「Voice(ボイス)」6月号(2001年6月1日発行) 特集・地方「百年の計」
道州制が日本再生の道だ
大分県知事 平松守彦

 
 

   戦後から40年間、日本は政党、官僚、財界の政官財複合体主導で、終戦の瓦礫のなかから驚異的な高度経済成長を達成した。エズラ・ヴォーゲル著『ジャパン アズ ナンバ一ワン』という本も出た。高度経済成長政策、社会保障、教育水準のすべての面で日本を見習えといわれた。しかし、バブル崩壊を契機とする「失われた10年」を経たいま、日本は沈没の危機にある。  
 中央官庁の縦割り組織の弊害、大蔵省、厚生省の不祥事件の続発など「官僚神話」が崩壊し、政党は離合集散に奔走。総理の耐用年数は、細川内閣が成立した平成5年以降ではわずか1年4ヵ月。猫の目のように日本のリーダーが代わり、財界も政府に追随し、一貫した景気回復策を打ち出せないまま中途半端に交代する。かたやアメリカはクリントン大統領が2期8年間にわたってリーダーシップをとり、スキャンダル批判を受けながらも財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に苦しんでいた米国経済を見事に立て直した。いま八方塞がりで閉塞状況にあえぐ日本を再構築するにはどうすればよいか。  
 私は、(1)地方分権国家への転換、(2)環東シナ海経済圏の構築、(3)官と民の意識改革の3つを提案したい。

 
地方分権国家への転換
 
 21世紀の日本は地方分権国家をめざすべきだ。国は通貨、国防、外交を受け持ち、地方は公共事業、農林水産業、福祉、医療、教育など住民生活に直結する身近な行政を受け持つ。それにはまず徹底した地方分権が必要だ。平成7年、村山内閣時代に地方分権推進法が成立。平成11年に地方分権一括法が成立し、国から地方への権限委譲は若干前進した。だが2階から目薬をぽたりぽたりと落としていくような権限委譲では地方分権国家はできない。「地方分権はUFOだ。議論はされても実像を見たものはいない」と揶揄されている。分権と分財、そして分人が揃わねば真の分権国家にならない。

 
 現在のような「3割自治」では依然としてお釈迦様の手のひらの上の孫悟空のようなもので、国が地方の生殺与奪の権限を握っている。分権と並んで、国から地方に財源を移す徹底した税制改革が必要だ。  
 現行の税制を徴収べースで見ると、国が6割、地方が4割。ところが支出ベースでは、国が徴収した6割のうち、法人税の35.8%、所得税および酒税の32%、消費税の29.5%、たばこ税の25%を地方交付税として地方に回す。さらに各省庁が道路や港湾、福祉、農林水産などの国庫補助金を地方に支出する。これを合わせると、支出べースでは国4割、地方6割と逆転する。しかし、予算の配分は各省庁のシェアに基づいて分配され、縦割りで地方に回される。
 このため国から予算をたくさん取ってくる知事がいちばん力量のある知事といわれ、国会議員、とくに族議員を動員して、予算のぶんどり合戦が霞が関を舞台に繰り返され、財源面では依然として国依存が続くことになる。さらに各省庁から受けた予算は使い切りが原則で、しかも港湾予算を節約して福祉に回すといった権限は知事になく、節約して予算が余ると、翌年の予算を滅らされる。

 
 どうすればよいか。私は地方が国税、地方税を合わせたすべての税を徴収し、その一部を国に上納するドイツの共同税方式を提唱している。しかし、国税と地方税を一本にして大分県で徴収しても歳出をまかなえない。そこで全国を「北海道」「東北」「関東信越」「首都圏」「中部」「近畿」「中国四国」「九州沖縄」の8ブロックにする。私の試算によれば、九州は若干の収支マイナス、首都圏はかなりのプラスとなる。当分のあいだ、各ブロック間の財源を調整する基金が必要だが、地方自治はタックスペイヤーである住民が納めた税金の範囲内で福祉、教育、環境衛生などの行政サービスを行なうのが原則であり、将来は各ブロックの租税収入で財政支出がまかなえるようにすることが望ましい。

 
 地方分権国家を一挙に実現することは相当の混乱と抵抗が予想されるため、戦略的に進める必要がある。まず国の出先機関を一本に束ね、九州であれば「九州府」をつくり、トップには公選の「九州府長官」を置く。九州各県に割り当てられる国の予算を九州府に移し、九州府長官と各県知事が協議しながら予算を執行する。九州府をデモクラティック・コントロールするため、各県から人口比で選出した代表で構成する「九州議会」を設置する。いわばEU方式である。第2段階として各県の県境をなくし、九州府に合流して完全な道州制に移行する。  
 市町村も少子・高齢化が進行するなかで現在の規模では財政的に成り立たないので、将来500ないし600くらいにまで合併を進め、分権の受け皿づくりを急くべきだ。

