定例記者会見
日時:平成14年11月2日(土)午後5時50分
場所:第一応接室



■大分トリニータJ1昇格について
 ただいま東京から帰ってまいりました。飛行機に乗り込むときは前半1−0で大分トリニータが勝っているところで、機内で1−0で勝利したというニュースを受けました。
 一句作りましたのでまずそれを紹介します。
 「我勝てり 機上で四度(よたび) トリニータ」。
 
 思い返してみますと大分市営陸上競技場で4年前、モンティディオ山形に勝っておりながらロスタイムで一点入れられ、とうとう栄冠を逃したあの時の悔しさ。以降優勝まであと一歩のところで無念の涙を3回呑みました。「我勝てり 機上で四度 トリニータ」。四度というのはそういう意味であります。
 飛行機に乗ってからも「三度目の正直」というのはあるけれど「四度目の正直」というのはないんじゃないかと心配しておりましたら、トリニータ勝利のニュースが入りまして思わず心の中で叫んだ次第であります。
 考えてみますと、これまで幾多の難局を乗り越えてついにJ1昇格確定ということになったのには、やはり小林監督はじめ選手諸君がねばり強い試合をやってきたこと、なかんずくトリニータを応援するサポーターの皆さんが最近ではアウェイまで出かけていって本当に心のこもった応援をしていただいていること、そしてまたトリニータ発足以来、大変経済事情が厳しい中で協賛をしていただいた協賛企業、それからまた大分市はじめ各行政の皆さま方の応援があったればこそと思っております。
 私は県民と企業と行政、三位一体ということで「トリニータ」という名前をつけた名付け親でございますが、よそのチームと違って大分県は地元手づくりの、地元の皆さんの力によってできたチームであります。その三位一体が今やこれだけの力を持ってついに悲願のJ1入りを果たしたということは、私にとってもこの上ない喜びでありますし、ここまできたのはひとえに県民の皆さん、企業の皆さん、また各行政の皆さん方挙げてのご声援の賜と、心から感謝を申し上げたいと思っております。
 かつて大分は“サッカー不毛の地”と言われていました。11年前に私がワールドカップ招致委員会の理念委員に任命されて初めてサッカーに出会ったわけでございますが、世界で延べ400億人を超える人たちが観戦するオリンピックをしのぐ試合が地方都市でもできる。大分からの情報発信ということを考えて、思い切って九州から一カ所ワールドカップの招致を決めたわけでございます。その際合わせてサッカーチームをつくろうと言う声が出ました。当時大分には何もそういった基盤がありませんので、韓国から文 正植氏を初代監督に、また朴 景和監督、また韓国でワールドカップに出た皇甫 官氏にも来ていただいて、まさに日韓共催にふさわしい日韓合同のチームを大分につくりました。それが九州リーグで優勝、史上最短記録でJFLへ昇格、J2へとトントン拍子であがったわけございますが、それからJ1の壁は大変厚うございました。しばしば財政的な問題もございましたし、またワールドカップをやるについての、ビッグアイをつくることについていろんなご意見もありました。しかしここまで来てみると、特にワールドカップを大分で開催することによって子供たちや女性層、こういった人たちがやはりワールドカップを通じてサッカーというものに対するアイデンティティとか、サッカーを通じて自分たちのふるさとのチームを応援する、日本のチームを応援するということで非常にサッカーに対する関心が強くなりました。最近ではアウェイの試合に大分から応援に行く人も多いし、また大分の競技場の中にも女性ファンが非常に増えました。ですからワールドカップを大分で成功させたということもトリニータのサポーターの皆さんの幅を広げる契機になったと思います。
 やっぱり「継続は力」、ゼロからのスタートでここまでやってきた。まさに一村一品運動の精神であります。大分の何もないところから日本で大きなシェアを持つ焼酎が生まれたように、大分の何も無いところからついにJ1昇格。トリニータは無から有を生ずる、この創造的な精神、この行動はおそらく大分県の子どもたちやまた今日の皆さんにも“自信”と“勇気”と“希望”を与えてくれたと私は心から喜んでおります。
 まだ試合も残っておりますので、かくなるうえは優勝を。優勝の時には4年分の涙を流して選手の皆さんと一緒に、またサポーターの皆さんと一緒にお祝いをしたいといまから楽しみにしております。優勝の時に乾杯をしたいと、今日はまずはJ1昇格確定ということでございますから、今日は乾杯は取りやめますので悪しからずよろしくお願いします。
 
 
※知事発言内容については、単純ミスと思われる字句、重複した言葉づかい等を整理のうえ、作成しています。
[記録作成:企画文化部広報広聴課]

【もどる】