金を住民が納めて、その税金で行政サービスをやる。だから、自分たちの税金が少なければサービスも悪くなる、ということを見せないとね。それが基本的に日本の行政問題、行政改革に欠落しとるところです。いまのかたちだから、地方にいけばいくほど、住民は自分たちのカネという意識がなくなり、お上からの行政で満足してしまう。納税者意識を高揚するためには、納めた税金を身寄りで使うというやり方がいちばんいいんですよ。
- 田中
- 中央依存、行政依存、公共事業依存という、そういう依存心を断ち切るかということですね。
- 平松
- もう一つは外交の問題なんです。これも地方分権が発揮できる場です。たとえば韓国と九州は非常に近い。この前、金泳三と橋本さんの首脳会談も別府でやったわけです。韓国の人は温泉が非常に好きで、温泉というと別府に必ず来る。別府に来る韓国人が年間五万人ぐらいいて。
- 田中
- ほーう・・・・。
- 平松
- 福岡に来て、別府の温泉に入って、阿蘇山、ハウステンボスを見て、福岡で帰るが一つのコースになっているんです。
大分県のやってる一村一品運動、韓国も朴大統領のときに始まったセマウル運動(「新しい村」をつくる運動)のリーダーと大分県のリーダーが毎年交流してるわけです。国と国の外交も大切ですけど、国を超えて地域と地域でやる。いかに自分の地域のレベルを上げ所得を上げていくか、それには、どういう農業をやったらいいか、どういう中小企業がいいか、その交流の場で、共通の問題を解決することができるわけです。
いま私は、九州の各県の知事と、マレーシアの各州の知事さん、中国では上海、大連、武漢の市長さんなど、自治体の長を集めて「アジア九州地域交流サミット」をやってるんですよ。四年前、第一回をやって、マハティール首相が来て、EAEC構想を話していきました。第二回は、私がマグサイサイ賞をもらったから、マニラでやって、去年は福岡、ことしは11月にマレーシアでやるんです。
- 田中
- 三年前、村山内閣ができたときに、村山さんがすぐに東南アジアを歴訪して、マレーシアのマハティール首相にあったんですね。そしたら、一〜二ヶ月もしないうちに、マハティール首相が大分で記者会見して、常任理事国問題についてしゃべった。そのとき、なんで大分で記者会見かと、私はそう思った。東京に来なかった。大分へときどき来るらしいという話で、びっくりしました。
- 平松
- マハティールさんは、大分へ四人ぐらいで来るんです。外交団を連れてこないんです。奥さんとお医者さん、それに駐日大使。そしてマイクロバスを借りて大分県を回って歩く。この産業はマレーシアに持って帰れるかとか、見て歩く。”ルック・イースト”を実践しておられる。
- 田中
- 相互依存関係がどんどん深まってますね、地域レベル、地方レベルで。
- 平松
- アジアと日本にはAPECという機構がありますが、あれは官僚がつくった組織です。人間と人間の顔の見える交流というのはできていない。日本は、外務大臣はしょっちゅう代わる。たとえばアメリカの通商代表部(USTR)代表が一人の間に、日本の通産大臣が七人も代わっているんですから。こんなことでは、本当の外交、顔の見える交流はできないと思うんです。
- 田中
- 外務官僚というのは、各国の国益を背景にしているようでいて、実はプロ外務官僚という同質の既得権があるんですよ。だから、それが一つ集団になって、お互いにいろんな企画をやっては、存在を誇示しようとする。そういう関係になっていますね。
- 平松
- 韓国のセマウル運動の人との交流のようなことを、フィリピンのマニラの周辺の地域、あるいはインドネシアの地域の人たち、さらにはという具合でどんどんひろげていきたい。私は、「アジア九州経済圏構想」という、一つのフリー・トレード・ゾーンみたいなものをつくりたい。これから、九州を地域国家という考えでやれば、台湾と九州との交流もできる。台湾と香港、シンガポール、さらには大連、武漢との交流もできる。こうやって、中世のハンザ同盟のようなものをつくる構想を、私は持ってます。
いまの沖縄問題ひとつとっても、台湾と沖縄と九州の経済圏で沖縄をどう考えるか、台湾も考えていることです。
- 田中
- まさに一国二制度ですね。
- 平松
