KAKEHASHI(架け橋)No.85から
瀬戸内津々浦々連合 -「丸に川の字」経済圏-
大分県知事 平松守彦

 
 

 ●海洋的発想から見た瀬戸内海
 私は大分市に生まれ、子供の時から別府湾を一望する海岸で海水浴をするなどよく遊んだものだ。当時大分県は全国でもあまり知られておらず、有名な別府温泉のある大分県というと、初めてみんなにわかってもらえた。「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」子供の時に覚えた言葉だ。大学時代は、別府の桟橋から関西汽船に乗って、大阪の天保山埠頭に着き、東海道本線で東京へ行った。また、瀬戸内海は大阪から別府温泉への新婚旅行の定番航路でもあった。瀬戸内海という言葉には、ロマンティックな響きが今でも私にはある。
最近は、九州の旅行は飛行機や新幹線などの陸路であり、瀬戸内海航路があまり使われなくなり、瀬戸内海の持つ観光的意味や経済圏的意味が認識されなくなっている。しかし、瀬戸内海を関西・中国・四国・九州という陸地的世界の連結ではなく、瀬戸内海という内海を中心とした経済圏、いわゆる海洋的発想で考え直してみたらどうであろうか。
 地図を開いてみると、瀬戸内海とよく似た地中海というものがあり、「地中海はキリスト教圏、イスラム教圏など多様な文化と民族、東洋的なるものと西洋的なるものとが共生する<多様にして活気に満ちみちた生命>であり<歴史的人物>である」。というフェルナン・ブローデル(1902〜85)の指摘もある。また、塩野七生さんの「ローマ人の物語」にあるように、ローマ帝国はカルタゴからエジプトまでを含んだ地中海を挟む大帝国だった。
 日本は庭園の島々(ガーデンアイランズ)から成る連合体だ(川勝平太「海洋連邦論」)。特に瀬戸内海は、新全国総合開発計画で明記された山陽道−関門海峡−九州に至る「西日本国土軸」と、紀伊半島−紀伊水道−四国−豊後水道−九州に至る多自然居住地域を結ぶ「太平洋新国土軸」の各地域をリンクさせる津々浦々連合の母体である。
 私はかねがね、関西経済団体の皆さんに対してもっと西日本を向くように言ってきた。最近は関西圏、特に大阪の地盤沈下が言われ、大阪の経済界は東京に対して経済的地位低下を嘆いている。しかし、大阪のヒンターランドは中国・四国・九州であり、環瀬戸内経済圏の中核が大阪である。関西空港がそのハブ空港に位置づけられ、さらに第二国士軸である太平洋新国土軸を延長していくと、アジア経済圏とつながる。
 20世紀はヨーロッパ・アメリカ中心の世界であったが、21世紀はアジアの世界である。人口の伸び率、GDPの伸び率などから見て、世界の成長センターは環東シナ海経済圏の国々である。

 ●海は文化を伝える道
 海は地域と地域を隔てるバリアではなく、「文化を伝える水の道」であり、文化・エネルギー・産物を生み出す「母なる道」でもある。
 日本神話にある神武天皇の東征ルートは、豊後水道を北上し、関門海峡から洞海湾に出て、再び関門に戻り、中国地方沿いに大和に至る。なぜ豊後水道からそのまま東に向かわず、いったん関門から玄界灘に出て、再び瀬戸内海に戻ったのだろうか。
 現代人より古代人の方がはるかに自然を知っていた。実は豊後水道から流入した潮流の一つは、西に向かい、関門を出て対馬海流と合し、もう一つは東へ向かい、塩飽諸島付近で紀伊水道から流入した潮と合する。東征の途はこの潮流に沿ってルートが定められたのだ。
 この潮流と同じように、環瀬戸内経済圏は古来、海を通じての交流となり、文化も九州から関門・瀬戸内を通って関西に伝わったように、この瀬戸内沿線を全部一つの文化経済圏として見直していく必要がある。

 ●「丸に川の字」の瀬戸内交通圏
 豊予、紀淡、関門の海峡横断道路でつなぐことにより、関西・中国・四国・九州が一つの経済圏となる。既にできあがっている明石海峡大橋ルート、瀬戸大橋ルート、しまなみ海道の本四三橋とともに、「丸に川の字」の瀬戸内交通圏ができあがり、西瀬戸経済圏、中央瀬戸内経済圏、大阪瀬戸内経済圏というものが一つに統合し、人・物・文化の交流が生まれ、瀬戸内海を通じて津々浦々まで連合していく。ここに新しい瀬戸内文化が生まれ、新しい地域圏が形成されていく。美しい自然と温暖な風土に恵まれ、歴史・文化を共有し、都市と地方が共生する理想の地域圏の誕生である。
 私は、この瀬戸内地方の各知事と関経連、中経連、四経連、九経連で環瀬戸内フォーラムを立ち上げ、新しい「瀬戸内連合体」を造ってはどうかと考えている。日本も地方分権・市町村合併が進み、同時に道州制・ブロック制により、財源と権限を持って、地域づくりを行っていかなければならない。この時、西日本を見れば、瀬戸内海を中心とした大きな一つのブロックと考え、地中海的発想で考えるのも一つの方策ではないだろうか。
 なお、本州四国連絡橋公団の統合問題に関連して、長大架橋見直しの声が高まっているが、均衡ある国土発展のうえで必要なインフラである。もともと国民が平等に利用する高速交通ネットワーク整備は国が自ら行うべきであり、豊予海峡架橋や紀淡海峡架橋、また第二関門架橋など、国土の軸となる架橋は景気と関係なく国の責務として進めるべき事業だ。「すべての道はローマに通ず」と言われるように、かってローマ皇帝は自らの責務として道路、橋などインフラ整備を行い、「パックス・ロマーナ」(ローマの平和)を実現した(塩野七生著『ローマ人の物語\賢帝の世紀』)。国はローマ皇帝の哲学を学ぶべきだ。