 
 地方がよくならなければ日本はよくならない。このままでは国は借金を積み重ね、地方はいっそう国頼みとなり、国が滅びれば、地方も滅びるという最悪のパターンになる。地方分権国家、すなわちUNITED STATES OF JAPAN(日本合州国)の実現こそ日本再生の道である。
 
環東シナ海経済圏の構築
 
 第2番目は環東シナ海経済圏の構築。21世紀はアジアの時代。経済成長率、人口の伸び率からみて、アジアが21世紀の世界の成長センターになるのは間違いなく、日本の発展はアジア抜きには考えられない。

 
 これからは国の外交と並んで、地域と地域が直接交流するローカル外交を進め、日本の各地域で独自の経済圏をつくっていく必要がある。地図でみると、九州・沖縄は日本列島の南の端に位置するが、南北をひっくり返してみると、九州・沖縄はアジア各国の中心的な位置にあることがわかる(図参照)。


そこで、日本(とくに九州)と韓国、中国、タイ、べトナム、カンボジア、フィリピン、インドネシアなどアジアを人、モノ、情報が自由に交流する環東シナ海経済圏の構築、将来はAU(アジア共同体)をめざす。その第一ステップとして、大分県は一村一品運動で交流しているアジア各国の知事や市長、また九州各県や経済界にも呼びかけ、アジア九州地域交流サミットを毎年開催している。昨年は大分県別府市で、カンボジアをゲストに第7回目を開催し、アジアの12国から約500人以上が参加し、「21世紀のアジアを創造する人材育成と環境」をテーマに活発な意見交換が行なわれた。次回は来年、カンボジアで開催される。
 こうして、アジアを視野に入れた文化経済交流圏を構築することが、新しい21世紀の日本を切り拓くにちがいない。  

 
 少子化傾向が今後も続けば、日本の人口は21世紀半ばには7、000万人にまで減るという推計もある。大都市には日本人の若者が集中するかもしれないが、地方に若者は確実にいなくなる。したがって地方の農林水産業や中小企業でアジアの有為な人材が働けるように、地域社会の仕組みを多国籍地域に再構築する必要がある。大分県庁では職員採用における国籍条項を緩和し、日本人でなくても県庁職員として採用される道を開いた。将来は公用文書も日本語と英語にし、永住権をもつ在日外国人には地方選挙権を与え、小学校では英語やアジアの言語を教えるなど、外国人が地域で暮らせるような環境づくりを進める。さらに大学教育もアジアからの人材を育成する方向に転換する必要がある。大分県には昨年4月、別府市に立命館アジア太平洋大学(APU)が開学した。この大学は1学年の定員800人のうち、半分が日本人、半分が留学生。今年で2年目を迎え、現在1,656人が在籍。52カ国・地域からの666人の留学生が日本人学生と机を並べ、英語と日本語の授業を受けている。留学生のなかには卒業後は日本で自国との架け橋となる仕事をしたいという希望をもっている者も多い。地方大学へアジアからの留学生をもっと増やす必要があり、ODA予算を日本への留学生対策に大幅に振り向けるべきだ。

 
官と民の意識改革
 
 
第3番目は官と民の意識改革である。官は道路や通信回線、港湾などのハードインフラや国防、警察などのソフトインフラ整備をもっぱら担当し、経済活動は民間が受け持つのが原則である。これからは官と民の役割分担を明確に区分していく必要がある。鉄道は民営化されたが、将来は政府系金融機関は民間に移し、電力や通信の規制もなくす。官の役割はインフラ整備に徹し、民間経済活動の規制をなくして完全な自由競争にしていかないと、グローバル市場での激しい競争に勝てない。

 
 官のあり方に対する国民の意識も変えていく必要がある。高度経済成長時代は、みんな国に寄りかかって、指示待ち人問でひたすら走っていればよかった。だが、時代が大きく変わり、痛みを伴うような改革なしにこの難局を突破できないのが現実なのだ、失われた10年を経て、将来の共通目標が見えないいまこそ、国民一人ひとりが主体的に自立して日本の将来を真剣に考えないといけない。学校教育もたんなる知識の詰め込みでなく、もっと自立心を養う教育、自ら考える教育を徹底する。官依存から脱却し、自立した地域、自立意識をもった日本人をつくるべきだ。