- 一国二制度です。北海道だって、千島列島との間でビザなし交流で一つの経済圏をつくっていけば、日本とソ連の領土がどっちに帰属するかという議論の前に、千島は北海道の経済圏の中に入っていくんですよ。まさに地域が中心になって、ちょうど幕末の長州と薩摩が対英戦争をやり協定を結んだように、それぞれの地域ごとに、そういう外交をいろいろやっていいはずです。
もちろん国は国でやる。同時に、いま大連と北九州は公害防止協定で技術提携を結んでいるように、そういう都市と都市との外交も続けていって、一つの経済圏をつくっていく。そのほうが、ODAで膨大なカネを出すより、はるかにアジアにおいて尊敬されます。
- 田中
- 数十年もすれば、そうなりますよ。それをいかに早めてやるかというのは、リーダーシップの問題ですね。
- 平松
- 国を経由しない――直接的なグローバリズムと丸山真男さんは言ってましたけど、そういうこともやる連邦国家でなければ、アジアに対しても外交はできないんじゃないかと思うんです。
- 平松
- でも、そんなこと言ったって、地方にできっこない。地方にまかせれば、何やるかわからんし、能力がないといわれがちです。ここはやっぱり思い切ってどんどんやれば、地方政府もだんだん力が強くなります。
それを本格的にやるにはどうしたらいいか。ローカル・パーティー、つまり地方分権党というのをつくって、しれが国会で過半数を占め、それが連合国家に変革するようなことをやっていくことです。
政党も全部東京で、いま中央集権化してますからね。だから、いまの公明党がやってるような、地方は公明党で、中央は新進党というかたち。北海道なら北海道のローカル・パーティー、九州なら九州のローカル・パーティーをつくり、そういう人たちが九州なら九州で一つの議会をつくって行政を行う。こういうようなやり方のローカル・パーティー論が成り立つと思う。政党自身のあり方も、地方に根づいたローカル・パーティーというのをやっていかないと、連合国家はできない。
- 田中
- 私は、ローカル・パーティーというのは、必要があれば自然にできるだろうと思ってるんです。上からつくるものじゃない。中央の政局を睨んで、あるいはこの選挙制度のもとでは、ローカル・パーティーがいいとなればできるものです。まがいものは伸びない。やむを得ず必要に迫られてという感じでしか、政党というのは存在しないですから。いままだそこまで行ってないでしょう。
自治意識の高まりは老人問題が一つの契機にはなりますよね。若年層が多い地域もあるし、どっと高齢者の多いところもある。
それからもう一つは廃棄物問題も、自分たちで出したゴミは自分たちで片づけるということで、ほかの県に押しやるというのはおかしいじゃないかと。これは各県各地方共通の問題ですからね。こういう一つ一つの生活に密着した問題が、自治の芽生えにはなりうる。
- 平松
- いまや政党自身が中央官僚と同じように官僚化、硬直化して、ただ政権奪取するためだけの存在です。もう一回やっぱり地方政党に戻っていかないといかんのではないかと思いますね。通貨とか国防とかいう問題については、中央で議論する。九州では九州の地方分権党があり、自民党も九州分権党とかになっていく。政党も分権すべきです。
- 田中
- 中央と地方の権限とか役割の線をどこへ引くかというときに、中央に属さず、地方に属さないものは、地方に属すものとみなす、ということが大事なんですよね。
- 平松
- そうです。それがアメリカ憲法、ドイツ憲法の規定なんですよ。
- 田中
- 権限は地方の側から中央にやっていくんだと。
- 平松
- それが丸山さんの言う地方主権論なんですよ。地方主権という言葉はほんとはないんですけどね。実はこれは私はあまり好きでない言葉なんです。
- 田中
- 未定部分というか、グレーゾーンというものは地方に属するという。
- 平松
- そこは価値の転換ですからね。いまの行政改革は価値が転換してるわけではない。それでは意味はない。
- 田中
- うまみのないものだけ地方に渡ってくる(笑い)。
- 平松
- 地域がそれぞれ自分でどう考えるか。これはやっぱり教育とか人づくりです。地方自治というのは私は教育だけと思うんですよ。
