「週刊文春」4月26日号 「『雄藩』知事 憂国の直言」から
「道州制」で税収を国から奪え
大分県知事 平松守彦

 
 

   「景気が悪いのも、株が上がらないのも国の対応が後手後手に回っている」
 大新聞をはじめとして、国民は総理や政府の悪口ばかりを言っています。
 しかしその一方、選挙の投票率は低迷したままで、何でも国任せ、政府に頼ってきている。自分達でどうやって国を変えて行くかという意識がないまま、他人の責任だけをあげつらう現象は、国民的なモラールが荒廃している証左だと思います。

 
 そもそも「国家」とは、バーチャルなもので、その実体は我々ひとり一人のことなのです。  
 だから、首相のリーダーシップの議論をする前に、「われわれの手でこうしよう」という議論が欠けていることに思いを巡らすべきです。
 高度な福祉サービスを受ける代わりに高い消費税を取られるほうが良いのか、税はそのままでインフラ整備が出来なくても我慢するのか、あるいは経営難の銀行を潰していいのかなど、ひとり一人が自分で考え、自己責任を意識しないとダメなんです。

 
 なのに、今の日本人は全て政府のせいにして、思考停止に陥っている。自己責任を放棄し、自分達で国を作り上げる気概がない、ここに日本の混迷の一番の原因がある。  
 私は「自分で自分に責任を持つ体制の基本は、地方分権である」と一貫して主張しています。ところが最近は、ますます東京の一極集中、中央集権が強まったように感じています。

 
 福沢諭吉は明治10年に『分権論』という本を書いています。ここで福沢は、中央政府は通貨と国防と外交だけを担い、あとは全部地方自治体に権限を移すべし、と「分権と分財」の必要性を説いている。まさに地方分権の真髄を捉えた表現です。  
 確かに昨年、「地方分権一活法」が出来てから、いろいろ地方に権限が下りてきました。しかし、一番肝心な財源は国が握ったままなので、本当の意味での「分権」にはなっていない。これでは地方自治は骨抜き、中央集権が強まるのも当然といえましょう。  
 だから私がもし総理大臣になるとしたら、まず一番に税制改革をやる必要があると思っています。

 
 いまの国税と地方税は、6割は国税で税務署が集め、4割の地方税を都道府県の税務事務所が集めている。税金を集めるのに、税務署で申告するものと、税務事務所に行く地方税の二つに分かれ、その分役人も増えているわけですから、一本化したほうが人も少なくてすむ。  
 さらに約6割のうち、所得税、法人税、酒税などの概ね3割が地方交付税として、地方に戻ってくる。全体の歳入ベースで言うと国と地方が6対4になるものが、実際の支出ベースでみると地方が6割使って、国で使っている金は、4割と逆になっているのです。

 
 もうひとつ問題なのは、地方に下りてきた補助金はすべて縦割りで、使い道が最初から限定されていることです。  
 たとえば道路事業費は、国土交通省からの補助金として地方に来る。福祉は厚生労働省の補助金として地方にくる。交付税以外は、全部縦割りで地方に交付されるのです。  
 しかも県が予算を節約して、「余ったお金で厚生施設を建てたい」と言っても流用できないシステムになっている。せっかく省庁再編で港湾の予算を余らせて道路に回そうとしても、これがまた大問題になります。  
 結局、地方で予算を節約して、余らせても、翌年の予算が減らされてしまうんだから、無理やり使わざるを得ない。「無駄な道路や港湾を作った」と批判されますが、これはすべて、予算の仕組みに起因するのです。  
 こんな馬鹿馬鹿しい現象をなくすためにも、私は国税と地方税を一本化すべきだと思います。まとめて徴収し、その4割だけを国に上納し、国防・外交・金融安定化などに使えば良い。
 
 われわれ地方は、一本化予算の中で、道路や港湾の配分を決め、何を節約するかを決める。こうすれば、じつに合理的な運用が出来るのです。  
 ところがこの方式でやっていくと、多くの地方自治体は財政難に陥ります。実際問題として、大分県の予算は今年度で約7,018億円ですが、大分県で徴収した国税と地方税だけでは全額を賄えない。  
 この難題を解決するのが道州制です。九州七県を「九州府」で一本にまとめ、九州府の国税、地方税で各県の全部の予算の支出を賄うようにするのです。
 他の地域もブロック別に道州制を導入して、税金を全部まとめる。そのうちの4割は国に納めて、残り6割で新幹線予算、高速道路予算、農業予算をどうするかを皆で相談して決めていけばいい。  
 九州財務局や九州経済産業局、九州農政局など国の出先機関を全部まとめて一本の九州府を設置し、公選で選ばれた九州府長官が管轄する。ヨーロッパのEUのようなシステムを作るのです。

 
 地方分権とは、地域に納める税金の範囲で、地域の行政サービスを行うこと。これが地方の自立です。  

 
 仮に九州全体で企業立地が進まず、税収が上がらなければ、それだけ行政サービスの質が落ちる。逆に一生懸命に知恵を使って企業誘致を行い、業績が上がり、税収が上がれば、福祉サービスが向上する。地域の自立は家庭と同じ、収入で支出が決まる地域競争であるべきなんです。  
 ところがいまは、一生懸命大分県が企業誘致して、一村一品運動の焼酎の売上げが増え、税収が増しても、国から来る交付税が減るだけの話です。結局、国から予算をたくさん持ってくる知事が一番有能な知事だということになる。国には、財力と権力が集まっているから、族議員ができ、国会議員を通じて各省予算を地方に配分するシステムが出来上がっている。いまの知事は、それをより多く獲得することに血道をあげればいいだけなのです。

 
 しかし、それで将来の日本がすむはずがありません。  
 国会議員も、このまま重要政策を全部、選挙を頭においたバラマキ予算にしていれば、この先、財力が続<はずがない。  
 新幹線、道路、橋、干拓、要求されたものを全部作って、介護保険はタダにしなければならなくなる。これではそのツケが回ってくるのは当たり前の話です。  
 日本型システムが疲弊したからといって、それを全部アメリカ型のシステムに移行すれば良いというものではありません。国に要求するばかりではなく、日本をどうしてゆくのかを自ら考える時期に来ているのです。