たとえば、なるべくたくさんの農家の人が海外の人と交流しようということで、農村婦人を相互にカリフォルニアに一週間派遣しているんです。アメリカも農業国ですから、「英語がわからなくても、アメリカの農業婦人の持っている農業魂を勉強してこい」って。そういう中でだんだん、自分たちのアイデンティティーが出てくるんですよ。林業も、婦人をヨーロッパに勉強に行かせてる。ドイツは森林文化ですから、これまた規模は違うけど、勉強する。グリーンツーリズムはいまヨーロッパで非常にはやってるんです。これは過疎対策なんです。
なぜ婦人かといえば、いま農村を支えているのは、女の人です。若い男性はみな出稼ぎに行っちゃってますからね。日本の農村は婦人の力で保たれているんですよ。
- 田中
- 大分県といいえば、少し影が薄かった。最近どんどん前に出てきて、ある意味で、個性が明らかでないような県民が立ち上がるときの影響力は大きいですね。
- 平松
- 「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー」という言葉がありますけど、頭は国際的に、行動は地域に根づいてやれと。これがいま私の県政で、県民みなさん勉強しようと申し上げている。
今度、別府に「アジア太平洋大学」をつくります。これは立命館と一緒にやって、2000年に開学します。
- 田中
- 予定地を見てきました。
- 平松
- これからはアジアの学生にアメリカではなく日本で勉強してもらわないといけない。今度の大学は、一学年八〇〇人で、東南アジア、日本が半々の四年生です。土地は別府市が無償提供。県も一五〇億円ぐらい出します。留学資金は経団連で集めてもらっている。キャンバスは全部英語です。留学生一〇万人計画を文部省が進めていますけど、いま日本に来る留学生は五万人ぐらいになってしまっている。
- 田中
- 留学生が好印象を持って帰ってないね。
- 平松
- 日本の良さをわかって帰るような制度をつくっておかないと、これから日本はますますアジアで孤児になると思うんですよ。
- 平松
- そういうのを含めて、一国二制度で、まず九州から連邦国家をつくる。それがうまくいけば、北海道も・・・・。
- 田中
- 独立戦争やらなきゃいけない(笑)
- 平松
- 独立戦争やる代わりに、私はローカル・パーティーをつくれと言っとるんです。重ねていいますが、九州だけのローカル・パーティーをつくって、その政党が国会議員を出します。同様に、九州は九州で議会をつくって、九州府をデモクラチックにコントロールする。
- 田中
- とりあえず地方的な利益を足場にして出るのがローカル・パーティーと思われるけども、端緒になるのは地方分権だろうな。地方分権をかざして、いまの状況を打開していくことでしょうね。
- 平松
- 私もそう思う。地方分権を公約に掲げた政党をつくっていくということだろうと。村山さんは村山内閣のときに地方分権推進法を出したんだから、社会党からまず地方分権党になって、地方に政府をつくるような公約を掲げた政党になり、これが国会の中で過半数を占めれば、憲法改正し、いまのアメリカのように、国と地方の役割を憲法で規定して、そして三権分立してやっていくとかね。
それをやらないと、本当の分権にはならない。いまの、ただ何件権限をこちらに移行しましたとか、補助金を何件整理したって、それで日本の分権が出来上がったということにはならないですよ、絶対に。
- 田中
- 地方分権が推進されていく、また推進力のある政治勢力をつくっていく中で、進んでいくに従って、国はいままでの殻から一皮むけるという現象になる。だから、いままでの中央の権力機構というのが、かさぶたみたいになってきます。
ただ、地方分権というのはあくまでも、反面から見ると、責任分担ですよね。責任の引き受けだから、尻込みする人もいる。権限には責任が伴うから、地方に任していけば地方が責任取ってくれるんで、やっぱり責任まで担うんだという、そういうところが大事ですよね。
- 平松
- 明治維新の前は、薩摩藩とか長州藩とかがあり、幕藩体制でした。日本だって、決して私の言う連邦国家がどこか別世界の話であるわけではないんです。外交交渉も薩摩藩とか長州藩は手掛け、戦争までしたわけですよ。これはちょっと前の話です。日本は初めからいまのような強力な統一国家になったんじゃない。わずか一〇〇年ちょっとで出来上がった国です。その歴史は新しいんですよ。
- 田中
- また九州に邪馬台国をつくるところから始めますか(笑い)。